ミーガン法の基礎知識
ミーガン法とは、米国および他の一部の国で、性犯罪者による再犯を防ぐ目的で制定された法律である。この法律により、執行猶予になった加害者や刑期を残して保釈された囚人だけでなく、刑期を満了して釈放された者も含めた「性犯罪の加害者」は、住所やその他の個人情報を登録することが義務づけられ、また警察はそうした情報を加害者の住むコミュニティに告知するよう定められている。
歴史的経緯
ミーガン法は、1994年にニュージャージー州ハミルトンで7歳の少女ミーガン・カンカ (Megan Nicole Kanka) ちゃんが近所に住んでいたジェシー・ティメンデュカス (Jesse Timmendequas) という人物に誘拐・殺害された事件をきっかけにニュージャージー州及び連邦議会で制定された。犯人のティメンデュカスはミーガンと顔見知りであったが、過去にも子どもへの性的虐待で二度の逮捕歴がある前科者であるとは周囲の誰も知らなかった。
米国ではこれより以前にも性犯罪者の登録を義務づける法律があったが、前科者についての情報は一般に公開されていなかった。事件のあと、被害者の両親を中心として性暴力加害者の情報公開を求める運動が起き、翌月にはニュージャージー州法として成立した。また2年後には、各州で同等の州法を作るよう促す連邦法が提案され、圧倒的多数の賛成で成立した。
ミーガン法の仕組み
ミーガン法と一口で言っても、その具体的な仕組みは州によって違った方法を採用しており、一様ではない。まず、どの前科者を対象とするかという時点で、一定以上の刑罰を受けた性犯罪者を自動的に登録対象とする制度もあれば、個別に再犯の危険度を審査して登録を義務づけるかどうか決めるところもある。
一般告知の方法としても、警察が率先してビラを撒いたり集会を催して前科者の存在を周知させる地域や、学校や病院など特定の公的施設に開示して注意を促す地域、報道機関向けに告知してあとはメディアに任せる地域、あるいは知りたい人が警察所に出向くと前科者のリストを見せてもらえる地域や、インターネットに全ての情報を載せて、どこからでも閲覧可能にしている地域もある。もちろん、両者を組み合わせた形で、個別の前科者の危険度に応じてどの程度の告知をするべきか決める制度を採用している地域もある。
近年の傾向としては、一旦システムを設置してしまえば運用費用が比較的安くて済むインターネットによる告知が過半数の州に広まっているが、大量の情報が電子的に配給されることの是非は、告知そのものの是非とは別に議論の必要があるかもしれない(例えば、全国のデータベースを一度に検索できるようになったとすると、前科者と同姓同名の無関係の人が前科者であると誤認される危険は高まる)。 (Center for Sex Offender Management, 2001)
おもな論点
提案された当初から現在に至るまで、ミーガン法は服役を終えて社会復帰を目指す加害者の人権を侵害しているのではないかという批判を受け、議論が続いている。そのおもな論点は以下。
【前科者の社会復帰を阻害】 性犯罪の過去を公表されることは、多くの場合住居や職を奪われるきっかけとなる。凶悪な犯罪をおかした人の隣には住みたくない(家を貸したくない)、一緒に働きたくない(雇いたくない)というのは誰もが思うことだが、もし人々がみなそのように振る舞えば社会復帰の機会が失われる。大家や雇用者がたまたま柔軟な考えの持ち主であったとしても、情報が広く共有されていると周囲が許さないおそれがある。
【加害者に対する私的暴力のおそれ】 ミーガン法によって前科者の個人情報がコミュニティに知れ渡ったとき、前科者をコミュニティから追い出そうとして地域の市民が私的な暴力行為に及ぶおそれがある。そうした私的暴力の被害を受ける危険がある人には前科者本人だけでなく、彼らの家族や知人、そして彼らと誤認された無関係の人や近所の人(放火の場合など)が含まれる。
【司法制度の自己否定】 そもそも私的報復や自己救済を否定して刑罰を課す権利を裁判所に集中させたことに近代的な司法制度の意義があるのに、ミーガン法を制定してコミュニティの自己救済に頼ることは、司法制度を否定し政府がその責任を放棄するということになるのではないか。もし加害者が十分に罰されないまま釈放されているということであれば重罰化の議論をすべきであり、犯人への報復の一環としてミーガン法を制定するのは筋違いである。
【憲法違反の疑い】 ミーガン法によって登録を義務づけられたり個人情報を公開されることを懲役刑や罰金刑に追加しての刑罰とみなした場合、米国憲法修正5条(同じ犯罪に対する二重の裁判及び刑罰の禁止)、修正8条(残虐もしくは異常な刑罰の禁止)に違反している疑いが強い(最高裁はこれを刑罰ではなく行政措置とみなすことで違憲性をクリアした)。また、ミーガン法成立以前に犯罪をおかした前科者にも事後的に適用されたことが、修正5条の「適正な手続きの遵守」に違反しているという批判もある。
その他の批判や実際に起きた弊害については、「ミーガン法の現在」の項目で扱っている。