インターセックス@米国小児科学会レポート #2:ヒト成長ホルモンで医者を追いつめる
2004年10月17日 - 2:10 PM | |今回のコンファレンスで子どもに対する「ヒト成長ホルモン」(HGH)の使用についての発表を3つも行い、ついでに記者会見まで開いて精力的にHGHについて伝導してまわっていたのが、スタンフォード大学のロン・ローゼンフェルド医師。この人は以前ポートランドにあるオレゴン健康科学大学で教鞭を取っていた人でもあり、小児内分泌科の専門医としてインターセックス治療にも関わる人なのでわたしとも面識がある。今回彼がHGHについて記者会見をすると聞いたわたしは、一般の記者にはできないような厳しい質問をしてやろうと思い、記者章を入手して会見に潜り込んだ。
子どもに対するHGHの使用は今にはじまった話じゃなくて、かなり以前から生まれつきHGH欠如症の子どもや、ターナー症など医学的な理由で成長が止まってしまう子どもたちに対してHGHが使われてきた。でも、世の中には特に医学的な理由もなくただ単に背が低い子どもがいて、米政府は昨年以来そういう「健康だけれど、ただ単に背が低い子ども」に対するHGH投与も認可した。その時、専門の医学者として認可の必要性を訴えて決定的な役割を果たしたのがこのローゼンフェルド医師であり、彼はそのHGHを販売する製薬会社 Eli Lily からコンサルタント料を受け取っている(HGHを販売する会社は5社あるが、今のところ医学的な理由なく背が低い子どもに対する投薬を認められているのは Lily 社のものだけ)。
どれくらい背が低ければHGH投与が認められるのか。ローゼンフェルド医師は、HGH治療の対象となるのは同年齢の子どもの99%よりも背が低い子どもだけだと言うけれど、ちょっと考えてみるとよく分からない基準である。だって、HGHの投与を受けた子どもたちがめでたく「最も背が低い1%」より高くなったとしても、常に1%の子どもは「全体から見て最も背が低い1%」であり続けるんだもの。全く同じ身長の子どもが、ある時点では治療対象でありある時点では治療対象でないというのは、結局この「治療」自体が医学的な理由に基づくものではない証拠じゃないのか。
HGH投与と簡単に言うけれど、実はこれは大変なことだ。毎日1回の注射を続けることが必須とされているし、費用だって月に1000〜1500ドル(15万円くらい?)かかる。HGH欠如症の子どもに対しては医療保険が適用されるけれど、今のところ「ただ単に背が低い子ども」に対しては適用されないので、かなりのお金持ちの家庭しか払えない額だ。しかし、そもそもHGH欠如症でもなく正常なHGHを体内で生成するにも関わらず身長が伸びない子どもに、大量のHGHを投与したところで現在コストに見合う程身長が伸びるのかどうか。仮に身長が低いことで何らかの社会的困難があったとしても、カウンセリングなどで対処した方が合理的なように思える。
記者会見でのわたしの質問は2つ。1つ目は、身長の低い子どもについて最近医学誌で発表された研究についてローゼンフェルド医師がどう考えているかというもので、具体的には Pediatrics の9月号に載った David Sandberg et al. の研究と、Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism の10月号に載った Judith Ross et al. の研究。前者は学校に研究者が乗り込んで実地調査した研究で、身長が低い子どもは彼らなりに普通に生活しており、精神的な問題を抱えることはないという内容であり、後者はHGH投与による心理的な効果をプラシーボを用いた二重盲検で調べたはじめての研究で、HGH投与によって心理的により社会に適合するということはないと結論付けた。どちらの研究も、そもそもHGH治療をしなければいけないほど「身長の低さ」は悪いことなのかという疑問を抱かせる。
これに対して、ローゼンフェルド医師は、Sandberg の研究については「学校の生徒を対象にした調査であり、クリニックに連れて来られる子どもたちはより困難を抱えている」と答え、Ross については「まだ読んでいないが、プラシーボのグループとHGHを投与されたグループで多少の差はあるのではないか」と誤摩化したが、どちらもおかしい話だ。前者については、クリニックに連れて来られた子どもが困難を抱えているとしても、その困難が「背の低さ」が原因で起きたわけではないということを明らかにしたのが Sandberg の研究だし、後者についてはどちらのグループも正常の範囲とされた中での小さな差異であり、毎日1度子どもが嫌がる注射をしたり、毎月15万円の費用をかけることの理由には全くならない。
2つ目の質問は、HGHの処方がしやすくなったことで、HGHを闇市場で売る医者が増えていることについて。もし彼が単なる医学者であったならHGH認可による犯罪増加の責任まで取らせようとは思わないけれど、製薬会社のお金を受け取ってロビー活動までしている以上は政策的な面についても聞いてやろうじゃないかと思ったわけ。HGHは平均より身長が低い子どもに使われているだけでなく、普通の身長の子どもの背をもっと高くしたいと思っている親や、体を大きくしたいと思っている若いスポーツ選手、さらには「若返り」のための秘薬としてまで求める人が多く、巨大な闇市場が存在する。それが今度、特に何の医学的な診断がなくても処方できるようになったことで、闇市場の関係者と医者がつるんで違法に大量のHGHを処方するケースが増えているのだ。
もともと高価な薬であり、闇市場での価格はさらに巨額。ここ1年半くらいのあいだに摘発された例だけを見ても、フロリダ州の1000万ドル規模の不正を筆頭に、カリフォルニア州で340万ドル、ニューヨーク州で170万ドルといった規模で不法行為が行われている。これについてローゼンフェルド医師は「まったく聞いたことがない」としたうえで、対策について問われると「製薬会社がどこにどれだけ薬を卸したかきちんと記録するべきだ」と答えた。しかし、売れば売るほど儲かる製薬会社が、「最近この地域ではHGHが売れすぎているようだが大丈夫だろうか?」なんて考えるだろうか? 非常に疑わしいように思う。
まあ、わたしが記者会見に乗り込んだのは、ローゼンフェルド医師の答えを聞くのが目的じゃなくて、上のような情報を記者に教えてあげるのが目的だったので、ここまで追い込んだことで狙いは果たせたと思う。本職の記者ってすごく不勉強で、HGH投与が毎日1回の注射であることすら知らなかったみたいだから、わたしが提供した情報を使ってちゃんとした記事書いてください、もうホントに。
今回はインターセックスの話じゃなかったけれど、「社会的な問題を解決するという名目で、医療技術を利用して身体的な差異を消し去ろうとする」という意味でインターセックス医療に通じる話題なので、レポートさせてもらいました。以下、第3回に続く。
2004/10/19 - 09:17:19 -
日本の成長ホルモン(ジェノトロピンなど)の場合
通常1週間に体重kg当たり、ソマトロピン(遺伝子組換え)として0.175mgを2〜4回に分けて筋肉内に注射するか、あるいは6〜7回に分けて皮下に注射する。
http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/2412402D9020_3_03/
つまり,筋注なら週2回から4回で済むけど,皮下注の場合は週6〜7回になるのでほぼ毎日です。
すべてが,毎日打たなければならない訳ではないのだけど。
2004/10/19 - 21:37:16 -
>さらには「若返り」のための秘薬としてまで求める人が多く、
抗加齢療法として,成長ホルモン(GH)やインスリン様成長因子-1(IGF-1:GHが働くときに介在するもの)を使うのは,かなり根拠があるしデータもあります。
保険やFDAの適応はないけど,患者と医師の裁量権(プロフェッショナル・フリーダム)で同意があれば使用は不法行為ではありません。確か米国の方が患者の自己決定権に医師の裁量権が多いのです。脱税とかは別ですけど。
東大形成外科・美容外科のホルモン療法のページ
http://www.cosmetic-medicine.jp/hormonal/index.html
若返り治療におけるヒト成長ホルモン
http://www.cosmetic-medicine.jp/hormonal/gh.html
抗老化医療としてのホルモン補充療法
http://www.cosmetic-medicine.jp/hormonal/hrt.html
「抗老化医療という概念は1990年7月7日に、かの有名なDaniel Rudman博士が”New England Journal of Medicine”誌に歴史的論文を発表した時に誕生しました。Rudman博士は、61才〜81才の健康な男性に対して成長ホルモンの効果を調査しました。この条件に合う21人の男性に対して6ヶ月にわたって週3回ヒト成長ホルモンを注射投与しただけで、筋重量の8.8%増加、脂肪重量の14.4%減少、皮膚の厚み7%増、腰椎骨密度1.6%増という結果を得ました。」
IGF-1とは?
http://www.cosmetic-medicine.jp/hormonal/igf.html
日本抗加齢医学会のHP
http://www.anti-aging.gr.jp/