産経新聞「米国の司法が慰安婦問題は法的にはもう終わったとする審判」は誤報

9/17/2014 - 12:12 am | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

慰安婦問題は国際法上すでに解決済みである、と主張する論者が、その論証の一部として、韓国・台湾・中国・フィリピン各国の元慰安婦が日本政府をアメリカ連邦裁判所に訴えた裁判の判決を挙げることがよくある。たとえば産経新聞は今月一日、次のように報じた。

 韓国などの「元慰安婦」と称する女性たちが2000年9月に日本政府を相手に米国で起こした訴訟は、連邦地裁、高裁、最高裁、さらに高裁への差し戻し、高裁からまた最高裁への上告、そして最高裁による棄却と、複雑な経過を6年近くもたどる。
(略)
 このプロセスで米国の各裁判所が一貫して明示したのは、慰安婦問題は戦争時の案件として、1951年の対日講和条約、65年の日韓基本条約、72年の日中共同声明、78年の日中平和友好条約ですべて解決済みだとする判断だった。米国の司法が慰安婦問題は法的にはもう終わったとする審判を下したのである。

以前からこうした主張は何度かみかけたことがあったのだが、実際にその裁判、Hwang Geum Joo, et al. v. Japanの連邦上訴審による2005年の判決(翌年最高裁がこの判決に対する上告を取り上げなかったため判決確定)を読んでみたところ、産経新聞の記事が誤報だと分かったのでメモしておく。

判決の論理を追うと、米国において自国が結んだ条約の解釈をする役割は外交権に含まれており、その権限は大統領を筆頭とする行政府に属する。もちろん行政府の判断に対して裁判所が審判をすることは可能だが、それでも行政府の解釈が原則的に尊重されるべきであるとされる。そして行政府は、サンフランシスコ講和条約によって日本に対する賠償請求権は完全に放棄されており、したがって条約締結国の政府および国民は、日本に対して戦時賠償を求めることはできない、としている。

そこまでは産経新聞は正しいのだけれど、問題は原告のうちサンフランシスコ講和条約締結国の国民はフィリピン人の元慰安婦だけだったということ。産経新聞はなぜか日本と韓国および中国(中華人民共和国)とのあいだの条約だけに言及しているけれど、台湾(中華民国)も1952年に日本とのあいだに平和条約を結んでおり、それらの条約においてもサンフランシスコ講和条約と同様に個人の賠償請求件が消滅しているかどうかは明らかではない。事実、サンフランシスコ講和条約では14条において明示的に連合国市民による賠償請求権を否定しているが、台湾・韓国・中国との二国間条約では明示的に否定されていない。

ところが問題は、これらの条約は日本と台湾・韓国・中国との二国間条約であり、米国政府はその締結国ではない、ということだ。自国が参加しているわけでもない外国同士の条約について解釈する権限が米国行政府にあるはずもなく、また米国の司法がそのような判断をすることは望ましくない、というのが行政府の立場でもあったこともあり、判決はこの論点に答えを出していない。台湾・韓国・中国各国の元慰安婦たちの賠償請求権が国際法上消滅しているのか、そうではないのか、米国の裁判所は判断すべきでない、というのが判断だったのだ。

すなわち、「米国の司法が慰安婦問題は法的にはもう終わったとする審判を下した」という産経新聞の記事は、明白な誤報だということになる。フィリピン人およびその他の連合国民たちの請求に限っては、たしかに裁判所は「もう終わった」と判断しているが、それ以外の国籍の元慰安婦たちの請求については、終わったとも終っていないとも判断していない。裁判所にはこの問題は判断できない、という判決が出た以上、米国の法廷で元慰安婦たちが賠償を請求することはできないが、それを「条約によって解決済みと判断した」と報道するのは明らかに間違っているだろう。

さらに付け加えると、サンフランシスコ講和条約が賠償請求権放棄の対象としたのは、1939年にドイツがポーランドに侵攻して以降の第二次世界大戦中に起きた事象が対象であり、日本軍が慰安所を設置しはじめた1932年から1939年までのあいだの連合国民の被害者の請求権は、サンフランシスコ講和条約では消滅していない。この裁判の終盤になって原告はこの主張を追加したが、主張するのが遅すぎて今回の裁判では審理の対象にならなかった。しかし審理の対象にできなかったことが判決では言及されており、この意味からも「解決済みと判断した」とは言えない。

7 Responses - “産経新聞「米国の司法が慰安婦問題は法的にはもう終わったとする審判」は誤報”

  1. michel Says:

    この問題は前から気になっておりました、勉強になります。下記記事は、同じ判決についてなんでしょうか? 日付等が異なっているようにもみえるのですが。
    http://japan-indepth.jp/?p=7746

  2. macska Says:

    michelさん、
     同じ判決ですね。2005年に上訴審が判決を出したあと、原告は最高裁に上告したのですが、2006年2月に最高裁は審理しないことを最終決定したので、上訴審判決が確定しました。判決が出たのが2005年で、確定したのが2006年という流れです。

  3. michel Says:

    ありがとうございます。古森氏のこの発言をみるたびに、ほんとかな、と思っていたので、検証していただき、たいへん参考になりました。

  4. 2014-09-18のニュース | Re: spam news Says:

    […] macska dot org » 産経新聞「米国の司法が慰安婦問題は法的にはもう終わったとする審判」は誤報:ふむ。 […]

  5. Isabella Says:

    日韓に関係のないアメリカの裁判所へ訴えた方も訴えた方ですね。 このことは、当時から、「なんでアメリカで訴えるんだ?」という疑問がありました。 日韓基本条約が個人倍賞を謳っていないからということで、訴えられるなら、日本人が朝鮮半島に残してきた個人財産は相当なものですから、取り返せますね。 中国においてきた財産も同じ理屈で取り返せますね。

  6. 山本 Says:

    この人は、故意かそうでないのか知らないが、へんてこな論理展開をしてますね。
    サンフランシスコ講和条約締結国国民には「戦時賠償を求めることはできない」と判断し、それ以外の国民は、米国は知りません、それぞれの国で話し合ってください、という当たり前の判決です。
    ではそれぞれの国で話し合った結果の条約ではどうなったか?
    「完全かつ最終的に解決」済みになりました。つまり、

    米国 →解決済み又は二国間の条約に従ってください
    二国間→解決済み

    以上の結果、「法的にはもう終わったとする審判を下した」と産経新聞は判断した。何もおかしい所はありませんね。
    ここまで説明しないと解らないなら、それはあなたの読解力の問題であると思われます。お気をつけ下さい。

  7. 名無し Says:

    私も↑コメの山本さんに同意。
    悪意を感じるタイトルで、完全に嘘ではないが、正しくもない卑怯なタイトル付け。
    対韓国とつければタイトルは嘘であり、産経が対韓国を想定した記事を書いたとすれば、このタイトルは偽りになる。

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