「異性愛者への12の質問」についての女性学MLでの議論

2009年4月18日 - 9:29 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

id:nodada さんのところで、「異性愛者へ12の質問」の日本版を見かけたので、それに便乗。「あなたの異性愛の原因はなんだと思いますか?」にはじまるこの質問票は、同性愛者(やその他のクィア)に対して繰り返し投げかけられるたくさんの質問をひっくりかえして異性愛者に問うことで、軽いセクシュアル・ディスオリエンテーションを起こすとともに、自らのあり方について問いかけられることから免除された、異性愛者の特権を明らかにすることが目的だ。で、それにどのように便乗しようというのかというと、英語圏における女性学メーリングリスト WMST-L において、昨年11月にこの質問票をめぐって興味深い議論があったから、それを紹介しようかと。
議論の発端は、ケンタッキー大学のジェンダー&女性学教授ジョーン・キャラハンによる、知人(ケンタッキー大学の同僚ではないらしい)が授業で「異性愛者への質問」を使ったことが大学当局に問題視され、調査を受けている、という投稿。この質問票は全国の教室やその他の場面で広く使われているもので、ジェンダー学や女性学の授業で使ったところで別に問題はないはず。とはいえ、一部の保守団体などが「教育者たちはこの質問票を使って同性愛を推進し、異性愛者の生徒や学生たちに自分の異性愛を疑うよう仕向けている」証拠であるとして(わざとらしーく「誤解」して)宣伝に使ったりすることもあり、政治的な問題とされたことも最初ではない。キャラハンは、この質問票が(異性愛者を洗脳して同性愛者にするためではなく)「異性愛者の特権」を示すための教材として広く使用されていることを示すために、ほかの教育関係者から「自分もこういう目的で授業で使っている」という証言を求めていた。
キャラハンの求めに応じて、いろいろな大学の講師たちから「自分も使っている」という証言が集まったのだけれど、問題なのがその「使い方」だ。多くの講師は、この調査票をあくまで議論のために学生に読ませるテキストとして扱っており、それが適切なやり方だと思うのだけれど、どうやら一部の講師たちは実際にこの「調査票」を学生に答えさせるという授業をやっていた。キャラハンの同僚も、単にこの調査票をテキストの一つとして学生に読ませて議論の題材とするだけでなく、授業の一部として(回答したくない人はしなくてもよい、という形だが)学生たちに回答させていた。
女性学メーリングリストの参加者のあいだでは、調査票をテキストとして学生に読ませ、議論させることについてはまったく異論がなかったけれども、授業の一部として実際に学生に調査票への回答をさせることについては批判が多かった。セクシュアリティのような学生たち自身にとって個人的なことに、講師が当たり前のように踏み込んで回答を求めること自体に問題があるし、そもそも教室の中でこのような調査票を配るということは、学生は全員例外なく異性愛者であり、同性愛者という「他者について」学ぼうとしている、という間違った前提がなければありえない。異性愛者の学生だけでなく、同性愛者の学生にとってもとても居づらい状況になる。
やっぱり、異性愛の権力性を指摘するのは大切だけれど、教室内における講師と学生の権力関係にも気を配らなくちゃいけない。その点、質問票をブログに掲載して「回答してください」と呼びかけている nodada さんは、読者に対して権力を持っているわけじゃないから全然問題ない。だけど、それを見たどこかの教育関係者が nodada さんのマネしたら困るから、この点はちゃんと言っておこうと思った。また、異性愛中心主義・強制異性愛主義についての教育をしようとするなら、教室の中にも、さまざまなワークショップやグループの中にも、同性愛者(やその他のクィア)がいるということも、ちゃんと考えておかなくちゃいけない。
ちなみに、この調査票を一部の保守団体が「教育者が同性愛を推進している証拠」として宣伝している、と書いたけれども、その現物を載せておこう。以下の画像は、「オレゴン市民連合」という極右団体が2000年の選挙において「公教育における同性愛と両性愛の奨励を禁止する」住民投票を提案したときに、実際に配っていたビラのスキャン。「オレゴン市民連合」というのは、一見どうってことない名前だけれど、1992年以来「反同性愛」の住民投票を次から次へと提案し続けたことで全国にその名を知られる団体で、最初は普通の宗教右派だったのにどんどんカルト化して暴力事件を起こしたり、裁判所の権威を受け入れないと宣言したりして、最終的には一般の共和党員や宗教右派から見限られたけど、このビラはその末期のもの。
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質問票の上に書かれているのは、「次の質問票は、全国の公立学校において配布されている『異性愛者への質問』からの直接の引用です。あなたの地域の学校がこの質問票を配布しているかどうか知っていますか? もしまだなら、もうすぐ配布されるかもしれませんよ。」という文章。
もちろんこの質問票は同性愛者が繰り返し浴びせられる質問を元に作られているので、こんな質問票はおかしいと思うなら、それは同性愛者が置かれている状況はかれらに対して不当だと思わなければおかしい。でもオレゴン市民連合の人たちはそれにあえて気付かないふりをして、「公教育が同性愛者に乗っ取られ、同性愛を広めるために利用されている」と宣伝しているわけ。こういう連中って、こういうの好きだよねー。
【追記】上の文章を読んで、なぜか「この『12の質問』は、こちらによればケンタッキー大学のキャラハン教授という人が作ったものだそうです」と誤読している人がいたので注意。実際には、原型となる物は Martin Rochlin という人が1972年に作ったとされていて、この人は既に故人です。

2 Responses - “「異性愛者への12の質問」についての女性学MLでの議論”

  1. nodada Says:

    TBありがとうございました。重要な指摘と簡潔な語彙での解説、とても参考になりました。・・・ちなみにハイクのほうは、司会・扇動(先導?)者として失敗しちゃいました。そもそも司会を立てる手法が間違ってた気もします。(どうしよぅ
    この質問をおかしいと思うなら、かれらの置かれた状況も不当と気づかなければ〜というのは正しくその通りですが、仮に気づかなかったとしても、今回の質問を「おかしい」と言った時点で同性愛者「ら」が置かれた問題にも異を唱えたと見做していいですよね。言質に取ったぞ的に。まあオレゴン市民連合の人はそれを避けてるようですが。(本当色んな人いるなぁ)
    だいたい、ソレを言うなら、「公教育が異性愛者に乗っ取られ、異性愛を広めるために利用されている」とも言える訳だし・・・。
    ところで突然失礼なのですが、こちらの『Heterosexual Privilege』という異性愛特権チェックリスト(なのかな?)の日本語版をご存知ではないでしょうか?もしご存知でしたら教えてほしいです。なかったら仕方ないのでガ・マ・ン!します。。
    http://www.caaws.ca/homophobia/e/resources/participant_handout/heterosexual_privilege.cfm
    それでは。

  2. マサキチトセ Says:

    なぜかトラックバック出来なかったので、コメント残します。 nodada さん、 Heterosexual Privilege を日本語に訳しましたので、もしよかったらどうぞ。
    http://d.hatena.ne.jp/cmasak/20090420/1240163778

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