在特会と通じる性質を見せる「反在特会」の取り組みと、「上から目線のエセインテリ」

12/22/2009 - 1:37 am | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

某秘密主義メーリングリスト(フェミニズムやジェンダー系の運動情報を共有するという目的で超有名な大学教授たちによって設置され、千人を超える参加者を集めているにも関わらず、その存在を明示的に言及することすら禁止されているという、おそろしいメーリングリスト。検索すると誰かがtwitterで独り言をつぶやいているかもしれないけど、独り言だから秘密を破ったわけではない)で議論となっているある問題について、大切なことだと思うのだけれど、時間がないからブログに書くのは厳しいかなぁ、と思っていたところ、思わぬところから突然メーリングの外で批判されたので、返答を兼ねて書く。ただでさえ少ないわたしの睡眠時間を削ることになるけれども。

議論の発端は、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)という排外主義団体が朝鮮学校に押し掛け、「スパイの子どもたち」「朝鮮学校を日本から叩きだせ」と騒いだ問題に対して、在特会に反対すると称する人々が東京しごとセンターの施設を借りて開いた緊急報告会についての投稿。というか、秘密主義ではない別のメーリングリスト(CML)に投稿された記事の転送だったので、秘密主義MLではなく公開MLの記事をリンクすると、こちらの記事だ。また、事件の概要などは、同じくCMLにいくつか記事があるのでそちらも紹介しておく。

[CML 002273] Fw: 京都第一朝鮮初級学校に在特会が暴挙
[CML 002280] 在特会・「自民党と暴力団の犯罪
[CML 002372] Re: 12 ・ 19 緊急報告会(京都朝鮮学校事件)の<警備協力要請>です
[CML 002391] 本日の緊急集会、在特会を圧倒して大成功!
[CML 002395] [集会報告と御礼]12・19緊急報告会 民族差別を許すな! 京都朝鮮学校襲撃事件を問う

わたしは、在特会の行動が民族差別的あるいは排外主義的であり許せない、在特会に反対する立場の人たちがきちんと在特会を批判し、抵抗し、かれらの被害者を支えていくべきである、という点では、この集会の主催者やその参加者たちと、まったく同じ意見だ。

しかし、とくに[CML 002395]に見られるように、「反在特会」側が安易に警察に頼り、法に頼り、敵対者を排除・殲滅しようとすることには批判的であり、わたしがメーリングリストで展開した批判はそうしたものだ。次に、その一番はじめの投稿を載せる。

「会場セミナー室前では私たち自身が警備体制を敷きました。施設側がしっかりしてくれたので、当初予想されたような混乱はなく、無事に済みました。とはいえ、実際には何人もの右翼が会館内に紛れ込んでいました。すでに午後2時には何人もが中に入っていました。午後2時からの西谷文和さんのイラク報告会の時点で、こちらの様子を探りに入れ替わり立ち代り出没していました。午後5時過ぎには、廊下やエレベータホール前に押し入ってきました。廊下で暴言を吐く者もいました。セミナー室に入ったものも2名いましたが、開会前に早期発見、退場していただきました。いずれも廊下をうろうろしながら妨害を画策していたようですが、何もできずに帰っていきました。」

これを読んでとても驚きました。

公共の施設で、公の問題についての集会を開催しておきながら、何か妨害や問題のある行為を取ったというわけではなくて、ただ単に個人の思想だけを理由として、排除したわけですか? そうすることで、警察や警備員に自分たち「市民」は守ってもらったと? これでは、在特会が「不法移民を追い出せ」「朝鮮学校による公園の不法占拠はやめさせろ」と叫ぶのと、一体どう違うんでしょうか。

「自分たち」を絶対視し、法や警察を使って異質な存在の「侵入」を排除しようとするのは、まさに在特会の行動原理そのものでしょう。それと全く同じ行動原理を採用しながら、「排外主義を許さない」などと主張することは、あまりに恥知らずではないかと思います。排外主義に本当に憤っているのか、それとも単に在特会があまりに排外主義を正直に口にしてしまっている(デリカシーに欠ける)ことに憤っているのか、はっきりしてほしいです。朝鮮学校に押しかけなければ、街宣車で乗りつけなければ、問題がないのでしょうか。

そしてもし、排外主義に本当に憤っているのであれば、「自分たち」の安全(というより自己満足的な安心感)のために、現実に何の問題も起こしていない人を、異質であるというだけの理由で、国家権力を動員して排除する、という行動を、いったいどう正当化するのか、聞いてみたいです。自分たちのことを「市民」と位置づけ、それ以外の他者を「監視」が必要な「暴力集団」と規定して排除するとき、その「市民=シティズン」という言葉がどれだけ排外主義と結びついているかということに、考えが及ばないものなのでしょうか。

この意見に対し、何人の方から、わたしが在特会がどんなに酷い事件を起こしている団体なのか知らないのではないか、という内容の反論があった。しかし、「あなたはかれらがどんなに酷い連中か知らないからそんな事が言えるのだ」という人は、つまり「酷い連中は、法を侵害する連中は、どんな扱いを受けても仕方がない」と言っていることになる。それでは、在特会が「不法滞在している外国人は日本から叩きだせ」と主張していることと何も変わらない。在特会ももちろん大きな問題だが、反在特会の側も在特会と同じ性質を見せている。

また、わたしは集会主催者たちが警察の警備に頼ったこと自体は批判していない。わたしが批判しているのは、かれらが警察に「守られた」ことを、手放しに歓迎し、喜んでいる点だ。報告者は、次のように書いている。

一言で言って、麹町署の警備は非常によく統制され、見事な体制でした。三鷹や京都のケースとは違って、麹町署は警備のプロとして、市民の安全を守るために万全の仕事をしてくれたと思います。

(略)

万全の警備を敷いていただいた麹町署に感謝いたします。暴力集団の違法活動を監視し、市民の安全を守るために任務を的確にこなされました。

こうした記述に対し、わたしはメーリングリストに次のように書いた。

排除を決定したというだけであれば、その場にいなかったわたしは、進んでそれを批判しようとまでは思いませんでした。わたしが批判しているのは、あのような排除を「本来ならあまり望ましくないが、今回はああするしか仕方がなかった」というのではなく、まるで警察が自分の思う通りに「市民」をそれ以外の「暴力集団」から守ってくれた、在特会を「見事に撃退した」と、手放しで喜んでいるような、報告の内容です。

(略)

必要悪として法や警察による排除が行われなくてはいけないときもある、ということは理解しています。が、あの報告は、必要悪どころか、自分たち「善良な市民」を守るために、これからもどんどん積極的に警察に守ってもらおう、「市民」に含まれない連中は排除していこう、という内容であり、本来なら排除はあまり望ましいものではないが、今回はそれ以外に手段がないので仕方がない、というようなものではありませんでした。

また、暴力にさらされて口も開けない立場の人がいるから警察を呼び出すしかない、というのも短絡的だと思います。そのような立場の人を生み出したのは自分を含めた社会であるはずなのに、まるで自分は無関係の「善意の他者」であるかのようにふるまうのはおかしいと思います。

(略)

在特会も、自分たちは朝鮮人を差別しているわけではない、不法外国人や日本に敵対し破壊を目論む外国人を追い出したいだけだ、と言っていますね。

仮に、在特会の行動に暴行や脅迫が含まれているとしたら、それを取り締まるのは、確かに警察のあたりまえの職務です。しかし、実際にそうした行為を行ったわけではないのに、在特会のメンバーであるというだけで、あるいは在特会の思想に賛同するからといって、公共の施設から排除するべきだというのは、かつてオウム真理教の信者を一斉に別件逮捕したことと同じです。また、一部に犯罪に手を染める外国人がいるからと外国人全体を敵視することとも同じです。「在特会を見事に撃退した」と嬉々としている事態ではないと思うのですが。

(略)

そもそも、「当局」が取り締まったのは、排外主義を止めるためですか? 公の責務に目覚めたからですか? たんに、治安維持のためでしょう? だって、排外主義の総本山は、「日本人」だけを特権階級として扱い、在日コリアンやその他の外国人をそれ以下に置き、「不法滞在者」を取り締まり排除しようとする、「当局」自身じゃないですか。

あなたにとっては、在特会がうようよいる場に警察を呼び込めば「守ってもらえる」と安心できるのかもしれませんが、「ただでさえ在特会がいて怖いのに、さらに合法的に暴力をふるい、自分や自分の家族を日本から追い出すこともできる警察までいて、余計に怖い」と思う人だっているんじゃないですか。

このように、わたしは自分の立場をきちんと説明していると思うのだけれど、いつまでたっても「あなたの意見は理解したが、ここが納得がいかない」という反論はなく、「あなたは状況を理解していない」という反応ばかりがしばらく続いた。かれらは、「説明しているのに理解してもらえない」と繰り返し発言するが、これは「説明さえ理解してもらえれば、同じ見解に至るはずである」という、同質性の押し付けに他ならない。

その一方で、わたしが何を批判しているのかは、まったく理解しようともしていないように見える。これは当たり前の話で、もし説明さえ理解してもらえれば、同じ見解に至るはずである」とすれば、自分が批判されるのは誤解に決まっているのだから、相手の批判を理解したうえで反論する必要などなく、ただ自分の主張を繰り返しなんどでも説明すればそれで足るということになってしまう。

在特会は排外主義の団体だから、自己中心的で「他者」を認めないというのは当然かもしれない。でも、反在特会、反排外主義を掲げる側が、自分と異質な「他者」の存在を認めず、「市民」の同質性を指向するのは、困った事態ではないか、と書いたあたりで、メーリングリストにおける議論は自然とおさまった。

と思ったら、今日仕事から帰ってきたら、かのスピシン主義者の伊田広行さんが、「在特会の動きに対抗する運動を批判する、ダメインテリ」という記事をブログに発表し、わたしを批判してきた。まあかれの場合、関係者には誰のことだか分かるように書きつつ、相手の名前は出さないというのがパターンらしくて、今回も「Aさん」と書いているけれども、あれはわたしのことに間違いないので、ここで返答する。

伊田さんの「Aさん」への批判をまとめてみる。ひとつめは、わたしが「現場の状況を知らずに、また政治感覚もなく、大事ではないところに理屈でこだわっている」ということ。ふたつめは、「上から目線で『左翼』をバカにして愚かだと切り捨てている」こと。また、実際に何が起こったかというレベルで「事実をねじ曲げている」という批判もあるようだ。

最後の批判については、わたしは集会報告の内容をそのまま信じてそれを前提に議論しているので、もし報告が間違っているのであれば事実に即していない可能性はある。しかし、わたしの解釈が間違っている(なにもしていないのに退席させられた人はいない)と主張している人自身、主催者でもなければ集会に参加していたわけでもないので、何を根拠に主催者による報告が間違っていると主張するのかよく分からない。もし仮に事実とは違うというのであれば、ねじ曲げているのはわたしではなく、報告を書いた人だろう。少なくとも今の時点では、他の参加者を含め誰も報告を訂正していないことから、おそらく報告は事実の通りだとわたしは思っているので、報告が間違っているという事実の提示がなされない限り、とりあえずは報告は正しい(まだなにもしていない人が、これから妨害するのではないかという嫌疑をかけられ、退席させられた)として話を進めたい。

伊田さんは、次のように言う。

警察とか国家権力を、抽象的に論じているのは愚かです。私の所属するユニオンでも、警察に憤ることもありますが、だからこそ、こちら側の運動にちゃんと関わるように求めていきます。ひどいことをしていくのかと問うていきます。警備などを要請すること自体が運動であり、政治なのです。警察をどちらがどう取り込んだり利用するかも力関係の産物です。差別言辞を吐き、一人一人を恫喝するような行動を取るやつらを、抑制するように警察に突きつけていくことが必要です。

これなんだけれども、場合によってはそのとおりですね、以上に何も言うことはない。伊田さんは一体、わたしが「警察に警備を要望したこと自体を批判しているわけではない」と書いているのを、読んだのだろうか。読んだのにそれを無視して、まるでわたしが単純に「警察に警備を頼むべきではない」と主張しているかのようにして批判するのは、事実をねじ曲げているのではないのだろうか。「警備などを要請すること自体が運動であり、政治」なのだからこそ、その政治性に敏感でなければいけない、というのがわたしの主張なんだけどね。

現場を知らない、理屈で論争している、という批判については、どこが運動の「現場」なのか伊田さんの判断だけで勝手に決めつけないで欲しい、と応えたい。わたしが抵抗しようとしているのは、在特会のような「わかりやすい、カリカチュアライズしやすい敵」だけではなく、わたし自身を含めた「普通の市民」「平穏な市民社会」がふるう暴力であり、たかだか在特会を叩くためにより大きな問題を放置することが「現場感覚」だとは思わない。在特会への対応ももちろん必要だが、在特会が存在しなければ、朝鮮学校におしかけさえしなければ、それで何か在日コリアンたちがおかれた社会的・法的地位が向上するのか、と常に問わなければいけない。

そもそも伊田さんは、わたしが「上から目線」で相手を「愚かもの」扱いするのが間違っている、と言うけれども、「エセインテリ」だとか「愚か」だとか、思いっきり「上から目線」でわたしを馬鹿にしているのは伊田さん自身でしょ。伊田さんは、

今回の集会のようなことも含めて、排外主義の高まりに対してはいろいろな水準でいろいろしていくことが重要で、それを、在特会のような動きに対抗していく運動を進める立場にたって仲間として積極的な意見(時には問題点も指摘する)を言うのならわかりますが、そうではなく、上から目線で、バカにして批判するというのは、ダメインテリの典型です。

と言うけれども、「上から目線で、バカにして批判するというのは、ダメインテリの典型」というなら、それは伊田さん自身に一番ぴったりくるように思う。わたしの批判は、もちろん「在特会のような動きに対抗していく運動を勧める立場にたって仲間として積極的な意見」を言っているのであって、「恥知らずだ」と批判したことはあっても、伊田さんみたいに「愚か」「エセインテリ」と馬鹿にした事は一度もありません。(ごめん、厳密にはうそ。最初は全然馬鹿にするつもりはなかったんだけど、議論を進めてみて、あまりに馬鹿な反発を続ける数名に限って言えば、心の中で思いっきり馬鹿にしました。でも伊田さんと違って文章には書いてないよ。)

おもしろいのは、伊田さんがわたしの態度について、次のように書いていること。

これはジェンダーフリーの運動をしていた現場の人々の実体を知らずに、揚げ足取りをして悦にいっていた人びとの姿と重なります。

例によって誰のことを批判しているのか明示しようとはしないけれども、かれのこれまでの言動から判断して、ここで伊田さんが「揚げ足取り」というのは、山口智美さんが「ジェンダーフリー」という言葉の日本での採用が、バーバラ・ヒューストンの言葉の誤用であったことを明らかにしたことを指しているのだろう。

でも山口さんは、言葉の意味を間違って試用していることを「揚げ足取りをして悦にいっていた」わけではなくて、行政と結びついた一部のフェミニストたちが、それまでの女性運動やフェミニズムの歴史から断絶したところに、一般には馴染みのない言葉を持ち出すための権威付けとして「外国の学者が提唱している」という虚構を作り出したことを批判しているのであって、それは伊田さんによる「上から目線」批判、「エセインテリ」批判と同質のものであるはず。

そして、今回伊田さんが自ら言っている通り、「ジェンダーフリー」論争のときも、伊田さんは「ジェンダーフリー概念を批判する人(その使用に躊躇する人)は、いまの政治的文脈を見誤っている」「ジェンダーフリー概念は自信をもって使ったらいいものであり、これを使わないということは男女共同参画の流れを後退させるもの」(『「ジェンダー」の危機を越える!ーー徹底討論!バックラッシュ』 p.244-245 より)として、「ジェンダーフリー」という言葉に批判的なフェミニストを「現場の実態を知らない、政治感覚がない」と、上から目線で愚かだと切り捨てていた。

このように、伊田さんは、口先では「同じ運動を勧める立場にたって仲間として積極的な意見」を言ってもいい、と言っているが、実際に自分と違う意見が出てきたらそれを認めようとはしない。自分や自分と同じ意見の者だけが「現場」を知っており、「政治感覚」があるという前提がはじめにあって、自分と違う意見は「現場を知らない、政治感覚がない」と切り捨てるだけだから、まともに批判も反論もできない。もしかれが本当に「上から目線」で切り捨てるのはいけないと思うなら、どうしてメーリングリスト上でわたしを批判せずに、コメント欄もトラックバック欄もない、90年代風のブログに書くのか。「同じ運動を勧める立場にたって仲間として積極的な意見」を寄せてくれても良いはずだと思うのだけれど。

18 Responses - “在特会と通じる性質を見せる「反在特会」の取り組みと、「上から目線のエセインテリ」”

  1. tukinoha Says:

    はじめまして。大変興味深く読ませていただきました。
    最初に感想を言わせていただくと、在特会を排除するために国家権力を用いることの是非(というほど二項対立的なものではないにせよ)についてですが、市民運動の性質とも関る、矛盾にみちた問題であると感じました。
    在特会が、いわばネイションや民族の一体性というものを軸に団結し、市民を脅迫しようとする。それに抵抗する反在特会は、在特会の真似をするわけにはいかないわけで、ネイションや民族のように抑圧的ではない団結の原理をさがさなくてはならない。今は、それがうまくいかず「市民」という極めて漠然としたつながりに留まっているように思われます。
    このような団結を欠いた「個人」の集合であるからこそ、警察に、国家権力に頼らざるを得ない。彼らにとっては、在特会のような自警団的存在こそ、まるで農村の閉鎖性がそのまま生き残ったかのような抑圧的集団であり、むしろ「個人」として直接国家につながる自分たちの方が自由な集団である、と主観的には認識されるのではないでしょうか。警察に頼ることの危険性についての、認識のズレにはこういった事情が関係しているように思われます。
    警察に頼ることは国家権力の全面化を助長する、という警告をだすことはまったく正しいのですが、この認識のズレを生めるためには、やはり何らかの代案が必要であるように思われます。
    以上、長文失礼しました。

  2. tpkn a.k.a kdx Says:

    基本的にはMacskaさんの仰る通りなのですが、今回の場合、在特会(および主権回復を目指す会)は、はっきりと「集会を妨害する」、すなわち集会の自由を実力をもって粉砕すると事前に宣言し動員をかけていましたから、在特会に属する人を入れないという措置自体は間違っていなかったかと思います。私も肩にチベット旗ついてましたし、怪しまれたら自分が反在特会の側であることを証明する手立てが何もないななどと思って心配しましたが、誰何はされたものの、ひとまずたいした尋問もなく会場に入ることができました。

    ただ、おっしゃるような問題はアンチ在特会の側には広く存在していて、困ったことを言う人も結構多いです。

  3. kgr Says:

    こんにちは。当日、現場にいたものです。というか前田さんのいう「自主的な警備」に参加した「ボランティア」です。こう紹介されるとまるでガーディアン・エンジェルみたいで萎えるんですけども。

    macskaさんの反排外主義が排外主義に転じてしまうことに対する危惧は僕も共有しているつもりです。また、前田さんの書き方というかテンションというか、悪の在特会を警察と協力して正義が「殲滅した」みたいな風に読めてしまったとしたら大変残念です。ただ、「「反在特会」側が安易に警察に頼り、法に頼り、敵対者を排除・殲滅しよう」したというのは現場にいた僕の認識では大きく事実と異なります。例えば、当日、「自主的な警備」に参加した人間から前田さんに向けて、今後、警察に警備を要請する際はより慎重に検討するよう申し入れがありました。端的に警察はほっといても来るだろうし、下手したら主催者側かあるいは在特会メンバーが不当に逮捕されるかもしれませんし。括弧付きであっても「反在特会側」として、上のような内容のことを書いたらあそこにいた人々をひとまとめに排外主義的だと規定しているように読めます。前田さん個人や他の参加者について、私はよく存じ上げていませんが、確かに警察に安易に協力を要請した嫌いはありますが、少なくとも今回の事例に限っては、彼や私やその他の参加者が在特会を殲滅しようとはしていないと断言できます。もちろん、「殲滅」の意味にもよりますけど、「酷い連中は、法を侵害する連中は、どんな扱いを受けても仕方がない」というような行為はしていません。前田さん個人は、ヘイトスピーチを犯罪化すべきとお考えのようですし、「市民」という言葉の使い方が微妙だというのもわかりますが、どんな扱いを受けても仕方がないと考えているとまでは読み取れないなあ、と当日起きたことを鑑みるとと思います。

    前提として、これはmacskaさんはご存じかと思いますが、前日までに在特会の西村が集会を開かないよう会場に圧力をかけていました。また、当日も会場前で在特会メンバー数十名が街宣をしてました。街宣といういうと聞こえはよいですが、京都の朝鮮学校前や蕨市で行っていたことと全く同じようなことをしていました。(これに対しては、混乱を拡大させないため、私たちは何も対応しませんでした。)そして、当然、会場には朝鮮学校の生徒、学生も含め多くの朝鮮系の人々がいたわけです。つまり、集会が行われていたまさにその場所で彼らの尊厳が貶められていました。この点で、旧オウム信者が隣のマンションに引っ越してきた、とかうちの大学に入学してきたというのと状況が全然違うことは理解していただけますか。ただ、その場所に住もうとしていた旧オウム信者と違って、在特会はまさにその場所で在日朝鮮人に対する人権侵害的行為を行っていました。

    さらに、そのような彼らに対して行った私たちの行為は彼らを殲滅しようとするものではありません。反オウム市民活動というのは住民票を出さないとか自分の住む街に彼らが引っ越してくることに対して反対運動をする、大学入学を許可しないとかそういったものですよね。また在特会はいろいろやってますが、今回の件でいうと、朝鮮人は半島に帰れっていう主張。これと、まさに今、現在、人権侵害を行っている団体の構成員をその人権侵害の対象となっている人々が大勢いる会場に入らないようにすることは大きな違いがあると思います。私たちは在特会メンバーは、東京に住むな、とか日本に住むなとか言ってるわけではないですし、警察に別件逮捕しろとか、転び公防でぱくっちゃえと言ってるわけではないですから。旧オウム信者に失礼な比喩かもしれませんが、例えるならオウム被害者のイベントに現役のオウム信者が集団で反対行動を会場前でしていて、なおかつ会場に入ってこようとしているようなものですよ。それを、会場に入らないでくださいっていうのは恥知らずな行為ですか?殲滅しようとしますか?

    macskaさんが、私たちが行った行為の妥当性について考える機会を与えてくださったことには感謝していますし、私のような小心者は某秘密主義MLでははずかしながら、自主規制してしまうので、このようにブログでコミュニケートできることもありがたく思っています。また、彼らを「排除」したこと、あるいはその行為についての評価が妥当かどうか議論はあると思います。ただ、私たちが彼らを殲滅しようとしたという風に評価なさるのであれば、また、反オウム市民活動や在特会自体と同質だとされるのであれば、それには全く同意できません。

  4. ばらいろのウェブログ(その2) Says:

    【お願い】日本の左翼や社会運動の問題点/不十分点を指摘するた…

    ※この記事は、「在特会と通じる性質を見せる「反在特会」の取り組みと、「上から目線のエセインテリ」」への応答です。  警察に安易に頼ることや、警察を信用してしまうことの (more…)

  5. macska dot org Says:

    しがらみも責任もないからこそ、言えることもある、という話/k…

    「チャレンジド」の話題でブログを再開し、続いて在日特権を許さない市民の会(在特会)による朝鮮学校に対する攻撃とそれに対する(主に日本人の)抵抗について取り上げたが、もち (more…)

  6. macska dot org Says:

    日本の左翼や社会運動の問題点/不十分点を指摘するために、朝鮮…

    続けて今回は、ひびのまことさんのエントリ「【お願い】日本の左翼や社会運動の問題点/不十分点を指摘するために、朝鮮学校に在特会が押し掛けた事件をネタに使うのをやめてもらう (more…)

  7. *minx* [macska dot org in exile] Says:

    「在特会に対する切断操作はよくない」のは、在特会がかわいそう…

    ひさしぶりの更新になりますが、例によって本家エントリ「在特会と通じる性質を見せる『反在特会』の取り組みと、『上から目線のエセインテリ』へのブクマコメントにお応えしちゃ (more…)

  8. cb Says:

    DVと同じで暴力や侮辱は気持ち良いのです。
    ですのでありとあらゆる瑣末な理由をつけて攻撃を正当化するのです。
    しかしここは法治国家ですので犯罪者は逮捕しなければならないでしょう。

  9. 在特会会員 Says:

    私は部落のある地域で育った日本人です、初めに断っておきますが私はレイシストではありません というよりも在日のかたは好きです
    在日の友人の方が日本人の友人より多いもので

    それはともかく
    私が在特会に入った理由は在日である友人のためです、何故真面目に働いてきちんと納税もしている私の友人が差別されなければいけないのでしょうか?
    もともと私は左翼思想の持ち主でそういった活動を見てはきましたがそれは間違っていると気づきました、生活保護を貰っておきながら日本を貶め口々に不平を漏らすそんな厚顔無恥で非常識な在日、いや在日と言うとその他大勢の在日の方に失礼なのでザイニチと呼びます、の生活を守らなければいけないのでしょうか?
    このザイニチは声が大きいだけの最低なクズ集団でした
    いつも不利益を被るのは声の小さいほうだけです…
    私はこういうザイニチを許せません 無関係な私の友人を同じ朝鮮人だからと差別に巻き込まないでください 先日、小学校以来の友人であった一人がまた引っ越してしまいました
    許せません 排外主義と言われようと構いません 在日全体の品位を下げるザイニチを人として許せません ザイニチのみなさん日本が嫌なら本国へ帰ってください
    私がそのお手伝いを致します

  10. macska Says:

    在特会会員さん、

    私はこういうザイニチを許せません 無関係な私の友人を同じ朝鮮人だからと差別に巻き込まないでください 先日、小学校以来の友人であった一人がまた引っ越してしまいました

    真面目に働いて社会に貢献している人もそうでない人もいるということであれば、在日朝鮮人の人たちだけでなく、日系日本人の人も同じはずです。しかし、日系日本人が「厚顔無恥で非常識」であったとしても、だからといって日系日本人に対する差別や排斥は起きません。そういう個人が敬遠されるだけです。

    同様に、在日朝鮮人の中にも「厚顔無恥で非常識」な人はいるでしょうが、だからといって在日朝鮮人全体が差別を受けるのはおかしいでしょう。その責任は、「問題のある日本人は個人として扱うのに、在日朝鮮人の場合だけ民族全体の責任にする」というダブルスタンダードを採用している、日本社会の側に全面的にあります。「差別にまきこんでいる」のは、差別している人であって、一部のおかしな在日朝鮮人ではありません。

    また、あなたがレイシストではないと言っているのは分かりましたが、在特会のような団体に加担することが、本当に「まじめに働いてきちんと納税もしている私の友人」のためになるのかどうか、もう一度考えてもらえませんか。あの団体がこれまで行ってきたような暴力的な示威行為や恫喝のような行為を、あるいは在日朝鮮人全体に対する明らかに差別的な発言などを、あなたは支持できるのですか?

  11. 通りすがり Says:

    macskaのコメントの
    >「問題のある日本人は個人として扱うのに、在日朝鮮人の場合だけ民族全体の責任にする」という
    >ダブルスタンダードを採用している、日本社会の側に全面的にあります。「差別にまきこんでいる」の
    >は、差別している人であって、一部のおかしな在日朝鮮人ではありません。
    は9割賛成です。残り1割は「責任が日本社会の側に全面的にある。」というところが疑問が残ります。
    例えば、ザイニチは、すべての在日を代表しているような論調です。
    在日の声と、ザイニチの声が区別されて、個として扱えるように、在日社会でもきちんと立場の違いを表明して主張して欲しいと思います。

  12. 差別主義者といわれても Says:

    方法論は別として、在特会の主張は間違っているとは思えません。在日には、はっきりってヤクザとおなじで怖い、近寄りたくない、どこかに行って欲しい。これが率直な感想です。これを差別主義だといわれれば、それでも構わない。イヤなものはイヤ。嫌いなものは嫌い。

  13. macska Says:

    イヤなものはイヤ、そこまでは仕方がないでしょう。あなたの内心の差別心は、あなたの自由です。

    しかし、在特会は「自分にとってイヤだから」排斥する、という団体です。イヤなものはイヤ、近寄りたくない、どこかに行って欲しい、というあなたの内心の自由までは尊重したうえで聞きますが、どうしてあなたの個人の好き嫌いが、他人の権利を制限してまで、政策のレベルで尊重されるべきだとお考えなのでしょうか? これは本当に知りたいので、教えてください。

  14. 匿名 Says:

    なんかコメントが理想論ばかりで他人事wこんな日本人が日本を悪くしている。朝鮮学校は金の支援を受けているのは事実。そしてブルーリボンを拒否!これどういう意味かわかりますよね?全ての朝鮮人が悪いわけではないから可愛そう?いいかげんにしてくれます、その中途半端なやさしさ・・・。いいかげんに目を覚ましたらどうだ?

  15. macska Says:

    「可愛そう」なんて誰も言っていないのに、言っていないことにたいして「いいかげんにしてくれます」だなんて、あなたこそいいかげんにしてくれます?

  16. 匿名 Says:

    不法滞在と不法占拠で四の五のと言い訳してる団体は主に北朝鮮系と韓国系が大半です。なのでこれら在日害人に対して善良な外人と日本人が苦情を言う事は間違いでありあせんし、人種差別だの外人差別ではありません。
    犯罪行為・組織犯罪として厳重に取り締まるべきだと思います。

  17. 東武8000系 Says:

    自分も在特会は、大嫌いです。しかし、自分も、そうやって変な言動を見せるのは、在特会と同じだと思います。

  18. 在特会=アルカイダ Says:

    まあ人権侵害九歳法案可決を賛成するのしか極悪在特会を倒せる方法はもう無いでよ

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