「諸君!」鼎談のジェンフリ・バッシングは相変わらず嘘だらけ

2005年11月23日 - 7:13 AM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

ちょっと前にこのブログに降臨して議論に応じてくださった小谷野敦氏が雑誌「諸君!」で仲正昌樹・八木秀次の両氏と鼎談したとの情報を掲示板の方で聞いていたのだけれど、今日そのコピーが手に入った。小谷野氏は現在「禁煙ファシズム」とやらとの対決に注力しているようだし、特にウォッチするような相手でもないと思うのだけれど、かれの11月4日付けの日記を読むとどうやらわたしとやった議論と関係ありそうな感じなので、腐れ縁と思ってコメントすることにする。
まずは扶桑社版「ブレンダと呼ばれた少年」でおかしな「解説」を書いた八木氏の発言から。

八木 「フェミニスト」といえば、「ジェンダーフリー」ですが、ジョン・コピラントというジャーナリストが書いた『ブレンダと呼ばれた少年』が扶桑社から復刊された後の朝日新聞をはじめとする一部の報道には、辟易としました。

朝日新聞の報道というのは、こちらのページで読む事ができる「『ブレンダ』の悲劇に想う」という高橋真理子・科学医療部次長による署名記事で、自説を曲げないマネー博士を批判するとともに八木秀次氏が解説でブレンダの事例を「男女共同参画に見直しを迫るものと位置づけている」ことに対して、「汲み取る教訓を間違えている」と批判するものだ。高橋氏はマネーの間違いを指摘したダイアモンド教授の「男とは、女とは、こうあるべきだといった自分の好みを他人に押し付ける権利は、何人といえども持っていない」という発言を引用しつつ、これは男女共同参画の理念と同じであり、これこそが「ブレンダと呼ばれた少年」の悲劇からわれわれが学び取るべき教訓だと主張している。
ところが八木氏はこれに何ら反論するでもなく、ただ単に「解説」でついた嘘、すなわち「フェミニズムやジェンダーフリーの運動はマネーによる双子の症例に依拠している」というデマを繰り返すだけ(このデマについてはこちら参照)。さらに、

八木 上野千鶴子東大教授ら日本のジェンダーフリー推進論者も多くこれに依拠し、「生物学的性差(セックス)」の基盤のうえに、心理学的性差、社会学的性差、文化的性差(ジェンダー)が積み上げられるという考え方を否定し、人間にとって性別とはセックスではなくジェンダーであることを、明瞭に示した」(『差異の政治学』岩波書店)などと絶賛してきました。

とも書いているけれど、これも既に指摘した通り不当な引用。「差異の政治学」には確かに引用された文章があるけれど、その文脈ではブレンダらの「双子の症例」は無関係で言及すらされていないのだから、「双子の症例」の失敗によって彼女の記述が無効になるわけがない。マネーが「人間にとって性別とはセックスではなくジェンダー」という結論に至ったのは、かれが性同一性障害の人たち(すなわち、生殖学的に一方の性でありながら、性自認がそれとは異なる性を示している人たち)を研究していた事を考えれば当たり前。フェミニズムの性役割分担批判の議論やジェンダーフリー論とは全然関係ない。
そもそも上野氏はジェンダーフリーという言葉が「『男らしさ』『女らしさ』の表層だけに焦点を当てて構造的な女性差別に触れるのをむしろ避けているようなしっくりしない感じ」がある、と言っていたように(「くらしと教育をつなぐ We」2004年11月号)、少なくとも積極的にジェンダーフリーを推進した論者ではない。文献を挙げることで一見資料に基づいた批判をしているように見せかけながら、実際のところ八木氏が本当に「差異の政治学」を読んだのかどうか疑わしくなるばかりだ。もしかするとただ単に誰かからその部分だけ読まされたのかもしれないという嫌疑は、八木氏にある意味好意的すぎるだろうか。

小谷野 ジョン・マネーの実験の失敗をいち早く指摘したミルトン・ダイアモンド(ハワイ大学教授)が、朝日新聞や東京新聞の取材に対して、「生まれつきか、育て方か一方ではなく、両方の相互作用が性を決める」といった、中途半端なコメントをしている。「大体は生まれつきで決まる」というのが正確でしょう。それに、男児として生まれて女として育った事例は他にもあります。ただ、そのような例外的な事例を根拠に、ジェンダーは曖昧なものだと主張するのが非科学的なのです。

生殖学が専門のダイアモンド氏を差し置いて、重要な文献すらわたしに教わるまで知らなかった小谷野氏がこのようなことを軽々しく断言しているけれど、そんなに簡単に言い切れる程単純な話じゃない。だいたい、「大体は生まれつきで決まる」という発言の直後に「男児として生まれて女として育った事例は他にもあります」と言うと、読者は「ブレンダに似たケースは他にもあり、大体はブレンダと同じように後に男性に戻るのだ」と解釈するのが自然だと思うのだけれど、日記の方の記述を読むと「一つか二つ、人為的にジェンダーを変更させられた事例があるからといって、ジェンダーは曖昧なものだなどとは言えない」というのが上の段落の真意のようだ。とてもそういう意味とは読み取れない。ま、だから「内幕」と称して別の場所に注釈を書いているのかもしれない。
でも、「人為的にジェンダーを変更させられた」事例は一つや二つじゃないのよ。例えば cloacal exstrophy や aphallia の症状を持って生まれた男児は遺伝子的にもホルモン的にも他の男児と全く違わないけれど、生まれつき男性器形成が正常でないために手術を施されて女児として育てられたケースが報告されているだけで少なくとも百件はあるのね。最近、そのうちのかなりの割合が大人になるまでにはブレンダと同じように男性を自認するようになっているという報告があって、人為的に遺伝子的・ホルモン的に正常な男児を女児として育ててはいけないんじゃないかという風潮が高まっているけれど、それでも男性を自認しているのは全体の40〜60%程度に過ぎない。つまり、女性として育てることに成功した例だって大量にあるわけ。
もちろん、医療としては6割も失敗するようじゃ駄目だってことになるし、もしかしたら成功とされている4割の中には本当は男性として生きたいけれど黙っている人だっているのかも知れない。でも、「大体は生まれつきで決まる」なんて軽々しく言えるほど圧倒的なデータはどこにもない。それをダイアモンド氏は知っているから、責任ある立場として「中途半端な」コメントしか言えないのね。そのこともちゃんと小谷野さんには説明したのに、理解できなかったのかな。確かに、いくら遺伝子的・ホルモン的に正常(すなわち、一般的な定義に夜「インターセックス/半陰陽」ではない)とはいえ男性器形成が正常でなかった男児がその他の男児と同じなのかという疑問はあるし、だからそういう特殊な例を対象とした研究には一定の留保を付けてもおかしくはないけれど、思い込みだけで無根拠に「大体はこうだ」と断定するほうがよっぽど非科学的だと思うな。

小谷野 「八木という日本の悪名高い“右翼”学者があなたの学説を利用している」と吹き込まれたのでしょうか。米国では『異性愛の擁護』などという本が出るくらい同性愛論者やらフェミニストやらが跋扈していて、彼らに下手に楯突くと「右翼学者」の烙印を押されるから、不安になったのかもしれません。

まず、その「異性愛の擁護」という本だけど、どこかのカウンセラーが80年代に書いた自費出版のトンデモ本なのね。自費出版は全てダメだと決めつけるつもりはないけれど、米国の社会情勢について語るのにただ1冊だけの自費出版の本の存在を示しても何の意味もないでしょ。それから、かつて「フェミニストの圧力によってマネー説の破綻が隠蔽されてきた」と言っておきながら(議論を通して考えを改めたのかもしれないけれど)、その圧力とやらをを押し退けてマネー説の破綻を暴露した第一人者のダイアモンド氏が今になってフェミニストの圧力で自説を曲げたのではないかと推測するあたり、全然一貫性がないです。第一、ダイアモンド氏は「ジェンダーフリー支持、男女混合名簿支持」を明言する論者であり、本人が自称するかどうかはともかく一般的な意味で言うところの「フェミニスト」の一人と言っても間違いないはず。小谷野さんにもその事は教えてあげたのに、どうしたのかな。
それに、もともとダイアモンド氏が日本のジェンダー論争に登場したきっかけは、世界日報の山本彰記者がやったインチキなインタビューで「上野という日本の『フェミニスト』学者がこんな事を言っているが」と嘘を伝えてダイアモンド氏の口から「反ジェンフリ派」に都合の良い返答を言わせたことでしょ。ダイアモンド氏に変な事吹き込んで日本における論争に巻き込んだのは「反ジェンフリ」陣営の方じゃないの。ま、かれはアジア通で歴史教科書問題とかも良く知ってるから、歴史修正主義者のお仲間みたいに見られたくないというのは確かだと思うけど、それは圧力を受けたとか恐れたということじゃないのね。

八木 教科書問題と同じく、ある種の勢力は都合が悪い事実が出てくると、すぐに「正義」に駆られて海外にご注進に及びますね。海の向こうから、「お前の『生物学的還元説』がジェンダーフリーを邪魔している」なんて言われれば、さぞかしダイアモンド氏にとって「寝耳に水」だったことでしょう。

だから、「日本のフェミニストはこんなおかしなことを言っている」「日本のジェンダーフリー運動はこんなに酷い」と海外のエキスパートであるダイアモンド氏にご注進して批判させようとしたのは「反ジェンフリ」の世界日報の側なのね。で、わたしはたまたま仕事上ダイアモンド氏と面識があったので、世界日報に掲載されたインタビューがかれの普段の論調と違っていた事に気付き、電話して「本当にこんな事言ったの?」って聞いただけ。自分の発言がそんな悪質な使い方をされているだなんて、そりゃダイアモンド氏にとってみれば「寝耳に水」に決まってますよ。でも、ダイアモンド氏が唱えたのはいわゆる「生物学的還元説」ではないし、かれを知る人なら誰でもかれが「ジェンダーフリー」の基本的な考え方に賛同するであろうことは分かりきっていたから、「お前の理論がジェンダーフリーを邪魔している」なんて言い方をする人はわたしの他にも誰もいなかったはず。

小谷野 それが結果的に、朝日新聞によって、ジェンダーフリー擁護にうまく利用されました。もともと五年前に無名舎という出版社から『ブレンダ』の翻訳書が出たとき、そんぽ重要性ゆえ、毎日新聞(〇〇年十一月十二日付)やや読売新聞(同年十二月十日付)などではすぐに書評が出ました。ところが朝日新聞は無視。無名舎が潰れて絶版になり、復刊したのを改めて取り上げたはいいが、八木さん批判のネタにしてしまった。非常に政治的です。

うまく利用もなにも、ダイアモンド氏はジェンダーフリー支持派なのに、まるでダイアモンド氏がジェンダーフリーを否定しているかのようにインタビューを捩じ曲げた世界日報がまず問題なんでしょ。仮に政治的な意図があったとしても、少なくとも世界日報と違って朝日新聞の記事はダイアモンド氏の真意を伝えているんだから。ブレンダの件をことさらに「ジェンダーフリー」批判のネタとして政治的に利用したのは八木氏のほうで、高橋氏の記事はそれはおかしいのではないかと疑問を呈しているだけ。それに、高橋氏はデイヴィッド・ライマー氏の自殺に至る悲劇にきちんと思いをやってそこから同様の悲劇を繰り返さないための教訓を読み取っているのに対し、八木氏の「解説」はただただライマー氏の生と死を嬉々として「フェミニズムバッシング」「ジェンダーフリーバッシング」に利用するだけのものでしょ。どっちが浅はかな政治利用かは明らかなはず。

八木 『差異の政治学』がひどいのは、〇二年刊行の時点でまだマネーの「中立説」を無批判に評価し、その二年前に出た『ブレンダ』には何の言及もないところです。

はい、またしても大嘘です。マネーの「中立説」というのを簡単にまとめると「人間は生後24ヶ月までは性自認を確立しておらず、それまでの間であれば恣意的に性別を変更することが可能である」という説であり、これは「双子の症例」の失敗によって否定されたと言われているのだけれど、「差異の政治学」ではそういった説は一切議論されていないのね。だから「中立説」を評価しているということもないし、文脈に関係ないのに唐突に「ブレンダ」について言及したらその方がおかしいでしょ。
わたしに関係した議論は、このくらいかな。あとほかにも、性教育批判だとかその他の論点はあるみたいだけど、わたしが関わってきた問題じゃないから他の人にお任せします。仲正さんの言ってることも、セクハラのあたりとかおかしいんだけど「馬鹿なフェミニストは」と一々言っているので、まぁ確かに馬鹿なフェミが存在していて馬鹿な事を言っているのは事実だし、なんだか卑怯な言い方だなと思いつつ黙っておきます。
それにしてもこの話題、いい加減にしたいな。何度議論しても既に反証された同じ嘘が繰り返されるばかりでつまらないもの。そろそろいくつかまとめページもできつつあるし、今後はそっちにまかせちゃおうかな。その前に、公表しなくちゃいけない生の資料がいくつか手元にあるんだけどね。

7 Responses - “「諸君!」鼎談のジェンフリ・バッシングは相変わらず嘘だらけ”

  1. TransNews Annex Says:

    「諸君!」鼎談のジェンフリ・バッシングは相変わらず嘘だらけ – mascka.dot.orgブログ
    「諸君!」鼎談のジェンフリ・バッシングは相変わらず嘘だらけ
    ちょっと前にこのブログに降臨して議論に応じてくださった小谷野敦氏が雑誌「諸君!」で仲正昌樹・八木秀次の両氏と鼎談したとの情報を掲示板の方で聞いていたのだけれど、今日そのコピーが手に入った。小…

  2. xanthippe Says:

    「嘘を百篇言えば真実になる」ということを信じて実践している人たちです。辛抱強く真実を訴え続けていくしかないのかな、と思います。
    ここのように、「ここを見て、あいつらの言っていることが大嘘だということが全部分かるから」というところがあると、便利でいいですね。

  3. Macska Says:

    いやー、「ここを見ろ」だったら成城トランスカレッジの「ジェンダーフリーとは」でしょう。暗にここのことを念頭に上で「そろそろいくつかまとめページもできつつあるし、今後はそっちにまかせちゃおうかな」と書いたら、chiki さんから「まかせるな」って言われてしまいました(笑) あはは。
    小谷野さんの方は本当に混乱している気がするし、間違ったことに固執している時も政治的な動機があるというよりはただ単に自分自身の発言に引っ込みがつかなくなってしまっているだけみたいな感じがあるんですが、八木さんはあれば確信犯ですよね。そうでなければ、あれほど嘘だらけのことは書けない。混乱してるとか誤解してるなんてレベルじゃないですもん。わたしたちが真実をきちんとしたソースで訴え続けるしかないということですね。

  4. SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS Says:

    [本日の気になる記事]
    継続中。 http://d.hatena.ne.jp/fenestrae/20051125 http://neshiki.typepad.jp/nekoyanagi/2005/11/post_c7d1.html 記事というか、告知というか、時すでに遅しというか。 narrenstein さん経由。http://d.hatena.ne.jp/narrenstein/20051124/p3 ア�…

  5. Apes! Not Monkeys! Says:

    『世界日報』のミルトン・ダイアモンド教授インタビュー
    macska dot org にて 『世界日報』のアンチ・ジェンフリキャンペーンの内幕

  6. こんぶダイアリー −キーワードでヒかれる俺様ブログ Says:

    [As Nature Made Him][イマドキのオトナ]「諸君!」鼎談のジェンフリ・バッシングは相変わらず嘘だらけ -ver.makinamikonburoh-
    id:makinamikonbu:20051123の「小谷野氏のキセキII」にて、牧波さんは「残念ながらまだ地球では、性自認に関して、「氏か育ちか」は証明されてないんですよね。」と申し上げました。 その後、macskaさんが“人為的にジェンダーを変更させられた」事例”をもとに、 小谷�…

  7. Albina-xa Says:

    jewish beef brisket [url=http://index1.tuffik.com]jewish beef brisket[/url]

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