共感はできても賛同してはいけない「『バックラッシュ!』を非難する」

2006年7月8日 - 3:20 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

『バックラッシュ!』発売以来、同書に関連してブログ界で発表されたもっとも興味深い感想は、言うまでもなく赤木智弘氏による「深夜のシマネコBlog」に掲載された記事「『バックラッシュ!』を非難する」であろう。よりちゃんとした感想や書評はいくつもあるけれど、大量についたはてなブックマークから分る通り、最も多くの人の関心を引いたのは明らかにこの記事だ。わたしは最初これを読んでネタ的に面白がっていたのだけれど、このブックマークを見て気が変わった。ネタとしてではなく、本気でこの記事に賛同している人がかなりいるようなのだもの。関連した掲示板の議論を読む限り、どうやら赤木氏本人も本気モードのよう。恐ろしい。
ここで「恐ろしい」というのは、無論フェミニストとしてバックラッシュが恐ろしいという意味ではなく、このような個人的感情の吐露に感情的に共感するのではなく、論理として賛同してしまう人がいることに驚愕したという意味。共感するだけなら理解できなくもないけれど、納得しちゃあ駄目でしょ、いくらなんでも。わたしは赤木さん本人を「非難」し返すつもりはないのだけれど(勝手にやっててちょうだい)、ほかの問題についてはそこそこ理性的な人がこの問題に限っておかしなブックマークコメントをつけていることへの応答として、赤木氏の記事を題材にとりあげる。
まず、赤木氏はバックラッシュ現象の背景をこう説明する。

まずは簡単にバックラッシュに至る前提を提示する。
 1、全体として「男は強者」「女は弱者」という色眼鏡でしかモノを見ていないため、結論がすべて「女性優遇」でしかなく、想像される社会が男女平等とはほど遠い。
 2、「社会進出」という名前の会社的な観点でしか強弱を区分していない。「会社での地位=人間の価値」という価値観を推進してしまっている。
 1+2、こうした論理がフリーターやニートという「弱者男性」、そして、自らを強者と規定しない「強者男性」をバックラッシュに駆り立てている。
 フェミナチがこうした論理を大上段から振りかざす以上、弱者男性がバックラッシュに走るのは当然だろう。この本のサブタイトルに「なぜジェンダーフリーは叩かれたのか?」とありますが、これが答えになる。

ここで赤木氏が「フェミナチ」という言葉で何を指しているのかは分らないが、「『男は強者』『女は弱者』という色眼鏡でしか見ていない」とか「会社的な観点」でしかものを見ていないという批判に、何の情報源も提示されていない。はっきり言うと、これはメディア的なステレオタイプでしかなく、つまりは赤木氏の持っている偏見だ。「フェミナチがこうした論理を大上段から振りかざしている」という偏見をもとに、だから「弱者男性がバックラッシュに走るのは当然」と勝手に決めつけているが、間違いだ。もちろん、「弱者男性がそのように認識しており、だからバックラッシュに走っている」ということならその通りであり、何らかの有効な対処が望まれるところだが、そうした認識が過ちであることは踏まえてから論じなければ話にならない。
本書『バックラッシュ!』には、それを踏まえたうえで何らかの対処が必要だとする意見が繰り返し主張されている。宮台インタビューや鈴木謙介氏の論文の結論はまさに「弱者男性への配慮が必要だ」というものだし、わたし自身が書いた「新自由主義」という用語への解説でも同様の分析をしている。それなのに、赤木氏はその宮台・鈴木両氏の記事から一部引用しておきながら、それを信じられないような解釈で誤読したあげく、かれらが「弱者男性への配慮を欠いている」と批判(じゃなかった、非難だ)している。例えば、以下の引用部だ。

 まず、宮台はバックラッシュを「過剰流動性による不安」であるとしている。
 そしてその不安とは「前提不在による混乱」であるとしている。

 しかし、不安こそは、すべてのバックラッシュ現象の背後にあるものです。「流動性不安」、すなわち過剰流動性による不安です。過剰流動性ゆえに、自明性への疑いが出てきて、アノミーすなわち「前提不在による混乱」におちいるわけです。 (p.10)

 しかし、男性弱者が抱えている不安は「過剰流動性」とは正反対の「硬直性」です。「一度フリーターになってしまったら、正社員になることは、非常に困難である」ということです。これは一体どういうことなのだろう。
 ここに、頭でっかちな教養主義的フェミニストたちがロクに見向きもしない問題が潜んでいる。

もちろんここで宮台氏が「過剰流動性」と呼んでいるものは、多くの若者が本人の意志に関係なく地位の安定しないフリーターのような立場にずっと甘んじるほかないような経済的な状態を指している。かれらの地位が流動的であることをもって、「流動性が硬直化している」と言えないことはないと思うけれど、赤木氏が「硬直性」と呼んでいるものと宮台氏が「過剰流動性」と呼んでいるものは実質的に同じ社会現象のことだ。それも理解せずに「正反対だ」と反発したうえで、「ここに、頭でっかちな教養主義的フェミニストたちがロクに見向きもしない問題が潜んでいる」などと言っても、そもそも宮台氏はフェミニストですらないし、全く意味不明だ。
続いて鈴木氏を「非難」している部分。

『バックラッシュ!』の中で鈴木謙介は

 一部では、バックラッシュのような右傾化現象は、ネットを中心とした若年層の出来事だと見なされているようだ。しかし、これは事実に反している。あらゆる世論調査が、近年の「右傾化」と呼ばれている現象の担い手が、高年齢層、とくに主として60代以上の男性であるという結果を導いている。

 と、記している。そしてこの直前に「ネタとベタ」という論理から、それは決して単なる右傾左傾ではないと、鈴木は解く。
 しかし、これはまったく間違っていると思う。問題は現在右傾化しているかどうかではなく、弱者男性が困難な立場にいるか否かだ。

鈴木氏の論文を普通に読めば、かれの主張が「現在のバックラッシュを単に右傾化として解釈するのは間違いで、弱者男性が困難な立場におかれていることが原因だ」というものであることが分かるはず。つまりここで赤木氏は、鈴木氏の主張をまるで自分が思いついたことのように「鈴木批判」として述べているのだ。こんなにアクロバティックに倒錯した感想をかれが抱いてしまった「感情的」な理由を推測すると、かれは宮台氏や鈴木氏を「強者男性」と見なしているためルサンチマンが妨害してかれらの文章をそのまま解釈できなかったのだろうと思うけれど、それ自体は問題ではない。繰り返すけれども問題は、それに多くの人が(共感ではなく)賛同してしまっていること。おそらくかれらの多くは実際に『バックラッシュ!』を読んだことがないのだろうけれど、読まずに赤木氏の「感想」だけ読んでそういう本だと思われてはたまらない。
赤木氏はこう言う。

ならば「なぜバックラッシュに対する感情的な反感(引用者注:ここは「共感」の間違いだと思われます)が発生するのか」を理解することこそが、本当の『バックラッシュ!』の主題であるべきです。だから私はここで一人でそれをやります。フェミナチはいつまでたっても気付きもしないのだから。

『バックラッシュ!』という本は、さまざまな視点をやや「ごちゃ混ぜ」的に収録してあるのではっきりした主題というのはないかもしれない。しかし、「なぜバックラッシュに対する感情的な共感が発生するのか」というのは明らかに複数の論文の中心的な課題であり、「単なる右傾化ではない」「弱者男性に配慮が必要」という指摘も再三にわたって行われている。にもかかわらず、フェミニストに対する偏見から色眼鏡を通して曲解し、そのことにいつまでたっても気付いていないのは赤木氏の方ではないか。
ついでに言っておくと、執筆者の過半数はフェミニストですらない。むしろ『バックラッシュ!』は、日本女性学会をはじめとするこれまでのフェミニストによる「バックラッシュへの反論本」が実質的に何の効力もなかったことを踏まえつつ、それらとは全く違ったアプローチでバックラッシュ現象を分析し対抗しようという試みだった。それにも関わらず、赤木氏の頭の中では

にもかかわらず、『バックラッシュ!』においては、具体的に「どうやって弱者男性を救うか」という話ではなく、観念上の弱者たる女性の弁護に終始している。
いまだに女性が弱者なのか!!
いまだに在日が弱者なのか!!
いまだに部落が弱者なのか!!
弱者男性の憤りは頂点に達しつつある。
本の帯には「男女平等でなにが悪い!」と書かれている。もちろん男女平等が悪いはずがない。そして問題はこの本がしょせん「女性優遇」の立場でしかなく、弱者男性にとっては非常に「ムカツク」本なのだ。

という話になってしまっている。おそらく、どれだけ「弱者男性」に配慮した本を作ろうとも、全編においてそれを主題とでもしない限り赤木氏にとっては不満であり、「女性の弁護」「女性優遇」でしかないように感じられるのだろう。わたしはそれを感情的に理解できなくはないし、そうした感情がバックラッシュを招き寄せるのだという点も同意するのだが、そうした赤木氏の『バックラッシュ!』や女性運動の歴史に対する認識自体が全くリアリティに基づいていない点は指摘しておく。
さらに付け加えると、「弱者男性に配慮せよ」と言っておきながら、在日の男性や部落出身の男性は含まないのか。この一点だけみても、赤木氏の言う「強者・弱者」といった概念が要するに「みんな、ボクのことをもっと構って」というだけのものでしかないことが分かる。
さて、最後に赤木氏は「『私を養ってくれるお嫁さん』を募集します」として、以下のようなことを書く。

……つまり、強者女性が弱者男性を養う覚悟をもつことでしか男女平等を実現できないと考えている私は、自分自身をエサにして、本当に強者女性が弱者男性を養う意識はあるのかということを実験してみたいと思います。
[…]
まぁ、もし本当に応募があって、俺が結婚できれば私も男女平等論についての認識を改めますし、応募がなければないで、「男女平等なんて言ったって、本当に平等にしようなんて誰も考えていないじゃないか」ということを実証したことになります。どちらに転んでも、私にとっておもしろい展開と言えましょう。

さらに掲示板のほうを見るとかれはこう説明している。

私は現代の「仕事(=定職。工場の派遣などは仕事とは言わない)が全ての世代に行き渡らない現状において、弱者男性の尊厳を守るためには、「仕事を持つことが絶対」という今までの社会観念を徹底的に問い直す必要があると考えています。
[…]
私が「結婚したーい」という話をわざわざ持ち上げているのは、そのことが仕事が平等に行き渡らない現状において、弱者男性に対して唯一、尊厳と生きるために必要な金を提供しえる方法だと考えるからです。

流動性が過剰な現代において「仕事を持つことが絶対」という社会観念を問い直すのは結構。しかし、「強者女性が弱者男性を主夫として迎え入れること」が弱者男性にとって唯一の「尊厳と生きるために必要な金」を得る方法だというのは何を根拠に言っているのか。そもそも、ほかの先進国を見ても労働者一人の給料で家族を養えるような時代は終焉の時期を迎えており、「男女に関わらず強者が弱者と結婚して養う」という解決策には将来がない。家族全員を養えるような給料を受け取ることができる「強者」の絶対数が全然足りないし、今後どんどん減っていくはず。
そもそも、赤木氏がこの議論の前提としている部分、すなわち「強者の男女間は平等になりつつあるが、強者の男性は弱者女性と結婚することがあるのに、強者女性は強者男性としか結婚しないから、弱者男性があぶれる」という話がおかしい。まず、結婚が一組の男女のことを指すとするならば(これ自体問題ありだが、議論上この定義に乗る)、「強者男性と結婚する女性」と「強者女性と結婚する男性」は同数であるはず。そして、もし「強者の男性と女性は平等になりつつある」のであれば強者の男性と女性はほぼ同数存在するはずだ。仮に強者男性の6割が強者女性と結婚するなら、強者女性の6割も強者男性と結婚していることになり、強者の相手と結婚しない「強者男女」は同数。残りの4割の男性が弱者女性と結婚しているとした場合、じゃあ4割の強者女性は誰と結婚するのか。もし男女で生涯独身の割合は同じだとすると、弱者男性と結婚する強者女性の数は、弱者女性と結婚する強者男性と同数であるはず。
それが同数でないとすると、それは強者女性が弱者男性を拒絶しているからではない。単に強者女性の絶対数が少ないからだ。つまり、赤木氏を主夫として養ってくれる女性があらわれないのは、女性が企業社会の競争において差別されているからだということになる。そんな簡単なことも分からない赤木氏は、「強者女性の覚悟」の欠如が問題だと決めつけている。カッコ悪い。
こんな事を書くと、また「教条主義的」とか「さも、物事を論理的に読み解けば、男女平等に対する誤解は解ける」と思い込んでいる、みたいに反論するんだろうな。別に論理的な主張が必ずしも有効だとは思わないし、これを読んで赤木氏が考えを改めるとも思わないけれど、最低限のレベルっていうのがあるんだからあんまりブックマークでもてはやすのはやめてあげて欲しいな。本人が勘違いしちゃうじゃん。
【追記】
「弱者男性の主夫化」以外の弱者男性に対して「尊厳と生きるために必要な金を提供しえる方法」について書こうと思っていたのですが書き忘れていました。金銭的な問題に関してはベーシックインカムが考えられますし、あくまで職を行き渡らせることを基本に考えるのであればワークシェアリングを導入しやすい制度にすることが考えられます。例えば、フルタイム労働を前提とした企業主体の福祉厚生を社会化するなどですね。詳しいことは述べませんが、ほかにもいろいろ可能性が考えられ、「弱者男性の主夫化」だけが唯一の方法とは決して言えない。また、「弱者男性の主夫化」が(社会的な解決として)現実的でない理由は本文中に述べた通りです。

35 Responses - “共感はできても賛同してはいけない「『バックラッシュ!』を非難する」”

  1. 匿名 Says:

    > 「なぜバックラッシュに対する感情的な反感が発生するのか」というのは明らかに複数の論文の中心的な課題
    えっ、そうだったんですか?わたしゃ買ってないのですが、販促ブログとか読んでて「なぜバックラッシュ(そのものや、それ)に対する感情的な『共感』が発生するのか」解説した論文がたくさん含まれてる本だと思ってました。

  2. macska Says:

    ごめん、間違いです。直します。

  3. ともみ Says:

    こういう赤木氏のような文章に共感覚える人が多いってのは、ある意味ショックですねえ。赤木氏の論理のヘンなところはmacskaさんが十二分に論破してくださっているので、私はこの文章の女性運動史や日本の女性のおかれた状況についての、事実関係のへんなところについて、コメントを。
    まず、赤木氏が「フェミナチ」「フェミニズム」「ウーマンリブ」という言葉で具体的に何を指しているのか不明。とくに、「『女性が社会に進出することによって、男女平等が実現する』と考えたウーマンリブは女性の社会参加をうながした。そして、社会参加というのは、「≒会社に入ること」であった。」とか書いていますが、ウーマンリブはそんなことは言ってません。「ウーマンリブ」というのは70年代初期からの運動を指し、リブはむしろ、社会のあり方を根本から覆し、「男なみ平等」という価値観は批判した運動。そして、その後70年代後半からの「わたしたちの雇用平等法をつくる会」の運動も、明確に「男並み平等」をめざすわけではない、というスタンスを掲げてます。
    また、「バブル以前の男女」>「バブル以降の男女」」という格差、という妙な公式や、バブル以前まで「経済は右肩上がりに成長していたので*2、会社の規模も当然右肩上がりに大きくなり、今までの男性のみならず、女性を社員として扱うだけのキャパシティーが保たれていた」なる歴史認識もズレズレかと。85年に均等法ができるまで、大卒女子の就職がいかに厳しいものだったか、ご存知ではないと思われます。大卒の女というだけで、超強力なコネでもない限り、募集なかったわけですよ。おまけに、下宿や浪人した女は、さらに厳しい状況だったわけで。その状況に対して、当時の女子大生はハンストまで行っているくらい。(1980年)
    均等法施行とバブルが重なって、80年代後半からようやく状況はましになりましたが、結局バブルがはじけた90年代初期までのほんの一時期、せいぜい5年間くらいなもんです。しかも、女だけ「総合職」と「一般職」というコース別採用だったりして、「総合職」はえらく狭い門だったわけで。「総合職」として入ったところで、どうやって扱っていいかわからない会社のなかでいじめや差別を受け、退職に追い込まれた例もたくさんあるはず。私はバブル期就職組だったのですが、まわりでそういった話、よく聞きました。
    いったい、これのどこが「強者女性」の姿なのか。そして、バブル期以降、女の就職状況も悪化したわけですが、これはどちらかといえば、元の状況に戻っただけともいえるような。少なくとも、採用面接すら、応募すらできなかった85年以前の4年生大学にいった女性たちは、ほんの一部の超エリートと、専門職、強力なコネがあった人たち以外は、信じられないほど厳しい就職差別にあっていました。そういった歴史も、忘れ去られているのですよね。。

  4. 匿名 Says:

    >そもそも、赤木氏がこの議論の前提としている部分、すなわち「強者の男女間は平等になりつつあるが、強者の男性は弱者女性と結婚することがあるのに、強者女性は強者男性としか結婚しないから、弱者男性があぶれる」という話がおかしい。
    以下の部分はおかしいと思います。
    仮に男女が100人ずつ存在し男女それぞれ50人ずつが強者であり残の50人が弱者であるとします。また、生涯独身の割合は男女とも20%ずつだとします。
    このとき、強者女性の30人が強者男性と、10人が弱者男性と結婚し、残りの10人は生涯独身であったとします。また、弱者女性の20人が強者男性と、20人が弱者男性と結婚し、残りの10人は生涯独身であったとします。すると、強者男性は50人全員が結婚でき弱者男性は20人が生涯独身であることになります。
    よって、弱者男性と結婚する強者女性の数は10人なのに対して、弱者女性と結婚する強者男性の数は20人となり、強者女性のほうが強者男性に比べて結婚相手に弱者を選ばない傾向があるといえることになります。
    もちろん以上は可能性の上での話です。しかし、
    >もし男女で生涯独身の割合は同じだとすると、弱者男性と結婚する強者女性の数は、弱者女性と結婚する強者男性と同数であるはず。それが同数でないとすると、それは強者女性が弱者男性を拒絶しているからではない。単に強者女性の絶対数が少ないからだ。つまり、赤木氏を主夫として養ってくれる女性があらわれないのは、女性が企業社会の競争において差別されているからだということになる。
    ということは、事実としてはどうであれとりあえず論理的には、主張できないと思います

  5. わからないことだらけなんですが Says:

    Anonymousさんの前提である女性100人のうち50人が強者女性って、その前提がそもそも無理じゃね?
     (てか、強者女性の定義とは何ぞや?)
    このムリムリな仮定を元にした算数は、あまりにも説得力がなさすぎ。
    ともみさんの参考になる話を無視して、さらに21世紀になった今でもほとんどの女はたいした稼ぎもない(どっかのデータに女の稼ぎは男の半分程度ってあったんだが、忘れた)、つまり企業や会社といった公の場での発言権も小さいということを頬かむりして、半数が強者、は無理ありすぎだろうに。社会的にも同様で、議員の数も女は少ないしねぇ。
    macskaさんがこのエントリできっちりとおっしゃっている通り、これはタダ単に少ないパイ(強者女性)を奪い合いたいけどその土俵に乗るほどの自信が無いよう、ウワァァァァーン! というみみっちい話ではないのか。
    それと、弱者男性、の定義はナニ? 非モテとニートの両方をほぼ満たすような男のこと? 
    この単語を見て思ったのは、弱者男性なる定義は一般化させない方がよいのではないか、ということ(これでは「非モテ」論議の二の舞になるぞ)。
    これまでの話の流れを見るに、弱者男性だと自己規定・アイデンティファイすることは、ルサンチマンを自らの中に引き寄せることになるのではないか。ルサンチマンに拘泥して、他者や社会システムの中にかりそめの原因を投影して叩いてすっきりしたい(悪いのは女だ、としておく方がラクだしね)という欲求を膨らませるのは健全じゃないし、本当の問題の解決からも遠ざかる(女叩いたらニートが減るのか、女悪者にしたら非モテが女にありつけるのか、ということだが。前提がマジわからんので、勘違いあったらスマソ)。しかも、弱者男性なるものへの真のプレッシャーとなっている強者男性への叩きはないんだよな、ふしぎと。弱者男性をより強く叩いているのは、女よりもその強者男性なのにね。
    ガス抜きは必要だろうが、それが済んだら本当の問題解決に取り組まないとナ。大人なんだから。
    他人悪者にしてゴネてるのは、80年代の尾崎豊でもう充分おなかイッパイになったはずだろ。そんな20世紀と同じ愚を、ここにきてまた繰り返さんでも、ねぇ。流行は20年でループするとはいえ……

  6. crafty Says:

    >Anonymousさん
    それだと「弱者男性があぶれる」ではなく「弱者男性と、その半分の弱者女性と、それと同じだけの強者女性があぶれる」ことになるのでは。

  7. mango Says:

    >Anonymousさん
    私も全く同じ疑問を持ちました。
    >もし男女で生涯独身の割合は同じだとすると、弱者男性と結婚する強者女性の数は、弱者女性と結婚する強者男性と同数であるはず。
    とは論理的には言えないと私も思いました(理由はAnonymousさんが「例示のための」算数で示したのと同じ)。おそらくmacskaさんの単純ミスなのではないかと思ったのですが、どうでしょうか。
    #強者女性-弱者男性の議論については、「割合(強者女性ひとり当たり)」と「絶対数(日本社会における総数)」が微妙にごっちゃになった議論になりそうなので、そこは注意して区別して議論する必要がありそうですね。

  8. 深夜のシマネコBlog Says:

    わわわわ、ワーク……しぇしぇしぇしぇしぇ……
    ●精神衛生上、数日は『バックラッシュ!』の話から手を引こうと考えていたのですが、…

  9. justinn Says:

    よくこんなにたくさん文章書けますね。私はなんとなくバックラッシュはくだらないと思っていますけど、こんなに根掘り葉掘り理屈をつけられると、ああ、あまりかかわらないほうがいい世界なんだなと思ってしまいます、正直。

  10. kalliklesの日記 Says:

    macskaさんのアファーマティブアクションの解説
    http://macska.org/article/117 。この件あんまり勉強してないのでただのメモ。このブログではネット上の情報について書くことはなかったのだが、不十分かと問われれば不十分だと思うのでメモだけは残しておくです。 米国の現状や判例に興味あるひとは http://en.wikipedia.

  11. ラクシュン Says:

    >ここで赤木氏が「フェミナチ」という言葉で何を指しているのかは分らないが、「『男は強者』『女は弱者』という色眼鏡でしか見ていない」とか「会社的な観点」でしかものを見ていないという批判に、何の情報源も提示されていない。はっきり言うと、これはメディア的なステレオタイプでしかなく、つまりは赤木氏の持っている偏見だ。
    えぇ〜、「メディア的な偏見」だって言ったって、そのメディアを利用して、それなりのイメージを作り上げてきたのがフェミニストですよ。まさかここまでシラを切るつもりではぁ? そしてそういうフェミ言説に対して反発する人たちに対してmacskaさんは、「そういう馬鹿フェミの言うことを信じる方がバカ」だってことだけを言い続けてきたのですよ。
    しかもだからこそ、「アンタは日本のことは何も知らない」と散々言われ続けてきたのではぁぁぁ・・・
    (´・ω・`)?.。oO(にゃにを今さら…) 

  12. macska Says:

    赤木さんからトラックバックで追加の非難が来ている。向こうにはコメントが書けないのでこちらでお応え。
    ワークシェアリングがどうだというのは、単に「強者女性が弱者男性と結婚して養うだけが唯一の道」という主張に対して「それが唯一とは言えない」ことの例として出しただけで、そうするべきだとかそれが最善とは言っていない。さすがに「建設的な批判はしない」と言い切るだけのことはある。

  13. バジル二世 Says:

    >ラクシュンさん
    >>赤木氏の持っている偏見だ。
    >
    >えぇ〜、「メディア的な偏見」だって言ったって、そのメディアを利用して、それなりのイメージを作り上げてきたのがフェミニストですよ。
    フェミニストがそうしてきたという事実がたとえあったとして、『だから、アンチ側も「メディア的な偏見」を持って相手側を裁いていいのだ』なんていう理屈は成り立たんでしょう。それは対抗主義にほかならないわけで。

  14. バジル二世 Says:

    これはラクシュンさんの名誉のために言っておくと、上で「アンチ側も「メディア的な偏見」を持って相手側を裁いていいのだ」なんて一言も言ってませんね。
    ただ、ラクシュンさんが批判してきたのは、そういう理不尽な裁き方をする人々(何も悪いことをしていないのに、悪いことをしているといって、その他者を管理し自由を奪ってきた人たち)であったはずであり、そういうこれまでのきちんとした立場を持たれていたことを忘れないでいただきたいと思ったものです。私の例で恐縮ですが、怒りのあまりそれさえも気付いていたらぶち壊しにしていたということがありますので。

  15. 芥屋 Says:

    つうかこのエントリの意味ワカンネ。赤木さんのはギャグでしょ。ギャグとして「おもろ」か「つまらん」か人によると思うけど、macskaさんは「おもろ」と思ったの?「つまらん」のだったら、相手にしないと思うので、「おもろ」と思ったからリアクション起こしてるんだと思うけど。でも「よーし、そんなボケかますんならツッコミ入れちゃる」みたいな内容じゃないな。このエントリ、おもろくないよ。ネタニマジレスカコワルイというか。
    macskaさんてほんと「学級委員長」系キャラだよなー。眼鏡ちゃんにして萌え系誘えば「政治的効果」あるかもよ?w

  16. macska Says:

    いやさ、わたしも最初はギャグだと思い、そして「おもしろい」と思ったんですよ。でもブックマーク見たらマジで賛同している人多すぎ(笑) というわけで、わたしは赤木さんじゃなくてブックマークの人の方を対象にこれは書きました。って本文中にそう書いているのになんで繰り返さなくちゃいけないんだ。

  17. 芥屋 Says:

    や、だからさー、「マジで賛同している人」にマジメなリクツ語って聞かせたって聞くわけないじゃん。もっと「おもろい」こと言わなきゃ。赤木さんのボケを笑って拍手する人はいいんだけど、涙流さんばかりに頷いている人を振り向かせたいんなら、赤木さんより「おもろい」こと言わなきゃ。そこで笑わせることができらmacskaさんの勝ちw

  18. ふじながたかみ Says:

    初めまして。私のほうも赤木さんに対して批判はしましたが、「バックラッシュ!」未購入のためイスから転げ落ちた部分に触れたに過ぎません。
    この文章に対する赤木さんの批判がアップされてましたが、なんだかアホくさいですね。
    私も経験ありますが、この手のオブセッシブな人は話をループさせるのがどうもお好きなようで。
    ちなみに私は赤木さんの定義で言うなら「弱者男性」のはずですが、今までの人生で身に付けてきた民権派右翼的価値観・欧州的価値観のせいか赤木さんの文章は単なる甘ったれに感じます。

  19. GTC Says:

     最近の赤木氏の論を見ていると、現状をどう変えていくかという戦略を考えるよりも、自己認識の強化が目的になってしまっていることが多いように感じます。
     「私を養ってくれるお嫁さん募集」発言も、結果がどっちに転んでも「弱者は養われるか、見捨てられるかしかありません」という自説を証明するために使われてしまっています。自分の意見が正しいと認めさせたいだけなら、それでもいいかもしれませんが、弱者男性の立場、そして尊厳の強化を自ら拒んでいるようなものです。
     あと、女性には「仕事」「家事」の選択が認められつつあるにも関わらず、男性が「家事」のみを行うことは社会的に承認されていないという赤木氏の指摘に関しては全く同感ですが、女性の選択権がフェミニズムの運動の結果勝ち得たものであれば、その間男性は何してたの? ということになりますし、運動の結果ではなく、経済界から与えられたものであるなら、それこそフェミニズムを批判するのはバックラッシュそのものであり、的外れと言わざるを得ません。

  20. ラクシュン Says:

    >>ここで赤木氏が「フェミナチ」という言葉で何を指しているのかは分らないが、「『男は強者』『女は弱者』という色眼鏡でしか見ていない」とか「会社的な観点」でしかものを見ていないという批判に、何の情報源も提示されていない。はっきり言うと、これはメディア的なステレオタイプでしかなく、つまりは赤木氏の持っている偏見だ。
    あのですね、「フェミナチ」などのネーミングについてはともかくとして、「『男は強者』『女は弱者』という色眼鏡でしか見ていない」「「会社的な観点」でしかものを見ていないという批判」に対する「何の情報源も提示されていない。」というのは当たり前ですよ。
    だって、macskaさんですら(フェミの影響力によってという文脈において)「男を皆殺しにしてしまえということにでもなれば、私(macsk)は男の見方をするかも知れないけどぉ…」、などということをお笑いモードで過去に言っていますよね。しかし常識でこんなことをいえますか? 私がいくら酔ってたってココまでは言わないし言いたくもないし考えてもないですよ。
    macskaさんは、「人が言っていもいことを…」などという言い回しを口癖のように使用しますが、ここまでくると犯罪者の言い逃れですよ。
    「オマエは早死にするかも知れないなぁ」という予言的言明のどこを分析しても「俺(=マチュカ)がオマエを殺す」は出てきませんよねぇ〜♪(笑)

  21. ラクシュン Says:

    あと、ですね…
    :::::::::::::::::::::::::::::
    投稿者 トピック: コメント欄なくそうかなぁ (参照 435 回)
    http://macska.org/forum/YaBB.cgi?board=gender;action=display;num=1152337839
    macska
    管理人
    投稿数: 118
    コメント欄なくそうかなぁ
    ≪ 投稿日: 06/07/08 PM 3:50 ≫ 引用 編集
    ——————————————————————————–
    コメント欄、バカばかりで相手にしてられないです。
    知識がない人には教えられる。読解力が弱い人には別の説明ができる。
    でも、それではどうしようもないレベルのバカがたくさん湧いてきていて、困っています。
    1)コメント欄閉鎖
    2)コメント欄続行、ただしバカは放置
    3)コメント欄続行、ただしバカは削除
    4)現状のまま
    5)その他
    どれがいいでしょう?
    :::::::::::::::::::::::::::::
    とりあえず5はともかくとして、1、3を選択した場合、(これはマズあり得ないと思うけど^^;)もしmacskaさんが「バカ」だった場合、それを誰が制御できるのかという疑念が残ります。

  22. 芥屋 Says:

    >もしmacskaさんが「バカ」だった場合、それを誰が制御できるのか
    tpkn。

  23. macska Says:

    もしそうなった場合、バカが一人でバカやってるバカブログになるだけの話。それを心配するのはわたしだけでいいはずで、他の人は別のブログなり掲示板なり読めばそれですむ。
    ま、現実にはバカ丸出しの発言にも少しくらいは学ぶところがないわけじゃないので、とりあえず現状のままにしておきます。あんまりそればかりになるといい加減ウザイですが。

  24. ラクシュン Says:

    >それを心配するのはわたしだけでいいはずで、
    この文脈では、原理的にそれすらできそうもないということで…。
    >ま、現実にはバカ丸出しの発言にも少しくらいは学ぶところがないわけじゃないので、とりあえず現状のままにしておきます。あんまりそればかりになるといい加減ウザイですが。
    う〜ん、やっぱmacskaさんは一味違いますね。
    (掲示板では、自分が排除されるかもという恐れから間接的な予防線をはっていた人^^もいましたが、これで安心できるでしょう♪)

  25. セリーヌ Says:

    いわゆるコメンテーター(どんな事件についても(誰が聞いても共感できる)意見を述べることができる凡庸な馬鹿)が設置してある日本のTVワイドショーを参考にしてコメントする義務のある人を置く(任命する)といい。

  26. 無名くん Says:

    私もバカの部類ですが、『「バカ」の壁』を越えようとされているmacskaさんに敬意を表します。

  27. ふじながたかみ Says:

    やっと購入しましたが、ことに宮台インタビューに対する赤木さんの非難は
    的外れに思いました。macskaさんの指摘どおりで、私も書いた「宮台言説を批判することで宮台言説に正当性を与える」逆説に陥ってますね。
    それはおいといて、こんな「非難とも言えない非難」を論理として賛同する人って自分の首を絞めるだけではないんですかね。赤木さんもブックマークが大量に付いて調子に乗ってるようですし。

  28. すちゃもく雑記 Says:

    賛同しなくとも否定してはいけない「『バックラッシュ!』を非難する」
    『バックラッシュ!』を非難すると共感はできても賛同してはいけない「『バックラッ…

  29. セリーヌ Says:

    これは現存する最古のエリート批判なのかもしれない。
    http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/772.html
    とりあえず文 学者はエリートではないことがわかった。

  30. L Says:

    >家族全員を養えるような給料を受け取ることができる「強者」の絶対数が全然足りないし、今後ど>んどん減っていくはず。
     じゃあ、最終的には誰もいなくなるので、別にMacscaさんと赤木さんのどちらに賛同するか考えるのは無駄になっちゃいます。どちらでもいいのですが、ちゃんとみんながご飯を食べられることを考えるべきですね。

  31. トラカレ! — 知と情報を繋ぐ人文系ニュースサイト — - 赤木智弘論争集 Says:

    […] Posted in 記事紹介 by chiki on 12月 11, 2007. macska dot org ? Blog Archive ? 共感はできても賛同してはいけない「『バックラッシュ!』を非難する」 かめ?:可愛そうなら何をしても許される、わけではない – livedoor Blog(ブログ) HERIKUTSUなる日々(by jabberwock):あらためて赤木智弘さんのご回答をお待ちしております。 – livedoor Blog(ブログ) 赤木智弘さんがウェブ上で行ったいくつかの議論です。 [Tags: まとめ, 赤木智弘] […]

  32. sakaeru Says:

    >ここで赤木氏が「フェミナチ」という言葉で何を指しているのかは分らないが、「『男は強者』『女は弱者』という色眼鏡でしか見ていない」とか「会社的な観点」でしかものを見ていないという批判に、何の情報源も提示されていない。はっきり言うと、これはメディア的なステレオタイプでしかなく、つまりは赤木氏の持っている偏見だ。「フェミナチがこうした論理を大上段から振りかざしている」という偏見をもとに、だから「弱者男性がバックラッシュに走るのは当然」と勝手に決めつけているが、間違いだ。もちろん、「弱者男性がそのように認識しており、だからバックラッシュに走っている」ということならその通りであり、何らかの有効な対処が望まれるところだが
    それではフェミニストに懐疑心をもった弱者男性の一人として質問します
    兵役の義務が男性にだけかかっている不平等をどの様に解決するべきかとお考えですか?
    なぜフェミニストはこの問題を無視しているのでしょうか?
    男性の立場の不公正を無視しながらバックラッシュを批判することは片手落ちもいいところです

  33. macska Says:

    http://macska.org/article/396#comments ここからの続きのようですが、やっぱり関係ない話を強要したいだけですね。
    はいはい、あなたの意見は分かりました。で、あなたは兵役の義務を課せられて苦しんだの?
    あなたがどの国の人なのか分からないので、あなたの意見が、男性であるために兵役の義務を課せられて酷い目にあった!という実体験に基づく意見なのか、それとも自分の実体験からそうした体験の例を持ち出せないために、わざわざ自分とは関係ないどこか別の国の、想像上の話をしているのか判断できません。
    別のコメント欄で説明したとおり、わたしはトップダウン(=世の中はこうあるべきだという「あるべき姿」を規定したうえで、それに沿うよう世の中を変えようとしていく)ではなくボトムアップ(=具体的な理不尽や不公正の体験を元とした訴えに応答することで、世の中の問題を解決しようとしていく)のオリエンテーションを支持していますので、概念的な「ためにする議論」に応じるつもりはありません。
    また、フェミニストが「男性の兵役」についてどういう議論をしているかは、調べたらすぐに分かると思いますし、たぶんあなたは既にそれをある程度知っていて、納得いかないからこうして議論をふっかけてきているのではないかと推測しますが(間違っていたらすみません)、わたしの専門分野とも関心領域とも離れています(兵役問題がというわけではなくて、法的な男女平等が、です)から、どうしてわたしに議論を強要するのか理解できません。
    そもそも、どうしてこのコメントが、わたしの記事の内容に、少しでも関係していると思うのか、まったく理解できません。授業料も原稿料ももらわないで、初歩的な授業みたいなことをやれと強要されるのは、苦痛でしかありません。
    端的に言います。邪魔です。おそらく(好意的に解釈すると)悪意や害意はないのだと思いますが、悪質な嫌がらせとまったく区別がつきません。そんなに言いたいことがあるなら、ご自身のブログで書いてください。

  34. sakaeru Says:

    ですからね(笑)
    ボトムアップとトップダウンは全然別個のものではないのですよ
    ボトムアップ(=具体的な理不尽や不公正の体験を元とした訴えに応答することで、世の中の問題を解決しようとしていく)にはその不公正を誤りだと訴えるための理念がいりますよね、例えば私が専業主婦になりたいとして、ジェンダー社会ですからそれを阻害するイデオロギーがありますね、それらの阻害要因を解決して社会的な理解を得るためには男女は公平であるべきだというトップダウン的な視点を共有する必要があるのですよ、男のケースで考えたくないなら女性が政治家になりたい場合で考えれば得心がいきますか(笑)
    兵役は海外の問題ですが影響力という形で世界は繋がっています、フェミニストが北欧諸国を賞賛して日本の政治に改革を迫まったり、レディーファーストなどの文化をもって日本男性の在り方が不当に批判されたりしていますが男性差別への理解がグローバル化されるとその影響力で他国の男性も救われます、男性差別の根源は男=強者だという辛らつな洗脳でありそれは世界レベルで共犯関係にあるです、ですから身近に在る様々な男性差別の理解を得ていく為にはこの問題を男性差別の象徴として取り上げて議論をしてジェンダー社会に改革を訴えていく必要があるのです、関係が無いわけがありません。
    >また、フェミニストが「男性の兵役」についてどういう議論をしているかは、調べたらすぐに分かると思いますし、
    フェミニストは兵役の義務の不平等についてはここでのあなたのように触れないようにするか詭弁で誤魔化しているかのどちらかです

  35. macska Says:

    フェミニストは兵役の義務の不平等についてはここでのあなたのように触れないようにするか詭弁で誤魔化しているかのどちらかです

    あのー、あなたは、なにがしたいの?わたしの意見を聞いて、それに真摯に向き合って議論したいの?それとも、わたしがどういう答えをするかまであらかじめ想定したうえで、それをやりこめて勝ち誇る自分になりたいの?どーみても、まともに議論するだけの能力あるいは意思を、あなたが持っているようには見えないのです。
    なにを言ったとしても「詭弁、誤魔化し」と一方的に決めつけて、勝手に勝利宣言するだけの人は、はじめから相手にしないのがよさそうです。もともとわたしが興味を持っている議論でもないし。しかも、迷惑だからやめろと何度も言われているのに、まったく意に介せず、同じことをやり続けるだけ。もともと悪意がなかったとしても、もうこうなったらただの「嫌がらせ」でしかないです。二度と来ないでください。

コメントを残す

XHTML: You can use these tags: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>