オバマを支援する麻薬ギャング vs. クリントンを支持する狂信フェミニスト

2008年5月18日 - 4:17 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

日本でも報道されている通り、米国大統領選挙の民主党予備選挙も終盤にさしかかり、バラック・オバマ上院議員がほぼ指名獲得を決めたと言われている。わたしの住むオレゴン州は次の火曜日(5月20日)に開票されることになっているのだけれど、オバマ候補・クリントン候補本人ならびにかれらを支援する政治家や芸能人が連日州内で集会を開いていていろいろ騒がしい。そのあたりの状況はネットで普通に探せば日本語で読める情報でもたくさんあるので(例のカカシさんがムーブメント・コンサバティブの視点から解説してたりするし)、他では読めない情報をと考え、最近わたしが見かけた「アツすぎる両候補支持者たち」の話をしたいと思う。
まずはアツすぎるオバマ支持者たちについて。いちおう開示しておくとわたし自身もオバマを支持しているけど、ここで取り上げたいのはポートランドの黒人ギャングの連中。かれらの多くはまぁ麻薬を売って生活しているわけだけど、その下っ端の一人をボーイフレンドとしている友人にわたしが自家製のオバマ・バッジをいくつかあげたところ、何故かそれがギャング組織の上の方にどんどん渡されていって、このあたりの地盤を仕切っているらしい中堅幹部みたいな人から「もっと作ってくれ」と要望が来た。なんかよく分からないけど、このあたりのドラッグディーラーが組織ぐるみでオバマを支援しているらしい。
せっかくだからとちょっと話を聞いてみたのだけれど、以前その筋の人たちと政治の話をした時と比べてかれらの態度があまりに違うのに驚いた。というのも、前回の選挙のときには、仲間内でさかんにブッシュ大統領の悪口を言っているから「あんたたち、有権者登録はしてるの?」と聞いたら、口々に「選挙なんて信じない、投票したってなにも変わらない」と言っていたのね。それが今回は、組織の中堅幹部レベルが「有権者登録しろ、オバマに投票しろ」と部下に指令を出しているらしい。普通の職場なら、職務権限逸脱だ。
ところがかれらに「オバマのどこがいいのか?」と聞いても、誰も答えられない。せいぜい「何か変革してくれる」くらいのものだ。まぁこれはギャングメンバーに限った話じゃなく、オバマ支持者の多くに共通する問題なので仕方がないかもしれない。しかしかれらのオバマ崇拝は、一般のオバマ支持者以上にすさまじい。かれらの中では、オバマは「キング牧師、ケネディ大統領(米国の公教育では、黒人の市民権を推進した偉人ということになっている)、マルコムX、トゥパック、ビギー」に次ぐ救世主のような扱いを受けているのだ。そして、それは二つの意味で不安だーーオバマが実際に大統領になったところで黒人市民の置かれた状況がそれほど急激に変わるわけがなく、それを受けてかれらがさらに政治に絶望するのではないかという意味と、このリストに挙げられた人たちがみな不可解な状況で暗殺されているという意味においてだ。
かつて下院議員のシャーリー・チゾムが黒人女性として初めて主要政党の指名選挙に立候補したとき、オークランドに本拠を置いていたブラック・パンサーズのメンバーはボランティア運動員として彼女の選挙陣営を支援した。もちろんパンサーズは政治結社であり、ギャングのような犯罪組織(だけではないのだけれど、基本的に犯罪組織であることは否定できない)ではなかったけれども、白人有権者の立場から見ればどちらも危険な反社会団体という点では同じだ。しかしその点をマスコミに批判されたチゾムはこう言った。「パンサーズのメンバーが代議制民主主義を信じてみようと思ったのであれば、わたしたちはそれを歓迎すべきだ」。
仮にオバマが同じ質問をされたとして、かれがチゾムほどカッコ良く回答できるとは思えないし、どう答えてもバッシングの材料に使われてしまうのは避けられないので、こういう話はあんまり広めない方がいいのだろう。そもそも、全国のギャングがみんなオバマを応援しているわけでもないだろうし。
しかし、それよりもっとすごいのが、最近参加したフェミニズムについてのディスカッショングループで出会った「熱狂的ヒラリー・クリントン支持者」たちだ。わたしの周囲にもクリントン支持者はいるけれども、このディスカッションに参加するまではオバマ支持者に比べて熱狂的な支持者はあまり見かけなかった。そもそも、オバマが民主党も共和党もひっくるめて政治のあり方そのものの変革を呼びかけているのに対し、クリントンはあくまで「ブッシュ政権からの」「共和党支配からの」変化を主張しているだけなので(ブッシュの前任はクリントンの夫なので、ブッシュ政権以前に戻るだけでは不十分だと言うと夫の政権を批判することになってしまう)、変革を熱狂的に支持する傾向のある人にオバマ支持者が多いのは当たり前だ。
ところがこのディスカッショングループでは、「フェミニストとして、クリントンを支持しないのは裏切り行為か?」みたいな議題が真面目に論じられていて逆に驚いた。クリントンが「女性だから」支持しない、と言えば確かにそれは差別主義だけれど、真剣に主張を比べた結果クリントン以外の候補を支持したとして、なんでそれが「裏切り」になるのか。ところがオバマを支持していると言った人までもが「主張を比べてオバマを支持したつもりでいるが、実は無意識のうちに女性は大統領にふさわしくないという思い込みがあるのではないか」と言い出す。
フェミニストにとって、自分が無意識のうちに何らかの差別的な意識を内面化していないかどうか自省するのは悪いことではない。というより、積極的にそうするべきだ。けれども、クリントンを支持している人たちが「自分たちこそ真のフェミニストだ」みたいに偉そうにしているのに、オバマを支持している人たちだけが一方的にこうした内省を迫られるのは理不尽だ。
さらに、クリントンは早急に負けを認めて選挙戦から撤退を表明すべきだという意見が民主党内において高まっていることを、クリントン支持者たちは「不当な圧力だ」と激しく批判している。たしかに、残りの予備選挙でクリントンがオバマを逆転する可能性はほぼ消えたとはいえ、完全にゼロではないのだから、勝負が付くまでやらせてやれ、と言いたい気持ちも分からないではない。でも彼女たちはそうではなく、党内からの撤退を求める声を「女は男に指名を譲れ」という性差別的な圧力だと言ってきかない。しかも「まだ決着がついていないのに一方の候補に撤退しろという声が出てくるなんて前代未聞だ」とまで言うのだけれど、予備選挙では良くあることだ。
あるクリントン支持者は「『黒人の権利拡大が優先で、女性は後回しにしろ』というのはおかしい」と心の底から憤慨していたが、「女性は後回しにしろ」なんて言っている人なんてどこにもいない。あくまで、クリントンとオバマの代議員獲得競争は既にほぼ決着がついたから、勝者がはやく共和党マケイン候補との一騎打ちに取り組めるように敗者は早く撤退しろと言われているだけだ。撤退論に反論するのは結構だけれど、ここまで現実を見ずに何でも「性差別」と決めつけるのは、熱狂というより狂信に近い。自分が支持する候補や政党を贔屓目で見てしまうのはある程度仕方がないけど、これは限度を超えている。
そう思っていたら、オバマ支持を表明したフェミニストたちも次々と、「もしクリントンとオバマのあいだに全く違いがないのだとしたら」自分はクリントンを支持していた、と言い出した。どうやらオバマ支持者を含め、わたしを除いた全員が「フェミニストは基本的に全員クリントンを支持するのが望ましい」という点では一致していたようなのだが、それはつまり「女性の権利拡大が優先で、黒人は後回しにしろ」と言っているのと同じだ。そういう考えなのは仕方がないとして、だったら「黒人が先で、女性は後回し」という人が仮にいたとしても、かれらにそれを非難する資格があるとは思えない。チゾムのような黒人女性から見れば、どっちも迷惑な話だけど。
とはいえ考えてみれば、世の中一般の常識ではいまだに「フェミニストとは、女性の権利を何よりも優先する人」みたいな考え方が主流で、「女性」というカテゴリにも「ジェンダー」という項目にも特段のこだわりを持たないわたしみたいな学問的「フェミニスト」の方が少数派だという事実をひさびさに思い出した。「クリントンを支持しないのはフェミニズムへの裏切りか」みたいな議題は、わたしの感覚からすれば何かのパロディとしか思えないのだけれど、それを真面目に論じているフェミニストだって世の中にはたくさんいるんだと気付かされた。
そういう意味では、女性のリプロダクティブ・ライツを擁護する団体 NARAL が先週になってオバマ支持を打ち出したのは、ある意味快挙かもしれない。けれど想像した通り、NARAL は各地の支部や支持者から激しい非難や抗議を受けてすごいことになっている。リプロダクティブ・ライツ系の政治団体では NARAL の他に「プロ・チョイス(妊娠中絶権擁護)」を掲げる政治家を増やすための活動をしている EMILY’s List というところがあって、この団体はかなり以前から各地で活発にクリントンを支援する活動をしているが、どちらの団体も共通して最も重視しているのは、次の大統領によって指名される最高裁判事が妊娠中絶の権利を支持するかどうかという点だ。
クリントンが選挙戦から撤退する見返りとして一部で囁かれているものに、オバマがクリントンを副大統領候補に指名するとか、クリントン選挙事務所が抱える多額の借金を返済するための寄附を呼びかけるという情けない案まで浮上している。けれども個人的には、この際オバマ政権で最高裁に空席ができたらヒラリー・クリントン当人を判事に指名する、という密約でも交わせばいいんじゃないかと思う。副大統領候補はありえないし、下手に内閣に入れてもゴタゴタしそうだけど、大統領の座には及ばないとしても最高裁判事の椅子であればクリントンの野心を満足させるには十分なんじゃないだろうか。

3 Responses - “オバマを支援する麻薬ギャング vs. クリントンを支持する狂信フェミニスト”

  1. cider Says:

    エントリーを読んで、macskaさんは基本的に代議制民主主義を信頼していないのがよくわかりました。
    〉「女性」というカテゴリにも「ジェンダー」という項目にも特段のこだわりを持たないわたしみたいな学問的「フェミニスト」
    これ、「学問的」なんじゃなくて、何かに「信」をおいて行動する人たちに対するを反転した「政治」だと思いますが。「新しい無神論者」の問題とも無関係ではないと思います。
    「狂信的リベラリスト」という言い回しが頭をよぎるお話でした。

  2. macska Says:

    いきなり厳しいコメントいただいてしまいました。
    まぁ他人を嗤った結果の自業自得だとは思いますが。

    エントリーを読んで、macskaさんは基本的に代議制民主主義を信頼していないのがよくわかりました。

    基本的に代議制民主主義をあんまり信頼していないのは事実ですが(ていうか、「信頼する」ってどういうレベルの話をしているのかにもよるけど)、このエントリを見てどうしてそれが分かるのかわかりません。

    これ、「学問的」なんじゃなくて、何かに「信」をおいて行動する人たちに対するを反転した「政治」だと思いますが。

    あー、そう読んだのね。わたしだってもちろん何かに「信」をおいて行動している人間の一人ですが、自分が大切だと思うことを重視するあまり、他の人が別のことを大切に思っていることに鈍感にはなりたくないなぁと思っているのです。

    「狂信的リベラリスト」という言い回しが頭をよぎるお話でした。

    てことは、cider さんは狂信者のブログを読んでマジレスしてるんですね。

  3. cider Says:

    お返事をありがとうございます……
    「一般のオバマ支持者以上にすさまじい」「心の底から憤慨していた」「これは限度を超えている」的な言い回しに、常識を踏まえた上で十二分な検討と寛容の末にやったのだ、といいながら彼らの想定する「狂信者」以上にサディスティックな行為に移行するリベラリスト的政治のにおいを嗅ぎ取ってしまったというわけです。
    次のエントリーでだいぶ解毒されました。
    >他の人が別のことを大切に思っていることに鈍感にはなりたくないなぁと思っているのです。
    なんというか、お互いに「絶対に相容れない」と思いながらも立場を鮮明にし(情報を出して)譲らず、闘技的な状態を維持しながら〈結果として〉共存する政治と、そこに「不毛な争いはやめよ、わからんか!」と割って入って、〈結果として〉対立自体を無化するほどの暴力を発動してしまうような政治がある。リベラリズムは後者への傾斜があるように思います。代議制民主主義は対立を(次の選挙まで)保存するための装置だけど、macskaさんはそれを「よくよく考えれば出る答えを……」とスキップなさりたいように書く場合がある。「学問」ではなく「ジャーナリズム」としてはすぐれた形式だと思いますが……。
    いずれにしても「代議制民主主義を信頼していないのがよくわかりました」というのは勇み足でした。そう感じただけです。

コメントを残す

XHTML: You can use these tags: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>