反ポルノ・売買春団体「エスケープ」十年前の方向転換と、暴力をふるう「反暴力」活動家たち

7/10/2011 - 10:54 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

最近、ツイッターで反ポルノ・売買春運動をしている人や、そういった人たちが進める「児童ポルノ単純所持規制」「ロリコン表現・メディア規制」に反発している人たちの発言がよく目に入ってくる。ちなみに今週メールマガジン「αシノドス」に掲載予定(だと思う、まだ確認取れてないけど、数日前に入稿しているし、ボツだとは言われていない)でも、その児童ポルノ規制に関連して「子どもの人身売買反対運動」について書いたのだけれど、そのこともあり反ポルノ・売買春系のサイトもいろいろ読みあさった。そのなかでもやっぱり一番充実しているのは、老舗の反ポルノ・反売買春団体「反ポルノ・買春問題研究会」のサイト。わたしはもちろんかれらの主張には反対の部分が大きいのだけれど、いっぽう「規制反対派」や「セックスワーク擁護派」には「反ポルノ・売買春派」の言い分をよく理解せずに、あるいは理解しようともせずに相手をバッシングするようなこともあって、居心地が悪い。

わたしは普段「相手の論理を理解して、理性的な議論をするべきだ」みたいに偉そうに言ってるけど、実のところ対立する論者の主張をねじ曲げてバッシングしたり、他人のそういう行為を見るのが、生理的に耐え難い、という個人的な理由が八割くらいを占めていて、「いや規制派の主張はそうじゃなくてこうだから、あなたの批判は的外れですよ」とか口を出してしまう。そのせいでわたし自身が規制派の一員だと勘違いされて罵声を浴びせられたり、逆に規制派の人から仲間だと思われたあとで本性を知られて「そんな人だとは思わなかった」と逆ギレされたりと、ろくなことがない、という愚痴はここまでにしておく。

今回エントリを書こうと思ったのは、その「反ポルノ・買春問題研究会」の活動報告に掲載された、「キャサリン・マッキノンさんの研究室を訪問」という記事を読んで、気になった点があったから。あ、いや、気になる点はほかにもたくさんあるんだけど、とくに気になったのが、反ポルノ・反売買春派のフェミニスト法学者として有名なキャサリン・マッキノンを「研究会」メンバーが訪れた、というこの記事。いつの記事か明記されていないのだけれど、マッキノンがコロンビア大学で客員教授をやっていたのは二〇〇〇年代初頭なので、だいたい十年くらい前のちょっと古い記事だと思う。

この記事のなかで、研究会メンバーはマッキノンから次のような話を聞いている。

また、マッキノンさんによれば、ボストン在住のゲイル・ダインズさんの言葉どおり、アメリカの反ポルノグラフィ運動は組織としての活動はほぼ壊滅しているとのことでした。そして性暴力に取り組む運動は、現在では、たとえばマッキノンさん自身がそうであるように、活動の舞台を国際化させたり、あるいはDVの問題に取り組んだりと、分散しているとのことでした。

そんな中で、ミネソタ州ミネアポリス市の反売買春・ポルノ団体、ESCAPEは、1980年代からの反ポルノ運動の灯を保ち続けている貴重な団体とのことでした。私たちの会のスタッフメンバーも寄稿したESCAPEの編集による新しいアンソロジー(近刊予定)には、マッキノンさんも寄稿を依頼されているそうです

マッキノンがエスケープという団体のことを「反ポルノ運動の灯を保ち続けている貴重な団体」として褒めていた、と報告されていることからも、この記事が二〇〇〇年代初頭に書かれたものだと分かる。というのも、エスケープは二〇〇二年末に路線をめぐって内部で深刻な対立が起こり、分裂したからだ。

エスケープは、一九九〇年代末にオレゴン州ポートランドで発足したあと、すぐにミネアポリスに引っ越した。マッキノンに言われるまでもなく組織として壊滅状態にあった当時の「反ポルノ・売買春」運動において、エスケープは全国的な注目を集め、共和党保守派の議員に招かれて連邦議会で「ポルノ・売買春の害」について証言するなど、引っ張りだこになった。

もともとエスケープを支えていたのは、イデオロギー的にマッキノン=ドウォーキン路線に賛同するフェミニストたちだったが、彼女たちはポルノ出演経験もなければ、売春に従事したこともなかったため、どうしても観念的に話をせざるを得ない立場にあった。そのなかで、あとからエスケープに加入した元売春婦のジルさんという人は、自分がポルノ・売買春において経験した暴力についての文章を書くなどしたため、直接にはポルノ・売買春の経験がない「反ポルノ・売買春派」フェミニストたちに重宝された。ジルさんが執筆した文章は、いまでもいくつかの「反ポルノ・売買春」サイトに掲載されている。

さて、当時エスケープは全国の大学や政治組織などから「ポルノ・売買春の害」についての講演依頼が殺到していたため、もともと主なメンバーが数人しかいなかったエスケープでは講演する人が足りなくなった。そこで、はじめは講演やパネルのような公の場で発言していなかったジルさんも、講演に駆りだされることになる。ところが、ほかの講演者たちはマッキノン・ドウォーキン的なイデオロギーから「ポルノ・売買春の害」について述べ、ポルノや売買春を根絶せよ、という話をしていたのに対し、ジルさんは個人的な経験を踏まえて、現実に暴力に苦しんでいる人たちがなにを必要としているか、という内容の講演をしていた。

あたりまえのことだが、ジルさんのトークのほうが説得力があり、マッキノン・ドウォーキン的なイデオロギーに執着している一部のラディカルフェミニストをのぞいては、彼女の現実的なアプローチのほうに賛同者が集まった。かれらは、最終的な目標を「ポルノ・売買春の根絶」に置くという点では(すくなくとも当時は)合意していたのだが、マッキノン・ドウォーキン派は現実派を「斬新主義はほんとうの変革を遠ざける」と批判し、逆に現実派はマッキノン・ドウォーキン派に対し「いま現実に苦しんでいる人を軽視している」と反発するというように、路線をめぐって対立が生まれていた。

そういうなか、エスケープの中のマッキノン・ドウォーキン派は、「国際『売買春のない日』」というイベントを企画する。二〇〇二年十月五日を「国際『売買春のない日』」としたうえで、同日世界各地において売買春根絶に向けたアクションを起こす、という目論見だったが、「普段買春をしている男性は、セックス抜きに女性にお金を与えてください」というばかげたな要求を掲げていたため、非現実的にもほどがある、とフェミニズムの中でも嘲笑を浴びた。

「国際『売買春のない日』」が発表されたとき、わたしは「セックスワーク」(性労働)という言葉の発案者であり、米国における性労働者運動の創始者の一人でもあるスカーロット・ハーロットと相談して、対抗イベントを行うことにした。こちらのイベントは「国際『売春従事者をエンパワーする日』」という名前で、日程もまったく同じ十月五日。マッキノン・ドウォーキン派のイベントがカリフォルニア大学バークレー校で行われているのと同時に、わたしとスカーロットは二〇キロほど離れたサンフランシスコLGBTセンターを会場として、ジルさんの考えに近いイベントを開催した。

「国際『売春のない日』」が近づくにつれ、このイベントは性労働者運動からだけでなく、ジルさんのような現実派やその他のフェミニストたちからも強い批判を受け、エスケープ内においても現実派が力をつけだした。そういうなか、エスケープ創始者は理事会によって唐突に代表辞任を迫られ、かわってジルさんが代表代行に就任した。代表代行としてジルさんが最初に行った決定は、組織として「国際『売春のない日』」の主催者の立場から降り、エスケープのウェブサイトに掲載されていた「国際『売春のない日』」の情報を削除することだった。これにより、イベント運営は「国際『売春のない日』連合」という正体不明のグループに任されることになった。

マッキノン・ドウォーキン派の影響が弱まったエスケープでは、ジルさんの考えのもと、現実にポルノ・売買春に従事している人たちを支援する方向に路線が変更された。たとえば、売買春をただ取り締まるだけ、ただ売買春を減らすだけでは、貧困やその他の理由で売春に従事せざるをえない女性たちはまったく救われない。収入源を失い、より困るだけだ。それより住居・医療・教育機会などの面で彼女たちを支援することのほうが、より彼女たちが暴力から逃れる手助けになる。そうした路線変更を最終的に決定づけたのが、団体名の「エスケープ(脱出)」から「プロスパー(繁栄)」への変更だ。これからこの団体が目指すのは、売春に従事している人が売買春から脱出することではなく、どのようなかたちであれ彼女たちが幸せになることである、という意味だ。

エスケープのことを「1980年代からの反ポルノ運動の灯を保ち続けている貴重な団体」と考えていた全国のマッキノン・ドウォーキン派フェミニストたちは、エスケープが「プロスパー」として再出発したことに激怒した。彼女たちの目には、ジルさんはエスケープを乗っ取り、フェミニズムを捨て去ったあげく、彼女たちが敵視する性労働者運動に売り払ったように見えたのだ。わたしだって、彼女たちが「プロスパー」の新路線に怒りを感じることを理解できないわけではないが、あれだけジルさんを「自分たちに都合のいい証言をしてくれる元売春婦」として有難がり、また「世間は彼女の発言に耳を傾けるべきだ」と言ってきた人たちが、一転して彼女を「フェミニズムに対する裏切り者」のようにして扱うのは、醜悪だと感じた。

なかでもショッキングだったのは、「反ポルノ・売買春」活動家のニッキ・クラフトによって開設された、ジルさん個人を攻撃するためのウェブサイトだ。クラフトは早くからインターネット上でラディカルフェミニズムの主張を展開していた人で、ポルノを表現の自由として擁護するアメリカ自由人権協会 (American Civil Liberties Union) に対する批判でよく知られていた。サイトで彼女はジルさんを「『売春は個人の自己決定である』と考える運動の新たな広告塔」と描写したうえで、ジルさんが過去に書いた個人的なメールを暴露するなどして、ジルさん個人の評判をおとしめようとした。また、サイト上でジルさんの個人情報をさらに募集するということも行った。(現在、このサイトは閉鎖されているもよう。)

ジルさんがプロスパーの代表代行としてこれまでどおり各地で講演やワークショップをしようとすると、ラディカルフェミニストたちによって妨害が入るようになった。たとえば、二〇〇三年の秋に「性暴力に反対するバージニア州住民連盟」 (VAASA) という団体のコンファレンスに発表者として呼ばれた際は、ジルさんのもとにつぎのような脅迫メールが届けられた(エスケープ元メンバーの名前のみ、「*****」に置き換えています。)

VAASAにおけるあなたの存在を消去するための署名に一万一五〇三人のラディカルフェミニストの女性と男性が名前を連ねました/ あなたはそこで発言しないと理解しなさい/ わたしはVAASAに直接連絡し、あなたがVAASAで発言することはないと確認しました/ あなたは売春婦容認の主張とともにオレゴン州ポートランドに戻りなさい/ あなたの相手をするのにわたしがピリオド(句点)を使わないで/ スラッシュ(「/」記号のこと)を使っていることには気づいたでしょう/ なぜだかわかりますね/ 偽フェミニストは家に篭っていなさい/ あなたはVAASAには望まれていないし、*****さんはあなたと口を聞きません/ 月曜日までには一万二千人の女たちがあなたが悪の倒錯をVAASAに持ってこないよう要求します/ 西海岸にとどまっていなさい/ *****さんはあなたのような悪を認めません/ ピリオドがスラッシュに置き換わった意味を忘れないようにしなさい/

VAASAはジルさんの講演をキャンセルしていないし、そもそも彼女はエスケープがポートランドからミネアポリスに移ってから参加した人なので、「ポートランドに帰れ」というのは的外れ。だけどもう、こわいよこれ! わたしも嫌がらせメールを受け取ることはあるし、わたしの講演に対する妨害行為も何度か起きたけど、こんなに怖い脅迫メールをみたことは一度もない。この「スラッシュ」というのは、文法的には「/」記号のことを意味するけど、動詞として「(ナイフなどで)切りつける、切り裂く」という意味もあり、たとえば「十三日の金曜日」「エルム街の悪夢」のような生々しい殺害描写のある映画を「スラッシャー映画」とも呼ぶ。あきらかに、ジルさんに対する殺害予告だと読めるし、単なる脅しだとしても限りなく激しい怒りと暴力性を感じる。(VAASAはこの件を警察に通報し、コンファレンス参加中はジルさんに護衛がついた。)

もちろん、このような暴力的なことをする人はどんな運動にだっているものだし、この送り主がラディカルフェミニズムやマッキノン・ドウォーキン派の代表的な人間でないのは確かだ。でも、こうした脅迫行為が起きた背景には、それと同じくらいジルさんのことを汚く個人攻撃するニッキ・クラフトのウェブサイトがあり、それに賛同し、メールで転送し、コンファレンスに圧力をかける大勢の人たちがいる。本来「ポルノ・売買春は女性に対する暴力であり、根絶すべきだ」という主張を持っている人たちが、その暴力を受けてきたサバイバーであるジルさんを個人攻撃したり、発言機会を奪おうとするというのは、いったいどういうことなのか。

そのような運動を「1980年代からの反ポルノ運動の灯を保ち続けている貴重な団体」と褒めるマッキノンや、それを有り難そうにサイトに掲載する「反ポルノ・買春問題研究会」を見ると、「反暴力」「反女性差別」という目的のために集まったはずの運動が、自らのイデオロギーに溺れ、自分たちが加担している暴力や差別に無頓着になっている現場を見たような気がする。もちろんそれは、性労働者運動や表現規制反対運動のなかでも少なからずみられるパターンであって、「反ポルノ・売買春」派だけに限った話ではないだろう。ポルノや売買春にどのような意見を持つか、あるいは表現規制に賛成か反対かは別として、運動のなかで起きてしまうこうした問題にきちんと対処できるかどうかが、運動にとってとても大事だと思う。

【おまけ】

上でも書いたように、ちょっと近いテーマで今月一五日発行のαシノドスに書いてます。ボツじゃなければ多分。「きっとコヤマのことだから、あとで元原稿をブログにも掲載するんだろう」なんて言わないで読んでね。シノドスのiPhoneアプリもいい感じだし。

One Response - “反ポルノ・売買春団体「エスケープ」十年前の方向転換と、暴力をふるう「反暴力」活動家たち”

  1. *minx* [macska dot org in exile] Says:

    キャサリン・マッキノン、一九九一年の座談会でクラレンス・トーマス最高裁判事を支持する発言

    本家ブログでフェミニスト法学者キャサリン・マッキノンの名前が出ているので、それに関連したおまけをこちらに。 ハードドライブの中の古いファイルを整理していて、一九九一年に…

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