「性同一性障害は脳のインターセックス」論は「頭が腹痛」と同じ

6/25/2004 - 10:31 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

某掲示板でバカの相手して徒労を感じる。「性同一性障害は脳内インターセックスだ」という主張は、「頭痛のことを『頭の腹痛』と呼んでもいいじゃないか」というのと同じレベルの妄言だってコトが、どうして分からないんでしょーか。そりゃ、個人的にそう言いたけりゃ言っても構わないけれど、明らかにフツーの考え方じゃないのね。少なくとも、他人に同意してもらいたいならば、「そのように言葉の用法を変更すれば、どのような良いことがあるのか」を説明しなくちゃ意味ないじゃん。

性同一性障害に身体的な要素がある(かもしれない)というのは、取りあえずわたしは否定してないのよ。そりゃ、何らかの関係はあるでしょうよ。でも、だからといって「性同一性障害は心理的な問題じゃなくて身体的な問題なんだから DSM-IV(精神科医が使う、精神疾患の分類マニュアル)から外せ」というのは違うと思うし、インターセックスかどうかというのとも全然関係ない。この辺り、大きな勘違いがあると思う。

「DSM-IV から性同一性障害を外せ」という主張をする人には2派ある。一方は上に書いたように「心理的な問題じゃなくて身体的な問題だから、精神疾患として扱うべきではない」(身体疾患説)という人たちで、もう一方は「性自認のあり方というのは、性指向と同じように疾患として扱うべきではない」(非疾患説)という考え方。でも、どちらの論者も DSM を本当に読んだ事がないんじゃないかと思う。 DSM を実際に読むとはっきりするんだけれど、DSM に記載されている多くの状態はまさに「脳内の化学物質のアンバランスによって起こされる身体的な症状」だし、一般的に疾患とは認識されていない状態についてもたくさん DSM に記載されている。つまり、脳内の身体的な原因によるものだからとか、疾患として扱うべきではないからという理由では、DSM から性同一性障害を削除する理由にはならないのね。

例えば、統合失調症というカテゴリがあって、DSM ではかなり大きな部分を占めているのだけれど、これの原因は大抵「脳内の化学物質のアンバランス」だとされている。だからといって、統合失調症を DSM から削除して精神的障碍ではなく身体的障碍として扱うべきだ、なんて議論は聞いた事がない。アルツハイマー症だって DSM に記載されていて、その原因は脳内の物理的変化に求められるけれど、アルツハイマー症のことだって身体的障碍とは呼ばない。つまり、身体的障碍と言う場合、仮に生物学的・物理的な要素によって起こされる症状であっても、それが脳内で起きている限りにおいて、それを身体的障碍とか身体的疾患とは呼ばないことになっているわけ。インターセックスという言葉だって、脳内だけで非典型的な性分化が起きたからといってインターセックスとはフツー呼ばないの。

もちろん、言葉の定義というのは時代とともに変わるものだから、変えた方が良いというなら議論してもいいよ。でも、既にある言葉の定義を変えようと言うのであれば、その提案を受け入れればどういう良いことがあるのか説明する責任が提案者の側にあるのね。例えば、「看護婦という言葉は不必要に性役割を押しつけるものであり、男女機会均等の趣旨に反するから変更すべきだ」と言われれば「なるほど」と思うもの。あと、もしインターセックスという言葉の定義を変えるのであれば、じゃあアルツハイマーの事を「身体的障碍」にカテゴライズするべきなのか、など、他の概念との整合性も考える必要がある。今のところ、わざわざ社会的なコストを払ってまでインターセックスという言葉の意味を変えるだけの納得がいく根拠は説明されていなくて、ただ単に「だって性同一性障害だって身体的な問題だもの」と言うだけ。そういう人には、「でも、インターセックスってのは社会的な問題ですよね」と返してそれでお終い。

一般には疾患とは認識されていないのに DSM に記載されている例では、例えばアルコルを飲んで酔っぱらった状態とか。アルコール中毒にまでなれば一般社会でも疾患と認識することもあるけれど、ただ単に飲んで酔っぱらっているだけでビョーキだとは普通みなされない。 DSM の基準から言うと、麻薬やってトランスするだけで全部分類可能なカテゴリになるわけ。学習障碍なんてのも DSM に含まれていて、例えば「計算障碍」というカテゴリは「年齢・知能・教育程度に比べて、算数の点数が極端に悪い」みたいに定義されているけれど、フツーは単に「計算が苦手な人」ですね。あるいは、「大人に対する身体的虐待」なんてのも載っていて、これは明らかに「行為」であって「疾患」ではない。要するに、DSM は疾患だけを載せるマニュアルではないので、「疾患でないから載せるな」という主張は成り立たない。

「非疾患論者」が批判しているのは、医療が恣意的に何が人間として「正常」で何が「異常」かを決めつける精神医学のメカニズムだと思う。過去のバージョンの DSM において「同性愛」が疾患とされていたのに、社会がより同性愛者に寛容になった段階でそれが削除されたという前例もあるし、「人格障害」の策定が性差別的でありことさら女性にありがちな性格のパターンを「人格障害」呼ばわりしているという批判もあるので、そうした批判は当たっていると思う。いや、DSM に限らず医学一般において長らく男性の身体こそが「正常」な身体とされたため、女性の生理や出産といった自然な経験が「病的」なものとして記述された実例なんていくらでもある。だから、「非疾患論者」の言いたいことはよく分かるのだけれど、同時に「性同一性障害だけ脱疾患化したとしても、他の疾患がそのまま『異常』として扱われるのであれば、何の解決にもなっていないのではないか」という気がする。

わたしの考えでは、医療は「正常/異常」もしくは「健康/病気」のコードを保守する役割を放棄して、限られた社会的リソースを効率的に社会に偏在するさまざまな医療技術や医療サービスへの需要に分配するメカニズムとして特化するべきだと思う。つまり、「異常だから直す」のではなく、「クオリティ・オブ・ライフを向上させるために医療を提供する」という形に役割を転換する。例えば、現在の医療では、病気や奇形を取り除く手術と美容形成手術は全く別のものとして扱われているけれど、医療の役割を「クオリティ・オブ・ライフの向上」と再定義するのであれば、両者の違いは「投入されるコストに対して得られる利得の違い」、すなわち優先度の順序程度の違いしかない。その時、DSM のような分類法は、さまざま需要の優先度を決定したり、分配メカニズムを効率化する目的だけに使われることになる。そうなれば、性同一性障害が DSM に入っている事は、医療サービスを希望する人たちの利益になりこそすれ、それ以外の当事者にとって何ら問題とはならない。

「性同一性障害は脳内インターセックス」と言いたがる人たちというのは、おそらくインターセックスについて根本的に何か誤解しているんだと思う。インターセックスと認められたからといって社会による「異常」扱いが止まるわけでもないし、社会が受け入れてくれるわけでもないのにね。性同一性障害よりインターセックスの方が有利だと思っているのであれば、その人はインターセックス当事者が今の社会でどのような困難に合わされているか全然理解していないというコト。理解できない事自体を非難しようとは思わないけれど、知りもしないくせにおかしな事を言うのはやめようよね。

5 Responses - “「性同一性障害は脳のインターセックス」論は「頭が腹痛」と同じ”

  1. Yoko Says:

    ここにレスしていいかよくわからないけど、とりあえず一番上だったので(^_^;)

    今日27日はStonewall Riot35周年ですけど、NYタイムズがゲイのホームレス問題を取り上げています。

    For Young Gays on the Streets, Survival Comes Before Pride
    http://www.nytimes.com/2004/06/27/nyregion/27homeless.html?pagewanted=all

  2. Macska Says:

    > ここにレスしていいかよくわからないけど

    うーん、全然話題と関係ない話を「一番上だったので」というだけの理由で書き込むのはちょっとなぁ、と思ったりするのですが、他に誰かコメント書いてくれる人がいるわけでもなし(笑)、誰かがちゃんと読んでくれている的な気休めにはなるので、まぁ今のところは削除するつもりないです。けど、記事紹介するならせめて関連した記事を紹介してもらいたいです、はい。たまにはYokoさんのご意見などもよろしくね。

  3. xanthippe Says:

    はじめまして。 「ブレンダという少年」の本の情報をあさっていて、こちらと出合いました。 ほぼ一年前のコメントにレス付けてご迷惑かもしれないと思いつつ、付けちゃいます。(^^; とても参考になりました。性同一性障害のことがより深く分かったような気がします。 DSMに載る事が病気としての認定を受けることになるのか、障害とされるのか、ど素人なのでどちらなのかいまいち分からないのですが、どちらにしても「便宜上」の処置なのですね。 当事者にとって主体性を失うような不愉快さがあるのかもしれませんが、でも、社会的資源を利用するためには、割り切ってもらうことも必要かもしれない、などという感想を持ちました。そんな資源を使う必要がない社会になるのが一番よいのでしょうが・・・。
    あ、例の本についても、アップされている情報が充実していて、私のつたない反論を補強する役に立ちました。 ありがとうございました。

  4. 医学処 Says:

    高校教諭をモデルに、放送部が性同一性障害のドキュメンタリーを作成

    性同一性障害:「正しく理解を」ラジオドキュメンタリーに 告白した高校教諭がモデル 体の性と、心の性が一致しない「性同一性障害」であることを妻や職場にカミングアウト(告白)した京都府立城陽高校教諭の土肥いつきさん(44)=京都市=を同校放送部員がラジオ用…

  5. ユキ Says:

    ISの当事者の方自体が「GIDも広義のISといえるかもしれない」と言ってますよ。
    あと「GIDとして戸籍変更したけどこれから風当たりが強くなるかもしれないから、
    人に自分の身体を説明するときはISと言いたい」という当事者もいました。

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