20年遅れで輸入された「チャレンジド」の問題——あるいは「ジェンダーフリー」の再来

2009年12月15日 - 10:49 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

あんまりブログ更新を休みすぎると、「ブロガー」というわたしが唯一持っている肩書すら無くしてしまうよ!と思ったので、久しぶりに更新。ていうか、わたしは日本の政治をそんなに真面目にフォローしていないのだけれど、鳩山首相が障害者差別禁止法の整備を訴えたというニュースにおいて、首相の「障害者という言葉よりもチャレンジドの方が望ましい」という発言が紹介されていたので、その件について。
実は、はじめわたしがこのニュースを見た時に思ったのは、「チャレンジド」なんてわけのわからない外国語がそんなに一般に浸透することはないだろうし、放っておいてもいいだろう、くらいのことだった。鳩山首相もいったいどこでそんな言葉を知ったのだろう、余計なこと言わなくていいのにな、と。
でも、「ジェンダーフリー」の経験から分かる通り、わけのわからない言葉が、もしかするとわけがわからないからこそ、「進んだ外国ではこういう言葉が使われている」として、一部のメディアや自治体によって採用され、流通してしまう、ということは、有り得ないことではない。Google日本語入力で「チャレンジド」が一発で変換される程度には使われている言葉だし、気になったので検索してみたところ、NHKのドラマのタイトルとして「チャレンジド」が採用されているほか、いくつもの福祉団体がこの用語を使っていることがわかった。
NHKドラマ「チャレンジド」のサイトでは、この用語は次のように説明されている。

「チャレンジド(challenged)」は英語で障害者をさす。神からチャレンジという使命を与えられた人の意。
チャレンジド ドラマのみどころ

これはすごい。どこがすごいって、「チャレンジという使命」って部分が、そもそも説明になっていないもの。要するに、乗り越えなければいけない苦難を負わされた人々という意味だろうけれども、ここで問題なのは、それが「健常者社会によって」不都合を負わされているという側面を無視して、いきなり「神から」与えられた試練、ということになっていること。ひどいと思う。
これはNHK独自の解釈というわけではないようで、次のようにさまざまな福祉団体も同じように説明している。

チャレンジド 【Challenged】 とは「神からチャレンジすべき課題や才能を与えられた人」という意味がこめられている新しい英語です。
NPO法人 札幌チャレンジド

『チャレンジド=Challenged』とは欧米で使われつつある“障害者”を表す言葉です。
その本来の意味は、“「ハンディキャップを跳ね返せ」と神から試られている人たち”、言葉をかえて、“挑戦するよう運命づけられた人たち”との事です。
チャレンジドメイト

「チャレンジド」とは-ーーーーーーーーーーー
日本語で”障害”のことです。
その本来の意味は”「ハンディキャップを跳ね返せ!」と神から試されている人たち””挑戦する運命を神から与えられた人達”からきています。
チャレンジドショップ

「チャレンジド」とは・・・
「チャレンジド」とは、障害を持っている人をあらわす、アメリカの言葉です。
正しくは、「ザ・チャレンジド(The Challenged)」といいます。
「挑戦すべき課題や才能を与えられた人々」という意味がこめられています。
「すべての人間は、生まれながらに自分の課題に向き合う力が持っている。
しかも、その課題が大きければ大きいほど、向き合う力をたくさん持っている」
という哲学に基づいています。
障害者就労移行支援  チャレンジド

チャレンジド(challenged)とは、「挑戦という使命や課題、チャンスを与えられた人」を意味します。
欧米で使われている “障がいを持つ方々(障がい者)”を表す言葉です。
チャレンジドアーティスト

これらは検索の上位に出てきたサイトから抜き出したものだけれど、これらから判断するにどうやら障害者福祉業界では「チャレンジド」という言葉は既にそこそこ浸透している様子。「はてなダイアリー」のキーワードでも、次のように紹介されている。

チャレンジドちゃんれんじど(一般)
障がい者より良い呼び方として提唱されている言葉
チャレンジドとは はてなキーワード

ウィキペディアに至っては、「チャレンジド」を調べると自動的に「障害者」に転送された上に、日本語の「障害者」の英訳として「challenged」という語が掲載されている。

障害者または障碍者(しょうがいしゃ、challenged)とは、なんらかの機能の不全(障害)があるために、日常生活や社会生活に制約を受ける人のこと。定義上は、身体障害者、知的障害者、精神障害者を含むが、日常語としては身体障害者のみを指す場合がある。
障害者 – Wikipedia

こうしてみると、少なくとも2000年頃の教育業界における「ジェンダーフリー」と同じ程度には、「チャレンジド」という言葉は知られているのかもしれない。ただ、この先どれだけ一般社会で受け入れられるかというと、「ジェンダーフリー」と同じように、すぐ行き詰まってしまうような気もする。「ジェンダーフリー」は、さまざまに誇張あるいは歪曲されて潰されたと言ってよいと思うのだけれど、それほど簡単に潰されてしまったことには、言葉自体にも問題があった。
「ジェンダーフリー」というのはもともと日本語として馴染みにくい言葉であり、特に日本におけるカタカナ語の「フリー」という言葉の理解された意味とのあいだに齟齬があったことにも原因があると思うが、「チャレンジド」も同じく、馴染みにくくカタカナ語の「チャレンジ」と意味的に衝突してしまう。英語として正確に言うなら、「障害者就労移行支援  チャレンジド」のサイトの言う通り、ただchallengedというのではなく、the challengedというのが正しい。文法的には、動詞challengeの過去形ではなく過去完了形が形容詞化したものに、さらにtheをつけて名詞化したものであり、それを一般の日本人に正しく理解しろというのも無理がある。
それはともかく、上に挙げたサイトではだいたい一貫して「障害者」(「障碍者」「障がい者」)より望ましい言葉として米国をはじめとする外国で通用している、という解説がなされている。しかし「より良い呼び方として提唱」しているのが鳩山首相の他に具体的にどこの誰なのかは、一切明らかではない。もともと米国の教育学者であるバーバラ・ヒューストンが批判的な意味で使っていた「ジェンダーフリー」という言葉が、日本では「男女平等」に代わる「より良い呼び方として提唱されている」かのように紹介され、一部業界において一気に広まったが、それと同じような問題を感じる。
そもそも、「チャレンジド」という英語は、英語圏において「より良い呼び方として提唱されている」のか。障害者自身による運動を進めている個人や団体が作った様々な文書を読めば、それははっきりする。以下にいくつか例をあげてみよう。

Many trendy terms crop up that should be avoided. “Physically challenged,” “inconvenienced,” “differently abled” and “handi-capable” are among the more recent terms. They act as euphemisms and are best avoided. Stick to “disability” or” disabled.”
Beyond the AP Stylebook: Language and Usage Guide for Reporters and Editors

What is appropriate language? Many disabled people today propose that we choose a new name for ourselves and our community rather than “disability” such as “physically challenged,” “disAbility,” “the able disabled,” and “special needs.” As Grosz notes, however, these terms do not necessarily challenge the oppositional category of able/disabled.” As Stokely Carmichael, Frederick Douglass, and Mary Daly all illustrate, one of the most effective ways to directly engage, and thereby supercede, this dichotomous category is to invert the subject/object divide and effectively mobilize it to its opposite by purposively valuing that which is devalued. We must, as Grosz argues, engage the language that has been historically used to stigmatize us, “disabled,” and reclaim and reassign meaning to it by purposely valuing that which is devalued (“disability”). Therein lies my rationale for DISABLED AND PROUD!
The Politics of Naming – Definitions of Disability in the Dominant Culture

Out-Dated Language: Handicapped, Physically Challenged, “Special,” Deformed, Cripple, Gimp, Spastic, Spaz, Wheelchair-bound, Lame
Respectful Language: Wheelchair user, Physically disabled, Person with a mobility or physical disability
Respectful Disability Language

一つ目の記事は、かつてRagged Edgeという影響力のある障害者運動についての雑誌を発行していたAdvocado Pressという出版社によるもので、「Physically challenged」のような、一見「気の利いた」言い換えは避けるべきだ、としている。二つ目の記事も同様に、障害者が自分を指す意味でそうした言い換えをすることはあるけれども、言い換えたところで本質的には何も変わっておらず、「障害者」という言葉自体の否定的な意味を転倒させるほかに、スティグマから逃れる道はない、と論じている。最後の記事は、メディアや福祉団体に対して「自分たちについて言及する際は、このような表現を使って欲しい」という意図を込めて作られた用語集からの引用だが、かなり否定的なニュアンスのある他の用語に加えて「Physically Challenged」(身体的にチャレンジド)が「古臭い用語」とされている。
このように、どの文書においても、障害者運動の当事者たちによって推奨されているのは、ごく当たり前の「障害者」「障害のある人」という表現であって、「チャレンジド」ではない。さらに検索してみたら、これはYahoo!インドのサイトなのだけれど、「チャレンジドだなんて不快な言葉を考え出したのは一体どこの誰なんだ!」という質問がYahoo! Answersに掲載されている。もちろん、「チャレンジド」という言葉を気に入って使っている障害者(じゃなかった、チャレンジドな人)も世の中にはいるだろうけれども、それ以上のものではない。英語圏における障害者運動は、ほぼ一致して「チャレンジド」という言葉を「使わないでくれ」と要請している。
さらに、ここで挙げた記事の日付を見て欲しいのだけれど、かなり古い。二つ目と三つ目は2000年代のはじめ頃だけれど、最初に挙げた文書はなんと1992年のものだ。それくらい昔の時点で、すでに障害者運動は「チャレンジド」という言葉を拒絶する声を挙げていたというのに、なんで20年近くもたって英語圏でもない国の首相が「チャレンジドの方が良い」なんて言い出すのか、まったく理解できない。
もちろん、これは「ジェンダーフリー」の時にも言ったことなのだけれど、元の意味がなんであれ、日本において「チャレンジド」が障害者たち自身によって肯定的な意味で受け取られ、広まっているというのであれば、わたしはそれに異論をはさむつもりはない。でもここ数日、障害学メーリングリストやその他における議論を聞いている限り、そういうわけではないようだ。どうやら、米国の非当事者たちが20年前におかした過ちを「お手本」として、まるで障害者運動による批判が存在しなかったかのようにそのままコピーしているだけのように思う。
まだしも「ジェンダーフリー」のときは、激しく誤解されたおかげで、新たに肯定的な意味を得た(たとえば、男女平等にとどまらず、ジェンダー規範からの自由や性的少数者の権利擁護までを含む概念として使用されたことなど)が、鳩山首相が「チャレンジド」を推奨することによってどのように肯定的な意味を加えようとしているのか分からない。神や自然の摂理によって「試練を与えられた」かのように扱うより先に、どれだけ健常者中心の社会設計が障害者の自立を困難な試練としてしまっているのか考え、そうした事態の解消につとめて欲しいのだけれども。
【追記】
はてな市民権が切れてしまっているのでキーワード編集できません。誰か書き直してください。

4 Responses - “20年遅れで輸入された「チャレンジド」の問題——あるいは「ジェンダーフリー」の再来”

  1. ともみ Says:

    うわ、こんなことになっていたとは知らなかった!意味不明なカタカナ語を使うことで、問題がごまかされかねない可能性を生むというのはいつものパターンにも思えます。

  2. えがわやん・別館 Says:

    チャレンジ強制障碍者ロール…
    お!macskaさんとこ、更新されてた♪http://macska.org/article/261ワシも「チャレンジド」に、引っかかる者の一人なんですがどう引っかかるの (more…)

  3. macska dot org Says:

    「チャレンジド」ケネディ由来説は間違い、米国的宗教観からの解…
    以前のエントリ「20年遅れで輸入された『チャレンジド』の問題——あるいは『ジェンダーフリー』の再来」の続き。というか追加情報の整理。かのエントリを書いたあと、何人かの人 (more…)

  4. 匿名 Says:

    呼び方はどちらでもいいです。呼び方をとやかく言う前に、あなたは障がい者のさまざまな問題にどう向き合っていますか?

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