書類の性別欄をどう変えるかで悩むより先にするべきこと

2006年12月14日 - 7:34 AM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

知り合いの法学教授から、彼女が教えているロースクール(法学大学院)においてこのたびジェンダー自認及び表現 (gender identity and expression) による差別を禁止する内規が作られることになり、それに従い入学願書の性別欄をどうするかについても議論が起きているとのことで、意見を求められた。「gender identity and expression」というのは、性同一性障害の人やトランスジェンダーの人など、性自認やジェンダーのプレゼンテーションが生殖学的性別(に通常関連付けられているもの)と違う人たちの公民権を保証するためによく使われる用語で、つまりこの内規によって学生の入学審査や職員の雇用・昇進においてそういった人たちを不平等に扱かわないということになる。
それは良いとして、問題となっている入学願書の性別欄だが、現状は「男性」と「女性」の2つの選択肢があって、そのどちらかを選択するようになっている。そしてこのロースクールの関係者たちは、これら2つの選択肢だけでは不十分なことは認識しており、トランスジェンダーの人たちを不快にしないために新たな選択肢を加えたいのだが、どのような選択肢ならば良いのか、というのが質問だった。
さらにかれらは、ここで第三の選択肢として「その他」を加えることは、まるで「男性」と「女性」だけが正常であると決めつけているようであり、またそれ以外は何でもまとめて1つのカテゴリに押し込むことになるわけだから、トランスジェンダーの人たちにとって不快であろうということも理解している。そこまでは分かるけれども、ではどのような選択肢を加えれば良いのか分からない、というのだ。
これに近い実話は、今年のはじめにひびのまことさんが自身のブログで紹介している。簡単にまとめると、リバティ大阪(大阪人権博物館)内の「性的少数者」に関する展示に関連したアンケートに答えようとしたところ、いきなり「男」「女」「性的少数者」のなかから性別を選択するよう促された(コンピュータによるアンケートであり、設問を飛ばすオプションすら用意されていなかった)らしい。(いまはどうなってるんでしょうか、誰か知りませんか?)
この場合、「性的少数者」という選択肢の問題点を指摘するのは容易い。「性的少数者」といってもその多くは自らを「男」もしくは「女」とみなしており、この3つの選択肢の中から1つだけを選べということは、「男(もしくは女)としての自分」か「性的少数者としての自分」のどちらかを選べということになってしまう。ひびのさんもこう書いている。

「男・女・性的少数派」という選択肢は、一見、性的少数者を尊重しているように見えるかもしれません。しかし実は、この考え方は、MtFやFtMといった「典型的ではない男/女」を「男/女」の枠組みから排除したうえで、「男」「女」とは別の新しい枠組みに閉じこめる事を意味します。性的少数者は、本人がいくら自分のことを「男」「女」だと自認していても、「男」「女」として扱わなくてもいい、というメッセージにもなってしまいます。

しかしもちろん、問題は「男・女・性的少数派」という選択肢が現実を反映していないことだけにあるわけではない。少なくともこのリバティ大阪のケースでは、何のために性別を尋ねているのか明らかにされないまま、「答えない」という選択肢を与えず回答を強要している、という点がより深刻だ。たしかに一般の人にとっては「性別くらいいいじゃんか」と感じられるかもしれないが、非典型的な性自認を持つ人たちを含む「性的少数者」の人権を訴える展示にしては、こうした設問がかれらにとってどれだけ苦痛に感じられる場合があるかということに無頓着すぎる。ひびのさんいわく、

もしどうしても性別情報が欲しいのなら、まずその理由を示すべきです。またこのアンケートくらいでは、せめて性別の回答は任意とすべきでしょう。まずアンケート自体に回答させて、そのあと任意で性別などの情報の回答を「お願いする」というくらいが妥当なのではないでしょうか。

これはまったくその通り。そこで、ロースクールからの相談に答えるまえに、まずどうしてかれらが志願者の性別を知ろうとしているのかという点から考えてみると、統計情報を取るためと、アファーマティヴアクションを実施するためという2つしか理由が考えられない。仮に統計情報を取るためだとすると、どうして統計を取るのかさらに理由をさかのぼることができるが、その答えは究極的にはやはりアファーマティヴアクションーーここでは、入学審査の面だけでなく、大学に入ってからの支援体制などを含めた広い意味でのそれだがーーの必要性を調べるためということになるだろう。
このロースクールはたまたま私立であり、先日説明した通り私立大学が入学審査において性差別を行なうことは厳密には禁止されていない。ということは、おそらく志願者に性別開示を強要しても違法にはならないのだろうけれども、特に理由がなければ(その大学が男子校もしくは女子校だから、みたいな)やはり性別欄は理由を説明したうえで回答は任意にするべきだろう。
しかし疑問なのだが、かれらは性別欄に「男性」「女性」に次ぐ第三の選択肢を用意することで、本当にその「第三の選択肢を選んだ人」についての統計を集計し、その人たちが学内で不利な扱いを受けているかどうか監視しようとか、アファーマティヴアクションを実施しようと考えているのだろうか? だとすると、「男性」「女性」を自認するトランスジェンダーや性同一性障害の人たちを排除し、「男性・女性以外の選択肢を選ぶトランスジェンダーや性同一性障害の人たち」だけについて統計を取る合理的な理由は何かあるのだろうか? あるわけがない。
もしかれらが本気でトランスジェンダーや性同一性障害の人たちの統計を取るつもりならーーつまり、そうするだけの合理的な理由があると思うならーー、性別欄に加えて「ジェンダー適合度欄」のようなものを設けて回答を「お願い」する必要がある。しかしかれらはそんなことを望まないだろうし、入学志願者だってそんなことまで入学願書で質問されたいとは思わないはず。大学側が性別欄で集めたい数字は男性と女性の比率であって、仮に第三項を選択した人がいれば、それは「例外」としてデータから切り捨てられるに決まっている。
わたしが思うに、性別欄についてあれこれ議論しているロースクールの担当者たちは、それを必要とする合理的な理由があって「第三の選択肢」を設けようとしているのではないだろう。かれらは、ただ単に「男性」「女性」だけを選択肢として提示することが、ジェンダーにおける少数派の人たちを不快にさせないかと気にしているだけだ。いや、かれらを不快にさせることで、自分たちが「配慮のない、無神経なひとたち」と見られることが嫌なのだろう。これは例えば、制度的な人種差別構造に抵抗するために何かをしようとするよりも、「自分が差別主義者とみなされることを恐れる」ために「相手を黒人と呼ぶべきか、アフリカ系アメリカ人と呼ぶべきか」といった表面的なことばかり気にする一部リベラル白人の言動と似ている。
問題はそんなことじゃないはずだ。必要なのは、「gender identity and expression」による差別を容認しないという姿勢を強く打ち出すことであり、差別禁止条項からさらに一歩進んで「あらゆる人のジェンダーに関する自己規定を尊重する」ことを規則として確立することであるはず。それをきちんとアピールしたうえで、「性別欄の記入は任意です」と書かれた下に「男性」「女性」「答えない、その他」という選択肢があったとしても、それほど傷つく人はいないはずだ。
もちろん厳密に言えば、「男性」「女性」「その他」という選択肢のあり方は、不適切なのよ。理想を言うなら(って、そんな設問ないのが理想かもしれないけど)「あなたの性別をお応えください」の下に空白があればそれが一番自由度が高くていいとわたしは思う。でも、リバティ大阪と違ってロースクールは具体的な目的があって統計をとっているわけで、得られたデータを意味ある形で利用することを考えればある程度の単純化や例外的回答の切り捨ては仕方がない。ジェンダーにおける少数派の学生を支援するなら、それよりもっとキャンパス生活に重大な影響がある部分に力を注いで欲しい。
# ユニセックスのトイレ設置とか、急務では。

3 Responses - “書類の性別欄をどう変えるかで悩むより先にするべきこと”

  1. *minx* [macska dot org in exile] Says:

    この程度の話でパニックを起こしてしまっては困るんですが…
     本家ブログの最新記事で、大学のキャンパスにおいて「ユニセックスのトイレ設置」が必要だ、と軽く書いたところ、こんな反応が。 で、大学には男性トイレとか、女性トイレでは (more…)

  2. ひびの まこと Says:

    公共空間に「ユニセックスのトイレ」があると、とっても助かるなぁ〜
    まったく。マジです。

  3. Says:

    性同一性障害者がみなジェンダーフリーでないことをご考慮ください。
    性別欄は従来どおり、男 ・ 女 で良いと思いますけど。
    答えたくない人は空欄にすればいいし、MTFで「私は絶対に女よっ!」と
    思う人は女に○をすれば済むことじゃないですか。
    こういう議論は愚論と言えるほど馬鹿馬鹿しいという感想を持ちました。

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