性犯罪者更生プログラムの是非、および小児性愛者との共生の可能性(ミーガン法 Part 5)

12/31/2004 - 9:50 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

最近、ミーガン法の話題が多くなっているこのサイトだが、メーリングリストやなんばさんのエントリのコメント欄などでいろいろ議論していることをこちらでもまとめておこうと思う。話題があちこちに飛んでいますが、メモ代わりという事でご了承ください。

【通常の性犯罪と比べ、凶悪な快楽殺人のケースでは再犯率は物凄く高いのではないか?】

特に凶悪な快楽殺人のケースでは確かに累犯が多いというのは知られているが、釈放後の再犯が多いというデータは多分存在しないはず。なぜなら、その種の犯罪ではあまりに犯行が凶悪であることと、最初に逮捕されるまでの累犯が多いために、一度逮捕されたら死刑・終身刑や実質上一生出られない超長期の懲役刑になって、釈放されることが滅多にないから。ミーガン法の対象となるのは「釈放された前科者」、すなわちそこまで凶悪でない犯罪者だけなので、凶悪快楽殺人犯の問題は別に扱うべき。

【勃起すると悪臭や苦痛を受ける装置を身につけさせた上でポルノを見せるという治療法には効果があるか?】

「パブロフの犬」系の治療プログラムについて、わたしもそういう事をやっている人(前科者じゃなくて、心理学者)の話を聞いたことがあるが、釈放後一定の時間が経ったあとの再犯率が本当にそれほど低下するのかわたしは疑問に思っている。似たような「治療」が昔は同性愛者に対しても行われていたけれど長期的には効果がなかったというのが定説だし、ネズミを使った心理学の実験でもしばらく電気ショックの電源を外せばまたレバーを押すようになるのね。効果があるという報告があるとすると、それは釈放後もケースマネージャを付けてフォローアップするなど別の取り組みと組み合わせてはじめてうまくいくように思える。

こうしたプログラムでは、子どもや暴力的なセクシュアリティなどへの性的な指向性そのものが犯罪の原因となるという考え方に基づくが、同様な指向を持つ人の大多数はゲームやアニメなどのオタクメディアを利用したり、レイプの場面をロールプレイをすることなどで性欲を解消しつつ犯罪を犯さずに生きているのだから説得力がない。パブロフの犬状態にして無理矢理性生活を封印して、それで普通の生きていくのに支障がないのであれば良いとして、押さえつけられた欲求がより陰湿な方向に向かわないか心配な気がする。

昨年、米国のカトリック教会で多数の聖職者が信者の子どもを性的に虐待していたというスキャンダルが騒がれたが、どうやらもともと小児性愛者であったり、同性愛を含めその他の社会的に偏見を持たれている性愛の持ち主であったりした人たちが、自分のそうした特殊なセクシュアリティを断ち切る覚悟で、一切の性行為が認められないカトリック聖職者の道を目指したというケースがかなりあるように思えた。そうやって自分のセクシュアリティを封印した上で支障なく生きて行くことができるのであれば問題ないが、実際にはそれで済まずに世間に隠れて自分より力の弱い者に性的欲求を向けてしまった人がいたわけだ。

「パブロフの犬」系の治療プログラムは、頭の中にある性的妄想を含めた性犯罪者のセクシュアリティを根こそぎ封印することを目的としている。わたしから見てそうしたプログラムは非人道的であるように思えるし、仮に「加害者の人権なんて構うもんか」というネオリベラリスティックな罵声に迎合して人権論を無視するとしても、長期的にそうした施策が有効なのかどうか非常に疑問だ。

【化学的あるいは外科的に去勢するのは再犯予防に効果があるか?】

効果があるとする研究結果もあるけれど、よく読むと去勢を受けるか受けないかは本人の意志に任せた上で、去勢に同意した人は見返りとして刑期が短縮されるといった制度が多く、もともと去勢に同意する受刑囚と去勢を拒否する受刑囚でははじめから危険度が違うのではないか。つまり、仮に後者集団に比べて前者の方が再犯率が低いというのが正しいとしても、それが去勢の効果であるのか、それともはじめから再犯の危険が少ない人たちが去勢に同意しているだけなのかはっきりしない。実際、さまざまな記事を読むと、犯行を深く反省した加害者が少しでも自分が再犯する危険を抑えたいという動機で去勢を希望するという話がよく取り上げられており、もしそれだけ本心から反省しているのであれば、去勢を受けるかどうかに関わらず、他の加害者と比べて再犯の危険はもともと低いに決まっている。

去勢プログラムの背景にあるのは、性犯罪は特定のホルモンの分泌過多を原因とする性的衝動に堪えられなくなって起きるという単純な発想だ。性的衝動の暴走によって性犯罪が起きるという言説は、上に挙げた本心から反省しているような一部の加害者にとっては納得できるものかも知れないが、ほとんどの場合加害者当人の主体的な責任を免責するだけのものでしかない。もし、単純に性的衝動だけが原因で犯罪が起きているとするならこの方法で再犯防止ができるかも知れないが、人間の行動はもっと複雑なさまざまな動機が混合した形で起きるのが普通だ。仮に、自分の思いにならないモノに対する支配欲なり、自分の何らかの欠落への過剰補償といった要素が動機の大部分を占める場合、去勢によってより危険になる可能性すらある。

また、このプログラムに限らず「治療」への参加を理由に刑期を短縮させるのは、プログラムに参加する動機にはなっても、釈放後再犯しない動機にはならないので、あまり良い施策ではない。そもそも、医療と刑罰の境界をあいまいにすることは、インフォームドコンセントの成立を疑わせることになり、医療への信頼を損ねるという具合に、非常に問題がある。むしろ、「治療」参加者に特権を与えないことによって、単に「早く刑務所を出たい」という人たちの中から、本心から「更生したい、再犯したくない」と思っている受刑囚だけ選別し、そういった受刑囚の更生のためにリソースを集中させるのが良いとわたしは思う。

【その他のプログラムでは何があるのか?】

上記のような物理的な治療プログラムが考案されたそもそもの理由は、以前から存在していたカウンセリング系のプログラムの大半に全く効果がないことが分かったからだ。例えば「犯罪者は感情のコントロールが苦手だからつい暴発して犯罪を犯してしまうのだ」という前提で実施された「感情コントロールを身に付けるプログラム」の結果はというと、より感情を抑えて計画的に犯罪を犯すようになっただけだったという笑えない結末に終わっている。あるいは、「性犯罪をおかす人たちは、彼ら自身子どもの頃被害者だったからだ」という説を元に、子どもの頃の被害についてカウンセリングを提供しても、単に犯罪者自身の性的妄想を語らせるだけに終わってしまうことが大半だった。

それらダメだった心理プログラムに対し、今一番効果が期待できるとされているのは、認知の歪みを明らかにすることで現実感覚を養う認知行動療法的プログラムだ。この理論では、性犯罪の中でも特にポルノ的・妄想的なものは、主に現実感覚の欠如を原因として起きるとしている。同じ暴力的なポルノなりロリコンアニメに魅力を感じていても、どうして一部の人は犯罪に走り、大半の人は犯罪を犯さないのかと考えると、そこで重要になるのが、ポルノ的妄想と現実の違いを理解するための「現実感覚」なのだ。認知行動療法プログラムは、性的な指向そのものをタブーとするのではなく、現実感覚に生ずる歪みをチェックし修正するためのスキルを育てたり、現実の生活を脅かさない健全な方法で妄想を解消する訓練をする(と同時に、そうすることで、守るべき「現実の生活」へのコミットメントを強化する)。

こうした治療法については、カナダの検察庁に相当する役所で性犯罪について研究しているグループが大規模なメタ調査(各種調査におけるデータを総合して傾向を調べる調査)を発表している。 Hanson RK, Gordon A, et al. 2002. “First report of the collaborative outcome data project on the effectiveness of psychological treatment for sex offenders. Sex Abuse. 14(2):169-94. によると、最新の認知行動療法プログラムに参加した性犯罪者の再犯率は17.4%から9.9%に下がっており、それ以外の現行心理プログラムにも4%程度の効果があるが、1980年以前に行われていた古いプログラムに至っては全く効果がないと結論付けている。なるほど、心理学プログラムは役に立たないと言われていたけれど、最近はそれなりにうまくいくように洗練されてきているわけだ。

あ、ここでプログラムに参加しない人の再犯率が17.4%というのを見て、「以前紹介していた13%よりかなり高いじゃないか」と思った人もいるかも知れないけれど、これは最新の認知行動療法プログラムに関する調査がまだ少ない事が理由で起きた統計上の歪みと考えられる。というのも、上記の調査と同じ R. Karl Hanson という人を中心としたカナダの研究グループによる性犯罪者一般のより大きな再犯率調査が別に発表されていて(Hanson RK, Bussiere MT 1998. “Predicting relapse: a meta-analysis of sexual offender recidivism studies.” Journal of Consulting and Clinical Psychology. 66(2): 348-62.)、61の研究を総合したそのメタ調査によると、性犯罪者の再犯率は13.4%と、前述の米国の数字とほとんど変わらない。

【社会はポルノやロリコンメディアにどう対処すべきか?】

「現実感覚」と「現実の生活へのコミットメント」が重要であるという考え方は、前科者だけでなく、一般の小児性愛や暴力的な性愛傾向を持つ人たちとどう共生共存するかという課題にも示唆を与えてくれる。まず第一に、こうしたセクシュアリティについての情報交換が、メンバー制のウェブページだとかアングラ画像収集クラブといった閉じたコミュニケーション空間において行われるのは、現実感覚を麻痺させやすいという点で非常に危険なように思える。そうであれば、現実感覚の歪みにチェックが入りやすいような、そして「もしかしたら犯罪者になってしまうかも」という不安を抱える人が「人でなし」扱いを受けずに相談相手やカウンセラーを見つけられるような、non-judgmental なコミュニケーション空間を開いておくことが犯罪防止に繋がるのではないか。あるいは、現実の生活を「失いたくない」という感性(現実社会へのコミットメント)を持ってもらうには、それなりに妄想を解消できる健全な方法に手が届く必要があり、具体的にはアニメやゲームを通じた代替満足の獲得やロールプレイなどをタブー視せず、また不当な規制によって取り上げたりしないという施策に繋がりそうだ。

わたしは、ポルノやその他の性的メディアの存在が全く無害だとは思っていない。もちろん、個別のポルノの描写が原因で犯罪が引き起こされたりすることがあるとは到底思えないけれど、例えば社会に女性に対して暴力的な描写や特定の身体的特徴に対するフェティッシュ的な視線、あるいは子どもを大人の性愛の対象として描く描写が溢れていることなど、社会における性表現の総体としての有り様が、同じ社会におけるセクシュアリティのあり方や性行動に全く影響を与えていないとは思わない。これは、「表現の自由」として個々の描写を擁護するだけでは解決できない問題であり、別個の施策を要請している。例えば、メディアリテラシーの概念を拡張して、世間に溢れる性表現に対するよりクリティカルな受容フレームを育むような施策などが考えられる。

もう1つ、これも誤解してほしくないのだが、わたしは「代替満足を供給すれば、犯罪は防げる」と言っているわけではない。わたしは、代替満足が得られるメディアを容認することや、開かれたコミュニケーション環境を整備しておくことは、犯罪を予防するための必要条件であると主張しているのであって、十分条件であるとは言っていない。はっきり言って、代替満足を得るためのメディアを認めたからといって犯罪を防げるという保証はないけれど、「認めない」と決めた瞬間、「わたしたちの社会」は小児性愛者らに現実社会との共生を呼びかける一切の根拠を失ってしまうのが問題なのだ。

これまでのミーガン法関連記事:

1)いわゆるミーガン法について
2)ミーガン法ふたたび
3)ミーガン法にトドメをさす
4)ネオリベラリスティックな衝動に抗して

【追記】認知行動療法を認知心理学と混同した記述をしていたことを指摘され、修正しました。両者は言葉として似ているほかは全く別のモノです。

One Response - “性犯罪者更生プログラムの是非、および小児性愛者との共生の可能性(ミーガン法 Part 5)”

  1. 電脳プリオンのウェブログ Says:

    性犯罪対策はミーガン法より厳罰化
    奈良の女児誘拐殺人事件で性犯罪対策としてミーガン法が主張されたりするが、
    そもそも性犯罪に限らず、凶悪犯は社会復帰させるべきではないと思うので、
    釈放後に監視するよりも…