性犯罪者情報公開制度が、感情的な欠落を「埋め合わせる」ことの危険

7/10/2007 - 1:00 am | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

社会学者の宮台真司さんが、アンドリュー・ラウ監督の映画『消えた天使』の解説として書いた文書をブログで公開している。映画は未公開であり当然わたしはまだ観ていないけれど、宮台氏の解説で気になったのは米国における性犯罪者情報公開制度(メーガン法、ミーガン法)についての部分。宮台氏の議論はとりあえず映画の内容とは切り離されているようだし、日本において同様の制度が導入されるのを阻止するために「ミーガン法のまとめ」サイトを作った立場から、コメントしておきたい。

性犯罪者情報公開制度の日本での導入について、宮台氏は条件付きながら現時点では反対の立場だという。かれは性犯罪者情報公開制度が要求される背景を「盗聴法・少年法重罰化・被害者参加裁判・裁判員制度」の導入と共通の「〈生活世界〉の空洞化」に求めてこう言う。

例えば盗聴法。〈生活世界〉が空洞化すれば不審者目撃が減り、靴を磨り減らす従来の捜査手法では検挙率が下がる。ならば空洞を〈システム〉が埋合せる(盗聴)しかない。例えば重罰化。〈生活世界〉が空洞化すれば社会的更生の実現力が減少し、従来の共同体的温情主義では再犯率が上がる。 …

…〈生活世界〉の空洞化への処方箋は原理的には二つしかない。〈システム〉による埋合せか〈生活世界〉の機能的再構築(昔に戻せない分を等価物で置き換えたもの)かだ。私の主張は「短期的には〈システム〉で埋合せ、長期的には〈生活世界〉を再構築せよ」だ。

すなわち、濃厚な〈生活世界〉を背景として過去であれば可能だった(可能に思えた)「社会的制裁&社会的承認を通じた更正」が今では困難になりつつあるので、その埋め合わせとしてメーガン法のようなものが求められつつある、という解釈だ。そのうえで、宮台氏は米国と違い日本ではまだ性犯罪者情報公開制度は時期尚早だと主張する。

この視座からするとメーガン法は米国では妥当だが日本では早急だ。ロバート・K・レスラーの研究では性犯罪累犯者は大半が白人男性で、8割が中流以上。離婚再婚の高頻度を背景とした性虐待被害者が長じて社会的失敗者となったケースが目立つ。いかにも米国的だ。

日本では離婚率が極端に低い分、養父母等の性的虐待は少ないが、代わりに母親による抱え込みで社会的スキルを失うひきこもりが目立つ。家族病理の違いゆえに、性犯罪累犯者が少ない分ひきこもりが多いのだ。だが女性の就業困難が除かれ、世間体を支える近隣社会が空洞化すれば、離婚再婚率が上昇し、性的虐待の増加で性犯罪累犯者が増えるかも知れない。

ここで宮台氏は FBI 元心理分析官のロバート・K・レスラーを引用しているけれども、レスラーは一般的な意味での研究者ではないし、学術的な研究で知られている人物ではない。レスラーの言う「性虐待のサイクル理論」、すなわち子どもの頃性虐待の被害を受けた子どもが大人になって性犯罪を行なうという図式は、世間知のレベルでは広く共有されている認識だが、実証的にはあまりはっきりしていない。

この問題について米国議会の調査部門が 1996 年に発表した報告書では、25の既存の研究論文を参照したうえで、「調査手法上の困難から決定的な結論は出せない」としながらも、「性虐待の被害経験は、大人になってから性犯罪をおかす必要条件でも十分条件でもない」としている。実際、これらの調査によれば性犯罪者の過半数は子どもの頃に性虐待を受けたという報告をしていないし、性虐待の被害を受けた子どもの大多数は大人になって加害者になったりはしていない。第一、性犯罪の被害者の多数が女性であるのに、加害者の多数が男性であるという単純な事実一つとっても、「サイクル理論」が性犯罪を説明する主要な理論にはなり得ないことは明らか。

もちろん、性虐待被害の体験は将来加害者となる可能性を上昇させるという程度の影響なら、社会学習説から考えればあってもおかしくない(が、世代間において性虐待のサイクルが起きる場合、性虐待の経験ではなく社会階層など世代間で継承される別の要素の影響もあるので、仮に「被害を受けた子は将来加害者になる割合が高い」という数字があったとしてもそれだけでは因果論は言えない)。いずれにしても、性犯罪一般について議論するときに、ことさらこの「サイクル理論」だけを取り上げて注目する理由があるとは思えない。

さらに問題となるのは、宮台氏の言う「〈システム〉による埋合せ」の内実だ。盗聴法の例では、「靴を磨り減らす従来の捜査手法では検挙率が下がる」から、一定のルールの元で盗聴を認めることにより捜査の効率を上げるということが理論上は「埋め合わせ」になっている。でも、メーガン法はいったい何をどういう風に埋め合わせるというのだろうか。メーガン法は離婚再婚を減らすことにはならないし、家族・親族による性虐待にはまったく無力だから、仮にレスターの言う通りそういった背景が性犯罪者を生むのだとすると、メーガン法では性犯罪者を減らすことには繋がらない。

宮台氏が言わんとするのは、「どうにも更正できない性犯罪者がいる」という事実に対し、「情報を公開することでみなで監視し被害を防ぐ」ことが埋め合わせだということだろうけれども、それで本当に被害は防げるのか。以前作ったまとめサイトで紹介している通り、少なくとも個人情報を公開された人の再犯率を減らす効果はメーガン法にはほぼ認められない。従って、いかに「更正できない性犯罪者」が増えていようと、メーガン法のようなものでは「〈システム〉による埋合せ」として無効、あるいはまったく不十分だ。そして、その弊害はまとめサイトで紹介した通り。「加害者の更正が妨げられる」だけで済む問題ではない。

しかし現実にメーガン法が制度的に導入され、人々に歓迎されていることを考えれば、何らかの形で「埋め合わせ」として機能していることは確かだ。そしてそれはおそらく、「更正できない性犯罪者」という存在に対するモラル的な怒りと、自分や自分の家族が安全だと思いたいという希望を、感情的に埋め合わせしているということだと思う。しかし、現実に危険があるのにそこから目を背けて偽りの満足・安心を得るような「感情的埋め合わせ」は、かえって性虐待・性暴力の被害を深刻化させるのではないのか。そもそも、メーガン法的なものの前提には性犯罪者とは「社会性に欠ける、異常な性格・習性を持つ他者」だという認識があるが、こうしたフレーム自体が「性虐待の大多数は家庭内で起きる」「性暴力の大多数は知り合い同士で起きる」「加害者の大多数は普通に社会生活を送っている」という不快な事実から目を逸らす方向に機能してしまう。

もちろん、人々が宮台氏の言う「不安のポピュリズム」に流されて実際には問題を解決しない(時には悪化させてしまう)「感情的埋め合わせ」を求めることは、現代社会においてほぼ抗いようがない(わたしなりの介入はしてるけどね)。けれども、社会学者がそれを「〈システム〉による埋合せ」として肯定してしまっては困る。抗いようがないと分かりつつも、それを後追いで容認するようなことは言わないで欲しかった。まぁ宮台さんは日本の読者を想定して、「日本での導入には反対」に繋げるためにあえて「米国では妥当かもしれないが…」と言っているだけのような気もするけれど、その米国に住んでいる者としては素直に受け取れない。

最後に、宮台氏がこう言っている部分が気になる。

〈生活世界〉の空洞化への処方箋は原理的には二つしかない。〈システム〉による埋合せか〈生活世界〉の機能的再構築(昔に戻せない分を等価物で置き換えたもの)かだ。私の主張は「短期的には〈システム〉で埋合せ、長期的には〈生活世界〉を再構築せよ」だ。

ここで一応「昔に戻せない」とは書いているけれども、メーガン法的なものが求められる背景(日本の場合は将来的に)として「離婚再婚の増加」(米国)や「女性の就業困難の除去」(日本)が挙げられているのを見ると、どのように「〈生活世界〉の機能的再構築」がなされるか少し不安になる。本気で「昔に戻す」(離婚しにくくするように法改正したり、福祉の削減によって女性がケア労働のため家庭におさまらざるを得ない状況を作る)ことを主張する連中がいるわけだしね。

「子どもがいるから離婚してはいけない」だとか「母親が就業すると子どもがちゃんと育たない」だとかいうプレッシャーは現実にあるので、「性虐待や累犯性犯罪者が増えた原因」として離婚や女性の就業を挙げるのはもうちょっと慎重に書いて欲しかったというか、バカでも勘違いしないような書き方をして欲しかったな、と思う。具体的にどういう方法で再構築するのか、方向性だけでも書いてあれば良かった。これじゃまるで、女性が主婦になれば「ひきこもりの原因」で就業すれば「性虐待の原因」と、なんでも女性のせいにしているだけに見えるーー宮台氏の意図がどうであれ、現実にそう考える人がいるわけで。

One Response - “性犯罪者情報公開制度が、感情的な欠落を「埋め合わせる」ことの危険”

  1. matzmt maskee Says:

    宮台氏の意図がどうであれ、現実にそう考える人がいるわけで

    こんなことをいちいち言わなきゃいけないのって本当大変だろうなあって思います。

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