反売買春系フェミニスト団体を見学して感心したこと

12/18/2007 - 1:18 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

フェミニズムにおける激しい論争のひとつに、売買春に代表される性労働/性産業をどう評価するかというものがある。その大まかな分類は以前「売買春とフェミニズム理論4分類」で紹介したし、わたし個人の立ち位置は過去エントリ「『性労働者のためのクリニック』をめぐる論争」や『バックラッシュ!』キャンペーンブログ内エントリ「性労働者コンファレンス@ラスヴェガス報告」に詳しい。

反売買春をかかげる女性団体やフェミニスト団体ーー必ずしもすべての女性団体がフェミニスト団体ではないーーは昔からあったけれども、1980年代には法学者キャサリン・マッキノンらが中心となってポルノグラフィや性産業を厳しく規制する条例を作るなど法律を使った活動が活発になった。わたしの住むポートランドでも、性産業の撲滅を掲げるフェミニスト団体がいくつか設置された。そのうちの一つの活動を見に行く機会が最近あり、とても驚かされたので、紹介したい。

この団体は80年代に発足し、一時は大きなオフィスと数名のフルタイムスタッフを抱えるほどになったけれども、2001〜2002年頃に内部の政治的対立などを経て自然解消していた。活動がさかんだった当時、この団体は警察や司法と協力し、売春を行なっていて逮捕された女性に「性労働を抜け出すための」支援をするという口実で行政から巨額の資金を得ていた。しかし実態は、「あなたたちは男性に一方的に搾取された完全な被害者であり、なんの自己決定能力もなかった」「あなたたちが売春をしたのは、仮に自分の意志で行なったと思っていたとしても、子どもの頃の心理的トラウマが原因であり、本当の意味で自分の意志ではない」などと洗脳し、またそれに同意しない場合「あなたは暴力をふるわれた結果として脳を損傷しているのできちんと考えることができない」などと決めつけたりしていた。

クライアントとしてこの団体に送られる女性の側にとっても、こうしたイデオロギーにうまく同一化しなければ刑務所に送り返されるので、進んでそれを受け入れるーーあるいは受け入れたふりをするーー動機があった。もちろんこれは、「損なわれた主体性を取り戻す」という美名のもとに、警察権力という大きな暴力装置を利用して自らのイデオロギーを押し付け信者を作ろうとしているだけであり、当時わたしはかれらを批判していた。

ところが最近、ポートランドにおける性労働者への行政・社会福祉サービスの連携のための会議に出たところ、5年以上前に消滅したはずのこの団体を再開したという女性弁護士に出会った。彼女は地元のロースクールを卒業したあと、ミシガン大学法学部でキャサリン・マッキノンの助手をしていたという経歴の持ち主で、当然のことながら売買春撲滅論者だ。でも彼女は、自分はどこからか性労働者を捉まえてきてどう生きるべきか指図するつもりはないという。あくまで、性労働よりも良いオプションを提供することで、性産業離脱の支援をするというのだ。

もし彼女の発言が本意なら、最終的な目標が違うだけで、現実に性労働者が向き合う問題を解決するという点では協力ができるかもしれない。それになにより、もしそういう路線で再出発しようとしているのであれば、以前のように間違った方向にいかないように誘導したいと思ったので、「もうちょっと話を聞きたい」と電話したところ、週に二回この団体が開いているドロップインセンター(予約なく来ることができる相談所)を見に来るように言われた。

実際行ってみると、そこはダウンタウンにある教会の薄暗い地下室を借りて開かれているだけのもので、クライアントが既に2人いた。とはいっても基本的に、ただ単にコーヒーを飲みながらいろいろしゃべっているだけ(必要なら個室もあり、個別に話をすることもできる)。弁護士の女性にいろいろ話を聞くのだけれど、その度にクライアントの方もいろいろ言うのでなかなか話が進まないけれども、団体の主張に反するようなことも堂々と口にするクライアントと、それに反論しながらも押し付けようとはしない弁護士の態度を見ていて、かなりうまくいっている印象を受けた。

例えば、クライアントの一人はカリフォルニア州オークランドの出身で、オークランドには「オールドスクールのピンプ(日本語ではポン引きと訳すらしいーーオールドスクールのピンプは実際のところ、売春者と恋愛もしくは疑似恋愛関係にあることが多く、保護と扶養の責任を持つ)」がいた、かれらは(ポートランドのダメなピンプと違い)尊敬に値する、ということを言う。それに対して弁護士は「わたしはそうは思わない、ピンプは所詮ピンプであり尊敬したくない」と反論するのだけれども、そこに以前のような押し付けがましさはない。クライアントの側も、反論されたといって黙ったりはしない。

それよりすごいのが、この団体の活動だ。まず最初に一度顔を出して質問票に応えると、それだけでギフトパッケージがもらえる。次にまた来ると、こんどはギフト券がもらえる。もちろん、同じ時間に売春していればそれ以上の額が稼げるはずで、何の不満もなく売春している人がギフトに惹かれてこちらに来ることはないだろうけれど、はじめて来たときに何かもらえると嬉しいし、二度目にも何かもらえるとなると、もう一度戻ってこようという気にもなる。実際に行なっているのは、ほとんどよろず相談と言ってもいいくらいで、住居や医療からはじまって法律相談や職業訓練・大学進学までカバーしている。

驚いたことに、この団体ではクライアント一人あたり100ドルの予算が組んであり、そこから光熱費や水道料金のような公共料金の支払いをしたり、バスの定期券などを買ってくれる。特に困っている時に小額支援するという仕組みなら他の団体にもあるだろうけれども、一人100ドルものお金を継続的に支出してくれる団体なんて聞いたことがない。さらに、大学に進学したい人のために、地元の私立大学に直接交渉して、特別の奨学金を出してもらうことにも成功している(性道徳を説くキリスト教系の私立大学などでは、売春者を救うために必要なのだと言われると断りにくいのだろう)。

しかしわたしが一番感心したのは、そういう大きなことではなかった。わたしの知り合いの女性で、夫に言われて(ラップミュージシャンを目指している夫が機材を揃えたりするために)売春させられている人がいるのだけれど、彼女が最近売春を拒否するようになったところ、夫に殴られて大怪我をさせられたあげく家を追い出された。仕方がなくアパートを探しているのだけれども、何年も前の公共料金が滞納になっているために入居を断られ、友人の家に泊めてもらっている。そういった件について簡単に弁護士に話し、来週できたら彼女を連れてきます、と言ったら、団体の情報が書かれているビラと一緒に、ギフト用紙に包まれた小さなパッケージを渡された。中身は4個入りの箱入りチョコレートで、市内の有名チョコレート専門店のものだ。「これを、彼女に渡してください」と。

たかがチョコレートだけれども、「こういう団体があるよ」とビラだけ渡されるのに比べて、相手に伝わる気持ちが全然違うように思った。いくら専門店のチョコレートと言っても4個しか入っていない小さな箱で、値段としてはそれほど高くはない。同じお金をビラだけに使えば100人に渡すだけのビラを印刷できるかもしれないけれども、その100人の誰一人としてチョコレートをもらった人ほどに「自分のことを思ってくれている、大切にしてくれている」と感じることはないだろう。わたしから「こういう知り合いがいる」と聞かされただけで、さっと「彼女に渡してください」とチョコレートの箱を出してきたその弁護士のセンスには、とても感心させられた。

チョコレートはともかく、クライアント一人あたり100ドルの出費やその他の費用はどこから出ているのか気になるかもしれない。いまのところ、代表者の弁護士が無償で週40時間この団体のために費やしているらしく、ギフトパッケージ等は地元企業からの商品の寄附が多いらしい。「売春させられているかわいそうな女性を救う」という名目だから、企業や個人資産家ーー特に、裕福な家庭に生まれた女性たちーーからの寄附が集まりやすいようだ。代表者が弁護士であることも、寄附を集めるだけでなく役所や大学の便宜を得るうえでモノを言うのではないだろうか。また、同じ名前の以前の団体を支援していた人もたくさんいるらしい。

そういうわけで、資金面の心配はしていないと弁護士の女性は言うのだけれど、わたしはそれ以外の面でこの団体の持続可能性を心配している。なんでも相談できて、なんでもやってくれるという団体は画期的で素晴らしいと思うのだけれど、訴訟リスクを考えるとちょっと普通にはできないようなことを彼女はやっているように思えた。例えば、クライアントが医者に行くのに付き添って送り迎えしたりしているようなのだけれど、こういう団体でクライアントと長時間二人だけになるような状況はリスクが高過ぎるので避けるのが普通だ。事故などの問題があればそれだけで大変なことになるし、「セクハラを受けた」と訴える人でもでてきたら(それがウソであったとしても)団体としては大きな問題になる。普通、こういう団体はそういうリスクを避けるために、例えば「車で送り迎えはしない」「どうしても必要なときは、必ず最低二人のスタッフが行く」などと決められているはず。

また、100ドルの生活支援というのはかなり魅力的で、それを欲しくて売春をしていた過去があると偽ってこの団体に近寄る人もいるかもしれない。個人的な意見としては、自分は売春していたという嘘をついてまで100ドルを必要としている人は、団体の側の資金枯渇を心配しなくて良いのであれば(いまのところ心配しなくて良いと言われたし)お金をあげれば良いと思う。けれども、団体として「性労働から離脱するための支援金」として寄附を募っている以上、いつか誰かが「それは問題だ」と言い出すはずだ。ましてや特別な奨学金が出るとなると、それを受け取ることを目当てに実際に売春をはじめる人が出てもおかしくない。

こうした懸念は、弁護士の女性が一人一人のクライアントとじっくり話をする余裕があるうちは問題とならないだろう。でも、多くの人が必要とするサービスを提供している以上、いずれこの団体の存在(復活?)が広く知れ渡り、多くのクライアントを抱えるようになると、そうはいかなくなるだろう。追加のスタッフを雇うなりボランティアとして抱えた場合、それぞれのワーカーがどこまで支援するのか共通の基準が必要になるだろうし、団体としても過度のリスク負担をスタッフに押しつけられない。そうなると、100ドルの支援にもさまざまな制限がついたり、さまざまな書類や規則が作られ、よくある普通の社会福祉サービス提供者になってしまう。

あるいはそうなる前に、弁護士本人の気力が消耗し尽くして継続不可能になるかもしれない。仮にそうなったとして、団体閉鎖までのあいだに5人や10人の女性に意味のある支援をすることができたなら、それで彼女は満足かもしれない。でも一般的に言うと、それはやっぱり社会の変革を目標としていた団体の失敗例ということになってしまうだろう。

行政によって放置されて苦しんでいる人を支援しようとしてはじまった運動が、組織存続のために書類や規則に頼るようになり、官僚化してもともと批判していた行政と大して変わらない形態になってしまうのは、めずらしいことではない。この反売買春団体も、おそらくそういう方向に行くんだろうなと思いつつも、こういう団体の初期においてのみみられる、クライアントを疑いの目で見るのではなく信頼し、なんでも相談を受けできる限りのことをしようという熱意が感じられた。もっとも、この団体のイデオロギーはわたしの考えとはかなり離れているのだけれど、必要とされるサービスを必要な人に提供している限りにおいて、そんなことは関係ない。熱意だけで団体を継続することは難しいけれども、あのチョコレートの小箱に秘めた真摯な想いは今後もずっと持ち続けて欲しいと思った。

One Response - “反売買春系フェミニスト団体を見学して感心したこと”

  1. 梅仕事 Says:

    現在問題になっている毎日新聞海外サイトの日本女性蔑視問題をご存知でしょうか。
    ネットで追求活動が始まったところです。
    生きる為の売春が好いか悪いかは私は評する立場ではありません。
    そういう世界とは幸運にも無縁でしたから。
    でもこの件はどうしても許せないのです。
    まとめサイトが出来ていますのでご覧下さい。

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