プラシーボも二重盲検も使わない「臨床試験」って何それ

2004年6月24日 - 2:29 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

朝日新聞「がん患う医師、自ら未承認薬試す 法改正で医師も治験」(06/24/2004) より:

「患者が望む抗がん剤を使えれば」。自らも肝臓がんを患う大阪市の開業医・三浦捷一さん(65)が、未承認の抗がん剤の臨床試験に国内で初めて取り組む。24日、医薬品医療機器総合機構に申請した。これまでは製薬会社だけが手がけてきた治験だが、医師もできるようになった法改正を生かす。 […] 「この薬を試したい」。だが、国の承認には数年の時間がかかる。しかも、製薬会社の治験では、効果を検証するため見た目が同じ「偽薬」を投与されることもある。早期承認を求めているうちに、03年に改正薬事法が施行され、仲間の医師と治験をすることにした。 […] 何より期待するのは申請して2、3カ月後から、自分も含め希望する患者に確実に薬を投与できることだ。

他国では既に認可されて使用されいるような薬でも国内で治験中のためにこれまでの制度では患者が使えない場合など、治験中の薬を患者が選べるようにしたいという趣旨はよく分かるのだけれど、プラシーボ(偽薬)を使わないのにどうして「治験」と呼べるのか不思議。薬事法を流し読みしてみると、「治験」とは「〜臨床試験の試験成績に関する資料の収集を目的とする試験の実施をいう」(第2条9項)と書かれていて、疑問はつのるばかり。だって、プラシーボを使わない「試験」の結果を収集したって意味ないでしょ? とゆーか、そもそも試験している医師本人が参加するモノが「臨床試験」と呼べるの?
というわけで、今回の法改正について解説しているページを探して見つかった「癌治療薬早期認可を求める会」による改正薬事法のまとめを読んでみた。

(医師主導による治験の)結果、新薬承認には従来製薬会社だけが臨床試験を行い、厚生労働省に申請することになっていたものを、医師が臨床試験を行い、そのデータを下に製薬会社が申請を出すことが可能になりました。

えーっ? プラシーボも使わない臨床試験でも新薬承認の申請ができちゃうの? そんなバカな… もちろん、まさかそんな事はないだろうから、多分ここで言うように新薬承認の申請に使えるデータとは、「(企業が実施するか医者が実施するかに関わらず)プラシーボや二重盲検を採用した臨床試験によるデータ」だけだと思う。というか、そう思いたい。

この制度創設の意味するところは、営利企業である製薬会社が利益に見合わない高コストの臨床試験を避け、本当に患者が必要とする薬の申請を行わない傾向があること、その弊害をなくすため医師が本当に必要と考える薬を医師主導で臨床試験を行い、その承認申請を促進する事にあります。

そうは言っても、本気で科学的に通用する試験を行うなら物凄いお金がかかるわけで、新薬が承認されれば利益を出す(試験にかかるお金を取り返せる)見込みがあるはずの企業すら手を出さないくらい割に合わないような試験を、そこらの医師や医療機関がホントに出来るわけ? と思ったら、「問題点」としてちゃんと費用の問題は挙げられていた:

この制度創設に伴って予定されている予算はあまりに少なく、「治験」という非常に費用のかかる臨床研究の範囲が限定されます。厚生労働省は、この制度の実行を医師側に丸投げしていますが、医師、医療機関での費用負担は困難ではないでしょうか。

まったくその通り。かといって、もし厚生労働省が費用を出すのであれば、企業が進んで試験やるに決まってるでしょーが。これ読むと、医師主導によって臨床試験を行ってできるだけ早く新薬を承認してもらおうなんて「目的」は、どう考えても非現実的な「建て前」でしかないと思う。本当の目的は、朝日新聞の記事にあるように「試験」の名目で認可されていない薬を患者に提供することでしょう。それで助かる命があるなら悪いとは言わないけれど、法律として名目上の「目的」と実態が全然違うという事態はあんまり望ましくないのでは。「癌治療薬早期認可を求める会」が主張しているように、

有効性が想定される数多くの治験中の薬、未承認の薬を充分な情報開示と、自己責任の原則のもとに服用を希望する患者が、いつでも服用可能となる法改正

というアプローチの方が正しいに決まっているし、法律として分かりやすくてすっきりすると思うんだけど、そうにはできない厚生労働省と製薬会社の癒着みたいなのが絶対あるんだろうな。

5 Responses - “プラシーボも二重盲検も使わない「臨床試験」って何それ”

  1. Az Says:

    Macskaさんの危惧された薬は通常薬でなくて希少疾病用医薬品でしょう。
    第9章の2 希少疾病用医薬品及び希少疾病用医療用具の指定等 (第77条の2〜第77条の2の6)
    http://www.houko.com/00/01/S35/145.HTM#s9-2
    国内で治験が進行中の希少疾病用医薬品等(オーファンドラッグ)
    http://www.pmda.go.jp/kenkyuu/k-o-fan.html
    http://www.pmda.go.jp/kenkyuu/o-fan.html
    オーファンドラッグ
    http://www.chikennavi.net/word/orphan.htm
    定義が出ているけど,非常にまれな病気や病態の薬なので,通常の治験というか臨床試験をふつうの2重盲検大規模無作為では行えません。
    まず,オーファンドラッグの認定をうけます。それから,治験に入るけど,従来のものほど治験に入る基準がキツクにないから,自分や知り合いの患者が入っても良いのでしょう。
    そして,効果は判定はCTなどの画像,腫瘍マーカー,肝機能のどで提出しますから,二重盲検でなくても客観的に出ます。
    >プラシーボ(偽薬)を使わないのにどうして「治験」と呼べるのか不思議。
    :オーファン・ドラッグの対象となる疾患は重症なので,活性のないプラシーボを使えません。さらに,標準薬もないので,それをプラシーボには出来ません。
    具体的にどれだけデータの提出で良いのか書いていないけど,下記だと
    第I相:正常人への投与,副作用確認。 臨床例: 患者への投与 だけで良いみたいでした。
    〇医薬品の承認申請に際し留意すべき事項について(平成一一年四月八日 医薬審第六六六号)    
    http://www.pmet.or.jp/chiken-info/2-3-2.htm
    (二) 局長通知別表一のトについて  
    臨床試験成績に関する資料については、局長通知記の第二の三に基づき定められた指針等を参考に、・・・評価するに足る症例数における試験成績を提出すること。なお、希少疾病用医薬品については、目的とする疾病の患者数が少ないことに鑑み、実施可能な症例数において有効性及び安全性が確認できる試験成績でよいものとする。 
    http://www.iijnet.or.jp/aidsdrugmhw/text/1aids/g/1_g_1.htm
    HIV感染症治療薬の製造又は輸入承認申請の取扱いについて
    HIVでは更に優遇されたみたいです。
    >本気で科学的に通用する試験を行うなら物凄いお金がかかるわけで、新薬が承認されれば利益を出す(試験にかかるお金を取り返せる)見込みがあるはずの企業すら手を出さないくらい割に合わないような試験を、そこらの医師や医療機関がホントに出来るわけ
    :小数例でするので,それ程もの凄い費用にはならないでしょう。でも承認されても患者は僅かです。
    アメリカではオーファンドラッグ優遇は日本より大きく,当初市場が少なかった筈がその後適応が拡大され,製薬メーカーがその措置でぼろ儲けした事はあります。
    >かといって、もし厚生労働省が費用を出すのであれば、企業が進んで試験やるに決まってるでしょーが。これ読むと、医師主導によって臨床試験を行ってできるだけ早く新薬を承認してもらおうなんて「目的」は、どう考えても非現実的な「建て前」でしかないと思う。
    :世の中には珍しい病気が沢山あるけど,頻度が少ない,治療法開発のメドが立たない事から製薬会社に放置されている,病気は多い。
    しかも,この医師が,治験をしようとしているのは,「非環式レチノイド」というビタミンA誘導体であまり副作用はなさそうです。下記が三浦さんのHP
    http://www.h3.dion.ne.jp/~smiura/chiryoyaku.html
    2004.3.18 「医師主導治験」(その1)
    http://www.h3.dion.ne.jp/~smiura/

  2. Az Says:

    投稿したばかりなのに,すぐ矛盾に気づいたので付記。
    私は,最初の記載で,三浦さんがオーファンドラッグの制度を利用したと思ったけど,彼のHPによると,「政府は「未承認または治験中の薬であっても自己責任のもとに服用できる制度の創設」を検討し、平成十四年六月、非環式レチノイド服用を可能とする薬事法改正原案を国会に提出、平成十五年七月より「医師主導の治験」が実施可能となりました。」と書いてありました。つまり,彼とその支持者は,いつのまにか,新しい制度を作っていたのか,だれかが作ったその制度に乗ったようでした。オーファン・ドラッグの方はエイズや一部の抗癌剤で有名になり,それなりに解説とページがあるけど,こちらの方はすくなかった。どちらにしても,今のところ,あまり大規模試験,大規模販売に向かない薬ではあります。
    http://www.chikennavi.net/word/ishishudou.htm
    http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/07/s0710-3f.html

  3. Macska Says:

    なるほど、勉強になります。ご教示ありがとうございました。
    希少疾病においては、通常のような臨床試験は行えないからより緩い基準で治験が行われる事がある、というのはよく分かりました。稀な病気で、薬を開発してもそれほど収益が望めないから企業が手を出さない場合、基準を緩めた上で個別の医者に治験をやらせるというのは公共の利益にかなっていると思います。
    でも、朝日新聞で紹介された例がそうだとはちょっと思えないのですが… 肝臓癌の治療薬であれば、企業も手を出すのでは? むしろ、今そこにいる患者(医師自身含む)は正式な治験が終わるまで待てない、というタイミングの問題が強調されているように読めました。
    acyclic retinoid については NEJM の関連文献を読んでみたところかなり有効そうなので、早期認可されるようわたしも願いたいところです。 HCV 感染者なら、わたしの知り合いにも何人もいますし。

  4. Macska Says:

    あ、3のコメントは、1を見た後に書きました。
    2は見てませんでした。念のため。

  5. Az Says:

    あなたの下記のレスを見て,少しだけレスを付け加えます。
    >希少疾病においては、通常のような臨床試験は行えないからより緩い基準で治験が行われる事がある、というのはよく分かりました。稀な病気で、薬を開発してもそれほど収益が望めないから企業が手を出さない場合、基準を緩めた上で個別の医者に治験をやらせるというのは公共の利益にかなっていると思います。
    >でも、朝日新聞で紹介された例がそうだとはちょっと思えないのですが… 肝臓癌の治療薬であれば、企業も手を出すのでは? むしろ、今そこにいる患者(医師自身含む)は正式な治験が終わるまで待てない、というタイミングの問題が強調されているように読めました。
    :あれから,もう一度みるとオーファンドラッグを医師主導の治験で認可を通すという事もしうるようでした。(2番目のコメントの2番目の文献)。ですから両方の優遇措置を使うのかもしれない?
    C型肝炎から肝細胞癌の治療法についてはもう沢山の確立した方法がたくさんあります。九州がんセンターのHPから
    http://ns.ia-nkcc.jp/surv/liver-th.html
    三浦先生の場合はそれをやり尽くして,治療法がない状態です。
    今の時点では,非環式レチノイドはそのような時の薬です。最初は手術,塞栓,PEIT,ラジオ波凝固不能の再発性肝細胞癌とかが適応となる筈です。
    でも,もしこの薬が,慢性C型肝炎から肝細胞癌への移行を抑えるとか,肝細胞癌の再発を抑える事が証明できれば,大化けする可能性はあるけど,これはある程度の規模のプラシーボをつけた前向き研究が必要でしょう。
    レチノイド療法
    http://square.umin.ac.jp/jsco37/abstract/E50230.htm
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=15134535
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&list_uids=15010815&dopt=Books
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=14576840
    レチノイド療法で使う物は同じではないけど,atRAが前骨髄性白血病では優れた治療成績をあげて,分化誘導療法として確立しています。固形ガンにレチノイドは白血病ほど効かないらしい問題があるらしい。
    フェーズ� 「NIK−333」 肝臓がん再発抑制物質(非環式レチノイド)肝臓がん患者の根治治療後のがん再発を抑制する薬剤 平成20年12月申請予定 : 日研化学株式会社が予定しているらぃいけど,H20年12月申請予定ですからね。

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