米国「トランスジェンダーを含むヘイトクライム法案」の舞台裏

12/25/2005 - 3:05 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

TransNews Annex 経由で Washington Blade の記事「Frank says trans issue stalled Senate hate crime measure」(12/21/2005) という記事を読む。米国連邦法のヘイトクライム(特定の人種や性的指向などの集団への差別感情を動機として起こされる犯罪)防止条項を修正して保護対象を拡大する法案がいま審議されているけれど、上院でこの法案がスムースに通過しないのはトランスジェンダーの人たちまで保護対象に含めようとしているからだ、とバーニー・フランク下院議員が指摘しているという内容。フランク議員は米国の政界では最も有名な同性愛者だけれど、「トランスジェンダーの権利を主張するとゲイの権利までもが通らなくなる」としてトランスジェンダーの権利を後回しにする傾向があるので、今回も「またフランク議員か」という声がトランス・コミュニティからは聞こえる。と、これだけなら「トランスを切り離すことで自分たちだけいい思いをしようとするけしからんゲイ」というよくあるパターンなのだけれど、この法案を巡る攻防には裏やそのまた裏があるという話をワシントンDCで議員たちにロビー活動をしている友人から仕入れたのでレポートする。

まず最初に言ってしまうと、このヘイトクライム法案は憲法違反のおそれがある。というのも、今回の修正では同性愛者やトランスジェンダーなどを含むよう保護対象を拡大するだけでなく、これまで連邦政府の管轄する場所で起きるヘイトクライムのみを対象としていたという制限を取り除いて米国全土どこで起きたヘイトクライムでも連邦法で対処できるような改正が含まれているから。本来犯罪を取り締まるのは州政府の権限であり、90年代以来最高裁は連邦政府の権限に憲法上課された制限を少し厳しめに解釈するようになっている。現行の法律が連邦政府の管轄地だけを対象としているのはそのためなのだから、そうした制限を取り除けば違憲判決を受ける可能性が高まる。でもトランスジェンダーの権利を主張する団体は、憲法違反であってもいいからとにかくこの法案を成立させようとしている。なぜか。実はここに1つ目の裏の駆け引きがある。

ここ十年くらいのあいだ(あるいはもっと長いあいだ)、LGBT団体が最も重要な法案として推進してきたのは、ヘイトクライム法案でも同性婚でもなく雇用差別禁止法案だ。そしてほんの最近まではLGBT団体の中でも「同性愛者と両性愛者だけを保護する法案にするか、それともトランスジェンダーや性同一性障害も含めるか」という点で紛糾してきた経緯がある。もちろんトランスジェンダーや性同一性障害の人たちに対する差別はけしからんという点ではみな同意するのだけれど、もしトランスジェンダーを法案に含めたら反発する議員が増えて通るはずの法律も通らなくなってしまう、というのが(フランク議員を含む)一部のゲイ&レズビアン指導者たちの言い分だった。ところが近年、LGBT運動の中で「トランスジェンダーの権利とゲイの権利は切り離せない」という意見が強まり、昨年ついに全ての主要LGBT系団体が「トランスジェンダーを含まない限り、法案を支持しない」という見解で合意にこぎ着けた。

ところが困ったことに、フランク議員をはじめ民主党の実力者たちは未だに「トランスジェンダーを含んだ法案は成立しない」と信じ込んでいる。今の時点で全面的にLGBT団体と同じ認識を持っているのはレズビアンのタミー・ボルドウィン下院議員(ウィスコンシン州)だけ。そこで、ボルドウィン議員はじめ民主党内で最もリベラルな政治家たちは、LGBT団体に「宿題」を出した。宿題というのは、「ヘイトクライム法案にトランスジェンダーを含んでもちゃんと成立させることができることが示せたら、次に雇用差別禁止法案を提出するときには党内を説得してトランスジェンダーを含んだ法案にしますよ」という条件。かくして、雇用差別禁止法案にトランスジェンダーを含めるよう議員たちを説得するために、なんとしてでもトランスジェンダーを含んだヘイトクライム法案を通過させなければいけないことになったわけ。

フランク議員らが党内の消極派がトランスジェンダーを含んだ法案に反対する理由は「そんなのを含むと通るはずの法案も通らなくなる」というものだから、それが間違いであることを示すには実際に1つトランスジェンダーを含んだ法律を通してみせれば良い。それに、トランスジェンダーの権利にあまり理解がない議員だってヘイトクライムには反対の立場を取らざるをえないから、雇用差別禁止法案にいきなりトランスジェンダーを含めるよりはまずヘイトクライム法案で突破口を開くのが戦略的に有利というのは筋が通っている様にみえる。ところが、舞台裏の駆け引きはこれで終わりじゃなかった。

これまでヘイトクライム法案と言ってきたけれど、実はこれは単独の法案ではなく、Child Safety Act や Local Enforcement Enhancement Act といった別の法案への追加という形になっている。これは特に珍しいことではなく、あまり人気のない法案(例えば議員の給料を増やす法案)をそれとはあまり関係がないけれど確実に通過すると思われている法案(例えばイラクで戦っている米兵に防弾チョッキを支給する法案)に追加するといったことはよく行われている。ただ今回の場合、ヘイトクライム法案が追加される側の法案が問題で、これらの法案では犯罪者の登録・監視や刑罰の重罰化といったネオリベラリスティックな内容が多く含まれている。トランスジェンダーの権利擁護に積極的なリベラル派政治家たちはこういった法案には反対の立場であり、ヘイトクライム法を追加することに賛成しておきながら最終的な採決では法案全体に反対することになる。

じゃあ、あとから自分たちが反対に回るような法案に、どうしてヘイトクライム法案を追加しようとしているのか。また、どうしてトランスジェンダー活動家たちに「宿題」を出してまでヘイトクライム法案にトランスジェンダーを含めようとしているのか。種明かしをすると、民主党内リベラル派の議員たちはネオリベラリスティックな監視社会化・重罰化を推進しようとするこの法案を潰そうとしており、トランスジェンダーの権利を保護するような内容を追加すればかれらを嫌悪する共和党の保守派から法案反対論が出て共和党の票が分裂すると読んでいるから。つまり、法案全体を葬り去るための「ポイズンピル」としてトランスジェンダーの条項を埋め込もうと、活動家たちを利用しているわけ。それって活動家たちが可哀想みたいだけど、そういう意図を知りつつもリベラル派の議員たちに恩を売って約束通り雇用差別禁止法案にトランスジェンダーを含めてもらうために、かれらのやり方に従っている。

リアルな政治なんて、所詮そんなモノ。LGBTの団体から定期的に「〜という法案を通すために、今すぐあなたの議員の事務所に電話してください」みたいなメールが来るけれど、実際のロビー活動では表に出せないような駆け引きが常にあるんだろうな。そういえば前にも、ドメスティックバイオレンス関連の法案でちょっとおかしなところがあったから議会にロビー活動している反DV団体に意見を送ったら、「メールでは書けないので電話をください」と言われて、実際にかけてみたら「実はこういう駆け引きがあって…」みたいに説明されたことがあった。選挙の時には激しく論争を繰り広げている政治家だって、実際には相手の党の人たちと便宜の貸し借りをやっている仲だったりするわけだしね。

どうでもいいけど、今日はクリスマス。ユダヤ人社会の伝統に従ってチャイニーズレストランで食事しよう。

One Response - “米国「トランスジェンダーを含むヘイトクライム法案」の舞台裏”

  1. TransNews Annex Says:

    米国「トランスジェンダーを含むヘイトクライム法案」の舞台裏

    米国「トランスジェンダーを含むヘイトクライム法案」の舞台裏 – mascka dot com

    TransNews Annex 経由で Washington Blade の記事「Frank says trans issue stalled Senate hate crime measure」(12/21/2005) という記事を読む。米国連邦法のヘイトクライム(特定の人…

コメントを残す

コメントを残す