「無名のアルコール依存症者たち」のカルト的マインドコントロール

7/2/2006 - 7:31 am | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

別のところで書いた話に関連して、AA 批判のつづき。わたしはカルト自体が悪いとは思っていないのだけれど、カルトがポップ心理学や疑似科学的なものを使ってまともな療法を装っているのが危険だと思うので、こうした批判があるという事実を周知させることは無意味ではないと思う。AA についてもっとよく知りたい方は、AA 日本のサイトで「12のステップ」「12の伝統」「AA についての素朴な疑問」あたりも読み合わせて各自判断していただきたい。さらに一言付け加えておくと、わたしは AA はカルト的なマインドコントロールを使う集団だと思っているけれど、一度参加したら抜けられないという種類のカルトではないので、両方のサイトを呼んでそれでも判断が付かない人は一度参加して自分なりの結論を出せばいいと思っている。

【12ステップ・プログラム(AAなど)がカルトである12の理由】

1)信仰療法である。救済されるためには、ハイアーパワー higher power なる至高の存在を認め、それに自らを委ねなければならない。この「パワー」は特定の宗教の教義を前提としていないとされ、神的なものですらなくて良いと言われるが、明らかにキリスト教的な神として想定されている。

2)実質的に信仰療法であるにも関わらず、そのように宣伝せず、一般の人が心理学と見間違うようなジャーゴンを多用している(「アダルトチルドレン」「共依存」など)。また、「依存症は不治の病であり、完全に断酒するほか回復の道はない」などイデオロギーにすぎないものがまるで医学的な結論であるかのように語られる。こうした疑似科学性はカルトによく見られる。

3)参加者はまず第一に自らが全く無力であると受け入れなければいけない。受け入れない場合、「否認している in denial」とみなされる。過去の価値観を否定し参加者の自尊心 self-esteem や自己効力 self-efficacy を打ち下したうえで集団のイデオロギーを植え付けるのはカルトによく見られるパターン。

4)集会のはじめに、参加者全員がファーストネームを名乗り自分が依存症にかかっていることを打ち明けなければいけない。匿名性の強調はアイデンティティの希薄化に繋がり、依存症であることを打ち明けて「心を開く」ことにより他者の心理的な侵入を許すようになる。

5)参加者は完全に無力な存在とされるため、飲酒をイネイブリングしていた過去の友人や家族を避けるよう圧力を受ける。また、それが今も飲酒を続ける過去の友人の飲酒をイネイブリングしないことだと言い聞かされる。このように参加者をそれまでの交友関係から孤立化することで、自助グループがその人にとって唯一の気を許せる居場所になる。信者を孤立化し集団に依存させるパターンはカルトによく見られる。

6)集会において、参加者は交代に集団のイデオロギーを朗読する。集団に疑問を持つ心理は認知的不協和 cognitive dissonance により解消され、イデオロギーへの信仰が強化される。集団の信条や規範はまるで聖なる教典のように扱われ、イデオロギーへの懐疑の表明は「否認」の証拠とみなされるためいかなるものでも認められない。

7)12ステッププログラムは回復するためには「最悪の状態まで落ち込む hitting the bottom」ことが必要と説く。そのため、仮にプログラムに参加したあと症状が悪化した場合も、それはまだその時点では最悪の状態ではなかったのだと説明され、プログラム自体は無謬とされる。どのような結果が出ても無謬を誇るようなイデオロギー体系は、カルトによく見られる。

8)依存症は不治の病とされるため、参加者は一滴でも飲めば歯止めがきかずにそれまでの努力が水の泡と化すことを恐れるようになり、その恐怖によって集団に縛り付けられる。また現実に、自分は無力で不治の病にかかっていると思い込まされているために、たった一杯飲んだことがきっかけで見境を無くす危険が高くなる。いわゆる self-fullfilling prophecy の状態。カルトもよくこのような絶対的な天国と地獄を説くことで恐怖を煽り信者を縛り付ける。

9)赤の他人ばかりであるはずの集会において、無根拠な連帯感がやたらと強調される。また、何も楽しいことが起きていないのに不自然に明るい人や楽しそうにしている人たちが多く見受けられる。その正体は、カルトによくある集団心理でしかない。集会において「自分よりステージの高い人」と出会うことで、参加者はより修行に励むようになる。

10)12ステッププログラムは依存症からの解放の「唯一の道」であると称するため、それを信じた参加者はほかの治療法を受けようとしなくなる。また、12ステップによって断酒できなかった人は他の治療を試さずに諦めてしまうことがある。結果、より問題を深刻化してしまう。「唯一の道」を自称し他の選択肢を閉ざすのもカルトによく見られる特徴。

11)12ステッププログラムは他の治療法を認めないばかりか、個々の依存症患者が「完全な断酒」以外の目的を持つことや集団のイデオロギーに同意しない医者やカウンセラーの助けを得ることも認めない。また集団のイデオロギーを認めない専門家に対して参加者たちは、専門家不在の AA に反感を持って自らの利権を保護しようとしているのだと攻撃する。こうした全体主義的な態度もカルトによく見られる。

12)最後のステップに従い、参加者が宣教するようになる。集団によって救われたと思い込んだ人が周囲の依存者や飲酒者に断っても断ってもやたらと参加を勧める。また、集団のイデオロギーに対する批判に対して、それがどのようなものでも異常なまでに感情的になって反論することがよく見られる。かれらにとって、12ステップのイデオロギーは友人を失っても守りたいものらしい。それは、まるでカルトの狂信者のようだ。

【具体的な問題点は何か?】

最初に述べた通り、AA がカルトであることはそれ自体別に悪いことではない。仮に上記を読んで、「あ、これは自分にぴったりの団体だ」と思って参加する人がいれば、それはそれで良いとわたしは思っている。では問題点はどこにあるのか? ひとつは「信仰療法なのに疑似科学的に装っている」点だけれども、ほかにもさまざまな影響がある。

・上記と重複するが、恐怖で行動を制御するイデオロギーにはフェイルセイフがない。一滴でも飲んだら大変なことになるという認識は飲酒を防ぐ強烈な動機にはなるけれども、いざ何らかのきっかけで飲酒してしまった場合の歯止めがない。現実に、「また飲んでしまった、自分はもうおしまいだ」と思い込んだために本当に常飲に戻ってしまった例が多い。これは例えば、「純潔教育」が意図に反して望まない妊娠や性病感染を増加してしまうという問題と似ている。

・もともとキリスト教徒の白人男性向けに作られたプログラムが、それとは違ったデモグラフィックスの参加者に通用するか? 例えば「自分の無力さを受け入れよ」という部分は、男性に典型的な「俺は依存していない、いつでもその気になればやめられる」という過大な自己効力を糾すためのものだけれど、そのような過剰さを抱えている傾向が低い女性の依存症患者にも同じプログラムで良いのか? 例えば、ドメスティックバイオレンスの被害をやり過ごすために飲酒を続けて依存症になった人には、逆に「あなたには力がある」と語りかけることが必要だったりするのではないか。

・ドメスティックバイオレンスの話が出たついでにもう1つ付け加えると、「共依存」や「イネイブリング」といった理論が、依存症患者が自分の依存症やその結果起きる暴力などの責任をパートナーに押し付ける形で援用されている。「俺が酒を飲むのは、お前がイネイブリングしているからだ」「俺が虐待を続けるのは、お前がそんな俺を必要としているからだ」というわけ。また、AA のイデオロギーは「どんなに不当な扱いを受けたとしても、自分の側にも常に原因がある」と説くため、虐待や暴力の被害者を非難する論理として通用する。

・AA が存在するために、政府が依存症治療プログラムの研究や実践に予算をかけようとしない。 AA という無料のグループに比べればその他のどんなプログラムもコストがかかるので、政府はその責務を放棄して AA に依存症対策を任せがち。結果として、きちんとしたプログラムが提供されていれば救われるはずの人が劣悪なプログラムによってスポイルされている。これはもちろん AA の責任ではなくて政府が悪いのだけれど、AA が心理学的体裁を装ってきたことと無関係ではない。

【おわりに】

では、このような問題のある AA などの12ステッププログラムだけれど、肝心なことはそれが効くのかどうかだろう。はっきり言うと、効かない。というか、大規模な調査がこれまで何度か実施されたけれども、そのどれを見ても AA は効果がない(断酒に成功する確率が、何の治療も受けなかった場合と何ら変わらない)か、もしくはいま存在する治療法のうち効果が最低という結論になっている。もちろん、専門家主義を否定する AA が有効だなんてことになったら飯のタネを失うからと、調査に関わった専門家が結果を改竄したのだとか、そこまで行かなくともかれらには AA に対する偏見があったからそういう結論になったのだという可能性はある。でもわたしはいまのところそういう陰謀論は信じていない。

ただこれは依存症の一般的な治療法としては無効という話であって、自分から AA に惹かれるようなタイプの人には有効かもしれない。かりに95%の人に効かなかったとしても、自分が残りの5%に入るのであればそれを大切に思うのは当たり前。だから信仰療法の一種としてそういう選択肢はあってもいいとは思う。すると問題は、やはり公衆衛生行政や医療が面倒くさがってその他の選択肢を増やそうとしないことになる。

米国では、AA にかわるオルタネティヴな依存症患者のためのプログラムを作ろうという動きがある一方、飲酒運転や公での泥酔・麻薬使用への刑罰にかえて判事が問題を起こした人に AA などの12ステッププログラムへの参加を義務づけるということが広く行われている。わたしはこれは信教の自由・内心の自由に反する憲法違反だと思うし、そんなので信仰心もない人がグループに参加してしまうと、もともとそこにいた人たちに対しても迷惑だと思う。信仰療法としての AA の価値は認めつつ、その他の選択肢の整備が重要だ。

69 Responses - “「無名のアルコール依存症者たち」のカルト的マインドコントロール”

  1. 次郎 Says:

    なんだ、AAは効かないという科学的な結論があるわけですね。
    最初っからそう言ってくれれば、余計な書き込みをする必要はなかったのにねぇ。

    調査結果が間違っていないと仮定した場合、ほとんど効果がないという事であれば、macskaさんの批判は基本的に正当であると考えます。

  2. みずすまし Says:

    先生っ! 理由が12個あるように見えますっ!

  3. macska Says:

    あれれ。
    12のステップとか12の伝統というのに対抗して、わざわざ12にしたのに、何故か10と書いてある。
    直しますー。

  4. 次郎 Says:

    >先生っ! 理由が12個あるように見えますっ!
    きっとハイヤーパワーの見えざる手がステップに合わせて12にしてしまったんでしょう(笑)

    冗談はさておき、一つ聞き忘れていました。もしよろしかったらお答えいただけるとありがたいです。「依存症の一般的な治療法としては無効」と見る向きは、米国でも一般的に受け入れられている見方なんでしょうか?それとも比較的マイナーな見方なんでしょうか?それともしそのあたりの参考文献があれば教えてもらえるとありがたいです。何かお願いばかりで申し訳ない。

  5. macska Says:

    次郎さん:
    > なんだ、AAは効かないという科学的な結論があるわけですね。

    えっと、信仰療法の効力を科学的に調査するというのは困難です。例えば、「祈れば病気が治る」という療法があったとします。科学的にその効力を調査するのであれば、同じ程度の症状の患者を無作為に3つのグループにわけて、1つは何もしない、1つは祈る、1つは別の治療をするみたいにして、その後の経過を調査します。その結果、祈ったグループに特に効果が認められないという結論が出たとしても、それが本当に祈りに効果がないからなのか、それともただ形式上祈っていてもその人が心の中では信じていなかったから効かなかっただけなのか、判断できません。機械的に振り分けられるのではなく、自分の意志で「祈り」の効果を信じてそれを選んだ人だけを対象に調査すれば有効かもしれない。しかしその場合でも、その効果が「祈り」そのものによる神秘的なものなのか、それともプラシーボなのか、区別のしようがありません。そのように、信仰をベースとした治療法の科学的な検証というのは、信仰というものは科学的に測量したり人為的に増減したりできないため、非常に難しいわけです。

    それでも、AA についてはかろうじていくつか大規模な調査が行われています。その中には、上記のように機械的にさまざまなプログラムに依存者を振り分けて経過を見るものもあれば、どのプログラムに参加するか患者自身に選ばせたものもあります。前者より後者の方が AA の成功率が高かったことは言うまでもありません。しかし、いずれにしても他のプログラムと比べると AA の効果は最悪と言っていいレベルです。

    > 「依存症の一般的な治療法としては無効」と見る向きは、米国でも
    > 一般的に受け入れられている見方なんでしょうか?

    依存症問題の研究者や懐疑論者・無神論者のあいだでは知られていると思いますが、一般には全く受け入れられていないです。残念ながら世間は、声高に布教する少数の成功者の証言ばかりに注目し、社会科学的調査の知見をあんまり気にしないようです。

  6. hotsumaのURLメモ。 Says:

    [Psychiatry] アルコール症の治療は有効なのか。

    さまざまな試みがなされていて、一部の人にはバレているようにわたしは認知行動療法のシンパでそこそこいけるんじゃないかと思っているんですけど、誰にでも高い確率で有効といった感じのプログラムはいまのところない。(略)より専門的な治療、たとえば認知行動療法は比較的

  7. 芥屋 Says:

    ・・・。

    これって、キリスト教系新興教団(←何と言っていいかわかんないのでとりあえず)だったりするんでしょうか。「創造論」とか「インテリジェント・デザイン」みいなアレと関連してるのかな?

    それと、以前macskaさんが「共依存」という考え方には反発的な距離感を置くような、ネガティヴなニュアンスでひとこと言及していたことがありましたが、たとえばこういう上記のような事例から来ることへの警句として、だったのでしょうか(そうだとすると、かなり得心がいったような)。

  8. macska Says:

    芥屋さん:

    これって、キリスト教系新興教団(←何と言っていいかわかんないのでとりあえず)だったりするんでしょうか。

    えーと、建て前上は依存症患者のための無宗派の自助グループです。内実は信仰療法。無宗派というのは、つまりどの宗教にも属さない。「ハイアーパワー」というのは参加者それぞれが勝手に決めれば良く、ヤーウェでもアラーでも八百万の神々でも「大自然」でも邪神デビューボでもジーコでもいい。さすがに今ジーコはないでしょうが。

    でもその「ハイアーパワー」の果たす役割をよく読むと、明らかにキリスト教的な神を前提としています。それは、このプログラムがもともとキリスト教会における依存者のためのグループから派生したものであり、なおかつキリスト教徒たちによってこれまで広められてきたことから当たり前ですね。

    なお、AA は自助グループ外のことについて団体として何らかの見解を持つことはないはずなので、進化論についてどう考えるとかそういう見解は取っていないはずです。そんなことは依存症からの回復に何ら関係ない。とはいえ、創造論を主張するような人たちと親和性が高いこともまた事実だと思います。

  9. 芥屋 Says:

    ふむー。

    その「ハイアーパワー」について、入り口は「どなたでも、お好きなものでいいですよ」なんだけど、でもこれに心酔しきっちゃったら、はじめは阿弥陀仏のことだとしていた人も、やがて仏典にはしたがえなくなっちゃうようにできてる、ということでもあるのか。「そういう強制はしてませんよ」なんでしょうけど、プログラム的にはそうなるしかないな・・・。ゆるーく一神教的な人とか、何らかの唯一観念を信奉するタイプの無神論の人とかが、はまりそうですね。

    >進化論についてどう考えるとかそういう見解は取っていないはずです。そんなことは依存症からの回復に何ら関係ない。とはいえ、創造論を主張するような人たちと親和性が高いこともまた事実だと思います。

    なるほど・・・。一部門、という言い方は不適切かもしれませんが、完全に独立分業部門だったとしても、あーいうのの一環ではありそうですね。意図の有無はともかくとして。

  10. 次郎 Says:

    おお、芥屋さんお久しぶりです(一郎無→)次郎です。

    >ゆるーく一神教的な人とか、何らかの唯一観念を信奉するタイプの無神論の人とかが、はまりそうですね。

    これはその通りだと思います。というより、一神教を信じるような心の成り立ちの人でないと効果が無く、そうでない人はドロップアウトしていくのではないかと思います。
    そんなわけで個人的には、一神教信者意もそうでない人にも効果のあるプログラムの模索が必要だと考え、それを模索しています。が、どうもmacskaさんの情報から推察すると、米国ではアルコール依存症に対する治療法はAAでも認知療法でも「両生類のクソをかき集めた値打ちしかない(by ハートマン軍曹)」のが現状のようで、実は非常に落胆しております。

    >なるほど・・・。一部門、という言い方は不適切かもしれませんが、完全に独立分業部門だったとしても、あーいうのの一環ではありそうですね。意図の有無はともかくとして。

    うーん、さすがにこれは違うように思えます。とはいえ、私も米国のAAの実情は知りませんし、米国民の79%が聖母マリアの処女懐胎を信じているようなお国柄ですから何ともいえないのですが、日本のAAに通っている人に「創造論」とか主張しても熱心なクリスチャンはともかく、ほとんど鼻で笑われてお終いだと思います。
    ただ、一神教を信仰する人が「創造論」と親和性があるという事であれば、AAのメンバーも親和性があるといえるでしょう。

  11. 次郎 Says:

    macskaさんお返事ありがとうございます。

    信仰療法に関するお話恐縮です。AAで回復するためには信仰が絶対的に必要だとは思いますし、その意味では信仰療法なのですが、macskaさんのを読むと「神に祈れば癌が治る」的なものを感じるのですが、その通りの意味で発言されていると感じるのは私の誤解でしょうか?

    信仰には、おおざっぱに言うと、アル症は不安や緊張に耐えられずに酒を飲むわけで、そういった不安感を全て神に預ける事で断酒の継続を計る作用があると個人的には考えているのですが、私の考えの正否はともかく、こういったものもmacskaさんは信仰療法と呼ぶのでしょうか?

    >それでも、AA についてはかろうじていくつか大規模な調査が行われています。その中には、上記のように機械的にさまざまなプログラムに依存者を振り分けて経過を見るものもあれば、どのプログラムに参加するか患者自身に選ばせたものもあります。前者より後者の方が AA の成功率が高かったことは言うまでもありません。しかし、いずれにしても他のプログラムと比べると AA の効果は最悪と言っていいレベルです。

    これはマジでメチャメチャ興味があります。資料をご紹介いただけたら嬉しいのですが(もちろんお忙しいようでしたら結構です)。

    >依存症問題の研究者や懐疑論者・無神論者のあいだでは知られていると思いますが、一般には全く受け入れられていないです。

    ああ、一般はどうでもいいです(笑)。確認ですけど、米国のアディクションの研究者の間では「AAは知られている治療法の中では最低の効果しかない」というのが常識なんですね。日本ではそんな情報はぜんぜん入って来てないので、ものすごくびっくりしてます。

  12. crafty Says:

    うーん。これまでAAとカルトと言えば斎藤学さんの書いたものしか読んだことがありませんでした。
    http://www.iff.co.jp/ssworld/mssg/mssg_4.html
    それでなんとなく、AAはシナノンのようなグループのカルト化への反省を取り入れた団体で、
    ニューエイジっぽさはあるけどカルトではなく、匿名性の堅持もシナノンで問題化した個人信仰を避けるための既約かと思っていました。
    実状では「これまでの価値観から切り離す」というマインドコントロールのワンステップとして機能しているのですか。

  13. macska Says:

    次郎さん:

    AAで回復するためには信仰が絶対的に必要だとは思いますし、その意味では信仰療法なのですが、macskaさんのを読むと「神に祈れば癌が治る」的なものを感じるのですが、その通りの意味で発言されていると感じるのは私の誤解でしょうか?

    「神に祈れば癌が治る」というのは、たまには本当に治ることもあるんでしょうか? そうだとすれば、それと AA は似たようなものだと思います。すなわち、信仰療法における成功例というのは確かにあって、けれどそれはプラシーボ効果を越えるものではないと。プラシーボ効果はその治療に対する患者の期待度・信頼度に比例すると思われるので、そこを信仰で固めればより強力な効果が期待できるはず。とはいえ、それは一般的な意味でその療法の有効性を示すものではないでしょう。

    これはマジでメチャメチャ興味があります。資料をご紹介いただけたら嬉しいのですが

    この問題の議論で必ず持ち出される古典的な研究は以下のとおりです。

    Ditman KS et al. 1967. “A controlled experiment on the use of court probation for drunk arrests.” American Journal of Psychiatry. 124(2):160-163.

    Brandsma JM, Maultsby MC, Welsh RJ. 1980. The Outpatient Treatment of Alcoholism: A Review and Comparative Study. Baltimore: University Park Press.

    Walsh DC et al. 1991. “A randomized trial of treatment options for alcohol-abusing workers.” New England Journal of Medicine. 325(11):775-782. (link)

    あと、ここにもトラックバックをくださっている hotsuma さんが
    http://www.biomedcentral.com/1471-2458/5/75
    というのを紹介してくださっていますね。なぜか今サーバに繋がらないのですが。

    確認ですけど、米国のアディクションの研究者の間では「AAは知られている治療法の中では最低の効果しかない」というのが常識なんですね。

    実際に研究者たちと話したわけではないですが、AA に対する懐疑がかなり広く共有されているのは確かだと思います。とはいえ、ほかに飛び抜けて有効な治療法があるわけでもないですが。

    crafty さん:

    それでなんとなく、AAはシナノンのようなグループのカルト化への反省を取り入れた団体で、

    それは順序が逆です。AA が先で、シナノンは AA の元参加者が AA を参考に作ったグループでしょ。AA だって昔は一部ではあった現象のようなのですが、AA には「スポンサー」というのがありますよね。その「スポンサー」を「ハイアーパワー」に指定した場合、それは個人崇拝と成り代わり得ます。シナノンはそれが過激な方向に進んだわけですが、シナノンがそうなり AA がそうならなかったのは一種の偶然とアルコールとハード・ドラッグの質的な違い、そして AA より規模がはるかに小さかったがための集団心理が原因でしょう。シナノンの反省から AA が匿名性を取り入れたというのは勘違いであり、シナノンが過激化した要素の多くはわたしが指摘した「12の理由」と共通しています。

    それはそうと、現在これだけ一般化したいま、AA がシナノンのような形で過激化するという危険は全然ない。おそらく斉藤学さんとわたしでは「カルト」という言葉の用法が違うのだと思いますが、個人崇拝で社会的に危険ということはわたしはカルトの要件とはしていない。カルトにもさまざまなものがあり、AA が何らかの刑法的な事件を起こす危険は一切ないと思います。

  14. 次郎 Says:

    >この問題の議論で必ず持ち出される古典的な研究は以下のとおりです。

    おお、これだけあればわが国は10年は戦える!どうもありがとうございました。

    それから、しつこくてごめんなさい。「依存症は不治の病であり、完全に断酒するほか回復の道はない」は医学的結論ではなく、イデオロギーとの事ですが、アメリカのアディクション関係の研究では、アル症は治る(正常飲酒が出来るようになる)所まで進んでるんでしょうか?

    実は、個人的にはアル症を治療し、正常飲酒に移行した(と考えられる)例を見ているので「依存症は治らない」というのはおそらく間違いであろうとは考えているのですが、それが研究や症例として裏付けられているのかを知りたいのです。ただ、macskaさんもお忙しいでしょうから、出来たらという事でお願いいたします。

  15. 次郎 Says:

    >おそらく斉藤学さんとわたしでは「カルト」という言葉の用法が違うのだと思いますが

    斎藤氏はAAを有効であると考え、肯定的にみているわけです。ふつう自分が肯定的に見ている集団にたいして「カルト」とか「マインドコントロール」という用語は使わないんじゃないでしょうか。
    もしかしたら、私の感じ方が特殊なのかもしれませんが、macskaさんがAAに対して「カルト」「マインドコントロール」という用語を使って説明しているだけで、ああ、この人はAAに対して否定的に見ているのだなぁと思いました。普通は「カルト」「マインドコントロール」は危険な、あるいはうさんくさい団体にくっつけるレッテルとして使われてますから。

  16. Josef Says:

    アルコール依存症という言葉はやたら広い意味で使われていますが、本来どの程度を依存症と呼ぶのでしょう?
    ほとんど毎晩眠ってしまうまで(というか朝まで)飲むのを止めることができず、翌日大事な仕事があると分かっていても夜中に酒が切れると買いに行って飲み続け、そんなことが続くうち仕事をクビになり、やっと新しい仕事を見つけてこれまでの生活を反省し、もう飲むのはやめよう、いや週2回にしようと決意してもやっぱり毎日飲み続け、やがて新しい仕事も続けられなくなり…という状態が続き、依存症チェックテストみたいもので自己診断すれば常に重篤とかそういうレベルになってしまう人を依存症と呼びうるとしたら、それはかつての私ですから、少なくとも私に関しては意志と環境でいとも簡単に治るわけですが、それは依存症でも何でもなかったのかもしれません。

    次郎さんが「治らない(と言われているが間違いであろう)」という依存症とはどういう症状を言うのでしょう?

  17. 次郎 Says:

    Josefさん。
    書かれている事をそのまま受け止めると、普通はJosefさんの状態で病院にいくと、まず間違いなく「アルコール依存症」と診断されるかと思います。
    しかしもう昔の事なんで無理ですが、ぜひともそういう診断を受けて、「治らない」とレクチャーを受けた上で、意志と環境でいとも簡単に治るし、飲んでも酒をちゃんとコントロールできるよ、という事実を医者に見せ付けてあげて欲しかったです。そういう人が沢山名乗りを上げたら、医者もAAももう少し「完治する事例」について真剣に検討する事でしょう。

    ただ、多くの場合は「何も食わずに酒をずっと飲み続ける」連続飲酒の状態になってから病院に行くことが多いようですので、Josefさんが病院に行かなかったことは特殊な事ではないと思います。

    念のため明確に質問に答えると
    >次郎さんが「治らない(と言われているが間違いであろう)」という依存症とはどういう症状を言うのでしょう?

    Josefさんのかつての状態がそれにあたると思います。つまりは自分の意思の力では酒を止めたり酒量をコントロールする事が出来ない状態です。

    余談ですが米国では診断基準がもっと厳しいようで、本当かどうかはわかりませんが、飲酒運転や医師から「禁酒」を言い渡されたにも関わらず飲んだらアルコール依存症とされるようです(飲んではいけないことが理性ではわかっていながら飲むのは、飲酒のコントロール喪失だから)。

  18. 芥屋 Says:

    ↑そういえば私も友人も、藪医者から「アルコール依存症ですね」と言われ役にも立たない処方を受けて憤慨した経験があります。確かに酒浸りではあったけどアル中でもなんでもなかったので「ハァ?」と思ったのですが症状は悪化しました。ちゃんとしたお医者さんにかかって別の病気だとわかり治りましたけど。

    「なんだかわからん、お手上げだな。ま、酒浸りみたいだから、とりあえずアル中にしとくか」みたいな、いい加減な診断として「アルコール依存症」が使われている場合もあるんじゃないですかね。「治せない医者が治せない理由を患者の酒に求めているから、アルコール依存症は治らないという後付の言い訳がでてくることも多いんじゃないの?」とか、ふと思いました。

  19. 芥屋 Says:

    >次郎さん

    おお!一郎無さんですたか!お久しぶりです。

    >一神教を信じるような心の成り立ちの人でないと効果が無く、そうでない人はドロップアウトしていくのではないかと思います。

    「そうでない人はドロップアウトしていく」ことについて、「何だこりゃ?自分にはこんなの合わん、アフォか」で済む人ならいいのですけど、ここでは固有の問題として、必死に受け入れた後でドロップアウトする人の場合の危険性をmacskaさんが指摘してますよね。「誰にも合う」処方なんてできるわけないのだから、合わない人の存在そのものは問題ではないと思います(私はといえば、事実性のほどはわかりかねますのでAAの是非について判断しているわけではありません)。

    なお、私は「一神教を信じるような心の成り立ち」といった、その人の心性の類別を考えていたわけではないです。底の浅い一元論が持つ単純明快さと、それゆえに、それが思考停止装置として働くことの問題が念頭にありました(ひとことでいえば「本覚思想批判」by袴谷憲昭なわけですが、それは私の追っかけてる課題であって、ひとまず当エントリの主題とは別です。それはいちじるしくスレ違いなので、次に少し述べますが、詳説するのは控えます。)。

    >日本のAAに通っている人に「創造論」とか主張しても熱心なクリスチャンはともかく、ほとんど鼻で笑われてお終いだと思います。

    というかAAで断酒中の人はそれどころじゃないでしょう。その後ですよね。確かにそれでも「創造論」はともかく「インテリジェント・デザイン」みたいのだとスンナリ受容しやすいのじゃないでしょうか。あれの場合、「健康で知的な道徳論者」にやたらと受けがいいようですし、日本人受けしないわけでもない。そもそも「日本人に一神教的なものは合わない」というのは日本特殊論でしかないと思っています。唯一絶対神的なものだって歴史上に何度も現れてきましたし、まして「一即多」といったような「森羅万象に展開する一元論」はバカ受けです。

    あと、横ですが、macskaさんがAAに対して非常に厳しい問題意識を持っているのは見てのとおりでしょう。そして確かに「カルト」「マインドコントロール」というのは自称することなどないわけで、外からそう評して批判する言葉ですよね。ただ、漫然と「うさんくさいなぁ」と思っているわけでもないし、安易にレッテルを貼っているのでもないでしょう。これこれの事例によって自分はこうした理由で「カルト」「マインドコントロール」と判断したと述べて、なぜこうした批判意見を公表するかという理由も前エントリのコメント欄後半にて詳しく述べられていますよね。ですから、反論するなら事実性および解釈論が肝心だと思います。そうでないと、「自分が高く評価しているAAをカルトだマインドコントロールだと言われ、非常に心外です」という感情論の域を出ないのではないでしょうか。

  20. 芥屋 Says:

    せっかく言及したので『本覚思想批判』より少しだけ引用します。

    ・言葉によって正誤の区別をつけることを嫌う人ほど徒党を組みやすいものだ

    ・「どんな名で呼ぼうといつも同じ唯一の観念」は、その置換えの可能の便利さ故に、どんな国語にであろうと易々と現れるものである。そこに、本質的な意味での翻訳不可能はありえまい。言葉に頼って議論をする場合に、それがどんなに有利な条件化として働くかを考えてみれば知識階層における流行の秘密の一端に触れうるかもしれない。

    ・言葉は一つのものを示す時にある一定の意味を持ちうるのであって、それをあらゆるものに適応するやその言葉は意味を失ってしまうのである。

    ・一足飛びの直観は、自らの飛翔には酔い痴れることができても、そんな自分の足元を見ることにはひどく鈍感なものである。

    ・通念は、その対象が抽象的であればあるほど、それを、「物」を見るように発見しやすく、しかもなにものにも当嵌る不変の真理と見紛うからである。

    ・言葉を無視して不変の真理だけを言うようになってしまえば、実際には自分の都合に合わせてなにを言ってもかまわぬ、という状況を作り出すことになる。

    ・全てが根っこにおいて一致しているという仮説のもとに味噌も糞も一緒にしてしまうような論理が、日本文化を豊かなものにするとは毛頭思えない

    ・・・「ハイアーパワー」でも「ジェンダーフリー」でも「愛国心」でも「スピリチュアル」でも、同じことだと思う。

  21. 次郎 Says:

    芥屋さん
    >「そうでない人はドロップアウトしていく」ことについて、「何だこりゃ?自分にはこんなの合わん、アフォか」で済む人ならいいのですけど、ここでは固有の問題として、必死に受け入れた後でドロップアウトする人の場合の危険性をmacskaさんが指摘してますよね。

    私はAA(日本では断酒会も入る)がアルコール依存症が回復する、ほとんど唯一の手法と思っていたので、macskaさんの批判は当たらないと思っていました。極端な話をしますが、例えば感染したらほぼ100%の確率で死に至る病があった場合、治療方法がAAに行く以外になかったとしたら「ドロップアウトする危険とか何とかぬかす前に、とっととAAに行け」と思うわけです。
    ただ、そうではないという事を資料を挙げて反証されているわけですから、資料の内容が正しいとするとmacskaさんのその批判は少なくとも考慮に値するものでありましょう。

    正直なところ資料の是非の判断は私の能力を超えているのですが、macskaさんの言っている事が正しいとすると、日本のアルコール治療の専門家はとても大事な事を隠していたのではないかという気がします。

    本覚思想批判はパス(笑)

    >ですから、反論するなら事実性および解釈論が肝心だと思います。そうでないと、「自分が高く評価しているAAをカルトだマインドコントロールだと言われ、非常に心外です」という感情論の域を出ないのではないでしょうか。

    おっしゃるとおりですね。正直私も泣きながらAAを擁護してみたい気持ちがあるので、きっとその感情が噴出しているんでしょう。お目汚し御免。擁護の気持ちがあるのは最初からわかっていたので、出来るだけそれを排して「事実(AAの効果)」の追求だけにしようと思って書いているんですが、押さえきれないものがあるようです。正直胸倉つかんで突っかかりたい気持ちがあるので、もしかしたらmacskaさんにもご不快の念を抱かせたかもしれません。そうであれば素直に頭を下げさせてもらいます。

    論理的な反論ですが、実は少し書こうと思ったのですが、(卑下でもなんでもなく)頭が悪いのと、泣きながら擁護したい気持ちが強すぎて変なもんしか書けなかったので断念しました。正直複雑なんですよ、AAに対しては擁護の気持ちだけではなく、批判的な気持ちもあるので。
    まあ、あと1年位しないと、冷静な意見はかけないかもしれません。

    ただ、私の一番の目的はAAを擁護する事ではなく、「どうしたら効果的にアルコール依存症を治療し得るか」ですから、今回は非常に貴重な情報をいただけたのと、自分が今までとちょっと違う行動をとるチャンスをもらえたと感謝しています。

  22. macska Says:

    実は上記の「12の理由」はもともと数年前にあるメーリングリスト(英語)に投稿したものを翻訳しつつ手直ししたものなのですが、それを投稿した直後同じリストに参加していた知人から「こんなものを書くなんてお前は狂っている、もう会いたくない」と絶交されてしまいました。その人は AA で断酒に成功した人で、自分の大切なものが否定されたと感じたみたいなんですが、いきなり絶交はないんじゃないかと。その人と違い、次郎さんは泣きながら擁護したいような気持ちをおさえつつ理性的に対処していただいて感謝しています。

  23. 芥屋 Says:

    >次郎さん

    お気持ち、推測も含みつつ理解できるように思います。それだけに、これは憶測で恐縮なのですが、どこか代理戦争のような感があります。AAに批判意識がありつつ擁護せずにおれなかったというのは、AAそのものを積極的に擁護したかったというより、信仰療法そのものへの疑義・否定感が含まれているため、そこに強く抗弁したかったのではないでしょうか。AAへの批判内容の個々の事由、何らかの具体的事項についての、「事実に反する」「誤解である」「解釈としておかしい」などの反論ではなかったのは、そうしたことではないのでしょうか。

    私が思うに、信仰療法そのものについて、macskaさんは自身の強い疑義・否定感を含みながらも相当に配慮していると思います。何しろ、信仰療法への警鐘を鳴らす!といった趣旨の主張ではないわけですから、信仰療法への自身の疑義そのものを主張する必要はなく、事実そのような主張ではないので相当に抑制された見解だと思いました。何が問題であって、自分はそこでどこまで言うべきか(言えるか)、ということだと思います。

    信仰と医科学は峻別されているべきだと思います。なぜかと言えば霊性ですとか神の力ですとか、これは科学には計測できないことです。計測できないということは、科学的にどうだということはできないということです。いや、科学が事実と事実の照合・検証の累積による知見である以上、霊力神威といった「測れないもの」の「力」によって事例の解明を試みるということは、絶対に科学のおこなってはならないことであります。また科学がそういうものである以上、信仰はこれを自身の教説に流用できるはずもなく、してはならないと思います。それは教義としての中身のなさを誤魔化す似非科学でしかないからです。科学の知見を参考にし、みずからの教義を見つめなおすのはよいと思いますが、科学的粉飾をこらすのではなく教義解釈と向き合い現実の救済の充実をはかるべきが宗教家のつとめだと思います。

    私の自他の経験でいいましても、たとえばお医者さんにかかって病気を治療しつつ、お宮参りやお寺さんの祈祷・教説などで病苦を克服していくのはいけないことでもなんでもないでしょう。お医者さんには頼らないとか神仏には頼まないというのでも、その人の好きにすればいいことでしょう。絶対にいけないことがあるとすれば、たとえば神職・住職・牧師などが「医者にかかっても無駄ですぞ、祟りますぞ」と言って脅したり、医者や心療士が「神仏精霊の類などを拝んでおっては治るものも治りませんぞ」と言って脅すようなことでしょう。そのような人は、ただその人を「手放すまい」「こちらに取り込もう」としているだけのことですから。きょうびそんな専門職はほとんどいないと思いますが、macskaさんの批判意見中、「他の手法を取らせまいとして恐怖心に訴えかける」というあたりに該当することですね。それが事実であるなら、たとえ刑法的な犯罪予備軍ではなく穏当な社会集団であったにしても、厳に批判されるべきことだと思います。宗教の側だけがそれを課されるものではありますまい。他の医師のセカンドオピニオンを拒否して患者を心理的に脅すような医者が、厳に批判されるべきものであることと同じです。

  24. 次郎 Says:

    >これは憶測で恐縮なのですが、どこか代理戦争のような感があります。
    芥屋っちは鋭いなぁ(笑)。私がかろうじて理性で踏みとどまっているのは、自分が「『AA』のメンバー」でないから、macskaさんの批判の直撃を辛うじて受けずにすんだからにすぎません。

    ただ、それは信仰療法そのものへの疑義・否定感が含まれているため、そこに強く抗弁したかったという事が主な理由ではないです(本当の理由はもっとダイレクトです)。ええっと、うーん、まあAAに非常に強いシンパシーを感じてるからというあたりでどうでしょうか。

    信仰療法の事ですが、「神に祈ると癌が治る」的なものに関しては私も否定的です。つーか、芥屋さんの記述に関しては異論はぜんぜんありません。きっとAAの熱心なメンバーでも、これには同意するでしょう。

    私が考える信仰療法というのは、神や信仰の心理的な効果を治療に利用するというような感じです。AAは「神や信仰の心理的効果」の説明は出来ないけど、それをうまく治療に使っているのではないかと考えています。AAが効果を発揮する理由の解明をしてみたいとは思っているのですが、ぼんやりとはイメージできるのですが、力不足でなかなかうまく行って無いです。

    私の考える信仰療法の話まで行くと、ここでは似つかわしくないのでしません。もし続けたいという事であれば別の場所でやることについてはやぶさかではありませんので、声をおかけ下さい。

  25. ねろ Says:

    macskaさんがアルコール依存症で他の方法で回復しているのなら、この方法がいいと紹介してもらいたいのです。そうでないのなら、カルト的マインドコントロールで回復することを肯定的に見てもらいたいのです。

  26. 次郎 Says:

    ねろさん
    おっしゃりたい事はわかるのですが、macskaさんは「大規模な調査がこれまで何度か実施されたけれども、そのどれを見ても AA は効果がない(断酒に成功する確率が、何の治療も受けなかった場合と何ら変わらない)か、もしくはいま存在する治療法のうち効果が最低という結論になっている」と述べて、その資料まで挙げているわけです。

    AAの療法が唯一もしくは最善であった場合は、ねろさんの批判はうなずけますが、それをはっきりさせられない状態では、ちょっと的外れになるように思います。

    もしAAが自分の方法が他の療法に比べて劣るのであれば、それははっきりと表明するのがAAらしい謙虚な態度ではないかと思います。しかし知りながら口を閉じているのであれば、AAは批判されてしかるべきでしょう(ただ「AAは最善でも唯一でもない」という戒めがAA内でも言われているからこの批判は正当とはいえないかもしれません)。

    もしねろさんの周りに、macskaさんの提示した資料の検証が出来そうな人がいたら是非聞いてみてください。特にAAを治療法として薦めているアルコール関係の専門家の意見はぜひとも聞いてみたいと願っています。

  27. Josef Says:

    次郎さん、お返事ありがとうございます。
    「コントロール喪失」という言葉から思い出してみると、私の場合は必ずしもコントロールを失っていたわけではなかったようです。「飲んではいけない」という判断・意志は単に貫徹されなかっただけで、貫徹されなかった理由は「大丈夫、飲んじゃえ」という別の判断・意志が働き、後者が優勢だったからだと思います。他人から見ればそれもまたコントロール喪失状態に見えるかもしれませんが、本人としては意志して飲んでいるのですね。

    もっと重度の場合は違うのかもしまれせん。ただ私程度であれば、望ましくない方向ではあれ、ともかく飲むことを意志しているというところに、意志によってやめることもできるという希望もあるような気がします。

    ねろさんの直近のコメントに「カルト的マインドコントロール」という言葉が見えます。依存症が身体よりもマインドの問題であるならば、マインドをコントロールして止められるのならば、そこに「カルト」も「科学」も区別はないでしょう。ネガティブにカルトと呼ばれうるとすれば、治る代わりに別の弊害を生む場合だろうと思います。

  28. 芥屋 Says:

    >次郎さん

    まだ冷静に述べられない、というところが気になるのですが、全く違った観点で(おそらく次郎さんも興味があるかもしれない)テーマで話すスレを立ててあります。神仏の話に展開してもいいですよ、もし気が向いたら、どうぞ。

    >Josefさん

    >依存症が身体よりもマインドの問題であるならば、マインドをコントロールして止められるのならば、そこに「カルト」も「科学」も区別はないでしょう。ネガティブにカルトと呼ばれうるとすれば、治る代わりに別の弊害を生む場合だろうと思います。

    一般論としては正論だと思います。だけどここで問題になるとすれば、それが単に「酒を飲まずにおれないマインドをコントールすること」といったことではなく「他の方策を選択しないようにマインドをコントロールすること」でしょう。

    事実として「AAでしかなおせない」「AAに群を抜いた効果がある」のではない以上、AAで「マインドをコントロールして止められ」た人は「他の方策でも治せたのかもしれない」と考えられるわけですよね。だって「AAによっては治せるものも治せない」のではないのですから。「AAによって治る人もいる」と「その人はAAでしか治らない」とは、必ずしもイコールではないと思います。

    そうなると、やはり選択肢を奪うようなコントロールは厳しく批判されるべきでしょう。「そんな事実はない」という反論が出てくれば別ですが、いまのところそうした事実性への反論がない以上(だからといってここだけの話で判断はしませんが)、少なくともここでの議論中、私はこの指摘が等閑視されて一般論を出すのはおかしいと思います。

    ともかく、macskaさんの意図は「こういうものであると知らないでAAを選ぶのは危険だから提起する。そうと知って選ぶ人まで否定するのではない。AAをやめろと言っているのではない」ということです。カルトと呼ぶのが悪質なネガキャン(事実に基づかない中傷)であるなら別なのですが、私はこれが「カルトと呼ぶことの適不適」や「カルトと呼ぶことでの妨害効果」みたいな話になるのは論者の意図と離れすぎだと考えます。

  29. お釈迦(様)=壊れた(人) Says:

    >明らかにキリスト教的な神として想定されている。
    12ステップはすべて過去形で書かれておりそれは悟りに通じるし、
    他力本願、忘己利他など仏教においての教えが多くあるじゃない、もっと広い視野で見てみよう。
    カルトでないとおもわれる↓参照

    日本での専門家でない人たちのカルト解釈

    宗教を連想することが多いので、カルト教団、カルト宗教ともいう。
    少数であっても熱烈な信者が存在するような宗教的団体を指す。

    1970年代に米国で生まれたマインドコントロール論によって、カルトとは「一般人には理解し難い、おかしな人が集まる団体」という差別用語としての意味が追加された。マインドコントロール論支持者はカルトの定義を企業、政治団体などに拡大していったが、日本では新興宗教団体を指す場合が多い。

    一般的な宗教と同様、大きなカリスマ性を持つ人物が教祖となり、その思想を教団の教義とする。しかし、カルト教団の場合、その教義は社会的に受け入れられがたい「偏った」思想であることが多い。また、教祖の真摯な思索に基づく思想ではなく、信者に対する詐欺行為が目的の単なる看板に過ぎないことも多い。このような現状から、カルト教団という呼称には「わけのわからない不気味な集団」といった侮蔑的なニュアンスが強く含まれる。

  30. ねろ Says:

    macskaさんの提示した資料はその日本語訳を読むまでは、なんとも判断できません。
    AAを選ぶのは危険だとまでいうのなら、macskaさんにそれらの資料を日本語に訳してもらいたいのです。他に回復の方法がないのだから、日本では、AAか断酒会を選ぶしかないのが現状でしょう。

  31. macska Says:

    > AAを選ぶのは危険だとまでいうのなら

    言っていません。

    > AAか断酒会を選ぶしかないのが現状でしょう。

    何を選ぼうとその人の勝手です。他人に責任を押し付けないでください。

  32. 芥屋 Says:

    >ねろさん

    >AAを選ぶのは危険だとまでいうのなら、macskaさんにそれらの資料を日本語に訳してもらいたいのです。

    何でそこまでしなくちゃいけないのか理解に苦しみます。「このような危険性があるということは知っておいてほしい」と日本語で発表されたことに対して反論があるなら「そのような危険性はない」と日本語で言えば済む話でしょう。

    >他に回復の方法がないのだから、日本では、AAか断酒会を選ぶしかないのが現状でしょう。

    ですから、他に方法がないのが現状であるのが事実であるなら、その方法にはこれだけの危険性もありますよ?というアナウンスもまた事実として重要な情報でしょう。macskaさんが挙げたものは事実なのですか、事実ではないのですか。それを答えなきゃ反論にならんじゃないですか。

  33. acceleration Says:

    精神科医として一言。

    >というか、大規模な調査がこれまで何度か実施されたけれども、
    >そのどれを見ても AA は効果がない(断酒に成功する確率が、
    >何の治療も受けなかった場合と何ら変わらない)か、
    >もしくはいま存在する治療法のうち効果が最低という結論になっている。

    僕の知る限り、これは疑問です。
    手元のUpToDateには

    We suggest participation in Alcoholics Anonymous for patients with alcohol problems who wish to stop drinking (Grade 2B). For patients who are not comfortable with the Alcoholics Anonymous program approach, other alcohol support programs are available but have not been as well studied.

    と記載があります。
    ここで「2」というのは「弱い推奨」で、「B」というのは「制約のある無作為対照試験によるか他の形式の強力なエビデンスがある」というもので、臨床的には十分有効と見なせます。
    AAは確かにmascaさんのおっしゃるようなイデオロギー上の問題点があって、僕も諸手を挙げて推奨しないし、すべての人に推奨できないと思います。
    しかし、僕が見てきた限り(あくまで日本のですが)AAはそれほど教条的でもなければタイトでもありません。AAに一定批判的な僕のような医者でも良好な関係を保てますし。

  34. acceleration Says:

    お名前をミスタイプしてしまいました。すみません。
    それから「すべての人に推奨できない」→「すべての人には推奨できない」です。
    というより、僕の意見としては「ある種の人には推奨できる」の方が正確でした。
    おわびして訂正いたします。

  35. a patient Says:

    抗酒剤の処方を除いて、アルコール依存症の治療法に「イデオロギー上の問題」から自由なものが今現在存在するんでしょうか?

    accelerationさんの「(日本の)AAはそれほど教条的でもなければタイトでもない」と言うのは的を得ていると思います。中には教条的でタイトなグループもあるかも知れませんが、それは個別的問題でしょう。

    従って、【12ステップ・プログラム(AAなど)がカルトである12の理由】は、日本のAAについては必ずしも当て嵌まらない。日本のAAはそれほどのヴァイタリティを持たない。論文で批判するほどの存在でないと思います。

    知識が無いので教えて欲しいのですが、other alcohol support programsって具体的にどのようなものがあるのですか?認知行動療法や流行りのSFAぐらいしか思いつかないのですが。

    私は患者本人ですので、強力な精神療法、もしくは生理学的治療法が生まれることを強く望みますが、あまり期待はしておりません。

  36. macska Says:

    「(日本の)AAはそれほど教条的でもなければタイトでもない」というのは、それはそうでしょう。しかしそれは逆に、マインドコントロール的な状況によってある程度の成果を挙げている米国のAAより「効かない」ということじゃないかと。

  37. 次郎 Says:

    >しかしそれは逆に、マインドコントロール的な状況によってある程度の成果を挙げている米国のAAより「効かない」ということじゃないかと。

    これはmacskaさんの推測だよね。推測なら推測でよしだけど、もし推測でないとしたら、根拠を挙げて欲しいんだけど。

  38. a patient Says:

    「教条的かつタイト」と効果が正の関数であると言い切れるんでしょうか?
    マイルドであるほうが効果があるというのもあり得ると思います。
    日本におけるSelf Help Groupと回復の関係についての大規模な長期予後調査を探しましたが見つからなかったのではっきりとしたことは何も言えないんですが。

  39. 無名くん Says:

    私もother alcohol support programsの具体的に知りたいな〜と思います。
    また、macskaさんの『「カルト」という言葉の用法』が改めてポイントのような気もします。
    macskaさんがAAを否定的に見ているのか、肯定的に見ているのか、
    無効と考えているのか、有効と考えているのか・・・・

  40. a patient Says:

    マクロでは否定的に見ておられ、かつ無効と考えておられると私には見えます。誤解でしたら申し訳ないですが。

  41. Josef Says:

    芥屋さん

    >そうなると、やはり選択肢を奪うようなコントロールは厳しく批判されるべきでしょう。「そんな事実はない」という反論が出てくれば別ですが、いまのところそうした事実性への反論がない以上(だからといってここだけの話で判断はしませんが)、少なくともここでの議論中、私はこの指摘が等閑視されて一般論を出すのはおかしいと思います。

    はい、ご指摘の部分は一般論です。私は「依存症は治らない」という説があるという記述に触発されて、自分程度の依存症ならば治るという主張をしています。そして依存症がマインドの問題であるならば、マインドを変えればいいのであり、マインドを変えることをマインドコントロール→カルト、という形で批判するのは無意味だろうと言っています。

    AAについての議論について言うなら、「AAはカルトであり効かないけど、そうと知った上で選ぶのはOK」というmacskaさん的議論は結局「選ぶな」という主張であると思います。なぜなら、効かないと知った上で選ぶ人はほとんどいないからです。治療、とりわけ精神的治療の成功・不成功は患者の「自らを治療に委ねる」という態度の有無によって大きく左右されるということを私は精神医・中井久夫の著書から学びました。最初から効かないと判断して受ける治療ならやめといた方が無難でしょう。

  42. macska Says:

    AAについての議論について言うなら、「AAはカルトであり効かないけど、そうと知った上で選ぶのはOK」というmacskaさん的議論は結局「選ぶな」という主張であると思います

    治療法そのものに効用がないことは、全く効かないということではありません。信仰療法は、その強力な信仰心を利用してプラシーボ効果を最大限に発揮するものであり、そういった信仰を持っている人には非常に有効である可能性があります。すなわち、信じる者は救われる(可能性がある)。その可能性にかけてAAを選ぶ人はいるでしょうから、わたしの言う事は「選ぶな」という意味にはなりません。

    それから、マインドを変えることを「マインドコントロール」とは呼ばない。人間心理の脆弱さを突くような心理的トリックを応用して合理的ではない考え方や態度を植え付けることをマインドコントロールと言うんですね。もちろん、非合理的な考えが断酒に役に立つということはありますから、本人の意志が尊重されてる限りマインドコントロール的な技術を使った自己啓発セミナーのようなものが悪いとは言っていません。

  43. Josef Says:

    macskaさん
    なるほど、最初からこう書いてらっしゃいますね。

    >信仰療法としての AA の価値は認めつつ、その他の選択肢の整備が重要だ。

    よって私が「AAはカルトであり効かないけど、そうと知った上で選ぶのはOK」を「macskaさん的議論」と呼んだのは誤りで、ただの「議論」に訂正します。
    ——————-
    で、コメントが50に近づいているので改めて言っておきます。依存症気味の皆様、「依存症は治らない」とか「一度でも飲んでしまったらダメ」みたいな脅しは気にせず、落ち着いて治しましょう。私は「断酒」など一度もしないで(つまり適度に飲みつつ)治しましたから。

  44. 無名くん Says:

    >信仰療法について

    あくまで推測ですが、例えば
    クリスチャンだからAAを離れたアルコホリックもいるのではないかと考えます。
    信仰(心)と信仰療法は必ずしも一致しない場合もあると思います。
    (もちろん一致する場合もあると思いますが。)

    また、DVとの関係は難しいですね。AAでDVを扱うグループがあるのでしょうか?
    DVの12ステップグループとか?
    アルコホリックとDV被害者や加害者の自覚が必要なんでしょうが、
    AAや12ステップグループとは別に
    その様なグループやプログラムがあるのではないでしょうか。
    DV被害者のアルコホリックの立場に立てば、共依存やイネイブリング理論が有効な場合と無効な場合があると考えます。
    アラノンまで含めて考えると論点が変わるような、変わらないような・・・

    それから一転して、日本ではパチンコ業界がギャンブル依存症に対応し始めた様ですが、酒造業界の方はまだまだ「否認」しているようですね。

  45. ねろ Says:

    >「依存症は不治の病であり、完全に断酒するほか回復の道はない」などイデオロギーにすぎない

    これはイデオロギーではなくて、事実なんですよね。

  46. a patient Says:

    >依存症気味の皆様、「依存症は治らない」とか「一度でも飲んでしまったらダメ」みたいな脅しは気にせず、落ち着いて治しましょう。私は「断酒」など一度もしないで(つまり適度に飲みつつ)治しましたから。
    治癒が極めて困難な病状もありますし、一度でも飲んでしまったらダメな病状もあるように思います。実際、‘気味’の人にはそれでいいでしょうが、重症の場合も‘否認’が典型ですから、「落ち着いて治しましょう」とおっしゃるのはどうかと・・・

    >これはイデオロギーではなくて、事実なんですよね。
    程度によっては寛解(適正飲酒者に戻る)もあり得るような気がします。実例は見たことないですが。

    蒸し返すようですが、【12ステップ・プログラム(AAなど)がカルトである12の理由】は同意する部分もありますが、このあたりはどうかな、という部分があります。
    �参加者をそれまでの交友関係から孤立化することで、自助グループがその人にとって唯一の気を許せる居場所になる
    �イデオロギーへの懐疑の表明は「否認」の証拠とみなされるためいかなるものでも認められない
    �12ステッププログラムは他の治療法を認めない
    �集団のイデオロギーに同意しない医者やカウンセラーの助けを得ることも認めない
    �集団によって救われたと思い込んだ人が周囲の依存者や飲酒者に断っても断ってもやたらと参加を勧める
    �12ステップのイデオロギーは友人を失っても守りたいものらしい
    私は日本の事情しか分からないのですが、日本のAAの場合、一般的にそこまでラディカルではないように思います。もちろん個別的にはそういった事象もあるでしょうが・・・

  47. 芥屋 Says:

    そうすると、事実としては、「これはアメリカの事例をもとに書いてあるので、そこまで教条的でもタイトでもないものが多いと思われる日本のAAには、必ずしも当てはまらないであろうことをひとこと言及しておきたい」という一文が必要でしたね。macskaさんのいつものパターンですけど、そこはなおらないなぁ。

  48. 次郎 Says:

    米国の事情は確かにわかんないから、私も日本のAAの実態が念頭にあるから、認識がかみ合わないような部分があったかもしれません。

    ただ、米国のAAに対するmacskaさんの認識でも???というところがあるようです。

    >集会のはじめに、参加者全員がファーストネームを名乗り自分が依存症にかかっていることを打ち明けなければいけない。

    これは「私はジョンです。私はアルコホリックです」という自己紹介であると思いますが、
    米国のAAでは地域によって、「フルネームを名乗る」「ファーストネームを名乗る」「名前のアルファベットしか名乗らない」というようにまちまちのようです。

    もともと匿名というのは「アル中だとわかると社会的に抹消される」といった第二次大戦中頃の米国の状況を鑑み、誰が出席しているかは秘密にするところから始まった事で、現在では基本的に「AAのメンバーであると名乗ってマスコミに登場する場合」の話となっています。はじめから、グループ内でファーストネームしか名乗らないといった事は要求されていなかったように思えますが。

  49. 匿名 Says:

    >これは「私はジョンです。私はアルコホリックです」という自己紹介であると思いますが、
    米国のAAでは地域によって、「フルネームを名乗る」「ファーストネームを名乗る」「名前のアルファベットしか名乗らない」というようにまちまちのようです。
    これは事実だと思います。在日アメリカ人のAAメンバーからそのように聞きました。

  50. a patient Says:

    元となるバックラッシュ!』掲載論文を読んでないので、それについてはなんとも言えないのですが、このサイトの文章を読ませていただいた限り、「日本のAAを含むAA一般への批判」と読み取れます。日本語サイトであり、読者の多くが日本人であると考えられる以上、日本のAAの実態に必ずしも(と言うか、フィールドワークに基づいていないと思われ、少なくない部分が)当てはまらないならば、筆者にはそれなりの申し開きが求められるのではないでしょうか。
    それから、Walsh DC et al. 1991. “A randomized trial of treatment options for alcohol-abusing workers.” New England Journal of Medicine.について言及すると、被験者をランダムにアサインしたとなっております。AAは治療機関ではなく、自助グループなわけで、「AAで回復したい」と望む患者でなければ効果が低いのはあたりまえだと思いますが、これについてはいかがでしょうか。英語の読解力が低いので間違っていたらごめんなさい。

  51. 無名くん Says:

    >「日本のAAを含むAA一般への批判」

    AA自体が公衆衛生行政や医療のフェイルセイフだ(った)とも考えられ、AA(12ステッププログラム)を批判した(ように見れる)点はOKなのではないでしょうか。

    ポイントはひっくり返してみる事で、AAからアルコホリック、公衆衛生行政や医療と今までと違った視点で見ることになる。しかも、AAをカルト的なマインドコントロールを使う集団と定義すれば、さらに違って見たり、考える事になりますよね。

    公衆衛生行政や医療、AAに対するフェイルセイフとしてのオルタネティヴな依存症患者のためのプログラムは必要かもしれませんね。

  52. ねろ Says:

    >参加者はまず第一に自らが全く無力であると受け入れなければいけない。

    アル中がアルコールに対して無力であることも事実にすぎないんだよね。

    >依存症は不治の病

    これも事実にすぎない。

  53. 芥屋 Says:

    >ねろさん

    >>依存症は不治の病

    >これも事実にすぎない。

    それが「事実」であったらAAでも治らんでしょう。「不治の病であるがAAは治せる」などという狂信的な信仰の告白など、意味はないよ。くだらんこと言いなさんな。今は事実確認してるだけなんだから。

  54. 無名くん Says:

    >「不治の病であるがAAは治せる」

    回復はあっても完治はしない。回復というのはリフレーミングですね。

    >信仰療法は、その強力な信仰心を利用してプラシーボ効果を最大限に発揮するもの
    >カルト的なマインドコントロールを使う集団

    これらもリフレーミングですよね。リフレームをリフレームする?

  55. a patient Says:

    無名くんさま

    AAがフェイルセイフとなっているからといってAAを批判するのはいささか酷なのでは?
    批判されるべきは、有効なオルタナティブの整備に注力していないと見られる、行政、医療サイドのサボタージュなのではないかと思います。

    >回復はあっても完治はしない。回復というのはリフレーミングですね。
    寛解はあっても完全寛解はないと解せるのではないかと・・・常に再発含みと言うことで。走り続けるしかないわけですよ、今の所。

  56. 次郎 Says:

    芥屋さん。
    >依存症は不治の病

    というのは、アル症の人は普通の人のように酒を飲めるようにはならないという意味です。
    飲みはじめたら遅かれ早かれ、元の状態に戻ってしまうという事です。
    回復というのは、断酒を継続できるようになるという事です。

  57. 無名くん Says:

    a patient さま
    >AAがフェイルセイフとなっているからといってAAを批判するのはいささか酷なのでは?

    これはmacskaさんのご指摘の「イデオロギー」、次郎さんのご指摘「匿名」をどう考えるかではないでしょうか。「匿名」はAAの外部と内部を明確に分ける訳ですよね。ある意味、質が悪いとも考えられます。

  58. 次郎 Says:

    匿名ですが、もっとはっきり言うと、明確に「やめたほうがいい」とされているのは、テレビやラジオや新聞で自分はAAメンバーであるという事を表明するときは、名前を伏せ、顔を写さないという事だけです。実際連絡先として電話番号と名前を公開している人もいるようです。
    内外を分ける作用はあまりありません。どちらかというと、酒をやめたいアル症であるかどうかが、内外を分ける最大のポイントになっていると思います。

    イデオロギーですが、「依存症は不治の病であり、完全に断酒するほか回復の道はない」というのは、日本のアルコール医療では専門家の大多数がこの見解をとっています。
    これをイデオロギーというのは、日本の現状ではかなり無理ではないかと思います。

    アメリカでは断酒以外の方法があるようで、ぜひその治療法を日本にも導入して欲しいと思います。

  59. ねろ Says:

    「どうやって飲まないでいるか」 Living SoberというAAの本にあるコツのリスト

    最初の一杯を遠ざけること Staying away from the first drink
    24時間の方法を利用すること Using the 24-hour plan
    アルコホリズムとは、治癒せず、進行性で、致命的な病気であることを忘れないこと
    Remembering that alcoholism is an incurable,progressive,fatal disease
    「おのれはおのれ、ひとはひと」 “Live and Let live”
    積極的に行動する Getting active
    平安の祈りを使う Using the Serenity Prayer
    昔の、型にはまった習慣を変える Changing old routines
    甘いものを飲んだり食べてみること Eatng or drink something-usually,sweet
    「電話療法」を利用する Making use of”telephone therapy”
    スポンサーを利用する Availing yourself of a sponsor
    十分に休息をとる Geting plenty of rest
    「第一のことは第一に」 “First Things First”
    孤独を取り払う Fending off loneliness
    怒りと恨みにご用心 Watching out for anger and resentments
    自分を大切にすること Being good to yourself
    有頂天にはご用心 Looking out for overelation
    「気楽にゆっくりやろう」 “Easy Does It”
    感謝すること Being grateful
    最後に酔っ払ったことを忘れない Remembering your last drunk
    危険な薬物や投薬は避ける Avoiding dangerous drugs and medications
    自己憐憫を取り除くこと Eliminating self-pity
    専門的な援助を求める Seeking professional help
    感情的なこじれを避ける Steering clear of emotional entanglements
    「もしも」の罠から抜け出す Getting out of the “if” trap
    酒が出る場所には慎重に Being wary of drinking occasions
    古い考えを手放す Letting go of old ideas
    AAのメッセージを読む Reading the A.A. mesage
    AAミーティングに行くこと Going to A.A. meetings
    十二のステップをやってみる Trying the Twelve Steps
    自分自身のやり方を見つける Finding your own way

  60. a patient Says:

    AAには、「AAはアルコール依存症に対する万能薬である」と主張することは誤ったプライドの産物である・・・と言うイデオロギーがあります。
    万能薬として利用してきたのは、むしろ医療サイドであり、「共依存」や「イネイブラー」などと言うアヤしいタームを多用するのも、AAよりむしろ臨床現場の方ではないかと思います。
    AAの書籍にこれらのタームは(知る限り)殆ど出てきません。POP心理学、擬似科学を装っていると言うよりも(まあ、そう取れる部分が少しあるのも否めないですが)、信仰を全面的に押し出しており、外面的にも信仰療法そのものですよ。だからキリスト教的背景が希薄な日本では毛嫌いされてメンバーが少ないわけです。
    >AAがフェイルセイフとなっているからといってAAを批判するのはいささか酷なのでは?
    というのはそういったことを意味しています。

    >アメリカでは断酒以外の方法があるようで
    ソリューション・フォーカスト・アプローチに基づいたセラピーのことでしょうか。
    あれはAAと表裏をなしているだけで本質的には同じものだと思います。私はこちらのほうこそ擬似科学を装っていて罪深いと思います。

    付け加えると、これからは診断基準も関わってくるのですが・・・
    『「依存症は不治の病であり、完全に断酒するほか回復の道はない」
    はイデオロギーに過ぎない』には反論のしようがありません。

    しかし、『「依存症は不治の病ではなく、完全に断酒しないでも回復する道はある」はイデオロギーに過ぎない』
    にも反論のしようがないはずです。

    更には、『「アルコール依存症は病気である」というのは科学的事実ではなく、イデオロギーに過ぎない』にも反論はできないと思います。今のところ症状しかわからないわけですから。

    *最近の研究では、脳の神経細胞の沈着物質に病因を求める説が有力になってきていると聞いたことはあります。

    長くなりましてすみません。明日仕事休みなもんで・・・

  61. ねろ Says:

    >「依存症は不治の病であり、完全に断酒するほか回復の道はない」などイデオロギーにすぎない

    これもイデオロギーでなくて事実なんだよね。
    酒を飲みながら回復したアル中はいないしね。
    accelerationさんもイデオロギー上の問題点があるといっておられるけど、
    macskaさんの言われるイデオロギーは事実にすぎないのではないでしょうか。
    accelerationさんもは精神科医として酒を飲みながら回復したアル中と出会ったことがあるのでしょうか。

  62. a patient Says:

    ねろさま、私もAAメンバーですが、ここでLiving Soberを出すのはやめましょう。無意味です。

  63. ねろ Says:

    >「依存症は不治の病であり、完全に断酒するほか回復の道はない」などイデオロギーにすぎない

    これはイデオロギーでなくて事実なんだよね。
    酒を飲みながら回復したアル中はいないしね。
    accelerationさんもイデオロギー上の問題点があるといっておられるけど、
    macskaさんの言われるイデオロギーは事実にすぎないのではないでしょうか。
    accelerationさんは精神科医として酒を飲みながら回復したアル中と出会ったことがあるのでしょうか。

    AAではalcoholism is an incurableという言い方をしてますね。

    すみません。少々修正。

  64. ねろ Says:

    >『「依存症は不治の病であり、完全に断酒するほか回復の道はない」
    はイデオロギーに過ぎない』には反論のしようがありません。

    酒を止める以外に回復の方法があると考えているのでしょうか。

    アルコホリズムとは、治癒せず、進行性で、致命的な病気であることを忘れないこと
    Remembering that alcoholism is an incurable,progressive,fatal disease
    ここだけを引用したかったんだけどね。

  65. a patient Says:

    ねろさま
    検証可能性のことを言っております。

  66. 次郎 Says:

    a patientさん
    >アメリカでは断酒以外の方法があるようで
    というのは、特定の療法を想定してはいません。「断酒以外にない」がイデオロギーなら、断酒以外の方法でアル症を治す方法が存在してるのだろうと推測したわけです。

    自助で言えばMM(Moderation Management)のような、節酒などでやっていく方法が医療的に確立されているのではないかと想像したわけです(MMは失敗しているようですが)。

    残念な事に米国のアル症の医療現場はわかりませんし、macskaさんの指摘が事実なら、日本のアルコール医療に関わる人、特にAAや断酒会を積極的に薦める人は重大な事を隠しているように感じるので、「米国では実はアル症の断酒以外の治療法が確立されている」と想像したわけです。

  67. macska Says:

    こんにちはです。

    ページを重くしすぎないためにコメント数50前後で切るつもりでしたが、旅行中ネットに接続できなかったため大きくなってしまいました。議論の続きをしたい方は掲示板の方でよろしくお願いします。

  68. 心のなやみ » アルコール依存症2ch版AA Says:

    […] 古い記事ですが、こういう見方をしている人もいるようです。             ↓ http://macska.org/article/143 […]

  69. アノニマス系自助軍団の批判記事 | 禁パチしようぜ! Says:

    […] ※閲覧注意!! AA批判記事です!! 「無名のアルコール依存症者たち」の カルト的マインドコントロール […]