経済学本ブームを生んだ『ヤバい経済学』類書ガイド

2007年10月31日 - 6:38 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

数年前にレヴィット&ダブナー『ヤバい経済学』が出版されて以来、経済学界隈ではちょっとした類書出版ブームが起きている。それぞれ、日常のちょっとした疑問に応えてくれたり、一般常識を覆すような指摘があったりと、なかなか面白い。というわけで、今回のエントリはそれら類書や便乗書をまとめて紹介&比較。と言いつつ、実は「『ヤバい経済学』読んでも経済学の勉強にはなりません!」と訴えるエントリかもしれない。
比較のポイントとして、「経済学の基礎を理解できるかどうか」(Y軸)「主張や論法に意外性があるか」(X軸)という二つの軸を選んだ。これは、ここに挙げた五冊はどれも読み物として面白く書けている本なのだけれど、経済学の基礎をどれだけきちんと解説しているかという点でかなりのバラつきがあったのに加え、方向性として「日常のちょっとした疑問に応えてくれる」タイプと「一般常識を覆す」タイプの二つのパターンが見られたから。それらの軸を使い、わたしの主観による判断で分類したのが以下の図。
Graph 1
スティーブン・レヴィット&スティーブン・ダブナー『ヤバい経済学 悪ガキ教授が世の裏側を探検する』は、ブームの発端となった本であり、各国でものすごい部数売れている。たしかに取り上げられた話題や主張の斬新さには目を見晴らされるのだけれど、経済学の話として読むとインセンティブがどうのという点しか見当たらない。経済学の方法を使うとこんなに分かると言われても、それは経済学ではなくて普通にどんな学問でも使う統計手法じゃないかと感じてしまう。類書の中でももっとも経済学的な内容の薄い本であり、それが実はベストセラーになった要因ではないかとすら思える。
タイトルからして『ヤバい経済学』と対照的なのが、ティム・ハーフォード『まっとうな経済学』。コーヒー店やスーパーマーケットの商法といった身近な話題で読者を引き込みつつ、読み終わる頃には世の中の事柄に関する経済学的な視点を理解できるようになる良書。特に政治的に左寄りの読者にとっては、善意の行動や政策が必ずしも良い結果をもたらさないことを説き、むしろ市場原理に委ねることが問題解決に繋がるという著者の主張には納得がいかない面もあるだろうけど、だからこそ自由市場論者の論理を理解するためにも読んでおくべき。ていうか、結論に同意しなくていいから、左派系の人がみんな「一般的な経済学ではこう考えるんだ」ということを理解してくれたら助かるんだけどなー。内容はかなり正統派なので、邦訳タイトルが『ヤバい経済学』に便乗しているようなイメージを出しているとしたら残念。
わたしの選んだ軸を基準に考えて『ヤバい経済学』に最も近い位置にあるのが、Tyler Cowen『Discover Your Inner Economist: Use Incentives to Fall in Love, Survive Your Next Meeting, and Motivate Your Dentist』。サブタイトルから分かる通りこちらも『ヤバい経済学』と同じくインセンティブの概念だけで引っ張ったような内容だけれど、『ヤバい経済学』が「日本の相撲における八百長」とか「妊娠中絶合法化と犯罪率の関係」といった突拍子もないトピックを分析するのに対し、こちらは日常的な問題について適格なアドバイスを提示することに徹している。わたしは著者のブログ Marginal Revolution を愛読していて本書にも期待していたのだけれど、わたしが予想したよりもずっと入門者向けだった。
日常的な問題を扱いつつ、意外性よりも「なるほど!」という納得感を与えてくれるのが、Robert Frank『The Economic Naturalist: In Search of Explanations for Everyday Enigmas』(タイトル読めないけど、上の図の中にある緑色の表紙の本)。この本では学生らが思いついたふとした日常的な疑問の数々に、それぞれ1ページから2ページ程度の分量で経済学の理論を通して分かりやすい説明がつけられている。一つ一つの解説が短いので読みやすく、読んでいるうちに経済学的な思考方法がだんだん分かるようになるのが素晴らしい。いや個々の「説明」にはちょっと疑問もあるんだけど…
最後に、独自路線を行っているのが Steven Landsburg の『More Sex is Safer Sex: The Unconventional Wisdom of Economics』。図において最も意外性の高い本としたけれど、ただひたすら常識に反するようなショッキングな主張をしようと経済学理論を振り回しているような印象もなくはない。そういう姿勢は学者としてどうなのかという点はさておき、読み物として刺激的で面白い。経済学者のあいだでも評価が分かれそうな主張が多く含まれており、ちょっと読者に経済学リテラシーを要求する感じ。てゆーか、常識を揺るがすのは結構だけど、それは読者が健全な常識のある人であってこその話。
さて、『ヤバい経済学』類書ブームはそろそろ終わりじゃないかと思うのだけれど、関連本という意味では来年初頭に注目の新刊が二冊出る。一冊目は、『まっとうな経済学』著者ティム・ハーフォードの最新作『The Logic of Life: The Rational Economics of an IrrationalWorld』。紹介文によると、非合理的に見えるさまざまな現象に合理的な説明を付ける内容だという。そしてもう一冊は経済学の本ではないのだけれども、『ヤバい経済学』に登場した社会学者 Sudhir Venkatesh による『Gang Leader for a Day: A Rogue Sociologist Takes To the Streets』。院生時代にシカゴの黒人ギャングを密着研究したことからスラム問題の専門家になった著者が、ギャンググループの実態について書いた一般書、いわば『ヤバい社会学』といった内容らしい。どちらも期待したい。

2 Responses - “経済学本ブームを生んだ『ヤバい経済学』類書ガイド”

  1. 望月衛 Says:

    こんにちは。「ヴェンカテッシュの一日組長」、来年中には出したいと思っております。とてもいいですよ。ヤバ経が「普通にどんな学問でも使う統計手法」であるという意味では、マスコミのよくやる「ルポタージュ」に見えるかもしれませんが、民俗学という社会学の流派なのだそうな。

  2. macska Says:

    訳者の方ですね。コメントどうもありがとうございます。
    ヴェンカテッシュの本も楽しみにしています…ってわたしは原文で読みますが。

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