同性婚論争を連邦裁判所に持ち込んだ弁護士の私利私欲

2009年6月1日 - 12:49 午前 | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

いろいろなところで既に話題になっているけれど、米国の法制度というか法文化がちょっと分かりにくいと思うので、同性婚禁止をめぐる先週のカリフォルニア最高裁の判決の周辺をちょっと解説。というのも、ゆうさん(id:calibaby)の「Prop 8の舞台は連邦裁判所へ」というのを読んで、これ違うんだけど、詳しく事情を知らなければこう受け取るのが普通だよなぁと思ったので。
その前段階として、先週の判決についておさらい。カリフォルニア州でも近年、同性婚の是非をめぐる議論はさかんになっていて、民主党が多数を握る州議会は同性婚合法化を可決、しかし共和党のシュワルツェネッガー知事が拒否権を発動して導入されなかったという経緯があったのが最初。そしてそれとは別に「同性婚を認めないのは異性愛者だけ特別扱いしていることになり、州憲法における法の下の平等に反する」という裁判が起き、州最高裁は訴えを認めて正式に同性婚が導入されたのだけれど、こんどは住民投票によって憲法そのものが「異性間の結婚しか認めない」という形に改定されてしまい、同時に同性婚は終了した。この時点でもうややこし過ぎる。
ところがそれに対して「異性間の結婚しか認めない」という憲法改正案は、既に憲法にある「法の下の平等」という規定に反しているから、そもそも住民投票することが認められるべきではなかった、という裁判が起こされた。それが先週判決があったもの。同時に、前回の判決から憲法改定までのあいだに合法的に結婚した同性カップルの地位はどうなるのかという判断も求められた。
つまり今回の裁判で同性婚推進派が求めていたのは「住民投票は違憲、憲法改定は無効、既婚カップルの結婚は当然有効」というものであり、逆に同性婚反対派は「住民投票は合憲、憲法改定は有効、既婚カップルの関係も無効」という結果を希望していた、とされている。そして結果は「住民投票は合憲、憲法改定は有効だが、既に結婚したカップルの関係は有効」という判決であり、両者痛み分けに終わった… と解釈するのが普通だよねやっぱり。そしてカリフォルニア州の各地をはじめ、全国の多数の都市において、同性婚推進派は「同性婚を認めないのは差別である」として、カリフォルニア州最高裁に抗議する集会が開かれた。
でも実のところ、こうした解釈は正しくはない。たしかに同性婚推進派の一部の人たちは、最高裁が住民投票を破棄して同性婚を復活させることを望んでいただろうし、カリフォルニア州最高裁に本当に怒って抗議していたのだろうけれど、それらの抗議集会には、これまで同性婚推進の運動を展開してきた主立った団体がほとんど参加していない。実のところ、今回の判決を内心もっとも歓迎しているのは、かれら同性愛者の権利擁護団体や、同性婚を推進する団体だからだ。
なぜか。最初に説明したとおり、カリフォルニア州では何度も議会や裁判所を巻き込んで同性婚の是非が問われ続けているけれども、その度に確実に同性婚への支持は拡大している。昨年の住民投票によって僅差とはいえ同性婚を禁止するための憲法改正案が可決されたこのは、その支持拡大が現実の政治のスケジュールに間に合わなかったということになるけれども、ここでまた最高裁が介入して一方的に住民の意思を否定してみせたら、かえって反対派の側が反発してより強硬になるのが目に見えている。
そもそも、仮に今回の裁判で勝つことができても、住民の過半数を説得できなければ、何度でも巧妙に字句を変え同性カップルの権利を否定するための住民投票は繰り返されるだろう。逆に今回の裁判で負けても、2010年にある次の選挙で「同性婚を認める憲法改定」を住民投票にかければ十分勝ち目はある。ただ、既に結婚している人たちは、突然「あなたの結婚が無効になりました」と言われても困るだろうから、同性婚が合法化されていた時期に結婚したカップルに限っては有効な結婚と認めるという判決は、いまの状況において考えられる限り最善と言っていい。
最高裁に住民投票を否定されては困るのだとしたら、どうしてそんな裁判起こしたのだ、と思うかもしれないけれど、それにはいくつか答えが可能だ。まず第一に、そもそもこの裁判は同性婚推進派全体の総意として起こされたものではない。第二に、普通に考えて原告が全面勝訴する判決はありえないから、既婚カップルの関係だけでも認定されれば良いと思って裁判に参加した人たちもいる。第三に、同性婚を推進しますと言って寄附を集めたり団体を大きくしたりしているために、たとえ望みが薄くてもできる限りのことは全部やりましたと支持者に示さなくてはいけない、という事情もある。第四に、長期的に性的少数者の権利が定着するかどうかはどうでも良く、単なる個人的な名声や野心のために目に見える成果を挙げたいという団体や弁護士がいる。
ここで、ゆうさんのブログから気になった部分を引用してみる。

Prop 8が合衆国連邦裁判所において争われることになった。(参考記事:LA TIMES
この裁判において同性愛者である原告の代理人を務めるのはセオドア・オルソン元訟務長官と、デイビッド・ボイズ弁護士。二人は2000年のブッシュ対ゴア事件において、大統領選挙の票の数え直しをやるべきかどうか、ブッシュ、アル・ゴアそれぞれの代理人として戦った敏腕弁護士たち。今回はチームを組み、Prop 8の違法性を争う。
(略)
 ゲイ・アクティビスト達は、同性婚問題を連邦レベルの訴訟に持ち込むことをこれまで注意深く避けてきていた。 八年間続いたブッシュ政権下において、連邦裁判所における裁判官たちは、保守派が主流であったため、とてもではないが同性婚に有利な決定が出るとは思えなかったからである。
 (そして一旦、連邦レベルで同性婚の禁止が合憲であるとされてしまったらそれを覆すのは非常に大変になる!)
 連邦最高裁においては、今までもゲイの権利拡大が争われてきたが、最高裁は大抵5対4で、性的指向を「保護が必要な傷つきやすい特性」であるとは認めず、ゲイに対する権利拡大を否定してきた。(最高裁判事の構成はリベラル4名、保守4名、そして中道1名と言われている)
 連邦最高裁だけではなく、全米にまた十三ある合衆国高等裁判所のうち、一つの例外(サンフランシスコにある第9巡回区高等裁判所)を除き全ての裁判所では、保守的な裁判官が多数を占めている。
 で、そういう中で、「下手に連邦レベルで訴訟起こすのはヤバい」という感じの雰囲気が、ゲイコミュニティには確かにあった。なのに、なぜ今回アクティビストは訴訟に踏み切ったのか。
 勝てそうな味方=敏腕弁護士を雇うことができたのも理由の一つだろう。同時に、連邦裁判所の保守派の覇権が、オバマ政権下で 変わると予想しているのかもしれない。
 アメリカのゲイリブは、「連邦裁判所」に場所を移したことにより、新たなステージにはいった。

結論から言うと、このオルソンとボイズという二人の弁護士が、歴史に残る重要な判例に自分の名前を載せるという個人的な野望のために、全米の同性カップルたちに多大な迷惑をかけることを承知でこの裁判を行なうことにした、というのが、事情通のあいだの共通認識だ。上の分類でいくと、第四の部類にあたる。
引用部にもあるけれども、この二人の弁護士は2000年の大統領選挙の結末をめぐって、それぞれブッシュ知事とゴア副大統領を代弁して最高裁まで争った当事者だ。オルソンと聞いても知らない人が多いと思うけれども、90年代にリチャード・メロン・スケイフという富豪が巨額を投じてクリントン大統領の「殺人疑惑」「コカイン密売疑惑」などあることないこと汚職事件をでっちあげた「アーカンソー・プロジェクト」の最重要人物の一人だ。(アーカンソー・プロジェクトについてはこちらに少しだけ記述されているが、その中に出てくる「ワシントン政界の黒幕」の「テッド・オルソン」というのが同一人物だ。)
そういう背景を持つ保守派の実力者セオドア・オルソンがこの訴訟に関わるのは、もちろん「ゲイリブ」のためではない。ボイズが同性婚賛成、オルソンが同性婚反対を主張することで、連邦裁判所において同性婚禁止が合憲なのか違憲なのかはっきり決着をつけよう、というゲームみたいなことを、この二人の弁護士はやろうとしているわけ。そうすることで、重要な判例に登場する弁護士として、かれらの名前は歴史に残ることになる。当然、真面目に同性婚推進のロビー活動とかしてきた人たちは、目立ちたがり屋弁護士たちのスタンドプレーに激怒している。
その裁判で勝つ見込みがあるのかというと、はっきり言ってまるっきりない。ブッシュ対ゴアでゴアに勝ち目がなかったのと同じく、実際に最高裁に持ち込まれれば、ほぼ間違いなく「同性婚禁止は合憲」という結論が出るだろう。それが誰の目にも明らかなのに、個人的な売名(というか歴史に残るための行為)のためにオルソンと組んだボイズなんて信用できるわけがないし、勝てそうかどうか以前に味方と呼べるかどうか怪しい。
現在、ちょうど最高裁ではスーター判事が引退を発表していて、その後任に指命されたソニア・ソトマイヨール高裁判事に期待する向きもあるかもしれないけれども、そもそもスーター自身が中道リベラルの判事なので、かれの代わりに別の中道リベラル系判事が入ってきても最高裁のバランスは変わらない。この件が最高裁に辿り着くまでに他にも欠員が生まれてオバマがリベラルな判事を指命することも考えられるけれども、高齢な判事はほとんどリベラル派か中道派で、バランスが変化する見込みは小さい。
もちろん、未来の完全な予測というのは不可能だから、もしかしたら数年のうちに最高裁のあり方ががらりと変わって、同性婚を認める判決が出るという可能性もないわけじゃない。そうなったら、ボイズ弁護士は英雄だし、オルソン弁護士は保守運動の中で袋だたきにあって、裁判に関わったことを一生後悔するかもしれない(それは見てみたい気もする)。でも、リスクが大きすぎるんだよこれは。引用部に書いてある通り、一度最高裁の判決が出たら、それを引っくり返すのはものすごく大変だし、全国レベルでも各州の同性婚導入の動きが逆流しかねないもの。
それだけ大きなリスクのある方針転換が、それに影響を受ける当事者のあいだで十分に議論されていないばかりか、これまで性的少数者の権利を擁護するためのさまざまな活動をしてきた団体や運動体の大多数の意向も無視して、一部の野心的な弁護士たちと、かれらが運営するごく一部の団体によってもたらされてしまうことは、かなり困った事態だと思う。同性婚をめぐる法的闘争が「新たなステージにはいった」ことは確かだと思うけれども、それは「アメリカのゲイリブ」の判断ではない、少なくともその大多数の判断ではない、ということは指摘しておきたい。


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