「ブレンダと呼ばれた少年」が刑事ドラマのモチーフに

2005年1月20日 - 2:31 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

引き続きポップカルチャーネタ。今週のNBC「Law & Order: Special Victims Unit」で、かの「ブレンダと呼ばれた少年」の実話をモデルとしたと思われる素晴らしいエピソードがあった。「Law & Order」というのはいわゆる刑事ドラマで、そのうち Special Victims Unit と呼ばれるシリーズはニューヨーク市警察の性犯罪捜査班を舞台とした物語だ。そういえばほんの数ヶ月前にはライバル番組のCBS「CSI: Crime Scene Investigation」でトランスジェンダーについてのかなり良質のエピソード(著名なトランスジェンダー活動家をコンサルタントとして加えて製作された)があったけれど、この種の犯罪捜査ドラマでいろいろとクィアなジェンダー&セクシュアリティの問題を真面目に取り上げるようになったのは、それが商業主義と言われればそれまでだけど、良い傾向だと思う。
エピソードの焦点となるのは、「ブレンダと呼ばれた少年」と同じく男女の双子の子ども。二人は実は一卵性双生児で、女の子の方も生まれた時は男性だったのだけれど、割礼中の事故でペニスを失ったあと、手術を受けて女児として育てられることになった。しかし、物語が始まる時点ではその事は本人たちは知らない。
物語は、累犯性犯罪者として知られていた男性が高い建物から落下して死亡しているのが発見されたところからはじまる。検死したところペニスに噛んだような跡があり、また現場の状況から誰かに性行為を強要している最中にペニスを噛まれて痛さに慌てて転落したと思われた。被害者のものと思われる唾液からはDNAが検出されたが、その性染色体は男性型。捜査の末に、ある14歳の少年が被害者として特定されたが、被害を受けたと名乗り出たのは少年ではなくかれの双子の少女だった。これが「ブレンダの双子だ」という予備知識があれば何も不思議はないのだけれど、劇中の捜査官はそんな事は分からないわけで、正当防衛による落下死だったと処理するためにも本来の被害者である少年の口から事情を聞き出す必要があると粘るのだが、少年は口を割らない。双子が共謀して何か隠していると睨んだ捜査官は厳しく問いつめるけれど、そこで少女の出生届の性別が生後6ヶ月後に修正されていたことが発覚する。実は、隠し事をしていたのは親たちの方であった。
事実を突きつけられて親はこう言う。「割礼の事故だったんだ… 何かの機械が誤動作して、あの子の体を焼き切ってしまったんだ。たくさんの専門家に相談したけれど、もう一生普通の生活はできないと言われた。ロッカーで着替えをする時どれだけいじめられるか想像できるか? 将来好きになった相手の女性にどうやって説明すればいい? あの子にそんな思いをさせる事なんてできなかったんだ。」「じゃあ、性転換させた方がマシだと思ったわけ?」「他に何をすれば良かったと言うんだ。ブレア医師は、これがこの子が普通の生活をするための唯一の方法だと言ったんだ。ちゃんと女の子として育てさえすればうまく行くって約束してくれたんだ…」
そこでジョン・マネーをモデルにしたと思われるブレア医師に面会する捜査官。「棒を立てるよりは穴を掘る方が簡単だというのは、どんな外科医に聞いても同じだ。この実験がうまくいくには、手術で女の子の外見を作って、女の子として扱い、女の子として振る舞うよう導く必要があったのだ。生まれてすぐの赤ちゃんはまっさらな状態で、性自認を決定するのは生物学的な要素ではなく周囲の環境によるものなのだよ。」(「棒を立てるよりは〜」というのは、マネーではなくて別の著名な医者が実際に言った言葉で、インターセックスの手術についての医学界の考え方を象徴する表現としてよく引用されている。)
いずれにせよ真相が分かった以上、正当防衛であるという少女の証言を文書にして署名してもらおうとする捜査官と、それに同席するブレア医師。しかし少女は納得がいかない。「でも、あなたたちは双子の弟の方がやったに違いないって言っていたじゃないの。一体どうなってるのか教えて。」真実を知る事は本人のためにならないというブレア医師を振り切って、別の医師が真実を伝える。「やっぱりそうだったんだ! わたしは自分が女の子だなんて一度だって思わなかった。どうして誰も教えてくれなかったの? どうして? わたしの本当の名前は何?」 その後すぐ、少女は女性ホルモン摂取を止めて男性として生きることを決断する。
一方、少年の方に呼ばれる捜査官たち。「ブレア医師を訴えたいんだ。」ブレア医師の考え方は確かに問題があったけれど、当時の医学の知識で最善と思われることをやったのだから違法とまでは言えないと大人たちは説明するが、少年はそうではないと言う。「ブレア医師は、ぼくたちに嫌なことをやらせたんだ。大人がセックスしている写真を見せられたり、姉と一緒にセックスしているポーズをさせられたりしたんだ。」 こうした描写は、「ブレンダと呼ばれた少年」に登場するジョン・マネーの行為と同じだ。ところがブレア医師はこう言う。「それは全部、必要な医療の一部だ。かれらは、適切な性的な役割を学ぶ必要があった。少女に女性としてのあり方をプログラムする必要があったのだ。」「じゃあ、訴えの内容を否認しないのですか?」「否認どころか、わたしは今それを本に書いているところだよ。」
ところが最後には、ブレア医師は自分のオフィスで遺体となって発見される。遺体に吐きかけられた唾液と監視カメラの映像からは、大きなフードつきのジャンパーをかぶった双子のうちのどちらか一人が犯人であることが確認されたが、一卵性双生児であるために唾液からはどちらのDNAなのか確認できない。事件当日、2人は同じジャンパーを着て映画館に入り、事件の少し前にそのうち一人だけで映画館を出て行ったことが分かったけれど、少女だった方が髪を切って服装もお揃いにしてしまった今、どちらの犯行なのか分からない。困りきる捜査官たち。「完全犯罪ってとこね」「そのうち、どちらか一方が吐くでしょ」「それは有り得ない、かれらは仲が良過ぎるから…」そこで画面が暗くなり、番組終了。
物凄いエピソードだ。「ブレンダと呼ばれた少年」そのままと言えばそのままなのだけれど、ジョン・マネーによる性的な療法によって精神的トラウマが引き起こされたことをきちんと押さえていたり、真実を伝えられなかったことが一番の裏切りとして反発の理由とされているところなど、単なる「ジェンダーを巡る興味深い話」以上のものになっている。あの重たい内容の本を読んで「やっぱり性自認は環境ではなく生物学的に決定されるのだ」みたいなつまらない感想しか持てない人が多いなか、ブレンダとして育てられたデイヴィッド・ライマー氏や、真実を伝えられずに育った多くのインターセックスの人たちが経験した「痛み」をきちんと捉えている。
最後の「完全犯罪」というのはかなり疑問で、他に全く証拠がないとはちょっと思えないし、実行犯を特定せずとも共犯関係が明らかなのだから何らかの罪状には問えるのではないかと思う。それでも、実際に医師を殺害したいという怒りの声を多くのインターセックスの人から聞いたことのあるわたしとしては、ああいう形でテレビの中で復讐がなされたことにカタルシスを感じたのは確かだ。ああいった「療法」を今でもやっている医師には、是非この番組を見せて「こういう感情を抱いている人は現実にもたくさんいるんだぞ」って言い聞かせてやりたいくらいだ(笑)
でも、現実にはそのようなポエティック・ジャスティスは有り得ない。現実の「ブレンダ」であるデイヴィッド・ライマー氏と、彼の双子の兄弟であるブライアン・ライマー氏はともに自殺している。自殺へのオルタネティヴとしてのアクティビズム、暴力的な復讐へのオルタネティヴとしてのアクティビズムというのを、わたしとしては提唱していきたいのだけれど。

5 Responses - “「ブレンダと呼ばれた少年」が刑事ドラマのモチーフに”

  1. mizue Says:

    更新、いつも楽しみにしています。今回は読んでいるうちに思わず身を乗り出してしまいました。まるでイアン・バンクスの『蜂工場』ですね。こちらのラストシーンはさらに「ポエティック」といわれてしまうのかもしれませんけれど。
    でも、現実に、「それでも」生きていかなければならないとしたら・・・、『蜂工場』のラストの地点にまずは立たなければならないのではないかしら、と思うのですがいかがでしょうか。

  2. マツウラ Says:

    「ブレンダと呼ばれた少年」もぜひ読んでみようと思いました。いままでインターセックスの現実にあまりにも無知だった自分が恥ずかしいです。
    「自殺や暴力的な復讐のオルタナティブとしてのアクティビズムという言葉」、なるほどと思い心に留めました。

  3. セクマイ(Sexual Minority)雑感 Says:

    「「ブレンダと呼ばれた少年」が刑事ドラマのモチーフに」
    『ブレンダと呼ばれた少年』を元にしたと見られるエピソードを取り上げたアメリカのテレビ番組について、Macskaさんという人のBlogで取り上げていた。…

  4. Yoko Says:

    そこで触れられてるCSI 5th seasonのDVDが出るらしいですね。
    日本だとregion規制で見られないんだろうな、これ。
    DVD Watch
    On the Scene With ‘CSI’
    http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/11/22/AR2005112202071.html

  5. Macska Says:

    んーとね、あれは確かに、トランスについて全然知らなかった人がトランスの人たちについて考えさせられる、あるいは偏見を持っている人がみたら考え方を改めさせられる、という意味ではいいエピソードなんだけど、トランス当事者にとってあんまり楽しめる内容ではないです。それはちゃんと書くべきでした。もし、どうしても観たいということでしたらメールください。

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