記者による「情報源の秘匿」は無制限に肯定されるべきなのか

7/10/2005 - 1:46 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

情報源を明らかにせよという大陪審の要求を拒否して収監されたニューヨークタイムズ紙のジュディス・ミラー記者について。わたし自身、大学時代に学生新聞の副編集長としてジャーナリズムの真似事をやっていた時の経験から、ジャーナリズムの倫理という問題についてはよく理解しているつもりで、記者が情報源を秘匿することの大切さは分かっているし、一般論としてそうした特権をジャーナリストに認めることが社会全体にとっての利益になるとも思っている。それでも今回のケースに限っては、そう単純に「情報源を秘匿した偉いジャーナリスト」と「ジャーナリストの役割を認めない間違った司法当局」というパターンには当てはまらないような気がする。

ミラー記者が秘匿している情報源というのは、複数のジャーナリストやコラムニストに電話して、あるホワイトハウス職員がCIAの現役アナリストであると暴露した内部通報者だ。どうして彼女の名前と所属がリークされたかというと、彼女の夫(外交官)が職務上「サダム・フセインのイラクがアフリカ・ニジェールから核兵器の原料となる核物質を輸入しようとしている」というCIAの報告が正しいかどうか調べたところ、CIA報告に引用された資料が明らかに偽造(例えば、書類に含まれていた担当者の署名が過去の文書からのコピーであり、その人は当時すでにその職にいなかった、など)であることを暴いてしまったことに発端がある。

当時のブッシュ政権はイラクが大量破壊兵器を所有しているという名目でイラク侵攻の準備を進めており、ニジェールからの核物質輸入説はそうした主張を裏付ける数少ない論拠の1つだった。ところがこの外交官は、それが偽造であったことを誰にも分かるような形で明らかにしてしまったのだ。その直後、ホワイトハウス内部から情報提供を受けた保守系コラムニストによって彼の妻がCIAの所属であることを実名込みで暴露されたのは、政権側からの彼に対する報復であり、これ以上しゃべればもっと何か起きるぞという脅しであったという見込みが高い。

CIAの中でも、氏名を公表されていない職員の名前を暴露するのは違法だ。なぜなら、1人のCIAのエージェントやアナリストの名前が割れるだけで、その職員とやり取りしていた情報源、例えばテロ組織や国際犯罪組織に潜入しているスパイら多数の人命が脅かされるだけでなく、情報源を失えば国家の安全に関わる大問題だからだ。名前が明らかになってしまった以上、このアナリストは元の仕事はできないし、今後のキャリアも狭められてしまったことになる。ホワイトハウスの内部にいる、こうした公益に反するリークをした人物を捕まえるために、大陪審は(同じ情報提供を受けた)ミラー記者に情報源を明かすよう求めているのだ。

そもそも、どうしてジャーナリストのあいだで「情報源を秘匿すべし」という倫理が存在し、それを社会がそこそこ認めてきたのか。それを一言で言うと、政府や大企業のような巨大な権力を持った組織やその一員による犯罪や不公正を暴露し、追求するためだ。もし情報源の秘匿がなかった場合、そうした強大な権力の報復をおそれて、悪事を知る内部者がジャーナリストに情報を伝えることなどできなくなってしまう。つまり、権力者による腐敗や不正を正すという目的及び効用があるからこそ、「情報源の秘匿」をジャーナリズムに不可欠な「報道の自由」の一部とみなす議論も成り立つわけだ。

ところが今回のケースは、全くその逆だ。権力のある側が、彼ら自身による政治宣伝の虚構を暴こうとした一個人に報復するために内部情報(外交官の妻の名前と所属)を暴露した上で、自らは「情報源の秘匿」の影に隠れている。こんなのは憲法上認められた「報道の自由」とは関係ないし、秘匿される資格も一切ないのではないか。国民の「知る権利」を守るためと言うのであれば、むしろホワイトハウス内の誰がそのような権力の濫用を行ったかという事を「知る権利」の方がよっぽど重要であるように思う。

当たり前だけれど、国家というのは市民について膨大な情報を既に持っているし、気に入らない市民の私生活について調べようと思えば個々のジャーナリストとは比べ物にならないほどの強大な調査能力を持っている。そういった調査能力が濫用され、ただ単に政権にとって都合が悪いからというだけの理由で一個人の私的な秘密や弱みがジャーナリストにリークされ、それが報道されるということが許されてしまったら、それこそ「言論の自由」なんて何の意味も持たなくなるし、民主主義は崩壊する。「情報源の秘匿」というジャーナリズムの原則は、民主主義そのものを犠牲にしてまで守る必要があるものなのだろうか。

わたしは決して、判事によってミラー記者が収監されたことを支持するわけではない。国家権力の暴走を止めるという口実で、国家にジャーナリストを収監する新たな理由を与えるわけにはいかないもの。けれど、「情報源の秘匿」を絶対視するジャーナリズムの倫理というものも見直す必要があるのではないかと思う。一般論として情報源を秘匿すべしというのが正しいとしても、今回のように政府高官が情報源である場合、それが権力者による権力濫用の一環である可能性も踏まえ、ジャーナリストが守るべき大義とは何かということをその場その場できちんと確認していかないと、いつの間にか恐怖政治を支える「報復と見せしめの装置」にジャーナリズムが変質させられてしまう。

ところで今回の件に限って言うなら、ミラー記者は本当の悪役ではない。誰が悪いのかと言えば、最初にCIA職員の名前を暴露した保守系コラムニストが悪いのだ。ミラー記者は、そのコラムを受けて「自分も同じ情報を聞いたが、これは権力者による報復ではないか」という記事を書いただけ。でも、過去数年の報道において、匿名の「政府高官」を情報源としながら、イラクとアルカイダの関係とか、イラクの持つ大量破壊兵器についてだとか、ある事ない事自分で独自に判断もせずに「スクープ」として書き散らした結果、間違った情報によって間違った戦争に国民を引きずり込んだという罪が彼女にはある。ジャーナリストの倫理を語るなら、まず過去の無責任な報道によって数千人のアメリカ人と無数のイラク人を死に追いやったことを謝罪してからにしてほしい。

4 Responses - “記者による「情報源の秘匿」は無制限に肯定されるべきなのか”

  1. xanthippe Says:

    こんばんは このテーマは私もすごく関心があります。 
    ブッシュ政権になってから特にマスメディア操作が目に付いて、マスメディアが第4の権力ではなく、権力者の都合がよいようにプロパガンダに使われているお「使い犬」になってしまうということは、日本では歴史的にもあったことなのでしょうが、アメリカでねえ・・・、と思うと暗い気分です。
    結局は一般市民のリテラシーというか、マスメディアチェックが必要なんだなあと実感します。でもそれが可能なためにも、CIAが数年たったらどんな犯罪的政策でもやったことを情報公開するのと同じで、メディアの情報源も何年かたったら公表してもよさそうなものですね。

  2. rna Says:

    漏洩元はローブ次席補佐官だったんですね。今日のNHKのニュースでブッシュ政権窮地にみたいに報道してました。

  3. Macska Says:

    情報源はローブの他にもう1人いるはずですが、ローブが直接やっていたというのは大きいです。何しろ、選挙で選ばれていない人物としては米国史上最強の権力者ですから(2000年のブッシュや1960年のケネディが本当は「選ばれていない」というオチを除くと)。

    ローブという人は人物としては面白いと思うのだけれど、頭の回転が非常に速いのにとにかく倫理というモノが全くなくて政治的な勝利のためには何でもコマとして動かす人です。この人がやることを見ていると、ホントにマンガか何かの登場人物みたいな感じがします。とはいえ、彼が直接電話をかけていたというのは、やっぱりちょっと意外な感じ。そのくらいの仕事を請け負う人は別にいたはず。

    ちなみに、ブッシュ政権窮地というのはここ数ヶ月のあいだずっとそうだったので何も今さらという感じ。上院で共和党は10票差で多数派のはずなのに、何度も主導権を奪われていますし。その辺り含めて、4年前の911直前の雰囲気にそっくりだというのが、ちょっと怖いです。次は最高裁判事任命で血を見そうだけれど、運良く2つ目の席が空いた場合、1つを穏健派に、1つを強硬保守派にと配分すればうまく生き延びられるかも。

  4. りゅうちゃんミストラル Says:

    情報源秘匿は是か非か?

    最近、このテーマが問題となる裁判があった。そこでこの問題について各記事を読んでみることにする。読売新聞記者の情報源秘匿認めず 東京地裁 あさのFMラジオで >あほな判決です。この裁判官(藤下健)、かなり前近代的な国家主義観をお持ちのようです。国家公務員性…

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