カムアウトをしない「自由」はない、あるのは「不自由」だけ(インディペンデント・マガジンpe=po掲載原稿)

2010年10月18日 - 10:32 AM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

(同性愛者らが)カムアウトをするべきかどうか、あるいはカムアウトするとしたらどういうタイミングでするかは、本人の判断に任されているべきである−−それは、まったくその通りだと思う。勝手に「あの人は〜だ」とアウティングしてしまうのは、良いか悪いかと言えば悪いに決まっている。
でもそのアウティングについて、レズビアンの小説家で活動家のサラ・シュルマンは、1990年にThe Village Voiceに掲載した短い文章「Outing: The Closet Is Not A Right(アウティングについて−−クロゼットは権利ではない)」で、次のように書いている(超意訳)。

同性愛者の有名人を無理矢理クロゼットから引きずり出すことが道義的にどうであるかについては、わたしはよく分からない。しかしわたしが分かるのは、そうした行為を「プライバシーの侵害」と呼ぶことは、歪曲であり不誠実だということだ。ほとんどのゲイたちは、職を、住居を、安全を、家族の愛を失うことを恐れ、クロゼットの中に収まり続けている。罰を恐れて自分の生き方を隠さなければいけないことは「権利」ではないし、「プライバシー」でもない。(中略)クロゼットは「権利」ではない。それはわたしたちが不要にしようとしているもので、しがみつくものではないのだ。 – Sarah Schulman “My American History” p.198

カムアウトをしないという本人の決定を尊重すべきだ、というのは正しいが、クロゼットの中にいる同性愛者たちの権利を侵害しているのは、カムアウトを呼びかける活動家たちだろうか? 本当に人々の意志を捩じ曲げているのは活動家たちではなく、自分が何を思いどう生きているのか、あるいは生きたいのかを、隠さざるをえないような状況にしている、強制異性愛社会の側だろう。「人にはそれぞれ事情があるのにカムアウトするべきだという考えを押し付けるのはおかしい!」という人もいるけれども、そうした事情を生み出している社会のあり方の方がずっとおかしい。
サラ・シュルマンが「クロゼットは『権利』ではない」と主張したのは、「カムアウトしない自由なんて認めない」という意味ではない。カムアウトするかしないか悩んだり考えたりしなければいけないという負担が、特定の社会集団の人たちだけに押しつけられている社会は、その時点で既に不自由なのであって、そこには「カムアウトしなくちゃいけない不自由」と「カムアウトできない、したら面倒になる不自由」しかない。
自由なのは、カムアウトする必要性を持たないどころか、カムアウトするかどうかという選択肢から免除されている、多数派の人たちだけだ。異性愛とそれ以外という側面に限って話をすれば、自分の性的指向(や、それを悟られるような個人的情報)を公に言いたければ何の恐怖も不安もなく言うことができ、言わなくても何の不都合も不便もない、異性愛者たちだけが自由だということだ。
周囲の同性愛者が「むやみやたらに」カムアウトすると、カムアウトしていない自分も「巻き添え」になって被害を受けるのではと心配する同性愛者や、クロゼットという言葉はカムアウトしていない自分を馬鹿にしていると感じる同性愛者がいる。しかし、かりにある異性愛者が「むやみやたらに」周囲の人たちに「自分は異性愛者です!」と言いふらしても、白い目で見られるのはその人個人だけであり、異性愛者全体が巻き添えになったりはしない。また、自分が異性愛者であることをわざわざ公言しなくとも、誰も「クロゼットに入っている」とは思わないし、仮にそう言われてもまったく実害はない。
そう考えると、やはり「カムアウトしない」(公表しない)ことが、そういった人にとっては「自由」ではなく「不自由」な状況であることを示している。念のためもう一度説明しておくと、これはカムアウトしたら自由だけどカムアウトしないのは不自由、という意味ではない。社会的に少数派とされる側の人間であるために、カムアウトするかどうかが自分の生活において重大な意味を持つという状況そのものが、既に不自由なのだ。
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このエントリは、もともと別ブログ*minx* [macska dotorg in exhile]に書いたエントリをもとに、「個人的なことは政治的なこと」を切り口とした非営利のインディペンデント・マガジン『pe=po』創刊号(2010年春)に掲載された記事を転載しました。

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