マイケル・ムーア監督「Fahrenheit 9/11」の支離滅裂

6/29/2004 - 7:09 pm | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

公開から数日遅れてマイケル・ムーア監督「Fahrenheit 9/11」を観る。想像以上に重いようで、実は薄っぺらい映画。政権に操られた–ならまだしも救いがあるのだけど、自主的に政府の意図に沿うような形になっているようにも見える–米国のマスメディアには絶対に出て来ない映像が初めて見られるという事を除いて、出て来る事実は以前から「知っている人は知っている」事ばかりだけれど、政治に特に詳しくない一般の人にも伝わる形でちゃんと伝えているのは良い。でも、前作「Bowling for Columbine」や以前彼がやっていたテレビ番組(「The Awful Truth」「TV Nation」)と比べると独自性は薄いし、ムーアの必殺技であるはずの突撃インタビューもごく僅かしか使われていない上に、予想を裏切る展開が一切無く、ほとんど何の効果も発揮していない。はっきり言って、これでカンヌ映画祭の大賞受賞はおかしいと思う。もしこの映画が今年の選挙でブッシュを「再び」落選させることに少しでも寄与するのであればその一点のみで肯定してもいいけど、この程度の映画に頼らなくちゃいけないリベラル陣営の現状が情けない。

映画の詳細については町山智浩さんの好意的な評論を読んでもらうとして、この映画が強調するのはブッシュ一家やその一味とサウド家・ビンラディン家とのビジネス上の繋がり。本来9/11の事件に関連して追求されるべきサウジアラビアやビンラディン一族の責任を放置し、またアフガニスタンにおけるタリバンやアルカイダ追跡を中途半端で放棄し、9/11に全く無関係のイラクに兵隊を送った事を強烈に非難している。それが主題。その後「貧しい人ばかりが兵隊として送られる」「戦争に賛成した議員のうち自分の子どもを軍隊に入れたのは1人しかいない」といった点を追求したり、米軍の戦死者の母親を登場させることで戦争の悲惨さを訴えたりもするけれど、結局それらに対する抜本的な対策を主張することはない。せいぜい、貧しい人たちに危険な任務を押し付けている「われわれ」は、どうしても必要な時以外には「かれらを」戦争に送り込んではいけない、という中途半端な倫理観を持ち出すだけ。

アルカイダと徹底して戦うべきであるという主張と、貧しい人だけに犠牲を押し付けてはいけないという主張を同時にするのであれば、「徴兵制によって国民みんなが平等に犠牲を負担しましょう」という結論にならなければおかしいはず。でも、ムーアはそれを言い出すほど本気で「貧しい人たちに犠牲が押し付けられていること」に怒っているわけではない。貧しい人たちが危険な目にあう一方で議員の家族たちは犠牲を払っていないなんて論理は、イラクで戦死した米兵の母親を登場させるシーンと同じく、本筋の議論とは関係なく情緒的に観客を「イラク戦争反対」になびかせようとするトリックでしかない。アフガニスタンにおけるアルカイダとの抗争のような「正しい」反テロ戦争を支持するムーアの立場から言えば、イラク戦争において貧しい人だけが犠牲になったり息子を失う母親が生まれることが問題になるのはそれが「間違った戦争」だからであって、それが「正しい戦争」のためであれば構わないとでも言うんだろうか。

そもそも、「Fahrenheit 9/11」を観る限り、アルカイダが2001年9月11日に唐突に米国中枢を攻撃してきたことになっていて、9/11事件の背景として戦後米国が関わってきた様々な戦争や謀略などによって世界のあちこちに蓄積されてきた反米的な怨念を一応指摘していた前作「Bowling for Columbine」と比べても後退している。これはわたしがたまたまそういう怨念の存在を重視する考え方の持ち主だから言っているわけじゃなくて、映画の筋書き通りだとすると、ブッシュ家は父親の代からずっとビンラディン家やタリバンとの蜜月関係が続いていたのに、9/11になってそいつらの仲間のアルカイダが突然襲ってきたという説明になってしまい、支離滅裂で全然説得力がない。アルカイダ的なものが何故アメリカを攻撃するのかという根本的な問題を無理矢理隠蔽するから、物語として破綻してしまっているわけ。しかも、ブッシュ家とサウジアラビアの深い関係やサウジアラビアのアメリカ経済への影響力を指摘する部分では、米国に充満する「反アラブ人」的な人種差別的・排外主義的な偏見に明らかに便乗するような演出があり、後でいくら戦争の犠牲になったイラク市民への同情を表明されても、偽善的・御都合主義的な印象が残る。

こういうと何だかボロクソ言っているみたいだけど(って、事実言ってますね)、自分では「中道派」と思っているくせに放っておくと投票にもいかないような「中流白人」有権者の一部のバカが情緒的に流されてケリーに投票するようになる程度の効果はあるだろうから、その点だけで肯定しても良い。映画としていかにくだらなくても、結果としてブッシュが落選してくれればそれで十分。だけど、映画としてはやっぱりダメとしか言いようがない。ムーアの過去の作品(特にテレビ番組)をある程度評価している者として、ムーア本人が自分が何をやっているかちゃんと理解していれば良いのだけれどと思う。

5 Responses - “マイケル・ムーア監督「Fahrenheit 9/11」の支離滅裂”

  1. なんばりょうすけ Says:

    なぜかはてなからTrackBackに失敗したのでコメント欄にて。

    http://d.hatena.ne.jp/rna/20040701#p3

    反論というわけではありませんがムーア擁護の感想です。

    もっともムーアは「アフガン攻撃は支持している」と発言しているそうで、そのあたりは気になります。本気なのか、ポーズなのか、あるいは現実の攻撃を容認しているのか、攻撃するという判断自体を支持しているのか、というあたりがわからないので、気になるとしか言えませんが。

  2. Macska Says:

    ごめんなさい、まだトラックバックうまくセットアップできてないんです。何故トラックバック受け取れないのか今の所不明。WordPress ME 1.03 の運用に詳しい人、もしいたら相談にのってください〜。

    なんばさんへの返事は、また別に書きますです。
    紹介&ご意見ありがとうございました。

  3. 建築屋 Says:

    建築屋です。流転板を久しぶりに覗いたらMacskaさんを見つけて来てみました。
    華氏911に関して、田中宇さんが、ネオコンの陰謀に加わったムーア、という風に書いてましたね。
    アメリカとサウジとの関係を言うのなら何故イスラエルとの関係に触れないのか?と。世界状況を語るなら当然そうなりますよね。
    ブッシュはネオコンの傀儡(くぐつ)にすぎなくてネオコンはケリーにすげ替えようとしているのではないか?という憶測?推定?を田中宇さんはしているやうです。

    ボクはムーア作品を全然見ていないので映画に関するコメントはできませんが、彼が反アルカイダでアフガン攻撃を支持しているのだとすると、「ムーア本人が自分が何をやっているかちゃんと理解して」いる可能性が高く、且つ、映画の才があればあるほど「相当にやばい奴」なのかもしれない、とも思い始めております。
    妄言多謝

  4. とおりすがり Says:

    ムーアは徴兵制に賛成ですよ。

  5. mojibake Says:

    >「貧しい人たちに犠牲が押し付けられていること」に怒っているわけではない。

    怒っているんんですよ。

    肝心なテロリストは金のなる木と繋がってるから見逃してやってもいい。テロと全く無関係だけどイラクの甘い蜜=石油は我がものにしたい。そのためには、アメリカ人だろうとイラク人だろうと貧乏人が何千人死んだっていいや。「イラクが大量破壊兵器保有」の嘘をつくことも正義。これがブッシュ政権のやったこと。

    ムーアは私利私欲だけをこやしてきた嘘つき大統領とそのとりまき、そしてお上にへいこらして「愛国心」の名の下に一連の茶番劇を批判せずに来たアメリカのメディアを批判しているんです。この上なく単純なナラティブだと思います。

    それを
    >出て来る事実は以前から「知っている人は知っている」事ばかり
    とすました顔して、大統領の嘘に踊らされて命を落とした人々やその家族の悲劇をお涙頂戴で片付けるのでしょうか。

    どうも「反米感情」というものに目を曇らされて、肝心な論点が見えていらっしゃらないようです。

コメントを残す

コメントを残す