時代遅れの「性役割指標」に輪をかけてデタラメな「男性性・女性性」測定サイト

8/3/2005 - 3:24 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

Anno Job Log 経由で性役割指向を調べる BSRI (Bem Sex Role Inventory) を性同一性障害の患者に適用した文献について知る。 BSRI というのは、心理学者のサンドラ・ベム氏が作成した質問票。ある人がどれだけ男性的・女性的であるかを調べるためのもので、「男性性」「女性性」を対立する観念として捉えるのではなく、X軸とY軸に置き換える事ができるような別個の性質であると捉えたのがユニークだった。30年前の当時としてはね。そうすることで、「男性性」のみ高いスコアを持つ「男性タイプ」、「女性性」のみ高いスコアを持つ「女性タイプ」だけでなく、両方とも低い「非分化タイプ」及び両方とも高い「両性具有(ここではインターセックスではなく、アンドロジェナス)タイプ」という4つのタイプを考えることができる。

肝心の性同一性障害の患者の研究について、実はわたしはあまり興味はない。だって、クリニックに通う人たちをサンプルとする以上、MTFの人には「実態以上に女性性を強く報告し、男性性を弱く報告する」無言の圧力が存在するに決まっているし、FTMの人には逆に「実態以上に男性性を強く報告し、女性性を弱く報告する」ようになるに決まっているもの。治療を受けられるかどうか、あるいは戸籍を変更できるかどうかといったポイントにおいて医者が実質上「門番」として性同一性障害の人たちの前に立ちはだかる限り、同じ医者たちにマトモな研究なんてできるわけがない。

それ以前に、そもそも BSRI ってのが全くダメ。30年以上も前に作られたもので、古過ぎるもの。この質問票では、「恥ずかしがり」「独立心がある」といったたくさんの言葉について自分にどの程度当てはまるかを答えることになっているのだけれど、そもそも「どう回答すれば男性的、もしくは女性的」と誰がいつ決めたのか。答えをバラすと、ベム氏は70年代に何千人もの学生を対象として繰り返されたアンケートを通じて「男性的だと強く関連付けられた言葉」「女性的だと強く関連付けられた言葉」「どちらとも強くは関連付けられていない言葉」を探し出したわけで、決してテキトーに決めつけたわけではないのだけれど、その程度のジェンダー・イメージなんて時代によって簡単に変化するのね。「現代でもまだちゃんと人を分類するのに使えるぞ」と主張するバカ論文もあるけれど、分類できるだけじゃ有効とは分からない。再びたくさんの人たちに参加してもらって、1974年に「男性的」とされた言葉が今でも同じだけ関連付けられているかどうかチェックしなくちゃ、有効性が確認されたことにはならないのね。わたしの知る限り、そうしたメンテナンスはされていない。

問題となるのは時代だけじゃない。文化的にも、米国の学生たちが考える「男性性」「女性性」と、日本文化における「男性性」「女性性」では全然違うのが当たり前。米国では「男性的」であるはずの言葉が別の国では「特にどちらの性とも関連付けられていない」と認識されているなど、「米国以外の文化には全然通用しないぞ」という指摘は BSRI が発表された直後から山ほど報告されている。また、翻訳の問題もある。例えば英語の「moody」という単語は BSRI では「どちらとも関連付けられない」項目とされているけれど、それはこの単語が女性的なイメージのある「涙もろい」という方向にも、男性的なイメージのある「苛立ちやすい」という方向にも解釈できる言葉だから。他の文化の言葉に翻訳される時、たまたまこれにピッタリの単語があれば良いのだけれど、無ければ単語選択の時点で「男性」「女性」どちらかへの関連づけが生まれるかもしれない。繰り返しのアンケートによって有効性が確認されているのは、元の英語版だけ。

他にも BSRI にはあまりよく知られていない弱点がある。BSRI を使うと自分の「男性性」と「女性性」のスコアが分かるわけだけど、そのスコアがうまく標準化されていなくて、その数値が何を単位としているのかはっきりしないのだ。例えば、ある人がこのテストを受けたところ「男性性」と「女性性」が全く同じ数値(例えば「3.5」)になったとした場合、「その人は男性性と女性性がちょうど同じくらいバランスの取れた人である」と解釈するのが自然に見えるけれど、実のところ「男性性」の1ポイントが「女性性」の1ポイントと等価であるという保証は無い。同様に、「男性性が3、女性性が4」の人は「どっちかというと中間よりも女らしい人」だと思うだろうけれど、それすら実ははっきりしないのね。

annnojo さんのブログでは、「便利な世の中なもので」として「簡単に BSRI が測定できる」サイトが紹介されているけれど、このサイトに至っては輪をかけてダメ。「1974年にS.Bemという人が開発した尺度 BSRI (Bem Sex-Role Inventry) をそのまま使っています」と書かれているのだけれど、実はこれがまったくの間違い。BSRI には「男性タイプ」としてカウントされる20項目、「女性タイプ」としてカウントされる20項目、そしてどちらにもカウントされない「ダミー」20項目の計60項目から成っているはずなのに、そのサイトには40項目しかないんだもの。削除された項目を調べたところ、どうやらダミーの項目が丸ごと全部削除されている様子。

言うまでもないけれど、こうした質問票においてダミーの質問というのはとっても大切なのね。BSRI においては、ダミーの項目があることでどの項目にどう答えれば「男性的」もしくは「女性的」にカウントされるのか見えにくくなるように出来ているのだけれど、ダミー抜きで見ると明らかに「男性的」あるいは「女性的」なステレオタイプっぽい言葉ばかりが目立つ。もしこのテストを使う人に、無意識にでも「自分は〜タイプであって欲しい」という欲求があれば、ほぼ確実に影響を受けて正確な測定ができなくなるはず。そういう無意識の影響を取り除くためにわざわざダミーが含まれているんだから、省いちゃいけないよ。

さらに、問題の順序がバラバラになっている。種明かしをすると、BSRI の60項目の設問は採点が簡単なように一番最初のやつが「男性タイプ」、二番目が「女性タイプ」、三番目が「ダミー」、といった具合で繰り返し並んでいるのだけれど、ダミーがあるためにパターンがあるとは気付かないようになっている(わたし自身、実際に何度も BSRI を使った研究に参加したことがあるけれど、後でバラすまでパターンに気付いた人は皆無だった)。ところがダミーを省いた場合、「男性ステレオタイプ」「女性ステレオタイプ」が交互に並んでいるのがあまりに明白。だからわざと設問の順序をバラバラに並び替えたのだろうけれど、これも反則。少なくとも、「そのまま使っています」なんてウソをついちゃダメだよ。どうせ順序を変えるなら、せっかくだから毎度来るたびに違った順序に表示されるようにでもなっていればそれなりに面白かったんだけどね。

「男性的な特徴」「女性的な特徴」を対立するものと捉えずに、量的な差こそあれ誰でもみな「男性性」「女性性」を持ち合わせているんだと論じ、それを再現可能な形で心理学的な指標としたことは、フェミニスト心理学者としてのサンドラ・ベム氏の大きな貢献だったと思う。でも、それは一発芸みたいなものでしかなくて、一旦そう示したあとにはそれほど大した深みはなかったりする。「男性/女性」を1つの軸の両端と見るのではなく2つの独立した軸として見る事で「未分化」「アンドロジェナス」が見えるようになったことの応用として「異性愛/同性愛」をXY両軸に取ったセクシュアリティの座標を作れば「バイセクシュアル」「アセクシュアル」といったアイデンティティも見えるようになるだろうけれど、これまたそこまでの話でしかない。30年前、たしかにこうした考え方は革命的であったとはいえ、今現在の研究に使えるような代物じゃないとわたしは思うのだけれど。

5 Responses - “時代遅れの「性役割指標」に輪をかけてデタラメな「男性性・女性性」測定サイト”

  1. xanthippe Says:

    こんにちは! タイミングがいいというか、なんと言うか。 今からアンケート調査に関わるんですけど、参考にさせていただけるものがいろいろありそうですね。期待しています。

  2. おーつか Says:

    Anno Job Log のコメント欄で多くの人が人柱になられているのを見て、試してみましたが、途中で笑ってしまい結果まで辿り着きませんでしたよ

  3. Macska Says:

    xanthippeさん:
    > 今からアンケート調査に関わるんですけど、参考にさせていただける
    > ものがいろいろありそうですね。

    どんなアンケート調査ですか?

    アンケートを作るのって、簡単なようでいて内容を誘導しないように設計するのは結構難しいです。というか、世の中にはわざと誘導する目的で作ってあるようなアンケートもたくさんありますが。

    おーつかさん:
    > 途中で笑ってしまい結果まで辿り着きませんでしたよ

    うん、だからそれはダミーの設問が抜けているせいで、あまりにステレオティピカルな単語ばかり出てくるからですよね。

    元の BSRI は、ダミーがうまい具合に混じっています。「当てはまる/当てはまらない」だけで良いので以下のリストでもう一度試してみてください:

    Self-reliant
    Yielding
    Helpful
    Defends own beliefs
    Cheerful
    Moody
    Independent
    Shy
    Conscientious
    Athletic
    Affectionate
    Theatrical
    Assertive
    Flatterable
    Happy
    Strong personality
    Loyal
    Unpredictable
    Forceful
    Feminine
    Reliable
    Analytical
    Sympathetic
    Jealous
    Has leadership abilities
    Sensitive to needs of others
    Truthful
    Willing to take risks
    Understanding
    Secretive   

    上に載せた言葉のリストは、BSRI Short Form といって BSRI の最初の半分だけですが、ほとんどの追試において完全な BSRI によって得られるスコアと BSRI Short Form のスコアのあいだに有為な差はない(つまり、BSRI Short Form は BSRI と同じくらい信頼できる)とされています。採点方法は、1番目が「男性性」のポイント、2番目が「女性性」のポイント、3番目がダミーの繰り返しです。こうしてみると、「Helpful」「Moody」「Conscientious」「Theatrical」「Happy」「Unpredictable」「Reliable」「Jealous」「Truthful」「Secretive」といったダミー項目のおかげで、「ステレオティピカルな馬鹿らしさ」は軽減されると思います。

  4. xanthippe Says:

    macskaさん こんにちは
    アンケートはプラン見直しに向けてのものです。5年前、最初にやったのですが、そのときは歴史社会学者の赤川先生にご指導いただきました。今回はそれに少し手を入れてすることになっています。もちろん、今回は赤川先生ではありませんが、別の専門の先生にご指導いただきながらやります。
    女性性、男性性については別のアンケートで、やさしさ、責任感、我慢強さ、柔軟などなどいろいろ枠にぶち込んで、あなたの考える男らしさ、女らしさを表す言葉はどれですか?と聞いたことがあります。

  5. hotsumaのURLメモ。 Says:

    [Gender] BSRIは時代遅れ。
    macska 『そのサイトが使っているのは BSRI そのものではなく、BSRI から一部だけ取り出して順序をバラバラにしたものです。 BSRI というのは弱点も多いとはいえ一般の人がバカにできる程…

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