黒人保守論客シェルビー・スティールが語る「それでもオバマが勝てない理由」

2/21/2008 - 6:37 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

米国大統領選挙の民主党指名獲得競争ではこのところバラック・オバマ候補が好調。ほんの数ヶ月前には組織のしっかりしたクリントン候補には到底かなわないという声も聞かれていただけに、オバマ候補の最近の勢いはすごいと思うのだけれど、それでもオバマは勝てないと近著「A Bound Man: Why We Are Excited About Obama and Why He Can’t Win」で主張している黒人保守系政治評論家の Shelby Steele のトークに参加する機会があったので、報告する。ていうか本当は話を聞きに行ったのはちょっと前のことなんだけど、幸い話題の賞味期限が切れていないのでいまさらながら書く。

まずは Steele の人となりから。かれは現在スタンフォード大学に設置されたシンクタンクであるフーバー研究所の研究員の肩書きを持ち、政治と人種関係についての著書がいくつかある。フーバー研究所は前エントリで紹介した Thomas Sowell も所属しており、リバタリアン系保守主義の傾向が強い。 Steele 自身も個人主義と小さな政府を主張する保守派でありリベラルなオバマとは政治的主張が異なるけれども、だからといってかれは一方的にオバマをけなそうとはしない。むしろ逆に、オバマに魅入られその活躍に期待するからこそ、いまのままでは当選できないとかれは考えているようだ。

米国において黒人有権者は9割近くが民主党支持者であることが知られているが、逆に言えば1割は民主党支持者ではないわけであり、保守派の黒人もそれほど珍しくはない。けれどメディアで頻繁に取り上げられる保守系黒人政治評論家は、人種問題について白人評論家が言えば「人種差別主義者だ」と批判されかねないような極端な立場(人種差別なんて存在しない、黒人自身の問題だ、など)を取る人が少なくなく、保守運動内でそういう役割を果たすことによって重宝されているのだろうなと見ていて複雑な気持ちになる。しかし Steele はその種の人種差別主義者が都合良く使える「便利屋」ではなく、かれなりに人種差別の問題を真剣に考え、その解決策を提案している人だ。

Steele が指摘するのは、米国において黒人が何らかの分野で成功するためには、「挑戦型」か「取り引き型」の2つの役割のどちらかに適合しなければいけないという現実だ。「挑戦型」とはマジョリティである白人社会は人種差別的であるという前提を元に、アファーマティヴアクションなど具体的な行動によって人種差別的ではないことを示せ、と白人に要求する役割で、多くの市民権活動家がそれに当てはまる。一方「取り引き型」とは、白人に対して「自分に対して直接差別的なことをしない限り、あなたは差別主義者ではないと信じます」と接近する立場であり、芸能人やスポーツ選手として白人に受け入れられている黒人の大半がこれに当てはまる。

具体的な人名を挙げると、前者の例はジェシー・ジャクソンやアル・シャープトンといった市民権運動指導者であり、政治家としてはシンシア・マッキニー、キャロル・モーズリー・ブラウンら。後者の例はトークショー司会者のオプラ・ウィンフリー、俳優デンゼル・ワシントン、ゴルフ選手タイガー・ウッズらだ。もちろんバラック・オバマは、「取り引き型」の黒人政治家としてはじめてーーコリン・パウエル元国務長官は職業政治家ではないとするとーー大統領の座に近づいた人物として位置づけられる。

Steele によれば、「挑戦型」と「取り引き型」は表裏の関係にあり、どちらも個人としての自分自身の考えを覆い隠す仮面だという。「挑戦型」は企業や団体に自分たちの主張を受け入れさせることには(トップさえ説得すればトップダウンで変革可能なので)有効だが、社会全般から大きな支持を得ることはなく、アル・シャープトンやキャロル・モーズリー・ブラウンが大統領選挙に出た時にもごく一部の支持(というより、ほぼ黒人だけの支持)しか得られなかった。一方「取り引き型」は白人社会に受け入れられ人気を得ることがあるのだけれど、代償として政治的な意見を言うことがタブーになり、あたりさわりのない発言しかできなくなる。そのような2つの仮面のあいだで黒人は個人としてのあり方を否定され、引き裂かれているというのが Steele の考えだ。

面白い例が、コメディアンのビル・コズビーだ。かれは1980年代には「取り引き型」の代表的存在として、黒人家庭を舞台にしていながら白人視聴者が安心して観られるテレビ番組を作って人気を獲得し、ありとあらゆる商品のコマーシャルに登場するほど成功したが、歳をとるとともに自分の意見を言うようになり、疎ましがられるようになった。いまでもテレビで活躍しているけれども、かつての人気には遠く及ばない。逆に言えば、人気と収入の急落と引き換えに、コズビーはついに自分の声を取り戻したとも言える。

Steele はオバマの才能と可能性を認めつつ、かれが「取り引き型」の仮面をかぶることによって自分の声を失っているのではないかと指摘する。たしかにオバマのスピーチは感動的で人々を勇気づけるが、中身のない薄っぺらい希望を語っているだけだという批判も根強い。オバマは「取り引き型」の仮面を裏切らないように決して演説で人種差別問題を強く訴えるようなことはしないけれども、それを訴えないことによって逆説的に白人有権者の多くが持っている人種差別問題に関するある欲望に応えることで支持を広げている。それは、忌まわしい人種差別の歴史を過去のものとして葬り去りたい、もう現在のアメリカでは人種差別なんて起きない国なんだと信じたいという、現実逃避の欲求だ。

Steele の考えでは、オバマ・ブームはそういう欲求の発露として解釈されるべきであり、それ自体が逆に人種差別がいまだに健在であることーーオバマが仮面をかぶらなければいけなかったのは、そういうことだーーをはっきりと指し示している。しかし、長い選挙が進みいざ大統領の座に近づけば、「ところでオバマって本当は何を考えているんだ?」という疑問を有権者が抱くのは避けられないと Steele は予想する。そうなった時、仮面に固執したとしてもそれをはぎとって自分の声を挙げたとしても、オバマの人気が下落することは避けられないだろうとかれは言うのだ。

その徴候は既にある。バラック・オバマの妻でオバマが当選すれば大統領夫人となるミシェル・オバマの応援演説を何度かテレビで観たのだが、わたし個人としては夫よりミシェル・オバマの演説の方がずっと共感できる。それは彼女が夫のように希望ばかりふりまくのではなく、普通の人々の生活の苦しさや不安を訴える内容を語るからだ。と同時に、そのジョン・エドワーズばりにポピュリスト的なところが弱点にもなるんじゃないかなぁと思っていたら、早速「失言」があったとして FOX News など保守系メディアに叩かれていた。

彼女の「失言」というのは、オバマが支持を広げていることに関して先週「大人になってからはじめて、わたしはこの国を誇りに思えた」と発言したことで、自分の夫が大統領選挙に出るまで自国を誇りに思っていなかったのだとしたら彼女は愛国心が足りないのではないか、と叩かれている。たしかに大統領候補夫人の発言としては不適切だったかもしれないけれども、この国に誇りを感じられない、という感覚は、多くの非白人や貧困層の人々が感じていることだ。その意味では彼女の発言はまったく不思議でもなんでもないのだけれども、そういう本音を出すのは政治的に危険だということが分かる。

Steele は「なぜオバマは勝てないか」という内容の本を出していながら、オバマが勝つ可能性もあることは認めている。その可能性とは、白人たちの持つ「人種差別を過去のものとして葬り去りたい」という欲求がかれの予想以上に大きければ、それがオバマ本人の声を聞きたい、オバマの本心を知りたいという欲求を飲み込んで薄っぺらな希望だけで当選できてしまうことも考えられるということだ。しかし残念ながら、仮に当選できたとしても仮面をかぶったまま大統領の職務を果たすことはできないから、いずれオバマは自分の声を見つけなければいけないだろう。そして黒人政治家たちがみな仮面をかぶるのではなく個人としての声を挙げることができるようになってはじめて、人種差別を過去のものとすることができるだろう、とかれは主張する。

新世代の代表のように言われているオバマだが、もしかするとかれは旧世代の最後の幕を引く政治家になるのかもしれない。 Steele は注目すべきポスト・オバマの黒人政治家として共和党のマイケル・スティール(Steele とは血縁関係なしーーメリーランド州元副知事、2006年上院選に出て落選、現在は政治コメンテータだが大統領選ではジョン・マケインの副大統領候補にも浮上中)、民主党のハロルド・フォード(テネシー州選出の元下院議員、2006年上院選に出て落選、現在民主党内中道派グループ会長)を挙げていたけれども、わたしはこれにマサチューセッツ州のデュバル・パトリック知事を加えたい。(欲を言えばミシェル・オバマも加えたいところだけど、それは我慢しておく。)

いずれにしても、黒人政治家であるオバマが多くの白人有権者の支持を集めたことで「人種差別は過去のものになった」とか「人種差別問題はほとんど解消している」などという楽観的なことは言えないようだ。むしろ2年前に当選したばかりの新人議員が突如として大統領候補に浮上していること自体が不自然で、その裏には人種差別問題を過去のものとして葬り去りたい、いま解決しなければいけない問題として認めたくない、という現実逃避的な欲求がある、という指摘は正しいと思う。

そのうえで、Steele があくまで黒人政治家が「自分の声を挙げること」ばかり推奨しているように見える点は、それを不可能にしている社会状況の存在を考えると責任の転嫁(差別問題を解決する責任は多数派にあるはずで、少数派の努力によって乗り越えろというのは責任転嫁になる)につながりかねないように見える。しかしかれ自身だって、保守系シンクタンクの研究員として周囲の白人たちの機嫌を徹底的に損ねるわけにはいかない、ある程度仮面をかぶっていなければいけない立場に置かれていることは容易に想像できるわけで、かれに向かって「仮面を取れ、声を挙げろ」とわたしが言うのもまたおかしいか。むしろ、保守派論客である Steele がここまでオバマ・ブームの背後に見え隠れする白人リベラル層の人種差別的な欺瞞をきちんと指摘したことは、それ自体貴重であるように思えた。

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2 Responses - “黒人保守論客シェルビー・スティールが語る「それでもオバマが勝てない理由」”

  1. 匿名 Says:

    Obamaが自らの黒人性(というのも変な言い方ですが)をはっきり示していないのも気になります。アメリカ人の中にはObamaは黒人ではない、と思っている人もいるようですが・・・

    Pew/NPR Poll(だったかな)によれば白人・黒人・ヒスパニック全てにおいて、「黒人自身の問題」説派が増えているのも、やはりアメリカにはもはや差別が存在する「はず」が無いという思いの現われでしょうか。

  2. macska Says:

    こんにちは、ゲストさん。このブログのみで使用する名前でも構わないので、次からは何かペンネームなりハンドルを名乗っていただけると嬉しいです。

    Pew/NPR Poll(だったかな)によれば白人・黒人・ヒスパニック全てにおいて、「黒人自身の問題」説派が増えているのも、やはりアメリカにはもはや差別が存在する「はず」が無いという思いの現われでしょうか。

    調査報告書は、こちらですね。
    http://pewresearch.org/pubs/634/black-public-opinion

    PDFファイルを読むと、33ページにはこう書いてあります。

    The survey also suggests that attitudes about what is more to blame for the failure of many blacks to advance appear to be strongly related to perceptions of discrimination against blacks.

    For example, about four-in-ten blacks (37%) who believe African Americans are often discriminated against when applying for jobs also say discrimination is the main reason why some blacks don’t get ahead. But among blacks who say employment discrimination is relatively infrequent, only 15% believe bias is the major obstacle for black advancement.

    A similar pattern is apparent among whites. About a third (34%) of whites who believe job discrimination against blacks is common say discrimination is mainly to blame for the fact that many blacks fail to advance. This view is held by just 11% of whites who say this form of racial bias is uncommon. Similarly, four-in-ten Hispanics who say blacks frequently are discriminated against when seeking work say discrimination is to blame for lack of black advancement, roughly double the proportion of Hispanics (19%) who say anti-black bias in employment is rare.

    まぁ当たり前の指摘ですが、人種差別なんてほとんどないと信じている人は、多くの黒人が社会的に成功できない理由を差別の存在ではなく個人の責任であると考えがちであり、人種差別が広範に存在すると信じている人は、逆に差別を理由として挙げる傾向が強いようです。繰り返しますが当たり前の話。

    わたしの考えですが、ある特定の個人の状況についてであれば個人的な責任をあれこれ言うことにも意味があるかもしれませんが、大きな社会集団についての議論で「制度的な問題か、それとも個人の問題か」を議論することにはあまり意味を見出しません。というのも、仮に黒人が白人に比べて真面目に勉強・労働しないという事実があったとしたら、かれらが努力しなくなった理由もまた制度的な問題に求めることが理論上可能だからです。その一例を次のエントリにおいて「負のインセンティヴ・スパイラル」として解説しています。

    個人にはいろいろ得意不得意や資質の差がありますし、集団間にも平均的な差異はあるでしょう。でもわたしは、「真面目に努力すれば報われる」ようなインセンティヴ・システムがきちんと整備されている限り、程度の差こそあれ大部分の人はそれなりに社会の中に居場所を見つけることができると考えています。差別はそれ自体が差別を受ける人たちに被害をもたらすだけでなく、努力してもどうせ報われないのだからコストを払って努力するのは無駄だという考え方を植え付け、インセンティヴ・システムを破壊します。そして、特定の集団が大挙して努力は無駄だと思えば、それを根拠として差別はさらに広範化します。それが「負のインセンティヴ・スパイラル」です。

    つまり、「個人の問題」と「制度の問題」は切り離されているのではなく、両者がお互いの前提を供給し強化しあう関係を結ぶことによって悪循環を起こすことがあり得るわけです。もし仮に「個人の問題」が原因の一部であるとするなら、それはインセンティヴ・システムが破綻していることを意味しているので、個人を責めて済ませるわけにはいきません(もちろん、個別のケースについてであれば、本人の怠慢を責めるべき場合はあるでしょうが、ここでは集団単位の話をしています)。なんらかの制度的介入によって「努力すれば報われる」仕組みを作り直す必要があります。もちろん、Pew の調査は人々の人種意識を調べる意図で、わざとこのような乱暴な設問にしたのでしょうけどね。

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