社会運動が国家を手懐けて誘導するために必要な自覚

2004年11月25日 - 3:42 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

うちのサーバ、相変わらずトラックバックを受け取れない悲しい状況なんだけれど、最近ブログを開設したばかりのひびのまことさんが早速過去のわたしの記事にコメントしてくださったので、その話題について。ちなみに、ひびのさんのコメント自体はひびのさんとわたしが共に参加しているジェンダー&セクシュアリティMLというところで既に元になった投稿を読んでいたのだけれど、その当時サボッて返事してなかったので、以下は新しく書いたものです。
ひびのさんの反応を読んでまず思ったのは、あんまり不平ばかりわたしが言うことで、NCADV という団体が実態以上にメインストリーム系の団体だと思わせてしまったかな、ということ。この団体、もともとはラディカルフェミニズム系の団体で、基本的な理念として「今の社会は家父長制的であり、女性に対する暴力を根絶するためには家父長制自体を解体しなければいけない」と考えている人たちだ。さすがに最近ではそうした傾向は薄いけれども、過去においては「政府の助成金を受けることは、北米大陸を侵略した米国という国家の正統性を認める事になるのではないか」と真面目に議論していたくらいだし(つまり、米国という国家の存在すら否定する意見が内部では無視できないくらい力を持っていた)、理事会では未だに全会一致によって意思決定を行っているらしい。
わたしが再三指摘している事だが、米国におけるDV反対運動がダメなのは、それがメインストリームに擦り寄っていたり何らかの癒着などを通して腐敗しているからではなく、むしろ過度に理想主義的だったりフェミニスト的な良心に期待をかけすぎる点が問題なのだ。活動を「女性同士の連帯」として美化するあまりシェルターのスタッフとクライアント、理事会とスタッフといった立場によるリアルな「利害の衝突」を調停する有効なメカニズムが存在しない(そのため、常により権力のある側の利害が優先される)というのもその1つの例だし、議決に必ず全会一致を必要とする制度は、結局過度の同調圧力と少数意見の存在が許されない空間を作り出す。
だから、NCADV について言うならひびのさんの言うことはあまり当たっていないのだけれど、一方わたしが書いた NCADV への抗議がDV専門家のメーリングリストに弾かれたという件については、ひびのさんの言う事は大当たり。というのも、そのメーリングリストというのは CAVNET という団体が運営しているのだけれど、ここは国家寄りというよりはほとんど国家そのもの。代表は司法省の元職員だった男性で、理事会のメンバーにも検察官・警察官・判事・心理学者などが並んでいる。わたしがこのメーリングリストに参加している理由は、さすがに政府関係者が多いだけあって公的な情報がたくさん流れてきていることと、「敵」が何をやってるかしっかり監視するため。
何年か前にこのリストに CAVNET 代表の人が流していたメールに、こんな内容があった。「ミシガン州アン・アーバーには考えられる限り最高に理想的なシェルターが完成した。そのシェルターは警察署の隣に位置しており、加害者から絶対に安全だ。今後もっとこういうシェルターが作られるべきだ。」 警察が隣にあって安心できるのは、警察が「自分を守ってくれる」と信頼できる人たちにとっての事であって、日常的に人種プロファイリングによって身分証明書の提示を求められたり聞き取り調査を受けている黒人やラティーナのサバイバーにとっては安心できない。あるいは、正規の滞在許可を持っていない移民や、警察による暴力の被害を間近で見聞きしているような非白人・貧困層居住地区の住民にとっても安心できない。シェルターに駆け込むサバイバーの大半は非白人の貧しい女性であることを考えると、シェルターを警察署の側に設置することは、逆にサバイバーたちをシェルターから遠ざける効果しかないだろう。
NCADV の人たちも、シェルターなど関連団体の運営したり被害者支援のための法改正を求めてロビー活動するために CAVNET のような連中と行動をともにする事はあるのだけれど、個別に話をしてみると話が通じる人が多い。ただ、現状ではかれらが自分の信念を通した活動をできるような状況にはなく、日々のシェルター運営などで精一杯という感じがする。先日参加したLGBTコンファレンスの会場では、ニューメキシコ州でDVシェルターの代表を務める人と、より草の根タイプの反DVの運動をやっている人という組み合わせのレズビアンカップルに会ったけれど、かれらのように「現状のシェルターが問題なのは分かっているけれど、どうすれば良いか分からない」と感じている人は多い。
多くの人がこうした身動きが取れない状況に陥っている理由は、ひびのさんが批判するような「国家に頼った性暴力・DV撲滅プログラム」に対して、社会運動の側が有効な代替案を示す事ができていないからだ。何しろ、国家に批判的なラディカルフェミニストたちが何を考えるかというと、国家と付き合うのをやめましょうだとか、全会一致で議決しましょうだとか、その程度のものでしかないのだ。国家に頼った運動をするのも、国家や家父長制から隔離されたところに思想的な純粋さで固めた運動をするのも、どちらも同じ問題の表裏なのかも知れない。
こうした問題に対するわたし自身の取り組み方は、おそらくひびのさんと比べてずっと体制的なんじゃないかと思う。すなわち、国家はどうにも信用できないという認識を出発点としつつも、その信用ならない国家を押さえつけ、監視し、手懐けた上で、より良い方向に導き出すというリベラリズムの路線をわたしは取っている。前回話題にした売買春の問題についても、性産業への規制を全てやめるべきだというセクシュアル・リバタリアニズムには同調せずに、労働者にとって有害な規制(警察による取り締まり)から有益な規制(公衆衛生行政によるハーム・リダクションや、労働法規による労働者の権利擁護など)への転換を推奨する戦略で活動している。
DVの問題でも、今さら国家の関与を外すことを狙うよりは、国家を誘導してより優れた解決策を取らせるといった戦略が必要となる。すなわち、権力を持った役人や政治家に対する直接・間接の働きかけだ。例えば、DVが起きたあとで加害者を罰するよりは、ハーム・リダクションの手法を応用して予防につとめた方が効率的だしコミュニティに対する被害が防げると説明すれば、大半の権力者は同意する。そこで、じゃあ例えば教育現場でこういうプログラムを実施しましょうという説得にかかるわけだ。
ここで言う「権力に働きかける」ことと、ひびのさんが批判する「国家を味方につけ、自分が権力者となること」とのあいだに違いがあるとすると、それはいかに自分が及ぼす権力の作用に自覚的であるかという事だけではないかと思う。言い換えれば、国家を味方につけることが必ずしもいけないのではなく、国家を味方につけていることに無意識的なまま権力を行使することがいけないのだ。シェルター内部の権力構造だって、理事やスタッフ・クライアントという立場の違いが存在すること自体が問題なのではなく、「女性の連帯」といった名目によってお互いの間の権力関係が不可視化されていることがクライアントを無権利状態に陥れているのだ。
つまり、権力に自覚的になった上で必要なことは、自分や他人が権力を間違った方向に濫用しないような相互のチェック&バランスの仕組みを作り出すということだ。それができて、はじめて反DVの運動は、国家権力によるDV問題の利用を退けつつ、あらゆる権力から遠ざかるような口先だけのラディカリズムや現実逃避的な理想主義からも脱却できるのだろう。
ともかく、ブログ開設おめでとう>ひびのさん。
これからもよろしくお願いします。

3 Responses - “社会運動が国家を手懐けて誘導するために必要な自覚”

  1. ひびの まこと Says:

    早速ありがとう!
    そうなの、トラックバックができなかったの(;O;)
    国家のことは改めて書きますね。
    せっかくブログできたし(笑)

  2. Yoko Says:

    そちらで今夜放送のABCの”20/20″で、Matthew Shepard殺害事件の「新事実」をやるらしいですけど、
    New Details Emerge in Matthew Shepard Slaying
    ’20/20′ Investigates Brutal Murder of Gay Wyoming Student
    http://abcnews.go.com/2020/story?id=277685
    GLAADなどから、放送前からイチャモンつけられてるようですね。

  3. Yoko Says:

    ここで話題になっている「ジェンダー&セクシュアリティML」購読したいんですけど、どうやればいいんでしょう?
    そこのHPを見たら「現会員の承認」云々書いてあって、すぐにそこで挫折。だってめんどくさいんだもん…
    とりあえずバックナンバーだけでも見せてもらえないものか思案中。

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