ミネソタ上院再集計は「負けるが勝ち」−−ネイト・シルバーの「馬鹿げた」ゲーム理論的考察

12/9/2008 - 3:41 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

少しまえにもその緻密な選挙予測を亡命先ブログ(*minx*)のエントリ「選挙結果予測について」で紹介した「絶対計算者」ネイト・シルバー氏が、「おそらくは馬鹿げた理論」と言いつつ、興味深い考察をしている。かれがそう呼ぶ「理論」とは、米国上院選挙ではまだミネソタの議席(共和党中道派の現職ノーム・コールマンに、SNLで有名になったコメディアンでリベラルラジオホストのアル・フランケンが挑戦している)の再集計に決着がついていないけれども、民主党はここで勝つよりも負けた方が議会運営には都合が良いのではないか、というものだ。

改選前の上院は、定数100名のうち民主党と共和党が49議席で並んでおり、無所属の2人がともに民主党側であるおかげで辛うじて51−49で民主党が多数を取っていた。ところが今回の選挙で民主党が躍進して、これまでに既に58議席を確定しており、オバマ大統領が自分の政策を進めるのに都合の良い状況がもたらされている。

ところが上院では、一方の政党が過半数を持っているだけでは思い通りに法案を通すことができない。伝統的に、演説を長時間延々と続けることによって議事進行を妨害すること(フィリバスター)が「少数派の権利」として認められており、本当に通したくない法案は少数派の力で潰すことができる。それを打ち切って採決に持ち込むには、打ち切りに過半数の51人ではなく、60人以上の賛成を必要とする。

今回の選挙では、民主党(プラス無所属)が議席数を60にまで増やせるかどうかが一つの見所だった。といっても、上院では6年任期の議員が2年ごとに1/3ずつ改選されることになっているから、欠員のための補欠選挙を含めても今回の改選数は35しかなかった。ただでさえ選挙というものは現職有利にできているのに、35しか改選されない中で一方の党が他党の議席を9つも奪うのはかなり難しい話であり、60議席に届くか届かないかという憶測が成り立ったことだけでも今年の民主党の好調さが分かる。

さて、もし現時点で民主党が59議席に届いていたなら、どちらの党にとってもミネソタの議席は限りなく重要になる。民主党にとっては、共和党の妨害を乗り越えて自分たちの思う通りの法律を成立させられるかどうかという場面だし、逆に共和党にとっては、少数政党として議会に存在することの意義すら消滅しかねないという事態になる。ところが最後の議席を残して58議席にしか届かなかったために、そこまでの騒ぎではなくなっている。

ここでシルバーが問いかけるのは、「民主党にとっては、獲得議席数が60議席に一歩足りない59議席どまりになるくらいなら、58議席の方が都合が良いのではないか?」という疑問。どうして議席が少ない方が都合が良いのかというと、いずれにしても民主党単独での質疑打ち切りが不可能である以上、共和党に数名いる中道派議員の中から一人だけ協力者を引き出すよりは、二人以上引き出す方が容易なのではないかということ。このようなシルバーの「馬鹿げた理論」は、明らかにゲーム理論を援用している。

ゲームのプレイヤーとなるのは、共和党の中道派議員だ。かれらは基本的に「社会的にリベラル、経済的に保守」の立場だが、90年代以来民主党が経済的な問題で共和党に歩み寄ったために、政治思想的には実質的に平均的な民主党員と見分けがつかない。また同時に共和党がブッシュ政権下でさらにビジネス重視・金持ち優遇に傾いたために、共和党の中ではかなり浮いた存在になっている。具体的には、メイン州のコリンズ、スノウ両議員やペンシルヴァニア州のスペクター議員がその代表的な存在。

かれらは、リベラルな有権者の多い選挙区を代表していることもあり、本当は民主党の政策に強く共感しているのだけれど、上院という場において党内の他の議員と持ちつ持たれつの関係にあるので、党の方針にあまり大きく反した行動は取れない。かれらがある法案の審議において議論の打ち切りに賛成するか反対するか(議事進行を認めるか阻止するか)を決める際には、他の中道派議員がどのように投票するかを予測しながら、「自分や自分の支持者が望む政策の実現」と「党の方針に従うこと」を両天秤にかけることになる。そしてその結果、十分な数の議員が「造反」すれば、民主党の法案が成立する。

この状況における議員の行動と採決の結果は、次の四通りが考えられる。

 1)賛成票を入れる−−可決される
 2)反対票を入れる−−可決される
 3)賛成票を入れる−−否決される
 4)反対票を入れる−−否決される

中道派議員にとってこのうちもっとも望ましいのは、自分は反対票を入れるけれども、法案は可決されるという結果だとシルバーは指摘する。反対票を入れるのだから、党内で自分の行動が咎められることはないし、法案は可決されるのだから選挙区の有権者も不満があろうはずがない。一部の政治ジャンキーは「あのときなぜ反対票を入れたのだ」と文句を言うかもしれないけれど、それが大きな広がりになることはない。自分の政治信念から言っても、その法案が成立することは望ましいのだから、これが一番都合が良い。

一方、もし党の方針に逆らって賛成票を投じるならば、自分一人だけ造反するようなことはできるだけ避けたい。党内から何人もの賛成者が出ていれば、党主流派からの風当たりもそれほど厳しくはならないけれども、自分一人が賛成したせいで党の他の議員全員が反対している法案が可決されたりしたら集中砲火を受けかねないので、何がなんでもそういう状況は避けたいし、自分一人が賛成したけれど否決されたなんてのはみじめすぎる。

ここで、民主党が59議席を確保していたとする。共和党の側からたった一人でも造反者が出れば審議を終了して採決することが可能なので、共和党中道派の議員はそれぞれがみな「ほかの誰かが賛成してくれれば、自分は安心して反対票を入れられる」と考えることになる。これは、いわゆる囚人のジレンマと同じ状況だ。

  他の議員が賛成票を入れる 他の議員が賛成票を入れない
賛成票を入れる 可決−−風当たり弱 可決−−風当たり強
反対票を入れる 可決−−まったく損無し 否決−−ちょっとがっかり

もし他の議員の行動に影響を及ぼすことができるのであれば、かれらの誰かに賛成票を投じさせて自分は反対すれば良いのだから、そもそもジレンマは生じない。他の議員の行動には影響を及ぼせないとしたうえで上の利得表を見ると、他の議員が賛成票を入れるとしても、入れないとしても、自分一人は反対票を入れた方が都合が良いことが分かる。他の議員の誰かが賛成するのであれば、その人に党内の反発を浴びてもらって自分は楽ができるし、他の議員が誰も賛成しないのであれば、法案が成立せずにちょっとがっかりするけれど、党内の批判を一身に浴びるよりはマシな結果だ。しかし、もし中道派の議員全員が同じことを考えれば、誰も賛成票を入れずに、結果的に全員がっかりすることになる。

民主党の議席数が59議席でなく58議席でも、この図式自体はまったく同じだ。しかし、自分一人が賛成票を入れても、あるいは誰か一人のお人好しに賛成票を入れさせても、それだけでは確実に可決させることができないという点が違ってくる。このことは、ゲーム理論の枠を越え、中道派議員同士の協議と協力をもたらすのではないか、というのがシルバーの指摘だ。つまり、民主党が59議席を確保している状況では、誰か一人を脱落させれば良いという「椅子取りゲーム」に夢中になるあまり誰も賛成に回らないことが懸念されるのに対し、もし民主党に58議席しかないのであれば、共和党中道派議員たちが二人、三人と同盟関係を結んで、まとまって賛成票を投じるのではないか、という話。

もっとも、シルバー自身が認めるように、民主党の側にも保守的な議員がかなりいて、共和党と一緒にオバマの政策に反対することが予想されるので、こんなに簡単な話にはならない。また、中道派議員にとって「反対票を入れるが、法案は可決される」というのが最も望ましい結果であるなら、「わたしはこの法案には反対だが、議事妨害もよくない」みたいな理由をつけて、審議打ち切りには賛成し、採決そのものには反対票を入れる(が、採決は単純な多数決なので可決される)という行動がもっとも理にかなっているようにも思う。けれど、ゲーム理論的な状況で、どういう条件があればゲーム理論の枠を越えた協力関係が生まれるのかという考察は、面白いと思った。

2 Responses - “ミネソタ上院再集計は「負けるが勝ち」−−ネイト・シルバーの「馬鹿げた」ゲーム理論的考察”

  1. okemos Says:

    どうやら決着がほぼついたようですね。
    http://tpmelectioncentral.talkingpointsmemo.com/2009/01/with_more_absentee_ballots_cou.php
    果たしてこの結果の議会工作はどういうことになるのか。

  2. macska Says:

    しかしこうなると、60議席じゃなくて59議席で良かったですね。もし60議席あったら、民主党は一人も取りこぼしできないということになり、リーバーマンが「なにかあったら共和党側に行くぞ」と脅すカードを与えることになってしまうところでした。59なら、リーバーマンが向こうに行って58になってもそれほど変わらないので、あんまりうざいようなら安心して追い出せるし。

    ちなみに、次の中間選挙での目標は最高64議席♪
    66議席とかいう人もいるけど、欲張りすぎ。

コメントを残す

コメントを残す