B・トンプソン「Mothering Without A Compass」

2004年6月15日 - 7:04 AM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

Becky Thompson著「Mothering Without A Compass: White Mother’s Love, Black Son’s Courage」を読む。著者のトンプソン氏は人種差別問題を専門とするボストン在住の社会学者で、わたしが個人的に尊敬する学者の1人。本書は白人のレズビアン女性であるトンプソンが黒人女性から9歳の息子(もちろん黒人)を育ててくれと託されてから1年間の個人的な経験を綴ったもの。頭の中で学問的に人種差別を理解している彼女にとっても実際に黒人の子どもを育てるとなると難しいもので、さらにレズビアンとしてその子や学校の先生らと向き合うことにも困難が待ち受ける。
結論から言うと、この本には非常に失望。これが学業的な業績を認めている著者でなければ最後まで読み通すことすらなかったと思う。著者には、ところどころで「ここでは自分は(子どもの生みの親には開かれていない)白人&中流階級としての特権を利用しているのだ」という分析はある。例えば、予算も少なくレベルの低い「まるで刑務所のような」公立校ではなく延び延びと学ぶことができる私立校に子どもを入れる場面では(しかも応募の時期はとっくに過ぎているのに、大学教授としての立場を利用してコネで入学させている)、それが自分の人種的・経済的地位を利用したものであると書いている。ところが、そうした自分の行動について「それがこの子のためにとって一番だから」という理由で免罪しており、複雑な倫理的問題に切り込む様子はない。そもそも、確かに都市部の公立校は荒れているとはいえ、生徒のほとんどが黒人及びラティーノの公立校より、ほとんどが白人だらけの私立校の方が本当にその子のために一番なのか、明白ですらないというのに。
さらには、「生みの親が息子を取り返しにくるのではないか」という恐怖感にかられて、嫌がる母親を説得して正式に養育権の移譲を行っている。自分の方がその子のためにより優れた環境を提供できる、というのだが、法的な処理をすることによって、仮に実母の環境が変わったとしても、弁護士を雇ってトンプソンを訴えなければ子どもを取り返せない事になった。そもそも母親だって好き好んで子どもを手放したわけではなく、貧困のために十分に面倒が見れないから助けを求めたはずなのに、いつの間にか恒久的に子どもを譲り渡した事にされてしまっている。
社会学者であれば、「なぜ、実の母親が子どもに十分な発育環境を与えられないほど貧しいのか」「なぜ、それを自分が提供できる余裕があるのか」分析すれば分かるはず。それなのに、トンプソンがことさらに強調するのは、「母親が再婚した夫(子どもの義父)が暴力的な男であり、子どもにとって危険な家庭だから、自分のもとで育つ方が子どものためになるのだ」ということ。それを強調することで、トンプソンと母親の経済的・社会的な差異は「個人的な偶然」として片付けられてしまい、人種差別だとか階級的な差異が無視されている。でも、ドメスティック・バイオレンスから逃れられないことだって貧困と無関係じゃないし、よく読むと母親には子どもを一時的に引き取って面倒をみたいという親戚がおり、本来なら赤の他人である白人女性に預けることもないはずなのに、その親戚も貧しくて子どもを住ませる部屋がないため引き取れないらしい。結局、トンプソンがお金だけ与えればそれで解決する問題じゃないの。
もちろん、赤の他人が貧しいからといって継続的にお金を与えるなんてことは、大抵の人にはできない。わたしだってできない。例え今のわたしの無駄だらけの(そこそこ)豊かな生活が途上国の人たちの労働や環境や資源の搾取で成り立っていると分析できたとしても、じゃあ搾取された分は全部返せるかというと、わたしにはできない。せいぜい良心を誤摩化すために余裕のある範囲でちょっとだけ返すくらい。だからトンプソンが「その母親より自分の方がお金を持っているのはそもそも差別や階級のせいだから、全部与えちゃおう」って思えなくても、それは非難しない。というか、わたしには非難できない。
でも、「子どもを育てたい♪」「この子を手放したくない」という感覚が、自分のエゴでしかないという事くらいは認めなくちゃ。子どもにとって最善だから、と何でもかんでも正当化しちゃうあたりが、わたし一番気に入らないのね。本当にこどものための最善を考えるなら、その子のために支出しているお金をそのまま母親に与えて、自分の生まれた家庭で育てられた方が幸せに決まってるじゃないの。そこらの単なる里親ならそこまで文句付けないけど、この人って人種差別を専門とする社会学者でしょ?学問的な著作を読むと鋭い事たくさん書いていてファンだったんだけど、自分の話になるとこんなに脆弱だなんて、失望しちゃったな。

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