ブッシュ政権弱体化で4年前の状況に酷似しつつある米政界

2005年4月3日 - 3:03 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

15年間意識不明の状態にあり、栄養補給チューブを外すかどうかの論争に政治家が介入し大騒ぎになったフロリダ州の女性が亡くなった。この問題でチューブを外すことに反対し政治家を動かしたのは宗教右派と呼ばれる勢力だが、実際に世論調査を行ってみると国民の7割から8割までもが「こうした家族内の困難な状況に政治家が介入するのは間違いだった」と答えている。現政権及び議会に大きな影響力を持つ宗教右派勢力が、実は共和党員あるいはキリスト教徒のうちのごく一部でしかないことが再度確認されたと言える。介入の中心となったディレイ下院院内総務や、本業が医師なのにわずか1時間あまりの患者のビデオを観て「彼女に意識があることは明らかだ」とトンデモ診断を下したフリスト上院院内総務ら、この問題に関わった政治家の大半は大きな恥をかいた。ディレイ議員は共和党が圧倒的に強いテキサス州の選出だが、その選挙区ですら最新の調査によると有権者の過半数がディレイの再選には反対すると言っている。
さて、数週間前にこの問題が突然注目される前に政治的課題となっていたのは、社会保障制度改革、ディレイ議員の汚職疑惑、そしてもちろんイラク戦争だった。社会保障制度改革というのは簡単に言うと、公的な年金制度をやめて(あるいは削減して)その代わりに個々の労働者が自己責任で投資先を選ぶようにすることで、現在ブッシュ政権は60日かけて全国を回って社会保障制度改革への支持を増やすキャンペーンを行っているけれども、国民のあいだでは反対論が圧倒的に多い。この先高齢化が進むと少ない労働人口で多くの老人を支える事になるため年金は将来的に削減されるというが、投資に回して全く何もかも失うリスクを負うよりは比較的小額でも保証された額を貰える方がマシだという一般人の常識がはたらいたのだろう。
そもそもブッシュが改革を提案したのは、今のままでは社会保障制度は破綻の危機にあるからという触れ込みだったはずなのに、自己責任制度を組み込んでも破綻の危険はいっさい緩和されないばかりか、制度転換のために余分に赤字が出るというのだから話にならない。そもそも、「社会保障制度は破綻の危機にある」という抽象的な危機感を煽ろうにも、「そんなこと言っても、老後一文無しになったらどうするんだ」という切実な個人的危機の方が圧倒的に強力なのだから、危機を煽って改革への支持を広めようとする手法は通用していない。
そういう事もあって、最近では頭のいい(リバタリアン系)保守論客たちは、「現状の制度では、いくら社会保障費を支払っていても年金を受け取る年齢の前に死亡すれば何も残らないが、個人で投資する制度にすれば年金は個人の資産の一種になり、仮に本人が死亡しても子どもが相続して勉学や起業の資金として使うことができるようになる」というように、積極的に自己責任制度の優れた点を主張するようになっている。
これに対し、ここ数年最強の「反ブッシュ」論客となっているポール・クルーグマン教授は、社会保障制度を単なる年金だとか老後のための資産を作る制度として理解するのは間違いだと言う。社会保障制度は、いつ誰に起きるか分からない突発的な事態に対処するために資金をプールする社会的な保険制度の一種であり、事故や病気で一家の働き手を失った家庭や、労働を困難とするような障害を負った人に対する支援をするという重要な働きがあるが、ブッシュの改革案では社会保障制度の持つそうした保険的機能をどうするのか全く明らかにされていない。保険であるのだから、必要な事態が起きなかった人に掛け金が返還されないのは当たり前であって、資産をたくわえるのを支援する制度が必要なら別の制度を作るべきだ、という。
いずれにせよ、社会保障改革への支持は日を追って下落しており、今さら「自己責任化」ではなく「自己選択化」みたいに言葉を言い換えたりしているけれどもはや手遅れ。ブッシュが考えていたような社会保障制度改革が実現する見込みはほぼ無くなった。
ディレイ議員の汚職疑惑はもっと深刻だ。疑惑はいくつかあって、旧知のロビイストに招待されて費用全額招待側負担で海外旅行に何度もでかけていたことや、先住民居住区内のカジノ建設に絡んで先住民部族から賄賂を強要したことなどが続けざまに明らかとなっていて、今の所ディレイ議員本人に対する刑事告発はないものの、ディレイに近い人物が捜査を受けている。こうした問題は議会内の倫理委員会でも調査されることになっているけれど、ディレイは党内における影響力を発揮して、まず倫理委員会から共和党中道派の議員を一掃して自分の子分を送り込み、さらには委員会運営ルールを改正して調査開始に必要な票数を「委員会の半数」から「委員会の過半数(つまり、半数プラス1)」に変更した。倫理委員会は共和党員5名・民主党員5名で構成されているから、子分の共和党員5人さえ一致して調査開始に反対すれば一切政治倫理に関する調査は行われないようになってしまったのだ。
そもそも、ディレイの担当する院内総務というのは、下院議長に次いで院内序列2位のポジションだが、実質的には議長のハスタート議員よりディレイの方が遥かに影響力を持っていると言われている。それなのにどうしてディレイが議長にならなかったのかというと、前回議長の座が空いたのがクリントン前大統領に対する弾劾の最中で、メディアにおいて「クリントンを糾弾しながら、自分も何か隠し事をしている卑怯な議員たち」を標的としたスキャンダルの暴露が頻繁に行われていたからで、議長の座には何かとスキャンダルの噂が多いディレイではなく、指導力もないけれどスキャンダルもない人畜無害なハスタート議員が選ばれたのだ。
そういう事情はあれ、たまたま党内への大きな影響力に似合わない地味なポストに付いていたために、全国的な知名度がそれほどなく、汚職疑惑があまり話題にのぼらなかったことは、ディレイにとって幸運だったかもしれない。しかし、今は違う。フロリダ州の植物状態の女性の件に関連してテレビに出まくったおかげで、ディレイの知名度が一躍全国的に広まった。もし汚職疑惑から世間の目を逸らすのが目的でこの女性の件を政治課題として大きく取り上げたのであれば(彼女のチューブを外すかどうかという論争は少なくとも8年前から起きていたのに、今年の2月以前にディレイが彼女について発言したことは一切ない)、その目論みはバックファイアしたと言える。
イラク戦争については日本でも大きく報道されているので述べるまでもないが、ここに来てブッシュ政権は何をやってもダメな状態にあり、共和党や保守陣営の一部にすら見放されつつある。思うに、これは4年前の今頃と酷似した状況だ。4年前、中道保守派として大統領選挙を戦ったはずのブッシュは、就任した途端に宗教右派・親ビジネス色を全面に打ち出した超保守政権となったけれど、そのあまりに強引さにほんの数ヶ月のうちに共和党の上院議員が一人離党した。当時上院は共和党50人に対し民主党50人で、上院議長を兼ねるチェイニー副大統領を加えてかろうじて多数派を形成していたのだが、一人だけ民主党系無所属に鞍替えしただけで民主党が多数派になり、以降ブッシュの超保守的な政策は一切通らなくなった。
現在は、共和党が下院でも上院でも順調に議席を増やしているので、たかが一人や二人離党しても多数派を失うことはないように見える。それなのに、植物状態の女性に対する政治介入の問題や社会保障改革については、ブッシュに投票したはずの支持者たちにまで見放されてしまい、身動きが取れない状態になりつつある。
こうなると心配なのが、指導力を取り戻すためにブッシュが何をやるかという事だ。4年前、就任数ヶ月にして既に無気力状態に陥っていたブッシュ政権を救ったのは、アルカイダによる世界貿易センターへの自爆攻撃だった。わたしは陰謀論者ではないので「また大規模なテロが起きる」とは言いたくないが、もしかするとそれをブッシュが願っているのではないかという程度の想像はしてしまう。あるいは、「ブッシュがついにイラクから撤兵の方法を発表した、それによると、米兵はイランとシリアを通って帰国するらしい」というジョークがあるが、どちらかというとブッシュはそちらを狙う可能性の方が高いかも知れない。ブッシュはもう再選される必要はないのだし、副大統領のチェイニーも今さら大統領に立候補する年齢ではないので、おとなしくこのまま退任まで無気力でいて欲しいのだけれど。

5 Responses - “ブッシュ政権弱体化で4年前の状況に酷似しつつある米政界”

  1. Yoko Says:

    フリストは腰砕けのようですね(笑)
    Frist Says Courts in Schiavo Case Acted Fairly
    http://www.reuters.com/printerFriendlyPopup.jhtml?type=topNews&storyID=8094067

  2. Macska Says:

    フリストも評判を落としたけど、ディレイの政治生命がそろそろフィニッシュに近づいている様子。今日のニューヨークタイムズとワシントンポストの両紙が争うようにしてそれぞれ別個の新たなスキャンダルを発掘して記事にしているし。このままだと次の選挙で共和党が不利になるので、近いうちに共和党内部からディレイを引きずり下ろす動きが出るはず。ジョン・ボルトンの国連大使への指名も潰れそうな様子だし、ボロボロですね。

  3. Yoko Says:

    この人はまだ意気盛ん(?)
    DeLay attacks judiciary during trip to Vatican City
    http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?file=/chronicle/archive/2005/04/08/MNGPRC55NP1.DTL

  4. macska Says:

    評論家の Arianna Huffington がこう言ってます。
    「トム・ディレイの政治生命が続くには、今後も3日に1度ずつ有名人の葬儀が必要である」(笑)
    いまや民主党の政治家は、テレビに出たり演説するときに必ずディレイの名前を繰り返し挙げて共和党を批判していますが、それは共和党指導部で一番視聴者の評判が悪いからです.いまのところこの戦略はうまくいっているようなので、ディレイが辞任しない場合は次の選挙で民主党が有利になるだけ。だから、わたしはディレイが辞めようが辞めまいがどっちでもOKです。

  5. Yoko Says:

    今朝の東京新聞に、”It’s My Party, Too”を書いたChristine Todd Whitmanのインタビューが載っています。
    http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20050429/mng_____kakushin000.shtml

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