肥満増加の裏にある米国の農業政策と階級格差

7/24/2007 - 1:46 am | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

id:eireneさんがG★RDIASで CNN.co.jp の「2015年には米国人の75%が太り過ぎに 米研究」という記事を紹介している。ちょっと思うことがあってコメント欄に書こうと思ったのだけど、長くなりそうなのでこちらで。(結果:無茶苦茶長くなった→一部分離)

まず CNN.co.jp の記事(Reuter の邦訳)で気になったのはこの部分。

特に、40歳以上の黒人女性の80%が太り過ぎで、50%が肥満だったという

kanjinai さんや eirene さんは「近い将来75%が太り過ぎに」という部分に注目して「肥満(者)の権利はどうなるのか」とか「米国文明のあり方が問われるべき」と言うけれども、引用した部分を読めば分かる通りこの問題は人種的・階級的・ジェンダー的側面を無視できない。 eirene さんは、

肥満者が「ありのままの私でよい」と考え、肥満者である自分を肯定したとして、そのかれらのアイデンティテイは「好きなものを好きなだけ食べられる」「高カロリー食を日常化した」というアメリカ文明に依存しているわけです。その文明のあり方を問い直すことなしに、ほんとうの自己肯定ができるのだろうか…… と思います。

と言うけれども、ここで想定されている「肥満者」は食べるものを何でも自由に選べる白人中流階層以上の肥満者だとしか思えない。ここで「何でも自由に選べる」と書いたのは、貧困層は何でも安くて手間がかからなくてお腹がふくれるものしか買えないという経済的・時間的(これも経済的制約だ)側面だけの話ではない。そもそも何をどれだけ食べれば自分の身体に良いのかという情報やそういう考え方、あるいは自分の身体がそうやって工夫して健康に保つだけの価値があるものだという確信すら、階級的に限定されたハビトゥスだ。

こうしたハビトゥスの違いは、わたし自身が最近スポーツクラブに加入してプールで泳ぎながら周囲を観察して再認識したところ。貧困層出身の人が勉強して大学を出て中流社会に入ったところ、ダイエットやエクササイズに夢中になってそれだけで延々と話を続ける周囲に付いて行けない、なんて話はいくらでもある。

記事のソースとなったジョンズ・ホプキンス大学のプレスリリースを見つけてきた。そこにはこんな記述が。

Less educated people have a higher prevalence of obesity than their counterparts, with the exception of black women.

教育程度が肥満度に関係しているというのは、高等教育も階級的に規定された経済的余裕とハビトゥスが影響していることを考えれば当然。黒人女性に限ってそうでないというのは、高等教育を受けても差別などの理由で社会的な地位上昇(収入増)が伴わないからだろうか。収入や階級がおおいに関係するのは明らかだけれど、生まれ育った階級的状況と大人になってからの収入のどちらがどれだけ関係するのか興味がある。あるいは黒人社会における何らかの(もしかすると奴隷制を起源とした)文化的なものがあるのだろうか。

この研究について報じた eFluxMedia のサイトには、同じ研究者(Youfa Wang という人です)による関連した別の研究報告についてもまとめてあった。今回の発表は、こちらの報告とセットで考える必要がありそう。

Other similar reports indicate that one in three Americans is getting 47 percent of his/her calories from junk foods. The average American is eating 300 more calories each day than he or she did in 1985. Added sweeteners account for 23 percent of those additional calories; added fats, 24 percent.
(別の調査によると、米国人の3人に1人は摂取するカロリーの47%をジャンクフードから得ていた。平均的な米国人は 1985 年当時より300カロリー余分に摂取している。増加分のうち23%を甘味料、24%が脂肪分から成り立っている。)

[…]

In real dollars, the price of fresh fruits and vegetables has risen nearly 40 percent since 1985. In real dollars, the price of soft drinks has dropped 23 percent. The reason unhealthy foods tend to be less expensive on average than foods such as fresh fruits and vegetables has much to do with American farm policy.
(平均的な物価の違いを取り除いても、1985 年から現在までに新鮮な野菜やフルーツの値段は40%上昇している。一方ソフトドリンクの価格は23%減少している。不健康な食品よりも野菜やフルーツの方が高い傾向には、米国の農業政策が大いに関係している。)

最後の部分に注目。農業政策というのは、早く言えば助成金だ。その一端は、米国農務省サイトの 2006 年度報告書を読めば見えてくる。その助成金の仕組みがまた困ったもので、農家ーーというよりは大手アグリビジネスが一番恩恵を受けているんだけどーーは出荷した生産物1ブッシェルあたり決められた助成金を受け取るだけでなく、最低補償価格という保護措置も受けている。つまり、予想されたよりも市場価格が安くなったら、その分政府が補填してくれるというわけ。

どうしてこれが問題なのかというと、供給過剰で市場価格が落ち込んでいるのに価格が下がれば下がるだけ補填されてしまうのでは、農家の側にもっと市場価格の高い作物に転作しようとかそういう動機が生まれないから。むしろ、市場価格なんて気にせずに作れるだけ作って、どんな値段でもとにかく売り払えばそれでいいということになる。そうやって過剰に生産されたトウモロコシ・小麦・大豆が、ジャンクフードやソフトドリンクの甘味料となってバカみたいに安く売られ、消費される。つまり貧困層は「お金がないからジャンクフード(のようなもの)しか買えない」のではなく、「お金がないうえに、わざわざ税金によって強引に安くしたジャンクフードを食べさせられている」と言った方が正しい。

農務省サイトのチャートを見れば分かる通り、助成金が出される対象として圧倒的に最も多いのが「Feed Grain」、すなわち動物の飼料にする穀物。実際にはトウモロコシのことと思っていい。もちろん人間だってトウモロコシは食べるし、化学甘味料の材料としてもほぼありとあらゆる食品に大量に使用されている。なんでも、米国が砂糖の消費量を増やすと、直接米国に輸出しなかったとしても国際価格が上昇して砂糖を輸出するキューバが儲かってしまうから、どの会社も砂糖を使うことなんて考えないほどにトウモロコシ原料の甘味料の価格を安くおさえてあるという話も。

2002 年に成立した農地法では、この他にも融資などさまざまな名目で5年間250億ドル(30兆円)にものぼる助成金が含まれるが、その裏にはもちろんアグリビジネス系のロビー活動、すなわち政治献金がある。政治献金データベース OpenSecrets.org によれば、アグリビジネス関連の政治献金は前回の大統領選挙のサイクル(2003〜2004年)で約5300万ドル(65億円)。1年あたり2650万ドルの献金で1年あたり50億ドルの助成金が貰えるのだから安い買い物だ。しかし結果として、ジャンクフードばかりが本来の市場価格をはるかに下回るほど安く売られている。

マーティン・シーンが米国大統領ジョシュア・バートレットを演じるドラマ『The West Wing』(邦題:ザ・ホワイトハウス)にこういうエピソードがあった。2期を務めて退任の近いバートレット大統領の後任をめぐって民主党・共和党各党の予備選挙がはじまるのだが、その肝心な一番最初の舞台となるアイオワ州で、トウモロコシを生産する農家の団体の大会が開かれた。そこで各候補が演説をするのだけれど、民主党のラッセル副大統領とサントス下院議員は聴衆に期待された通りに(コンサルタントに言われた通りに)トウモロコシへの助成金の必要性を訴える。

ラッセルはもともとダメな政治家の典型として描かれているので当たり前だけれども、柔軟な発想と行動力を持ち自分の信念は貫くサントスまでもがこうした演説をしたことに、対立候補の共和党最有力候補・ヴィニック上院議員は失望する。そしてヴィニックは大勢のトウモロコシ農家の人々を前に、「トウモロコシを原料としたエタノール燃料への助成金には反対する」と宣言した。しかしヴィニックのような信念のある政治家が少ない現実世界では、「地球温暖化削減」「国外の石油に依存するな」を掛け声に、エタノール燃料への助成金は爆発的に増えて行きそうな雰囲気。

ちなみにアグリビジネスの拠点があるイリノイ州出身のバラック・オバマ上院議員(大統領候補)は、他の環境問題への取り組みはそこそこなのに、エタノールだけ熱心に推進している。まぁ長年続いた助成金漬け構造がそう簡単に変わるわけがないことを考えると、ジャンクフードにして貧しい子どもたちに食べさせるよりは燃料にして燃やしてしまったほうがずっとマシかもしれない。ただ、米国の農業政策は国際価格を動かしてしまうんだから、あんまり米国の国内事情で値段を上げたり下げたりしないで欲しい。そういえば最近、エタノールの普及によって食用のトウモロコシが減って各国で困っているという話があったけど、あれは半分くらいは「もっと助成金を出せ」というメッセージじゃないかなぁと思っているーービッグ・アグリなら、予算決定の時期に短期的に供給を減らして市場価格を釣り上げるくらい簡単にできる。

とにかく、米国における肥満増加の問題を考えるには、少なくともこういう深刻な問題を考えなければいけない。貧困地域がどうなっているかも知らずに、外国から来て空港や観光地でジャンクフードをむさぼる米国人を見ただけの印象でモノを言ってもらっては困るということ。

【おことわり】ファット・ポジティヴィズム関連の話題は、別エントリに分離しました。そちらの関係のトラックバックやリンクでここに来た方もいるかと思いますが、すみませんでした。また、それにともない一部加筆しました。

6 Responses - “肥満増加の裏にある米国の農業政策と階級格差”

  1. mu Says:

    論旨には全く異論ありませんが、ここは逆さまでは?>「不健康な食品よりも野菜やフルーツの方が安い傾向には」

  2. ともみ Says:

    「不健康な食品よりも野菜やフルーツの方が安い傾向には」のところ、訳が逆になっちゃってますー。不健康な食品のほうが野菜やフルーツより安いのだよね。

    階級格差の影響はすごいですよね。貧困層が食べられるもっとも安い食事はやはりマクドナルドだし、階級格差の影響がモロにでる、地域の学校でのランチの内容はすごく違って、貧困層が多い地域だと安いファストフード系、ジャンク系になってしまうとか、、。

  3. macska Says:

    単純ミスの指摘ありがとうございました。直しました。

    ほんと、日本から来た旅行者が空港や観光地にいる比較的裕福な人たちを見て、「なんでも好きなものを好きなだけ食べている、だから太るんだ」と思うのは理解できなくはないんですが、それだけで論じて欲しくない問題です。

  4. eirene Says:

    長文のエントリー、また、有益なサイトの紹介をいただき、ありがとうございます。階級格差とアメリカの農業政策が、肥満者が増える要因になっているとは、日本国居住者の私には見えにくいポイントでした。今後とも、よろしくお願いします。

  5. macska Says:

    eirene さん、コメントありがとうございます。
    エントリがお役に立ててよかったです。

  6. “Don’t You Realize Fat Is Unhealthy?” 日本語訳 « Gender-Related Education & Action Team, Japan Says:

    […] また、 Macska さんによる2つの記事:『肥満増加の裏にある米国の農業政策と階級格差』とファット・ポジティヴィズムと、マイノリティによる自己肯定の難しさ』も合わせて読んでください。この Shapely Prose の記事だけではカバーできない部分がたくさん書いてあります。 […]

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