2010/01Archive for

発達障害のあるアーティストによるドラァグショー報告/社会参加支援の一つの試みとして

2010/01/25 月曜日 - 23:15:17 by macska

前エントリに続き、最近のシゴト報告。こんどは、今月11日に行われた発達障害者とその他のゲストによるドラァグショーについて。わたしの最近のさまざまな活動をガチ報告するという趣旨のこの「わたしの最近のシゴト」シリーズだけれど、本当に「お仕事」として給料を受け取っているのはこの件だけだったりする。てゆーかわたしのブログの読者でもわたしがいまどういう仕事をしているのか知らない人が多いと思うので説明すると、発達障害のある人たちを支援する非営利団体でごちゃごちゃ雑務をやってます。というのも2008年の終わり頃にわたしの友人というかハウスメイトがその団体の代表に就任したのだけれど、前の代表がダメな人で、銀行口座の残額ほとんどゼロで借金100万円近くみたいな状態で引き継いでしまったので、立て直すために呼ばれたのがはじまり。オフィシャルな役職は「ボランティアのマネージメント係」という弱小ポジションだけれど、実は代表の相談役も務める特務スタッフ、みたいな。

「女性学部」の名称変更をめぐる論議、あるいは「ジェンダー」を掲げることの限界

2010/01/24 日曜日 - 21:02:10 by macska

米国ではここ5〜10年くらい前より、各地の大学で女性学の学部やプログラムの多くが女性とジェンダー学や単にジェンダー学のように名称変更されている。これは、もともと女性学としてはじまった研究領域の中から、ジェンダー理論やクィア理論を含め、「女性」というカテゴリを自明としない研究、「女性学」というフレームワークからはみ出るようなジェンダーとセクシュアリティの研究が行われるようになったことを主な理由とするが、むろんそれだけではない。「女性学」という名前はそもそも、それ以外のこれまでの学問すべてが、学問的客観性や政治的中立性を装いながら実は女性を制度的に排除したものであったことへの批判を込めた呼称であり、その存在を快く思っていない関係者も少なくない。

「チャレンジド」ケネディ由来説は間違い、米国的宗教観からの解釈もハズレ

2010/01/20 水曜日 - 01:53:15 by macska

以前のエントリ「20年遅れで輸入された『チャレンジド』の問題——あるいは『ジェンダーフリー』の再来」の続き。というか追加情報の整理。かのエントリを書いたあと、何人かの人に(教えてもらったのだけれど、どうやら「チャレンジド」という言葉を日本で広めたのは、社会福祉法人プロップ・ステーションの竹中ナミさんらしいということ。プロップ・ステーションは1991年創設だし、95年からはチャレンジド・ジャパン・フォーラムという国際会議を開いているらしいので、どうも最近になって突然「チャレンジド」という言葉が広まったというわけではないらしい。