「館長雇い止め」を「バックラッシュ裁判」として闘ったことの帰結

2007年9月13日 - 1:06 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

「とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ」の非常勤館長だった三井マリ子さんが2004年に豊中市によって雇い止めされたことについての裁判で、12日判決が出た。雇い止めの不当性を訴えた原告の請求を棄却する判決。三井マリ子さんやその支援者は、彼女の雇い止めはフェミニズムに対する全国的なバックラッシュの一環であるとして、「館長雇止め・バックラッシュ裁判」としてサイトおよびブログで原告側の正当性を主張していた。
裁判の争点自体はいたってシンプルで、非常勤の館長を雇い止めしていいか悪いか。少なくとも現行法では、許されるに決まっている。だから原告勝訴ははじめからありえない話だったわけだけれど、裁判を通して社会の矛盾や問題を明らかにし、それによって世論を喚起して制度変革へとつなげるという運動はアリだと思う。この件だと、非正規雇用者の生活を守るためのシンボルとして、女性運動ではそこそこ有名な三井さんを担ぐというのであれば、闘う意義は十分にあった。しかし三井氏やその支持者たちは、「バックラッシュ裁判」という側面を強調することで、そうした広がりを自らほとんど放棄してしまった。
三井さんの雇い止めが当時全国で広がったバックラッシュの動きに関係しているかどうかと言われれば、もちろん関係しているだろう。そのことは「館長雇止め・バックラッシュ裁判」サイトから入手できる原告側の裁判文書ににおいても論述されている。でもわたしには、この件を「バックラッシュ裁判」として闘うことがそうした流れにどう対抗することになったのか分からない。雇い止めの背景にバックラッシュの政治的意図があったかなかったかは裁判の争点とは関係ないし。
こうした闘争方針が取られたのは、三井氏が大多数の非正規労働者とは異なり「館長」という管理職だったことも無関係ではないかもしれない。しかし同時に、「館長雇止め・バックラッシュ裁判」の中心的な支援者たちに、非正規雇用された労働者が抱える困難を切実に感じている人が少なかったのではないだろうか。女性学の学者らを別にすると、草の根における日本の女性運動は主婦の地位にある人たちが中心となって支えていると聞く。
判決を受けて「館長雇止め・バックラッシュ裁判を支援する会」のブログでは、さっそく三井氏や支持者らの抗議の声が掲載されている。三井さんが「理不尽に首を切られた」というのは事実だと思うし(ただし、理不尽なことが必ずしも違法なわけではない)、原告本人がこれを「不当判決」だと感じるのは当たり前なので良い。けれど、支援者の人たちが「裁判長がバックラッシュに屈した」だとか「行政に批判的な判決を書く勇気が裁判長になかったので真実から逃げた」みたいに妄想を膨らませているのはカルトのようで気色悪い。
運動団体が「カルトのよう」になる一因には、集団分極化 group polarization と呼ばれるプロセス、すなわち似たような考えの人が集まって話をしていると、そうしない場合に比べてより強くその考えを抱くようになるという心理学的な現象がある。わたし自身も経験があるけれど、そうした小集団の内部では自分たちの考え方に都合のいい情報は多く流通し、都合の悪い情報はほとんど流されないか「これは酷い」と言いたいがために脚色されて紹介される。また、世間ではあまり好意的に受け入れられないような過激な意見であっても、集団内においてより過激な発言がもてはやされるので、全員の認識がそちらの方向に流れていく。「支援する会」は仲間うちでメーリングリストを作って意見交換していたそうだ。
もちろん、多くの社会運動は、その時の世間では好意的に受け入れられない意見を、確信を持った小集団が「過激に」主張することで広がってきた歴史があるのだから、社会運動にとって集団分極化は必ずしも悪いことではない。けれど、女性運動はもはやそういう段階ではないだろうし、ブログを開いて広く世間一般に訴えようというのであれば、会員制メーリングリストのような小集団でのコミュニケーションが何を生み出すかについて自覚的であってほしかった(ブログもコメント欄ないし)。
自覚的というなら、三井氏が非常勤といっても館長という管理職であったことにより自覚的であってほしかったし、さらに言うなら非正規労働者の問題を切実に感じていなかった人たちにもそれを自覚してほしかった。そうして女性運動の外側に支持を広げて、それでも敗訴したら(するだろう)、そのとき「現行法は非正規労働者の生活を守らない、立法で救済せよ」という主張に重みを持たせることができたと思う。でもあのブログを見る限り、単なる三井さんのファンクラブ状態のようであり、そこまで期待するのは酷だったのかもしれない。
おわり。

13 Responses - “「館長雇い止め」を「バックラッシュ裁判」として闘ったことの帰結”

  1. Josef Says:

    非正規労働には主婦が多いわけですが、一定の生活基盤のある主婦の非正規労働者にとって外で働くことは衣食住の確保よりも「社会参加」や「やりがい」のような精神的な意味の方が強いでしょう。それが悪いとは言わないけれど、「非正規雇用された労働者が抱える困難を切実に感じている人が少なかったのではないだろうか」というmacskaさんの推測は当たっていると思います。というか、仮にそうでなかったとしても、「館長雇い止め」の不当性を訴えることに現今の非正規雇用問題をリンクさせるのは無理筋な気がします。世論喚起しようにも「関係ないじゃん」で終わってしまいそうな気が。
    それはそうと「とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ」。すてっぷ…。こういうセンスはもうよそうよって声は出ないのかな?

  2. macska Says:

    Josefさん:

    というか、仮にそうでなかったとしても、「館長雇い止め」の不当性を訴えることに現今の非正規雇用問題をリンクさせるのは無理筋な気がします。

    「館長雇い止め」の不当性を訴えることに非正規雇用問題をリンクするんじゃなくて、非正規雇用問題を訴えるために「館長雇い止め」裁判をリンクさせてほしかったのです。館長だけの雇い止めなら、そんなのどうでもいい(というのは言い過ぎだけど)。

    それはそうと「とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ」。すてっぷ…。こういうセンスはもうよそうよって声は出ないのかな?

    出てますけどね。
    http://diary.jp.aol.com/mywny3frv/280.html
    目指すは「男女共同参画センター・デビューボ」!

  3. Josef Says:

    >非正規雇用問題を訴えるために「館長雇い止め」裁判をリンクさせてほしかったのです。
    どっちにしても無理筋だと思いますけど。
    非正規といったって中身は千差万別。昨今問題になっている非正規とこの「館長」問題とは全然性格が違う。macskaさんだってうまくリンクさせる自信ないでしょ?
    >>すてっぷ…。こういうセンスはもうよそうよって声は出ないのかな?
    >出てますけどね。
    なるほど、私が言うのは「ひらがな」の方ですけど、変なカタカナも多いですね。
    もうかれこれ20年も前にエッセイストの中野翠が女性団体系の名称にやたら平仮名が使われることへの気色悪さを書いてましたが、お役所の方も「堅い」というイメージを払拭しようとしているのかどうなのか、80年代くらいからアホみたいに平仮名を使うようになってきました。「ふれあいひろば」とか。
    べるさいゆの薔薇世代のオバサン趣味とそれを馬鹿にしつつ迎合しようとするすけべオヤジ(女子供はこういうのが好きだろ、みたいな)とが仲良く手をつないでいるような気持ち悪さです。

  4. makiko Says:

    詳述は避けますが、ごく近隣の住民として、間接的ながら三井さんの事件に影響を受けた者として。
    なのに危機感が薄いのではないかと言われそうですが、私はやはり三井さんの立場が管理職だったというのは看過できないと思う。
    もし逆に、女性は女性だけど物凄く同性愛嫌悪があって、トランス嫌悪がある人が館長で、いつまでも留任しつづけたらということも考えたら。
    あくまで管理職や、プログラムディレクターのような専門職に限って、任期制を設けて新陳代謝を行う、それによって偏りをなくす制度自体は悪いとは思いませんね。
    問題は、この事件の当事者に、男女共同参画センターの運営について、どういう制度が公正で望ましいか、運営があらぬ方向に行ったとき、どう市民の声を反映するかを制度的に担保するかを提示する視点がなくて、単に三井さん個人を守るという視点に終始していることだと思う。
    確かにバックラッシュの影響があったことは複数の筋から私も耳にして、私自身も実害を被ったのですけど、単にバックラッシュ=悪、三井さん=善という勧善懲悪の物語には、私は共感できませんでした。

  5. 広島瀬戸内新聞ニュース(主筆・さとうしゅういち) Says:

    macskaさんブログエントリ「館長雇い止め」を「バックラッ…
    「館長雇い止め」を「バックラッシュ裁判」として闘ったことの帰結
    http://macska.org/article/200
    で,裁判への批判をいただいているので,コ (more…)

  6. ジェンダーとメディア・ブログ Says:

    macska ブログを読んで…
    macska dot orgブログで「「館長雇い止め」を「バックラッシュ裁判」として闘ったことの帰結」という記事が書かれている。わたしはかつて三井さんが議員だった時に (more…)

  7. discour Says:

    このエントリーについて自分のブログで記事を書きました。トラバをしたのですが、反映されていないようです。何か方法はありますか。

  8. ふぇみにすとの論考 Says:

    [フェミニズム][労働問題] macska dot orgエ…
    macska dot orgのエントリに端を発し、ファイトバックの会についての議論が起きている。 私はこの会の呼びかけ人であり、支援を続け、意見書も出している。会の内 (more…)

  9. yamtom Says:

    私もトラバしたんですが、反映されてないようです。

  10. macska Says:

    すみません、みなさま。トラックバックが表示されないようになっていました。
    早速復帰させました。

  11. カミクズヒロイ /root Says:

    館長雇い止め裁判「不当判決」からのあれこれ…
    「館長雇い止め・バックラッシュ裁判」で原告敗訴の判決が9月12日に出たのを受けて、macska さんが書いた論評から議論が続いています。話は裁判からファイトバックの会や (more…)

  12. たんぽぽのなみだ~運営日誌 Says:

    市民団体の宿命?…
    すこし前のことで恐縮ですが、おなじみ(?)『macska dot org』で、 市民団体のおちいりやすい状況についての、エントリがあります。 「「館長雇い止め」を「バッ (more…)

  13. 革命21事務局 Says:

    はじめまして。
     貴ブログへの突然の書き込みの非礼をお許しください。「運動型新党・革命21」準備会の事務局です。
     このこの度、私たちは「運動型新党・革命21」の準備会をスタートさせました。
     この目的は、アメリカを中心とする世界の戦争と経済崩壊、そして日本の自公政権による軍事強化政策と福祉・労働者切り捨て・人権抑圧政策などに抗し、新しい政治潮流・集団を創りだしたいと願ってのことです。私たちは、この数十年の左翼間対立の原因を検証し「運動型新党」を多様な意見・異論が共存し、さまざまなグループ・政治集団が協同できるネットワーク型の「運動型の党」として推進していきたく思っています。
    (既存の中央集権主義に替わる民主自治制を組織原理とする運動型党[構成員主権・民主自治制・ラジカル民主主義・公開制]の4原則の組織原理。)
     この呼びかけは、日本の労働運動の再興・再建を願う、関西生コン・関西管理職ユニオンなどの労働者有志が軸に担っています。ぜひともこの歴史的試みにご賛同・ご参加いただきたく、お願いする次第です。なお「運動型新党準備会・呼びかけ」全文は、当サイトでご覧になれます。rev@com21.jp

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