反対を向いたトラフィッキング対策(じゃなくて、米国務省対策)
2004年9月26日 - 3:08 AM | |朝日新聞より記事「歌手・ダンサー向け興行ビザ、厳格化へ 人身売買批判で」。以前 tummygirl さんが6月28日と6月30日にコメントしているのを見てちょっと資料を調べたことがあるのだけれど、要するに米国務省の報告書において「日本は『興行ビザ』の名目で多数の外国人女性を入国させ、彼女たちに過酷な低賃金労働や性労働を強制している」と指摘されてしまったのを受けて、ビザの発行基準を厳しくしようという話。
記事を読んでみると、興行ビザで入国した後、ビザが対象とするような歌手やダンサーとしてではなく、対象外のホステスとして働かされる人が多いらしい。違法な労働だから最低賃金以下の報酬しか受けられなくても文句が言えないし、立場が弱くてお金に困れば本人が望まない売春だってせざるを得ない状況に追い込まれる。だったら、合法にホステスとして(あるいはその他の職種で)働けるようにビザの基準を緩めたらいいんじゃないかと思うんだけど、政府の考え方は全く逆で、「技能や資格を厳しくチェック」するつもりらしい(というか、そういうフリをしているけど、多分本心では何もする気がないのでは)。
わたしは、フィリピンの女性がわざわざ遠くの日本に来て働かなければいけないような現在の世界における南北経済格差を肯定するわけじゃないし、あらゆる職種の中でホステスや売春といった仕事をフィリピン人の(そしてその他の)女性が担当させられていることは(そしてそれらの職業に対して社会に差別や偏見が存在することは)、性差別や植民地主義と無関係じゃないと思う。そういう意味では、フィリピン人女性が日本で合法的に働けるようにビザが開放されればそれで良しとするわけにはいかない。それでは、単に今よりも底辺の労働をより弱い立場の人たちに押し付けるだけになってしまう。しかし、国内に自分の意に介さない労働を強要されていたり、搾取されている外国人が大勢存在するとき、今さら国境を閉じてかれらの存在を現状よりもさらに地下に潜伏させることに、何の意味があるんだろうか。
南北格差や性差別の解消はそう簡単には実現できないけれど、現に日本で底辺の労働を受け持っている多数の外国人労働者に法的な地位を与えることは法律1つ通せばできる(はいはい、そう言う程簡単じゃないのは分かってるけれど、今すぐ南北格差を解消することに比べればよっぽど現実的)。理想論でなく現実論で言うならば、かれらが搾取や暴力の被害を訴えたり他の労働者と団結したりするために必要な法的な地位を与えることが第一に必要だと思う。
売春もそれと同じで、売春者を罰するような法律があるから強要や搾取の被害者が訴え出ることができないわけで、そうした不当な行為を減らすにはまず売春者に法的な地位を与えることが必要。もちろん、現実の性産業には他にもいろいろ問題が多くてそのまま容認できるようなことばかりではないけれど、取りあえず搾取や暴力を受けた人が被害を訴えたり他の労働者と団結したりできるようにするのが先決だと思う。
外国人労働者の流入にせよ、売買春にせよ、現行の社会的・経済的構造から必然的に発生しているわけで、いくら厳しく取り締まっても無くなるわけがないし、それらを無くすべきだという理由も特にない。無くすべきなのは外国人労働者や売春労働者に対する「搾取や暴力」であり、そのためには長期的に社会的・経済的構造を変えていくこととも重要だけれど、短期的には彼らに安全な法的地位を与えることが必要に決まっているじゃん。
以下は蛇足。上に書いたように今回の発給基準見直しの発端となったのは、米国務省が発行した「トラフィッキング報告書」だけれど、たかが一国の役所が世界各国のトラフィッキングへの取り組みをランク付けして、具体的な改善項目(日本の場合は、この興行ビザの件など)を挙げているのはやっぱりおかしい。本来ならば、多国間条約で基準を定めて、それを元に専門の委員会に調査してもらうのが一番なはず。
で、その国務省による報告書の巻末を見ると、面白いものが掲載されている。それは、各国がトラフィッキングや女性差別に関連した国際条約のうちどれに署名・批准しているかを示す一覧表なのだけれど、140カ国もの国が記載されているのに、米国だけは表に含まれていない。他国を勝手にランク付けして内政干渉までするほど「反トラフィック」に熱心なはずの国が、自国だけは評価の対象にすら含めていないらしい。国連人権高等弁務室のサイトにある人権関連国際条約の批准状況一覧表を見れば、米国がいくつかの重要な国際人権法規を未だに批准していないことは分かるんだけどね。