街頭買春エントリへの追記:経済学+エスノグラフィーの複合技がこんなにすごいとは

2008年1月14日 - 12:04 午前 | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

レヴィット&ヴェンカテッシュの『街頭売春の経済学』報告」への追加パート2。同エントリのコメント欄でcrafty さんから簡単な質問があったのだけれど、それに関連して少し書き足したいことがあったのと、それ以外の部分で追加したいことがあったので、ここに載せておきます。もうちょっと言いたいことをまとめてからエントリ書けば良かったと思うけど、まぁ一つのエントリが長過ぎても読んでもらえないし、ちょうど良かったかな(現状で既に長過ぎという噂もあるけど)。
まず crafty さんの質問。

ピンプのステレオタイプといえばまず黒人、なのですがそれも間違ったイメージでしょうか?

もちろん例外はあるけれど、米国におけるストリートピンプの大半は黒人男性と思って間違いではないです。移民が多数を占めるような地域とかでは、わたしが全然知らない事態が進行しているかもしれないけど。
映画の悪役的なイメージだと、ピンプは女性に暴力を奮って無理矢理売春させてお金を奪う酷い奴ってパターンがあると思うけど、オールドスクールのピンプが単なるヒモや暴力夫のたぐいではなく、実際に売春婦の利益になるサービスを提供していることをこの研究は明らかにしている。より腕のいいピンプを雇うために、売春婦はかれらに売り上げの25%もの効率賃金を払っている、というのがレヴィット&ヴェンカテッシュの指摘。そういえばオールドスクールのピンプがあんまりいない(ピンプの真似事するバカならいるけど)ポートランドでは、「このあたりには良いピンプがいない」という不満を持つ売春婦は結構いる。
で、じゃあピンプは実際に暴力を奮わないのかと言うと、もちろん奮う。ピンプが女に舐められたらやっていけないので、売春婦が自分のピンプに向かって下手なことを言ったらいきなり殴られること必至(それでも言う女性もすごいけど)。でもどのピンプに付くかは女性の側に決定権があり、女性があるピンプから別のピンプに移籍した場合、基本的に元のピンプは黙ってそれを受け入れるしかない。芸人の師匠や職人の親方に弟子入りするのとちょっと似てる気も。また文中で触れているとおり、ピンプ一人が捌くことができる客の数には限りがあるので女性をあんまり多く引き連れていても意味がなく、ピンプの側も女性は慎重に選ぶ。
そうやって見ていくと、ピンプと売春婦の関係というのはそんなに特殊なことをやっているわけじゃないけれど、セックスが売買されているというだけで何か全く違った行為であるかのような印象が醸し出されて、あたりまえの分析ができなくなってしまう。価値判断を切り離して純粋に経済行為として分析することの強みがここにあると思う。
経済学の統計分析と社会学的エスノグラフィーの複合的手法の強みと言えば、徹底して経済行為として街頭売春を扱うために、価格から情報を読み出すことができるという点もある。例えばコンドームを使用しない場合の特別料金(プレミアム)を調べてみると、インターコースの時が最大で25%前後あり、他の性行為だとだんだん下がってきて、手でしごいた場合はコンドームを使っても使わなくても価格に違いがない。そのことから、特別料金がコンドーム無しでセックスすることの物理的な快感に対する報酬ではなく、労働者の側が受け入れる妊娠や性感染症感染の危険に対する保障であるという解釈が可能かもしれない。
わたしが本文の最後の段落に書いたことも、コンドーム不使用の特別料金が危険の重大さに比べてあまりに安過ぎることの意味を、価格に含まれた情報として読み取ろうとしたもの。コンドーム不使用の特別料金が安いということは、将来自分が HIV/AIDS に苦しまずに健康に生活できることの現在価値が低いことを意味するわけだから、彼女たちが将来に希望を抱けないでいることを指し示すのではないかと思う。HIV の潜伏期は7年前後と言われているけれども、その程度の近未来が彼女たちにとって限りなく不確かなのか、それとも HIV に感染していようといまいと健康に生きてはいないと諦めているのか、あるいは長生きすること自体に価値を感じていないのかは分からないけれども、希望がないという点は確かな気がする。
いずれにせよ、彼女たちがそれほど高くもない特別料金と引き換えにコンドーム無しの売春をしてしまうことを、彼女たちが無知だとか頭が悪くて将来のことを考えられないからだと決めつけてしまえば、わたしたちの社会は売買春におけるコンドーム使用率を向上させる手だてを失ってしまうように思う。つまり、彼女たちは彼女たちなりに合理的な判断として「将来の健康」より「いま貰える特別料金」を選んでいると考えなければ話にならないということ。そのうえでもし有効なコンドーム使用奨励策があるとすれば、それは HIV の危険をひたすら啓蒙するようなものではなく、女性たちにとってその危険が実際に意味を持つような、将来を健康なまま長く生きたいと強く思えるような、現実的な希望を与えるような施策ではないかと思うのだ。
最後にこれはすごいと思ったので紹介したいのが、レヴィットとヴェンカテッシュがこの研究のために使った調査票。資料としてそのサンプルが公開されているのだけれど、非常に興味深い。以下は公開されたサンプルより(クリックすると大きな画像を見ることができます)。
レヴィット調査票画像 1
この調査票では上の段から合計5件の客と売春婦のやりとりについて記録してあり、それぞれについて女性の名前、開始時間と終了時間、実際に行なわれた性行為の種類、コンドーム使用の有無、支払われた料金(現金もしくは麻薬)、行なわれた場所、客の人種・年代・外見上の魅力度、客がリピーターかどうか、客の情報(ギャンブメンバーかどうかなど)、無料で性行為したかどうか(主に警察官)、問題は起きたかどうか、客からお金や麻薬を盗んだかどうか、その他の状況、といった情報を記述する欄が設けられている。調査員は売春宿や街頭に待機しておき、客が離れた直後に売春婦からこれらの情報を聴き取って記録するのだ。なんだか売買春についてこれまで見たことがないくらいすごく詳細な記録なんだけれど、どうせ調査するならここまでやらないと意味がない、みたいな意欲が感じられる。売春婦の名前の欄は数字になっているけれども、これはこの資料が公開される際に置き換えたと思われる。
一番上の段はほとんど記録がない。その日はじめての客を迎えた時点で、それがおとり捜査の警察官だったか、それとも売買春の最中に警察に職務質問されたかは分からないけれども、逮捕されてしまったらしい。同じページの四段目には beat me, had to go to hospital overnight と書かれており、暴行を受けて病院に行ったことを事後に報告しているようだ(それでも代金の30ドルはちゃんと受け取ったらしい)。
もう一枚みてみよう。
レヴィット調査票画像 2
このページの三段目に見られる記録は、警察官が逮捕をちらつかせて警察車両の中で無料のブロージョブ(オラルセックス)を強要した件(cop; agreed not to arrest her for b.job)。しかもこの警察官はリピーターらしく、無茶苦茶タチが悪そうだ…と思ったら、警察官の外見上の魅力は10段階で1という最低の評価になっている。本当にすごいブサイクなのかもしれないけど、売春婦が怒って「あんなやつサイテー」と報告したんだろうな、と分かる。
四段目と五段目は父親と息子が同時にアナルセックスをして100ドルずつ払った件で、母親はそれを見ながらオナニーしていたらしいけど(father & son; inside client’s house while mother watched and masturbated)、なんだかやたらと生々しい。外見的な魅力は20〜30代の息子が7、40〜50代の父親が6で息子の方が上だったらしいけれど、おそらくかなり若い売春婦からみて40〜50代で6の評価を得たのであれば若い頃は父親もかなりイケていたのかもしれない。いくらイケていても、家族で仲良く買春するのは正直言ってヒクけど(ていうか、母親もちゃんと見物料払えよー)。
とにかく、わたしは売買春に関するさまざまな論文を見てきたけれど、こんなに生々しく現実に寄り添った研究は見たことがない。レヴィットとヴェンカテッシュがそれぞれの得意分野をうまく結合させた感じ。この論文はまだコンファレンスで発表された段階で正式に出版されていないけれども(原稿を見てもまだ書きかけの部分や分析が終わっていないデータがたくさんある)、出版されれば今後の売買春や性感染症予防をめぐる議論に大きな影響を与えることは確実だと思う。『ヤバい経済学』に出てくる楽しい研究もいいけど、レヴィットってこんなに役に立ちそうな研究もやる人だったんだと認識を新たにした。

One Response - “街頭買春エントリへの追記:経済学+エスノグラフィーの複合技がこんなにすごいとは”

  1. しゅう Says:

    ゴムなしのサービスを断ることで,特別料金どころか顧客獲得の機会まで失うことはないのかなーと。(゜゜
    ゴムつけるくらいなら他の女とするって男がすごく多いのなら,数年後どころかその日の暮らしにも事欠きそうに思いますです。

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