レヴィット&ヴェンカテッシュの「街頭売春の経済学」報告

2008年1月12日 - 3:59 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

ヤバい経済学』でも紹介された研究においてシカゴの麻薬ギャングのビジネスモデルを分析した経済学者スティーブン・レヴィットとスディール・ヴェンカテッシュ(数日前に『Gang Leader for a Day: A Rogue Sociologist Takes to the Streets』が発売されたけれどまだ手元に届いていないので未読)のコンビが、こんどは先週開かれた Allied Social Science Associations コンファレンスでシカゴにおける街頭売春の分析を発表した様子。面白いのでちょっと紹介しておく。
調査に使用したデータは、シカゴ警察による(売春者及び客双方の)逮捕・取り締まりの際の記録や公開情報と、シカゴの中でも街頭売春が多い二地区に売買春が起きている現場で研究者の助手がつけた記録を分析したものが中心。助手は邪魔にならないように街頭や売春宿に待機し、客が離れた直後に売春者やピンプから情報を収集して記録したという(なんだかすごい研究だ)。さらに、一部の売春者には調査票によって収入や過去につい記入してもらったという。
これらのデータの分析によってまず著者が指摘するのは、他の犯罪行為と比べて街頭売春が地域的に密集していることだ。これは売買春が市場であることに由来するとしたうえで、ホテリングの法則によって説明できるとする。ホテリングの法則とは、競合する商品やサービスの提供者同士がお互いの商品やサービスを真似て似通ったラインアップを提供する傾向のことで、この場合特に競合する提供者が同じ地域に立地しやすいことを指す。まぁ単純に言って、売春者も客も相手を見つけなければ何もはじまらないわけで、「この地域にいけば相手を見つけることができる」と知られるようになったらどんどんそこに集まるようになるということ。
研究によれば、街頭売春による平均的な時給は27ドル(3000円弱)で、他の仕事と比べると4倍程度になる。ただし営業できる時間が限られていることから、年収は2万ドル(220万円)程度にしかならない。時給と年収から逆算してみるとだいたい週14時間労働になるけど、家事育児に時間を取られるシングルマザーの売春婦が多いのは納得がいく。その割には危険は大きく、一人当たり年間平均12回の暴行を受け、300回のコンドームを使わない性行為をしている。
行なわれる性行為や客の人種などによっても支払われる金額は大きく変わる。黒人の客は平均すると白人やラティーノより低い額しか払わず、何度も訪れる客は新しい客より一回あたりの支払いは少ない。しかし地域や行為の種類や客の特徴によって変化するほどには、売春者の側の特徴によっては金額は左右されない。コンドームを使わないことによる特別料金はこれまで思われていたより少ないが、実際に使用されるのは4分の1程度に過ぎない。
調査が行なわれた二地区ではほんの数ブロックしか離れていないにも関わらず、まったく違った業態が見られた。一方ではピンプが存在せず、女性が街頭に立って客を待っていたのに対し、もう一方では女性は街頭に立たずにピンプが客を呼び込んでいたのだ。ピンプが介在するモデルでは女性だけによるモデルに比べ、件数は比較的少なかったものの一回あたりの料金が高めであり、違った客層を相手にしているようだ。また、ピンプのもとで働く女性はそうでない女性より多くの手取りがあり、逮捕される危険も少ない。当然ながら、ピンプを持たない女性の中にはピンプの元で働きたいと願うものが多く、実際にその方向に移行する場合もあるが、ピンプは客を集めなければ商売にならないので事業を広げられずにいる。
調査では、売買春行為に対する取り締まりの影響はそれほど大きくないようだった。調査対象となった女性たちはだいたい月に一度ほど警察署に連行されているが、ほとんどの場合正式に逮捕されてはいない。レヴィットらの試算によれば、売春婦が実際に逮捕されるのは450回に1回ほどでしかない(客が逮捕される確率は、それよりもさらに低い)。逮捕された場合、だいたい10回に1回だけ実際に刑務所に送られ、その期間は1年2〜3ヶ月ほどに及ぶ。警察官が逮捕をちらつかせて無償で性行為させることは頻繁に起こっており、ピンプを持たない女性が仕事の上で行なう性行為のうち3%は警察官相手に無償で行なっていた。要するに、警察官によって逮捕されるよりは、逮捕をちらつかせた警察官に無償のセックスを強要される割合の方がずっと多いことになる。
発表の内容は以上。念のため注意しておくと、これはあくまでシカゴの2地区における街頭売春についての調査であって、売買春全般について当てはめることができないのはもちろん、シカゴ全体における街頭売春にすら当てはまるかどうか分からない。ただ、経済学にエスノグラフィの手法を組み合わせると、こういう調査ができるというのは面白いと思う。
あとこれは前々回のエントリ「反売買春系フェミニスト団体を見学して感心したこと」でも出てきた話だけど、フェミ業界ではピンプの役割についてよく分からないでステレオタイプで話をしている人が結構いるように思うので、レヴィットらによってピンプが実際に売春婦のためになる働きをしていることが示されたのは良かったと思う。ただこれは前々回のエントリで「オールドスクールのピンプ」と呼んでいた連中のことであって、中にはほとんどヒモ&暴力夫と区別がつかない自称ピンプだっているし、地域差も結構あるので注意。一方的にイメージで語るのはやめようということ。
あと、自分の身体と利益を守るためならピンプに売り上げの一部を差し出し警察官と無償のセックスをする売春者たちが、わずかな特別料金のためにコンドームを使わないというのは不思議に思える。特別料金が魅力的だからコンドーム不使用を承諾するというよりは、自分が将来健康でいることの主観的な価値がひどく低いんじゃないかと思う。それはすなわち、自分には将来がない、自分の将来なんてどうせ生きる価値がないと思い込んでいるんじゃないかっていうこと。もし彼女たちに将来への希望を持ってもらうことができれば、それは自然とコンドーム使用率の向上に繋がるかもしれない。っていうのはもちろん、レヴィットの弟子にあたるエミリー・オスターの二番煎じだけど。

2 Responses - “レヴィット&ヴェンカテッシュの「街頭売春の経済学」報告”

  1. crafty Says:

    ピンプのステレオタイプといえばまず黒人、なのですがそれも間違ったイメージでしょうか?

  2. macska dot org Says:

    街頭買春エントリへの追記:経済学+エスノグラフィーの複合技が…
    「レヴィット&ヴェンカテッシュの『街頭売春の経済学』報告」への追加パート2。同エントリのコメント欄でcrafty さんから簡単な質問があったのだけれど、それに関連して少 (more…)

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