英語文献における「ジェンダーフリー」を見つかる限り紹介

2004年6月28日 - 5:05 AM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

世間では「ジェンダーフリー」バッシングが起こっているらしくて、その筋の人とよく掲示板で議論になるんだけど、「ジェンダーフリー」という言葉が英語の「フリー」(〜のない)とは関係のない和製英語だというのはみんなが納得しているはず。そう思っていたんだけれど、最近「和製英語ではなく英米で使われている表現で、もともと文字通り性別や性差の徹底的な排除を求めているフェミニズムの一派が使っていた言葉なんだ」という反論を聞いたので、文献をチェックしてみた。今回使ったのは、いつも使っている医学論文データベースじゃなくて、文系の文献や報道記事も含むデータベース。こんなの調べてもどーしょーもないとは思うけど、他に誰も調べている人はいないだろうからここにも載せとく。 citation の後に載せているのは、Abstract から取った該当部分(原文)と、その文脈なども含めた解説。
資料1:Deutsch, Servis, Payne (2001). “Paternal participation in child care and its effects on children’s self-esteem and attitudes toward gendered roles.” Journal of Family Issues. 22(8):1000-1024.

Children whose fathers performed a higher proportion of the “work” of parenting (e.g., transporting, planning activities, and arranging child care) endorsed a more gender-free model of family life.

育児に対する親の関わり方と、それによる子どもたちへの影響について調べた研究論文。父親が育児により多く関わる家庭の子どもは、より「ジェンダーフリーな」(すなわち、性別を基準とした役割分担があまりない)家族生活のモデルを肯定している、という結論。
資料2:Fobes (2001). “Searching for a priest… or a man? Using gender as a cultural resource in an episcopal campus chapel.” Journal for the Scientific Study of Religion. 40(1):87-98.

Well-intentioned search committee members routinely do gender even as they claim and believe they act in gender-free ways.

宗教学の文献。教会において聖職者を選任する役目を持つ委員会は、頭の中では「ジェンダーフリーに」(すなわち、男女差別する事なく)選んでいると思っているとしても、実際には頻繁にジェンダーを介在させてしまっている、という指摘。
資料3:Dennithorne-Johnston (2000). “Gender-free.” ETC: A Review of General Semantics. 57(2):160-173.

Presents a futuristic story about the possibility of a gender-free personal pronouns. Mission of Pang Lawws and company; Information on Heimloch Satorious, a gender-free human; Concept of identity.

そのものズバリの「ジェンダーフリー」というSF作品、の形式を取った社会批評(だと思う)、の割にはショボい(笑) 突然独裁者が現れて隕石爆破の命令を出したあたりでアホらしくて読むのをやめました。SFの形式にしなくても、「ジェンダーフリーな(he、sheなど性別によって規定されない)代名詞」という設定は英語以外の言語に既にあるけど…
資料4:Kilborn (1996). “Cause for sibling rivalry at Teamsters.” New York Times; July 17, Vol. 145, Iss. 50491, pA16, 1bw.

Reports on International Brotherhood of Teamsters President Ron Carey’s proposal to give the union a gender-free name. Creation of another point of contention with Carey’s rival James P. Hoffa; Women members’ remarks on the proposal.

ニューヨークタイムズの記事。チームスター労組の正式名称である「International Brotherhood of Teamsters」を「ジェンダーフリーな(性別に関係ない)」名称に変えるべきだ、いう意見について女性メンバーの意見など。
資料5:O’Sullivan (1992). “No, Virginia…” National Review; Dec. 28, Vol. 44, Iss. 25, p4, 2/3p.

Deconstructing the ideology of Christmas gift-giving; Gender-Free Gifts for Emerging Persons

この引用を見て「ほら見ろ、ジェンダーフリーという文脈がクリスマスという伝統を脱構築する文脈で使われているではないか」と思った人、残念でした。この記事は保守派の雑誌のユーモア欄に載せられたパロディで、左翼の「政治的に正しい」言葉遣いをカリカチュアライズしているだけ。
資料6:McCormac (1992). “The problem with polls.” Canadian Forum; July, Vol 71, Iss. 811, p9, 4p.

Criticizes the Royal Commission on Electoral Reform and Party Financing and its proposed regulations on public opinion polls. Upcoming Quebec referendum; Voters’ attitudes regarding polls; Incorrect poll predictions; […] Myth that public opinion is gender-free; …

カナダにおける政治的な世論調査についての様々な話題についての記事。その中で「世論はジェンダーフリー(すなわち、男女同じ)であるという迷説」という項目がある。
資料7:Richards and Schuster (1989). “The feminine method as myth and accounting resources: a challenge to gender studies and social studies of science.” Social Studies of Science. 19(4):697-720.

Some recent feminist analyses of science have focused on the method of science, claiming that it displays stereotypically masculine gender traits, and counterposing it to a putatively alternative method, embodying so-called feminine gender traits. The latter is advocated either as a replacement for the masculine method, or as a step towards the ultimate achievement of a gender-free method and science.

科学哲学・科学論の文脈において、フェミニスト科学論者による「既存の科学は男性中心主義的であり、それを女性中心的か、もしくはジェンダーフリーの(すなわち、男女の特性を対等に組み入れた、もしくはジェンダーバイアスのない)科学を目指すべきだ」という主張に反論している論文。
資料8:”Methodists compromise.” Christianity Today; Sept. 22, 1989, Vol. 33, Iss. 13, p44, 1/5p.

Reports that the United Methodist Church has reached a compromise on the issue of gender references in their new book of worship. Masculine references for God and Jesus will be retained, but feminine and gender-free imagery will be emphasized throughout.

メソジスト教会内部において、男女を超越しているはずの「神様」の描写が常に男性に偏っているのはおかしいという議論についての妥協が成立。内容は、人格としての神やイエスについてはこれからも男性的に(男性代名詞で)表現する一方、神性を表すイメージとしては女性的なイメージやジェンダーフリーな(すなわち、中性的な)イメージも強調すること。
資料9:McCarthy (1988). “A tale of two colleges.” Commonweal; Apr. 8, Vol. 115, Iss. 7, p201, 2p.

Consideration of Presidential appointments at two US colleges and the reaction to them. […] Hopes for future `gender-free’ appointments at Catholic institutions.

カトリック系の大学がどのように学長を選任するかについての記事。これらの大学で今後「ジェンダーフリーな」(すなわち、男女差別のない)人選が望まれる、と書かれている。
資料10:Zook and Sipps (1986). “Reliability data and sex differences with a Gender-Free Mach IV.” Journal of Psychology. 126(1): 131-132.
(Abstract内に「gender free」の表記はなし)
Mach IV というのは他人に対する誘導やマキャベリズムを計測する社会心理学のアンケートのようなもの。これの最初のバージョンでは「人々」を表すのに「men」という言葉が使われているなど問題があったため、そうした部分を3カ所修正した「ジェンダーフリー版Mach IV」が作成された。ただし、Mach IV の有効性は「非ジェンダーフリー版」の Mach IV で確認されているため、修正版が元のアンケートと同じ結果を出すかどうかがこの論文で検証されている。
これらに加え、重要な例外として Rosalie Maggio 著「The Nonsexist Word Finder: A Dictionary of Gender-Free Usage」という本(性差別的な英語表現に対する言い換えを集めた辞書)が90年前後に出版されており、その書評がいくつか見つかったが、上からは省いた。それ以外については「gender free」のキーワードで見つかる限り全部上に紹介しており、恣意的に選んだりはしていない。
これらを見る限り、日本の保守派が批判する意味で「ジェンダーフリー」という言葉が使われた例は、英語文献には「一切」みつかりません。ほとんどが単に「男女差別のない」「男女が対等な」「性別と関係ない」の言い換えであって、社会政策の議論とは無関係だし、個人がどうあるべきだという話には全然なっていない。
唯一、「ジェンダーフリー」という言葉が社会政策と繋がりそうなのは、言語に関するものだけ。でも、それは「男性でも女性でもカメラマンと呼ぶのはおかしいだろう」というレベルの議論であり、これも日本の保守派が言う「個人に対する押しつけ」という意味はない。保守派が言うのに一番近い例は、SF小説とパロディだけ。
せっかくちゃんと調べたんだから、反論するならそれなりの根拠をよろしくね。

3 Responses - “英語文献における「ジェンダーフリー」を見つかる限り紹介”

  1. Yoko Says:

    >Deconstructing the ideology of Christmas gift-giving; Gender-Free Gifts for Emerging Persons
    >この引用を見て「ほら見ろ、ジェンダーフリーという文脈がクリスマスという伝統を脱構築する文脈で
    ほとんど関係ないけど、フランスで初の同性婚をした緑の党の市長はNoelさんだったですね…
    それと、28日のカナダの総選挙はLiberalsが勝ったようで、とりあえず安堵。

  2. Macska Says:

    ほとんどってゆーか、全然関係ないっ!!!(笑)
    駄洒落じゃないんだからさぁ。

  3. えむ Says:

    勉強になりました。

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