2008年米国大統領選挙を一応ふりかえっておく

2008年11月12日 - 12:53 AM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

先週の大統領選挙の前後にフィラデルフィアに出かけていたこともあり、しばらくブログを更新してこなかったために、また病気で寝込んでいるんじゃないかとか、オバマ政権への任官運動でもしているんじゃないかとか(笑)、いろいろ想像している人もいるようなので、今年の選挙についてまとめを書いておこうと思う。はっきり言って、たいしたことは書いてません。
まずはもちろん大統領選挙。オバマの当選は素直に嬉しいし、わたしの周囲でも普段あまり政治に関わりのないような人たちまでもが「自分たちが何をやればいいのか、オバマの掛け声を待っている」という人が結構いたりするので、ちょっとばかり期待してしまっている。少なくとも、ブッシュ政権高官の言うところの「リアリティ重視の」政策が実現されるんじゃないかという当たり前のことで期待を感じてしまうという現状況が変なんだが。
もともとわたしはオバマの立候補は時期尚早だと思っていて、今回の選挙でゴア元副大統領が大統領になり、その副大統領として8年間経験を積んだ上でオバマが大統領候補になるというのがわたしにとっての理想コースだった。オバマの資質を認めないというのではなく、むしろかれの人並みはずれた能力と可能性を認めるからこそ、準備不足のまま大統領選挙に出て潰されるのも、あるいは万が一当選して実力を発揮できずに「ブッシュに続くダメ大統領」の烙印を押されるのも、どちらも避けて欲しかったというのが正直なところ。非白人の有力な政治家というのは少ないのだから、一時の人気でぽっと出て潰れてしまっては取り返しのつかないことになると心配したのね。
でも実際には、オバマはわたしが2年前に思っていた以上にタフで狡猾だった。まず凄いのが、あれだけ長い選挙において、ほとんどミスをおかさなかったこと。失言として思いつくのは、サンフランシスコで開いた資金集めパーティで中西部の貧しい白人たちについて「銃と聖書にしがみついている」と表現したことくらいだけれど、それも文脈をよく見ると「かれらは自動車産業や鉄鋼産業の衰退で職を失い、長い間苦しんでいるのに、政府に見殺しにされてきたために」銃と聖書にしがみついているのだ、と、裕福な都市の支持者たちに向かって「貧しい中西部への共感」を求める発言だった。
選挙戦略上では、ネットを使って多数の支持者から小額の寄附を集めたことが騒がれているけれども、それはどの候補もみんなやっていたことを他より少し上手くやったに過ぎない。オバマ独自の戦略として新しかったのは、党指名獲得戦において大きな州で開かれた予備選挙ではなく、小さな州で多く開かれた党員集会に注目したこと。予備選挙と違い党員集会では参加者同士が直接議論できるのだけれど、オバマの支持者は他の候補の支持者より熱心に自分たちの側に集まるよう周囲の人々を説得した。また、党指名獲得をほぼ確実にしたあと二ヶ月に渡って大統領の座を諦めきれないクリントンから猛烈な攻撃を浴びたが、本選での党内柔和を優先してほとんど反撃せず共和党批判に専念したことも、単に戦略として上手かったという以上に、大統領になりうる人物として必要な貫禄を感じさせた。
同じことは本選の終盤においてマケインが ACORN の選挙不正疑惑(というより事実無根のでっちあげだが)や元テロリストとの関係を批判したり、オバマは社会主義者だとか共産主義者だというキャンペーンをはじめた時も、中傷の応酬を避け、あくまで政治理念や政策を訴え続けたことも、それでも勝てるという余裕があったからできたことではあるけれども、大統領当選後を見据えた立ち振る舞いだった。この選挙ではもともと、元軍人で長年議員を務めてきたマケインと比べ、若く経験の浅いオバマを大統領として信頼できるかという点が問われていたが、選挙戦が進むほどに短絡的な決断の多いマケインの適性に疑問が浮かび、逆にオバマの安定感が強まっていった。
その究極の象徴が、選挙当日夜に結果を受けてオバマとマケインがそれぞれ支持者を前にして行なった演説だった。念のため言っておくと、マケインの敗北演説はそれ自体とても見事なもので、「共和党の大統領候補の座」という重荷を降ろすことで、ようやくマケイン本来の人格に戻れたのかな、と思わされたのだけれど、マケインがオバマの名前を口にする度に支持者から罵声が飛んだ。古風な愛国者であるマケインは、それが誰であろうと次の大統領になる人物に対して人々は敬意を持って接するべきだと考えているはずで、あわてて支持者たちをなだめようとするのだけれど、支持者のそうした反応は、それまでの選挙戦において「オバマはテロリストの仲間で共産主義者で大規模な選挙不正に加担している」みたいな宣伝をした、かれ自身が招いたものだ。
それに対してオバマが勝利演説を行なったシカゴのグラント・パークでは、当初提案されていた花火の打ち上げがオバマ自身によって中止され、さらにオバマ陣営が会場の入り口でオバマとバイデン副大統領候補の名前が入った選挙用のプラカード等を没収し、そのかわりに星条旗を配布した。そして約15分間の演説のあいだ、オバマはほとんど笑顔を見せず、米国が現在置かれた厳しい状況とそれに立ち向かう決意を淡々と述べた。その光景をテレビで見ていた何千万人ものアメリカ人たちは、オバマがもはや民主党の代表ではなく米国人の代表として、野心的だが経験不足な若者ではなく米国第44代大統領がそこに立っているという印象を受けたはずだ。
マケインという政治家は、よく分からないところで損をしてでも筋を通す人として知られており、またテレビの深夜トーク番組で政治家として信じられないような自虐ジョークを飛ばすので、政治通のあいだの評判は高い。筋を通すということで言えば、たとえば「政治家が地元に利益を誘導するのはけしからん」と口先で言う政治家は多くても、マケインほど徹底して本当に利益誘導しないために選挙の度にそこを有権者に突かれてピンチに陥っている有力ベテラン議員は珍しいし、大統領選挙において一番最初の党員集会が開かれるアイオワ州のトウモロコシ農家の前にわざわざ出て行って「トウモロコシを原料とする燃料への助成金に反対する理由」を堂々と説明するのもこの人くらい(『The West Wing』のヴィニック議員のモデルはマケインだろう)。
しかし長年そうした活動をしてきたマケインは、常に議会においても地元においても孤独だった。シカゴにおいては民主党の伝統的なマシーン・ポリティクスのお世話になり、上院に当選してからは民主党内の大勢に従ってうまく立ち回ってきたオバマと違い、マケインは民主党と共和党のあいだに立ってこそ存在感を示せたものの、味方をほとんど作ってこなかった。そのため選挙戦が本格化するとブッシュ大統領の過去二回の選挙を担当してきたチームに頼り切るしかなくなり、その結果採用されたのが、保守層へのアピールと対立候補への中傷攻撃を中心に据えた戦略だった。
その象徴はもちろんサラ・ペイリン知事を副大統領候補に指名したことであり、オバマをテロリストや選挙不正にこじつけたり社会主義者だと非難したりする宣伝だ。マケイン陣営に入り込んだブッシュ人脈は、なんと8年前の選挙でマケインの黒人隠し子説や夫人麻薬中毒説を宣伝したのと同じ業者を雇い、今度はオバマに対する中傷宣伝をやらせた。これはわたしの個人的な思い入れに過ぎないかもしれないのだけれど、インタビューなどでこれらの点を聞かれて不愉快そうに釈明してみせるマケインを見ていて、ああ本人としては不本意な選挙戦略を取らされているんだろうなあと思っていたが、敗北演説のときのすがすがしいマケインの表情を見てその印象をさらに強くした。
さて、来年1月20日に発足するオバマ政権の今後を少し予想してみるとする。まずは組閣だけれど、既に首席補佐官に同じイリノイ州のラーム・エマニュエル下院議員が指名されている。ワシントン政界の変革と党派対立の超越を掲げていたにしては、90年代以来の党派対立を象徴するような人選だけれども、そういう立場の人だからこそ時には議会を−−この場合、多数派である民主党を−−押さえてオバマの政策を推進できる人物として適任なのかもしれない。とりあえずはお手並み拝見といったところ。
いまもっとも注目されているのは、金融危機対策を担当する財務長官に誰が任命されるのかということ。最近リベラル系の経済学者数名によるパネルがあったのだけれど、聞いていたら次期財務長官についてクルーグマンとかスティグリッツという名前が出てきて焦った。話としては面白いけど、失言(と本人は思わなくても、政治的には失言となってしまう)が怖いのでさすがにそれはないだろう。かといって、ここでルービンやサマーズといったクリントン時代の(そして投資銀行幹部の)財務長官が再登場するようでも困る。金融界の単なる代弁者に見える人じゃ困るし、知名度のない学者じゃ弱いので、ここは本気で投資家のウォレン・バフェットを説得する場面なのかもしれない。あるいは来年の再選挙に出るつもりのマイケル・ブルームバーグ市長(ニューヨーク)を説得するか。ていうかしばらくポールソン留任になってしまいそうな気が。
もう一つの注目は、オバマは超党派による組閣をすると思われているけれど、共和党から誰を引き込むか。さいわい、二年前と今年の選挙で民主党が連続して大勝したおかげで、条件によっては引き込めそうな共和党穏健派の人材は少なくない。共和党穏健派の有能な政治家がたくさん落選しているし、辛うじて議会に残っている人も共和党という野党の中で、さらに圧倒的少数派という立場に置かれているために、議席にかじりついている旨味がほとんどない状況。今回落選した議員では、ジョン・スヌヌ上院議員とクリス・シェイズ下院議員が政策的に近い。現職では、チャック・ヘーゲル上院議員を国防長官、オリンピア・スノウ上院議員を商務長官、あたりか。もちろんコリン・パウエル元国務長官にももう一度活躍の場を与えたいところだけれど、イラク戦争開戦の責任をどうするかが問題。イラクの危険性についてかれがチェイニーらに騙されていたことは明らかだけど、国務長官の地位にいた人が「騙されました」では済まないし、そんな言い訳をパウエルが言うわけもない。
民主党の側では、いま有力な人材がほとんど議員や知事をやってしまっているので、それを辞めさせて閣僚にするのは難しい。民主党で落選中の大物として思いつくのは、2004年に落選した元上院院内総務のトム・ダッシュル。かれは、大統領候補としてのオバマの可能性を最初に見抜き、まだ新人議員だったオバマに自分が全国に培ってきたネットワークを譲った人物でもあり、健康保険改革を担当する厚生長官あたりで表舞台に再登場するかもしれない。あとはオバマと党指名を争ったビル・リチャードソン元ニューメキシコ州知事くらいか。現職としては、司法省で次官をした経験のあるマサチューセッツ州のディヴァル・パトリック知事が司法長官に有力。アリゾナ州のジャネット・ナポリターノ知事もいろいろ騒がれているけれども、彼女は次の上院選でマケインにぶつけるというのが党の計画のはず。
政策について言えば、経済の安定が急務なのはもちろんだけれど、それと同時に上でも触れた健康保険改革に全力で取り組んで欲しいとわたしは思っている。1993年に大統領に就任したビル・クリントンは、本来狙っていたはずの健康保険改革に取り組む前に「軍における同性愛者の容認」という、それほど重要ではない象徴的な問題にこだわって初速を失い、さらに泥臭い根回しが必要だったはずなのに公職経験がない自分のパートナー(ヒラリー・クリントン)を健康保険改革の責任者にして正論だけでごり押ししたために、強烈な反撃を受けて94年の中間選挙で議会を共和党に奪われてしまった。金融危機という特殊な状況は別として、米国が恒常的に抱えている問題としてもっとも大きなものが健康保険問題だからこそ、オバマにはいま現在の人気があるうちに真っ先に取り組んで欲しい。
ここで気になるのが、どうやらオバマが政権最初の課題として、温暖化対策と景気対策を結びつけて自動車産業への介入策(と言うより、三大自動車会社への公的救済)のようなものを取り上げようとしているという話。電力やハイブリッドで走る自動車を増やすために、消費者や国内にあるそれらの製造者にお金をばらまくことで、燃料効率が良くなって温暖化ガスを減らし、景気を刺激するとともに、崩壊寸前の状態にある三大自動車会社を救済し、国内の雇用を増やす−−という話なのだけれど、単にちょっと前の保護貿易主義に「温暖化対策」という看板を付けただけのように思えるし、それが新政権で第一に取り組む課題とは思えない。
そもそも他国の競合企業に比べて三大自動車会社がどうしてそんなに苦しんでいるのかというと、そしてそれらの工場がどうして片っ端から閉鎖されて海外に移転するかというと、米国の自動車業界が好調だった時代に労組が勝ち取った契約による福利の支払いがあるからだ。要するに保険と年金にお金がかかりすぎ、利益が上がらないし雇用が維持できないということ。健康保険制度と年金制度に政府がきちんと責任を持てば、平均的な税金は今より高くなるけれども、他国の自動車会社とまともに競争できる程度には福利負担を抑えることができるようになるはずであり、結局すべては健康保険改革から−−というのは言い過ぎかもしれないけれども、人々が安心して生活できるようにするために、誰でも必要な医療を受けられるようにするという点は、もっとも重要な政策目標の一つであるはず。
最後に、今回の選挙で民主党が失う上院議員が2人だけいて、それがイリノイ州のオバマと、デラウェア州のバイデン。オバマの議席の方は後任として、タミー・ダックワースの名前が挙がっているので注目(補欠は州知事が指名できる)。彼女はタイ生まれで子どもの頃両親とともに米国に移住した人で、イラク戦争に従軍して両足を失った。2006年には下院選挙に出て落選し、そのあと州の退役軍人局に勤務中。今年の民主党大会では演説の機会を与えられるなど、オバマとの関係も良好で、できればぜひオバマの議席を引き継いでほしい。「黒人の議席を無くすな」という声もあるけれど、黒人議員の議席が白人にとってかわられるならともかく、史上初のアジア系アメリカ人女性上院議員が登場するならいいんじゃないかと思う。
オバマ時代の人種問題については、近いうちに何か書こう。

One Response - “2008年米国大統領選挙を一応ふりかえっておく”

  1. o-tsuka Says:

    自動車産業はすそ野が広く、内燃機関やギアなどの金属鋳造部品の割合がかなりあります。
    電気自動車はこれらが必要なく、電気部品は軽くてアジアが強いので、雇用対策としては下策です(トヨタがハイブリットに執着するのも同じ理由)。
    ハイブリッド推進はあるかも知れませんが、ディーゼル推進の方が可能性が高いような気がします。

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