DVシェルター廃絶論−−ハウジング・ファーストからの挑戦

8/30/2008 - 2:51 am | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

ドメスティック・バイオレンスを、私的な関係における私的なトラブルではなく、社会的な対策・介入を必要とする社会問題であることがはじめに主張されたのは、とくに英米両国における第二波フェミニズムの盛り上がりの中においてだった。当初は「バタード・ウーマン」(殴られた女性)という言葉で呼ばれていたそれが、広く社会問題として認知されるにつれ、より範囲の広い−−被害者を女性に限らないという意味だけではなく、精神的・経済的な拘束も射程にいれた−−「ドメスティック・バイオレンス」(DV)という言葉が採用されるようになった。そして米国における一九九四年の「女性に対する暴力法」、日本で二〇〇一年に施行された「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」といった法的制度が整備され、また各地に被害者の保護とDV防止をよびかけるさまざまな支援団体や相談窓口も設置された。

そうした支援設備のうちもっとも良く知られているのが、DVシェルターだ。シェルターとは文字通り暴力から被害者を保護するためのもので、相談の受け付けやカウンセリングなどのサービスも同時に提供していることが多いが、現代版「駆け込み寺」として被害者をかくまうことを目的としている。米国では現在二千近くのDVシェルターが存在し、一九九〇年代までは民間シェルターがほとんど存在しなかった(どうしても逃げる場所が必要な女性は、刑務所の延長のようなところに入れられていた)日本でも徐々にこうした活動は広がりつつある。わたし自身も、米国のメイン州とオレゴン州にあるシェルターでボランティアをしたり働いたりしたことがある。

しかしシェルターにはいくつか大きな問題がある。その最も明らかなものは、キャパシティ(収容人数)がどうしても不足してしまうことだ。DVの発生率を考えると、シェルターで保護できる数の何十倍もの被害者が実際には存在しているのに、現在の何十倍にもシェルターの予算を増やすことは困難だ。もちろん、被害者の大部分は他に友人や家族など頼れる人がいたり、新しい住居を構えるのに十分なお金を持って出て行ったりできるので、かれら全部をシェルターで保護する必要はない。むしろ、本来の対処はそちらの側で、そうした頼れる人のいない人のためにシェルターは存在している。それでも、わたしの経験では−−ほかの団体で働いている人の話を総合しても−−緊急に避難場所を必要としているのにシェルターに入れない被害者はだいたい十件中九件に及ぶ。

キャパシティ不足の影響は、単にシェルターを必要としている人が入居できないというだけではない。少しでも多くの人に避難場所を提供するために、自然と一人当たりの滞在期間が制限されるようになる。滞在可能期間は団体によって異なるが、数週間から長くて数ヶ月までがせいぜいだ。それまでの生活を全て捨てて、ほんの数週間の準備で新たな生活がはじめられるはずがない。当然のことながら、多くの被害者は暴力的な配偶者やパートナーの元へと帰っていくことになるのだが、これが支援者側には「DV被害者が心理的に暴力的な関係を断ち切るのは非常に難しい、完全に断ち切る決意ができるために、何度も出たり入ったりしなければいけないことが多い」と解釈されている。本当は経済的な困難かもしれないのに、心理的な困難として「理解」されてしまっているのだ。

こうした問題は、予算を大きく増やせばある程度解決できるかもしれない。しかし近年わたしがより関心を抱いてきたのは、それとはまた別種の問題だ。それは、DVシェルターという閉鎖空間そのものが、暴力的なパートナー間の関係とよく似た「権力と支配の構図」−−支援者団体ではDVのことをよくこう表現する−−を再生産してしまっていることだ。このことをもう少し詳しく説明する。

少し考えれば分かることだが、シェルターにおいて支援者が「管理する側」で被害者が「管理される側」であることは疑いようがなく、そこに対等な関係なんてありえない。しかしシェルターが誠意と信念を持った薄給の職員や手弁当のボランティアによって運営されているため、「同じ女どうし」「女たちの助け合い」といった美化されたイメージを抱きやすい。しかし、そうしたイメージは「管理する側」と「管理される側」のあいだにある権力関係を不可視化させることにしかならない。その結果、規則や権力の濫用についていかに被害者が不満を持っても、声を挙げられるような制度的環境が存在しない。また、「管理する側」と「管理される側」のあいだに本来の意味でのカウンセリングが成り立たないことは明らかなのに、シェルターにおいてそれは普通に行なわれている。

マツウラマムコ氏が「『二次被害』は終わらない 『支援者』による被害者への暴力」(女性学年報 第二六号)で書いたような、支援者と被害者との権力的関係は、DVシェルターに限った話ではないし、どのような制度を作ったところで権力の不均衡を消し去ることはできない。また、わたしは「権力の不均衡を解消するのではなく、被害者側の対抗権力を設定せよ」と以前から主張しているが、たとえばある職員が問題行動を取っているとして、いくら理想的な苦情受け付けシステムがあってもそれが是正されるまでにはおそらく複数の被害者が訴え出る必要があるはずで、個々の状況には追いつかない恐れが強い。しかし、わたしが思うにDVシェルターという閉鎖空間−−「被害者の身の安全を守るため」という口実により、外部からの連絡すら制限されているーーそのものに、特にそうした問題を深刻化させる要因があるのではないか。

わたしが最後に働いていたのはかなり歴史のあるシェルターで、このシェルターを運営している団体は現在でも最も先進的なDV被害者支援団体の一つとして知られている。この団体が設立された当初は、売春から足を洗って一般社会へ戻ろうとする女性を支援していたらしいが、次第にDV被害者支援を活動の中心に据えるようになった。一九八〇年代に連邦政府の掛け声で「麻薬との戦争」政策がはじまると、この団体にも資金を提供している基金などから「麻薬と対決する姿勢を示せ」との要求が突きつけられた。既に二十名を越すスタッフを雇っていた団体にとって、活動資金を失うことは考えられなかったので、「言われる通り規則に書き込んでおけば良い、実際どう適用するかは自分たちが決める」と自分たちに言い聞かせつつ、「シェルター滞在中の麻薬使用は絶対に禁止、シェルター外においてでも使用したことが分かれば退去させる」という規則が作られた。

しかし一度規則が作られるとその当時の思惑は忘れ去られるのが組織というもので、次の世代の職員たちはこの規則を教えられた通りに適用しようとするようになる。しかしシェルター内に麻薬を持ち込めばすぐに見つけることができるが、外で使ったかどうかを判断するのは難しい。そうでなくてもDVの被害を受けて逃げ出してきたばかりで、精神的に安定しているとは言い難い被害者ばかりなのだ。結局、どうも怪しい行動をしている人を見つけては「あなた麻薬使ったでしょ」と問い詰めるようになるが、あくまで否定し続ければ確証はないので退去まではさせられない。正直に使用を認めた人が退去させられ、嘘を突き通した人は滞在できるのはアンフェアだし、ある人を見て麻薬を使用したかどうか判断する際に人種的・文化的なステレオタイプが介在する可能性も否定できない。

それではあまりに不公平だということで、最終的には尿から麻薬を簡易に検出できる器具が採用された。麻薬使用が疑われるとき、あるいはそうでなくてもランダムで、尿の検査を受けることを滞在中の被害者に義務づけたのだ。しかし、麻薬を使用している人が何らかの方法で他人の尿を持ち込んで使ったり、反応が出にくいように自分の尿を水で薄めたりして提出するかもしれない、という懸念があるので、尿をカップに入れる際に職員が立ち会うことも決められた。

つまりこのシェルターでは、着の身着のままでDVから逃げ出してきた被害者に対して、他人の見ている前でカップに放尿しろ、さもなくば麻薬常習者として退去させるぞ、と押しつけていることになる。これが虐待でなくて、なんだというのだろう。もちろん、どの団体にも同じような規則があるわけではないし、わたしの知る範囲でもいくつかのシェルターでは「麻薬使用が明らかになっても、本人に治療を受けるつもりがあれば追い出さない」という規則になっていたり(それでも住居を道具に言うことをきかせようとしていることにかわりはない)と様々だ。

しかし、どのように規則を変えたところで、DVシェルターが被害者の全生活を管理する閉鎖空間であることに代わりはない。自分一人はDV被害者に対する尿検査を行なわない、程度の抵抗はもちろんしたが(ただし一人だけ、「自分は麻薬を辞めたいのだけれど、自分を律する自信がないから、検査させられると思った方が辞められる」という人がいたので、その人だけは彼女の希望どおり検査した)、考えてみればそれでは他のスタッフに面倒な仕事を押し付けているだけだった。

そのことに気付いたわたしは、DVシェルターで被害者支援に直接携わるのをやめ、各地で実施されているさまざまな(シェルター制度以外の)DV対策を調べ、必要に応じて相互接続する役割を受け持つようになった。またそれと同時に、学会や出版物においてDVシェルター制度の問題点を指摘する活動も行なっている。そんな活動をやると主流DV被害者支援団体から憎まれるのではないかと思うかもしれないが、意外と反応は良い。かつてのわたしと同じように、DVシェルターで勤務しながら、あるいはボランティアしながら、その現状に悩んでいる人は結構多いのだ。

とはいえ問題は、DVシェルターに対するオルタナティヴ(代替)が存在しないことだ。たとえばある都市のインド人移民コミュニティでは、DVがあった家に近所の女性が全員で押し掛けて加害者が反省するまで怒声を浴びせるとか、南部の貧しい黒人コミュニティでは加害者男性の親族の女性がみんなあつまってきて加害者を囲んで殴る蹴るするとかいう話を聞くと、それはそのコミュニティではうまく機能するんだろうと思うのだけれど、とても一般的なモデルとして推奨はできない。しかし、最近になってようやくDVシェルターを代替できそうな、ある可能性が見えてきた。

DVシェルターへの現在最も有力なオルタナティヴとわたしが考えるのは「ハウジング・ファースト」(住居第一)だ。ハウジング・ファーストとは、一九九〇年代からホームレス支援の活動で広まった考え方で、麻薬やアルコールの問題を抱えていたり、精神疾患のあるホームレスの人たちへの支援として、まずホームレス・シェルターに入れて薬物中毒や精神疾患を安定させ、落ち着いてきたら短中期滞在可能な中間施設(トランジショナル・ハウジング)に移行し、そのうえで恒久的な住処を探す−−というこれまでのホームレス支援のやり方を引っくり返すものだ。すなわち、薬物中毒や精神疾患の治療は後回しにしてすぐさま住居に入れ、一定のあいだ家賃支払いを経済的に支援しつつ、必要な医療やその他の課題に取り組むというものだ。

ハウジング・ファーストの考え方は、呆れるほどシンプルだ。人がホームレスになるのはなぜか? 家賃が払えないからだ、と。では、ホームレスになった人がホームレスの状況から脱するには何が必要か? 家賃を払えば良い。もちろん、家賃が払えなくなった理由はまた別に人それぞれにあるはずで、それを解決しないことには家賃支援が終わったらまたホームレスになってしまう。しかし何より恐ろしいのは、ホームレスになった人が、ホームレスとして生きることで、もともとあった問題が解決されないばかりか、さらに深刻な問題を抱えてしまいかねないことだ。だから、とにかくホームレス状態だけは脱させて、そのうえで今後またホームレスとなることがないように必要な支援をしていこう、というのがハウジング・ファーストの理念となる。

DV被害者支援においても、被害者はまずシェルターに逃げ込み、そこでうまく適応できた人はトランジショナル・ハウジングに入り、そこでだいたい一年間くらいすごした後で新たな住居に移動する。とはいえ、精神的に追いつめられている人にとって、DVシェルターのような閉鎖空間に多数の他人と押し込められることは辛いので、ほとんどの人は滞在可能期間満了以前に退去する。

ところが、あるDVシェルター運営団体では数年前に突如シェルターを閉鎖し、スタッフを大量整理して(実際にはこの団体はDV以外にもさまざまな活動をしているところだったので、人事移動しただけだが)ハウジング・ファーストの理念に基づく新たな取り組みをはじめた。その効果は現在まだCDC(米国疾病予防管理センター)が調査中だが、最近わたしが関係者から聞いたところかなりうまくいっている印象を受けた。

このプログラムでは、DV被害を受けて逃げ出してきた被害者をとりあえず市内のホテルに確保してある部屋に泊め、本人にパートナーと分かれる意志があることを確認する。意志があるならば、数日内にアパートを探し始め、本人が気に入ったところに入居できるように、必要経費を全額払う。最初の数ヶ月は家賃も全額払うが、そのうちあらかじめ決められた分だけ本人が負担するようになり、六ヶ月〜一年後には本人が全額負担する。そのあいだ、どうしても本人が払えない場合は臨機応変に対応はする。カウンセリングや、必要なら薬物やアルコール中毒の治療などの支援は、まず住む場所を見つけてからだ。

ここでも、支援者と被害者の関係が「管理する側とされる側」であることには変わりがない。しかし、シェルターの内部で一日中の活動全てが監視・評価の対象とされることに比べれば、その息苦しさははるかに軽減されている。なにしろ家賃支援は行なっているものの、そのアパートは間違いなく被害者本人のものであり、支援団体のものではないのだ。六ヶ月〜一年間の支援期間が終わっても退去する必要はないし、そもそも途中で支援が不要になればその時点でいつでも団体から離れることができる。

中には、被害者が加害者とよりを戻す場合もある。支援団体が家賃を負担しているアパートに加害者が引っ越してきて一緒に住むことは、さすがに支援の本来の役割に反するけれども、その場合でも支援団体にできるのは最悪で「次の月から家賃の支払いをやめる」ことだけ。それもあまり簡単には支払いを止めたりはしない−−なぜなら、一度接点を失うと、次に何かあったときに支援しにくいから。さらに、支払いが止まっても、アパートの契約書には加害者ではなく被害者の名前があるので、もし再び暴力が起きたとき出て行かなくてはいけないのは加害者だ(一般的に、世帯でアパートに入居するときは主な所得者である夫が契約者になることが多いため、いざというとき夫に有利になっている)。

シェルターからハウジング・ファーストに転換して数年間の成果を読むと、アパート入居を希望した人のうち九割が実際に入居しており(残りの一割がプログラムから脱落した理由は分からないが、思い直して元のパートナーの元へ戻ったと考えるのが自然か)、そのうちまた九割以上がそのアパートに現在でも住んでいる。調査時点でまだプログラムは三年目であり、その成果はまだ完全には分からないが、とりあえず危惧されたような「家賃支援がカットされた段階でのドロップアウト」は起きていない様子。カウンセリングなどの支援を継続して受けている割合は、シェルター時代よりはるかに高い。

ハウジング・ファーストが優れているのは、DV被害者がいますぐ必要とするものを早急に提供しつつ、落ち着いて長期的な支援を受けられるような環境を整備しているからだ。ハウジング・ファーストを実施している団体はシェルターに反対しているわけではないが、少なくともDV被害者支援においてハウジング・ファーストよりシェルターが勝っている点はないように思う。とても自立して生活できるような精神状況ではない被害者もいるではないか、と思うかもしれないが、そういう人は真っ先にシェルターから退去させられるのが現実だ。とすると、シェルターやトランジショナル・ハウジングの大半は閉鎖してその予算をハウジング・ファーストに回し、ごく一部の、より集中的なケアを必要とする人たちのための専門的支援施設としてシェルターを作り直すということが考えられる。

しかし問題は、二千施設近くにまで増殖し、何万人もの人たちを雇用してしまっている現在のDVシェルター産業の既得権益を、どうやって破壊していくかという点だ。かれらの一部はハウジング・ファーストを支えるためのケースワーカーやその他の職員として職を得るだろうが、軽く見積もっても半数から三分の二程度の人にはハウジング・ファーストの予算を捻り出すために別の仕事を探してもらわなくてはいけない。

その意味では、米国ほどDVシェルターの普及が進んでおらず、公的資金の支援も比較的少ない(既得権益が小さい)日本のほうが、新しい支援の仕組みを作り出すには有利かもしれない。また、DV被害者支援活動を通してハウジング・ファーストの理念が導入されることで、その他の理由でホームレスになった人への支援をめぐる議論にも影響があれば良いと思う。

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(この記事は、メールマガジン α-Synodos(アルファ・シノドス)第10号(8月25日発行)に掲載されたものを再掲しました。)

3 Responses - “DVシェルター廃絶論−−ハウジング・ファーストからの挑戦”

  1. タイタン Says:

    はじめまして、いつも興味深く拝読しております。
    ハウジング・ファーストの理念が受け入れられるか否かがまさに支援者の支配志向のスクリーニングになるような気がいたします。
    ただ最近はこの界隈では支援者がそのまま高齢化して、若い世代が参入してこない構造を感じるので、どんな箱を用意しようとも、その運営する人の量と質はどうなるんかいなという気もいたしますが。
    とりあえず自治体レベルで注目されると良いですね。

  2. macska Says:

    ホームレス問題に関連してですが、日本におけるハウジング・ファーストについての記述を見つけました。

    釜ヶ崎で生まれた「ホームレスが分かる本」
    http://www.news.janjan.jp/area/0706/0706147254/1.php

    この本は読んでみたいところです。

  3. dvhigai1 Says:

    DV法関連のネット工作員を発見しました。
    そのものたちにブログは消されました。

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