意見募集:はてな「ジョン・マネー」項目草案

2005年5月5日 - 3:52 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

前回紹介した通り、はてなダイアリの「ジョン・マネー」の項目があまりに間違いだらけな上にわけの分からない陰謀論っぽい内容なので直そうと思ったのだけど、問題が問題なだけに「アンチ・ジェンフリ」「アンチ・フェミ」派からの反発が予想されそう。わたしとしては、できるだけ私情を排してマネーの崇拝者も批判者も納得できるような客観的な内容にしたいと思っているんだけどね。
そこで、以下に新たなエントリの草案を載せるので、内容についてご意見ください。元の記事をできるだけ残した上で問題点を直すというのも考えたのですが、あまりに酷くて間違いを削除するだけで全部消えてしまいそうなので(笑)新しく書き下ろしです。もちろん、「アンチ」派からのコメントやトラックバックも歓迎するので、焼くなり煮るなりご自由にどうぞ。…って、そんな事やってるうちに、誰かが勝手に書き換えて問題点を修正してしまったりして。
【ジョン・マネー】
ニュージーランドで生まれ米国に移民した性科学者・心理学者。ジョンズ・ホプキンス大学で行ったトランスセクシュアリズム、インターセックス及びパラフィリアの研究で有名となる。生物学的・身体的な性を指す言葉「セックス」に対し、本人の性自認、性役割など社会的な側面を指す言葉として言語学上の用語であった「ジェンダー」という言葉を転用し世間に広めた。ところが、いったん広まった「ジェンダー」という言葉には、ロバート・ストーラーら他の性科学者やフェミニストの論客などによって様々な違った意味が与えられるようになっており、必ずしもマネーの理論を前提とはしていない。
インターセックスの子どもの発育研究から、マネーは「生まれて18ヶ月以内の子どもの性自認は中立であり、その間に養育上の性別と外性器の外見を一致させ、第二次性徴とともに適当な性ホルモンを処方すれば、生まれつきの性別とは無関係にその子の性自認を決定できる」と主張した。それに対し、ハワイ大学のミルトン・ダイアモンドらは、「インターセックスの子どもはもともと生物学的に中間だからこそどちらの性に育てる事もできるのであり、生物学的にはっきり男性もしくは女性として生まれた子どもにその理論を適用することはできない」と反論した。
1967年、そのマネーの元に恰好の患者が連れ込まれる。当時生後16ヶ月だったブライアン・ライマーとブルース・ライマーは双子の兄弟だが、割礼中に起きた事故によってブライアンのペニスが焼き切られてしまう。弱り切った両親に頼られたマネーは、ペニスを失ったブライアンに性転換手術を施してブレンダという女の子として育てるよう勧めた。手術は成功し、かねてから自分が主張していた通りブレンダはごく普通の女児として育っているとしてマネーはこのケースについて報告し、世間の注目を集めた。
ところがマネーの結論に懐疑的なダイアモンドは、マネーの論文に登場する匿名のこの患者を独自に追跡調査し、ブレンダが14歳の時に自分の過去について真実を知り、その翌年以来デイヴィッドという男性として生活していたことを解明、1997年医学誌で発表する。そしてそのことを報道で知ったフリーランスライター、ジョン・コラピントがデイヴィッドにインタビューして出版した「As Nature Made Him」(邦題:ブレンダと呼ばれた少年)がベストセラーになり、マネーによる実験の失敗とその隠蔽が広く知られることになる。
また近年、マネーが確立したインターセックスの治療法について、医学的に不必要な外科手術を幼い子どもの性器に対して行うのは倫理的に間違っている、その子が物事を理解できるようになるまで待ってから本人が手術を希望するかどうかで決定すべきであるという批判が高まっている。
これらの批判を差し引いても、性科学における学会である Society for the Scientific Study of Sexuality (SSSS) の会長を2年間務めるなど性科学界における長年の貢献は他の研究者から高く評価されており、良くも悪くも20世紀で最も影響力を持った性科学者の一人とされる。

12 Responses - “意見募集:はてな「ジョン・マネー」項目草案”

  1. Yoko Says:

    拝見しました。私よりMasckaさんのほうがお詳しいので直すところなどありませんが、もし意見を言うことが許されるのなら、文献や固有名詞はちゃんと引用したほうがいいかと。
    たとえば、「性の署名」(Sexual Signatures: on Being a Man or a Woman)とか、
    >1997年医学誌”Archives of Pediatric and Adolescent Medicine”で発表する。
    >そしてそのことを報道”New York Times (Mar. 14, 1997)”で知った
    あと、Colapintoが最初に発表した、
    “The True Story of JOHN / JOAN” (The Rolling Stone, Dec. 11, 1997)
    それと、やはりDavid Reimerの最期には触れるべきじゃないかと思いますが(理由は不明にせよ〜バックラッシャ−から、逃げてると思われたくないので)。
    とりあえずそんなところで。 また思いついたら書くかもしれません。

  2. macska Says:

    なるほど、了解です。
    それから、問題のキーワードをそもそも最初に作成した人に連絡せずにいきなり全面改訂してしまうのはフェアじゃないかなとも感じたので、その人の日記に以下のコメントを入れておきました:

    こんにちはです。特にこのエントリに対するコメントではないのですが、最新記事なのでここにコメントさせていただきます。
    というのも、あなたが作成したはてなのキーワード「ジョン・マネー」の項目の内容を読んで、著しく事実と反する記述や政治的に偏った記述が含まれると感じました。もちろん、単純な事実誤認程度の問題であればわたしが勝手に修正することも可能なのですが、あまりに問題点が多いため一部修正では済まず全面改訂をせざるを得ないこと、また政治的にセンシティヴな内容であるため、一方的に変更するのはフェアではないかと感じました。
    そこで、わたしが新たに作成した「ジョン・マネー」項目の草案をあなたにも読んでいただいて、できれば意見を聞かせて欲しいと思います。あなたとわたしとではおそらく政治信条に大きな違いがあると思いますが、政治的な意見を異なる者同士が議論することで、個人的なバイアスを排したより客観的な事実の記述に徹した内容にすることができるのではないかと考えています。
    そういうことなので、現在わたしのサイトの方でこの問題に関する議論を行っていますが、そちらでコメントしていただくなり、あなたの日記に書くなりしてあなたの意見を聞かせていただけたら嬉しいです。もちろん、あなたが意見を述べなくてはいけない義理はない(わたしの側に、あなたにお知らせする義理があると感じました)ですが、異論がなければキーワードの内容は改訂させていただきますのでご理解ください。
    この問題に関する記述は、以下のページにあります:
    http://macska.org/index.php?p=84
    http://macska.org/index.php?p=85

    この人の最新エントリを読むと、右派と違って左派は悪質なレトリックをもてあそぶみたいな話がありますが、そう言う本人が「ジョン・マネー」の項目みたいな記述をしてたりするあたりは、さすがに自分の行為を客観的に見るのは難しいというコトでしょうか。

  3. Macska Says:

    あ、元のキーワード作者が少し手直ししたようです。
    http://d.hatena.ne.jp/shikine/20050507
    でも、いまだにフェミニストがマネーの実験失敗を隠蔽したとか書いてる。
    何が根拠でそんな陰謀論を言っているのか…

  4. しゅう Says:

    初めまして。
    さすが綺麗にまとまってると思うのですが、
    当時のマネーの説が現代の眼から見てどのように評価されているかを、
    もっとくわしく書いてほしいです。
    この文章だけだと、゛途中まで順調だったけど、途中で過去がばれて失敗した゛のか、
    ゛そもそも説自体に誤りがあった゛のがいまいちハッキリしないようにも見えますし。

  5. Yoko Says:

    >当時のマネーの説が現代の眼から見てどのように評価されているか
    まだ評価は定まってないと思いますよ。と言うより、この一件から「nature v nurture」論争に決着がついたというのは乱暴だし、おそらく将来にわたっても論争は続いていくでしょう。

  6. しゅう Says:

    >>Yokoさん
    ふむふむ、そうなのですか。
    レスありがとうございました。

  7. 芥屋 Says:

    こんにちは。
    非常に解りやすいと思うのですが、Macskaさんが既に述べているように、フェミにせよ反フェミせよ、こういう一臨床例を政治的言説の根拠に流用する危険性のモデルケースであることに、もう少し「そうすることの不当さの理由」に触れてもいいような気がします。だって現に流用されてるので。

  8. Macska Says:

    マネーの説の現代的評価としては、彼の説を絶対視する人はいないでしょうが、かといって完全に否定されたということでもないです。ダイアモンドによる発見のあと、マネーは「18ヶ月まで白紙というのは言い過ぎで、12ヶ月までだった」と訂正するとともに、女児として養育するのに失敗した責任は両親にあると言っています。個人的な感想としては無茶苦茶な言いがかりであるように思えるのですが、それを否定するだけのデータはまだ存在しません。
    また、ライマー氏と同様に、割礼手術の失敗でペニスを失って女児として育てられた人が、大人になっても女性として生活しているというケースが別に報告されていますが、こうしたケース自体非常に少ないので、どちらがより典型的な結果なのかというのは分かりません。もしかすると、マネーの説はだいたい正しくて、たまたまライマー氏のケースだけ例外だったという可能性だってないとは言えないのね。
    でも、性科学におけるマネーの活動というのは膨大なもので、そのうち最大の失敗であるこの一件だけについてあんまり詳しく書くのもバランスを欠いているように思いますし…

  9. 芥屋 Says:

    パソがクラッシュしていたので、すっかり亀レスですが・・・
    >もしかすると、マネーの説はだいたい正しくて、たまたまライマー氏のケースだけ例外だったという可能性だってないとは言えないのね。
    そうなんですか。言われてみれば、臨床例そのものが希少であるから(表現は悪いかも知れませんが)理論化しうるだけの標本の絶対数に両説とも根拠薄弱とならざるを得ない、とは言えそうですね。*個人的には、生理機能から来る性自認と、育ちなど文化要素に由来する性自認と、どちらが決定的か?という問いそのものが無意味ではないのかな、という気がします。
    >でも、性科学におけるマネーの活動というのは膨大なもので、そのうち最大の失敗であるこの一件だけについてあんまり詳しく書くのもバランスを欠いているように思いますし…
    なるほど。私も例に漏れず、マネーと言えばブレンダの一件しか知りません。が、それだけで彼の研究や啓蒙活動等を捉えては見るべきものも見えなくなる…ということでしょうか。そういうのって、割とよくありますね。一世を風靡したが後に否定される(問題視される)に至った説のみを捉えて、その人やその説を支持した言説空間を味噌も糞も一緒に全否定する、ということが。その人には他にいくらでも見るべき事績があり、支持した言説空間もそれを含んでの玉石混交だったりすることがありますから。
    科学とか宗教とか、人心の無条件的信頼を得やすい言説と政治の関係って、難しいですね。

  10. Sakino Says:

    もう遅いのかな? マネーの最大の業績は、博士論文やその後の一連の論文で、何百もの事例にあたって、階層別(内性器、外性器、育ち方等等)に整理する、という方法論を確立したことでしょう。わかりやすい啓蒙書や、「ブレンダ」の件や、社会学に与えた影響(これは、マネーがいなくても、同じ結果だったと思いますが)というのは、確かに見えやすいんですが、そのあたりは、彼がアウトスポークンなお人柄だったことの副産物で、内分泌学〜泌尿器科あたりの医療のプラクチスを彼やその前後の人たちが完成させ、シェリル・チェースたち、当時の子どもたちが声をあげるまで、そのプラクチスが続いたことの方が、与えた影響といった意味では大きかったんじゃないかな、と思いました。当時の内分泌学は発展途上で、わかんないことだらけだったわけで、そこを力ワザで俯瞰してみせたことに、彼の力量があったんだと思います。また、そのあたりの力量を見込まれて、ジョンズホプキンズに引き抜かれたんだろうとも思います。彼は医者じゃないわけだから、当然、外科手術や、内分泌学的な診断をつけてた医者たちの集団というのは存在するわけで、60年代ごろに、その医者たちが何を考えて、何をやってたんだろうというあたり、ちゃんと考えないといけないなぁ、と思いつつ、そのままになっていたりします。

  11. Sakino Says:

    遅ればせながらブログを読みすすんで真っ青に^^;。世情に疎いので、その後の展開も知らずに、ノンキなことを書いてしまいました。ついでに、釈迦に説法もしてしまったのかもしれません。流れもみずに書いてしまったコメントとして読んでいただければ幸いです。

  12. Sakino Says:

    うぅん、やはり、もう少し書いておこう^^;。自分でもこのあたりのことについて書いてはいるのですが、それはさておき、ぜひ、紹介しておきたい人がいるんですよ。Sheryl McInnes さん。残念ながら鬼籍に入ってしまっておられます。ウェブが使えるようになって、彼女の書いたものを発見したときには、時すでに遅く、亡くなっておられました。原典にあたって、このあたりのことを掘り起こしておられた人(しかも、内容的に的確なことを述べておられた人)として、当時、唯一発見できたのがMcInnes さんだったので、喪失感は大きかったです。ほんとに、お会いしておはなししておきたかった方です。いまだもって、彼女が、その時点でどのような研究計画を持っておられたのか、把握できていないのが、残念です(問い合わせをすればよいのでしょうけれどもしていません。こういう方がおられたということ、ぜひ、忘れずにいたいと思います。http://research.umbc.edu/~korenman/wmst/sex_v_gender2.html(ここで、McInnes で検索すると、読めます。これだけコンパクトに、的確な内容をまとめておられるということは、きっと、ご研究も、それなりの進捗状況にあったのだろうな、と推測しています。)

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