社会運動におけるネット利用と「運動マニュアル」

2007年6月19日 - 12:49 PM | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

自衛隊内部において性暴力を受けたと主張する現役自衛官が国を提訴した件に関連して、kallikles さんが支援運動によるネット利用のあり方を論じている(その1その2)。その中で「macskaさんが運動マニュアル書くべきだ」という記述があり、トラックバックされたので、いまちょっと忙しいのだけれど(明日サンフランシスコに行く準備しなくちゃー)指名を受けたと思ってちょっとだけ書いてみる。 kallikles さんがサイトのあり方を添削している某「ファイトバックの会」とも無関係ではないわけだし。
「ネットの使い方がよく分からない」というならまだ救いようがあるのだけれど、ここで問題とされているような運動体ーーかれらだけが特別酷いというわけではなく、むしろネットを積極的に利用しているだけ進んでいると言って良いのだけれどーーはそもそも社会に向けて何かを呼びかけるということについてネット以前の段階で分かっていなさすぎるのでは。かつてはそれでもただ人知れず失敗するだけで終わった(あるいは人知れず細々と続いていた)わけだけど、今ではクリックするだけでサイトを見られるので、2ちゃんねるとかで晒されて笑い者にされてしまうという話。
ファイトバックの会は、知り合いが関係しているのでピンバッジ作成を通常の半額で請け負ったのだけれど、「ネット界の剃刀理論家」という羞恥プレイは我慢するとして、ブログを読んでいると被告や原告の後任を理不尽(ではないのかもしれないけれど、事情を知らない人には理不尽に見える)に貶めるなど、裁判官が見たら確実に心証を悪くするようなものが多いような気がする。もちろん裁判官だけじゃなく、一般の読者の印象も悪くしてしまう。
そりゃ原告の立場に立てば、憎き被告のことなんて悪く言いたいだろうけど、その愚痴を聞いてなだめて落ち着かせてあげるのが支援者の役割でしょ。なのに、支援者が一緒になって言いたい放題被告側の悪口だとか自分たちの主張だけ書き連ねている。「誰に何と思われようと構わない、自分たちの怒りをぶちまけたいのだ」という運動があっても悪くはないけど、支持者を集めて裁判に勝とうという運動としてはとっても疑問。てゆーかそもそも、「非正規職員の雇用と生活を守れ」と主張するんじゃなくて「バックラッシュ裁判」をはじめてしまった時点で、戦略的にはもう負けてるんだけどさ。
とにかく、こういう運動体の失敗は、ネットの使い方を誤ったというレベルの問題じゃなくて、もともとああいう運動圏にあった問題が、今ではこうして特にその運動に関係のない人にまで見えるくらいに表面化してしまったということだと思う。
ただ、kallikles さんの言うようなマニュアル化もどうかと思う。だって、その路線でいくと究極的には広告業界と同じテクニックを使って人々の欲望と恐怖心とささやかな良心(あるいは、自分は良心的な人間であるという自意識)を煽った人の勝ちになってしまうでしょ。それは、運動においてプロのコンサルタントの役割を拡大し、その代わりにこれまで運動を支えてきた人たち、運動に積極的に関わる人たちが阻害されるという結果になる。
例えば数年前、わたしの住むオレゴン州で「公共教育において、同性愛に肯定的な扱いをしてはいけない」という住民投票が提案されたときに、同性愛者の権利を擁護する団体はどう対応したか。コンサルタントを雇ってフォーカスグループを重ねた結果、かれらが作った意見広告(テレビCM)は、「白人・中年・異性愛者」のカップルが登場し「この住民投票が成立したら、教育のあり方について地元の親ではなく州の役人が指図をすることになる」と憤慨する、というものだった。同性愛者の権利に関係した住民投票だとは知らせず、教育における地方分権を脅かすものだと有権者に思わせた方が有利だというのがコンサルタントの判断だった。結果、僅差でこの住民投票は否決された。
勝ったんだからいいじゃないか、というかもしれない。でも、この団体を支えてきたのはLGBTコミュニティを母体とする多数のボランティアだし、かれらの寄附した資金だった。かれらに「カムアウトしよう」と呼びかけている団体そのものが、同性愛と同性愛者を意図的に有権者から隠すような戦略を取ることは、それが選挙戦略として有効だったというだけでは正当化されるのだろうか。そもそも、問題は少なくない数の住民たちが同性愛者を恐れ敵視しているということであったはずで、それを直視し同性愛者の権利についての対話をしないことには、延々とこうした住民投票に数年置きに脅かされることになる。
そして、それはコンサルタントにとっては悪い話ではない。前回の住民投票を否決に持ち込むことで評判を高めたコンサルタントは、次に同じような住民投票が提案されればまた一稼ぎできるわけだからね。コンサルタントとLGBTコミュニティでは、目の前にある住民投票を否決させるという短期的目標は一致していても、長期的な利害は双反している。もしコンサルタントが運動内において決定権を握るようになるならば、目先の勝ち負けにこだわり長期的な目標を見失うーーそのことにより、コンサルタントの将来の収入が保証されるーー危険がありそうだ。
しかし、かといって戦略をまったく考えないのももちろん問題。第一、バックラッシュの側だって最近の歴史修正主義とかジェンダーフリーバッシングとかは旗を振る連中がバカばかりでまだ助かったけど(一番うまいのが小林よしのりなんだもんなぁ)、今後優秀なコンサルタントを雇って狡猾なテクニックで攻めてくるということもあるわけだし。現に米国の政治においては、それを徹底的にうまくやる保守メディアが影響力を持ってしまったために、戦争・移民問題・健康保険・税金などどの問題を議論しても必ず事実とは無関係のイメージだけで動かされてしまう。
アル・ゴア前副大統領の近著『Assault on Reason』はそういう問題を取り上げた、あんまり影響力がなさそうな本(こんな本を読むのは既にその結論に同意している人だけだ)なんだけれど、その導入部分で面白いことを言っている。かれが昔はじめて大きな選挙に立候補したとき、最初はリードしていたのだけれど対立候補に追い上げられてピンチに陥った。その時コンサルタントはかれにこう進言した。「こういう内容で対立候補を批判する広告を打ちましょう。そしたら相手はこう反論するはずなので、こう再反論します。そうすれば最終的に7ポイント差で勝利できます。」 かれがそれを了承したところ、実際にコンサルタントが言った通りに事態は進行し、結局ゴアは7ポイント差で当選した。かれはコンサルタントの予測の正確さと、それが民主主義にとって何を意味するかに驚愕した。そして、いまの政治において理性と論理が通用しなくなってしまったことは、単にブッシュや共和党だけが悪いのではなく、自分を含めた全ての人に責任があると論じる。
事実よりイメージを優先するような、人を説得するのではなく欲望や恐怖心を煽るような手法を運動に導入するのではなく、しかし他者の視線を意識した、戦略的な「勝てる」運動をするには、どうすればいいのか。わたしは、マニュアル化とは別の意味で運動におけるさまざまなテクニックを分析しそのやり方をどこかに蓄積しておくのが良いと思う。コンサルタントが一番の売り物にしているのは多数の事例を元にした豊富な技術的知識だとすると、これはコンサルタントの知識をオープンソース化することになる。それによって運動をうまく運営できるだけでなく、情報の受け手や運動の支持者たちも運動体を監視することができるというわけ。
あのおかしなテレビCMが流れたときオレゴンのLGBTコミュニティからは大きな批判の声が上がったけれども、考えてみればそれはCMの内容だけが問題だったからではなかったと思う。みんなで集めた寄付金を使ってそういうCMを放送することが、事前に全く説明されず、意見も求められなかったことが問題だったんだ。もし運動体が大きな集会を開いて、「うちの雇ったコンサルタントによればこういうCMが最も効果的だと言うんだが、どうだろうか」と問いかけていれば、あるいはせめて「今回は議論する時間がないので独断ですまないが、コンサルタントの助言を受けてこういう理由でこのCMを使うことに決めた」という説明だけでもあったなら、その後の展開はかなり違っていたはずだ。
ウヨクもサヨクも社会に物事を訴えるということがよく分かっていない運動体ばかり目立つ日本に比べると、米国は「言いたい放題の弱小グループ&個人」と「マキャベリズムに徹した大組織」に二極化しがち。米国型ではない道を目指すならば、運動マニュアルはオープンソースで一般の人にも敵対勢力にもどんどん読んでもらうのがいいんじゃないかと思う。その中から、さらに改良してくれる人が出て来ないとも限らないしね。 kallikles さんは運動に参加して「社会の役に立ちたい」そうなので、そういう wiki サイトでもはじめてみてはどうかな、とご指名からは逃げておこう。

3 Responses - “社会運動におけるネット利用と「運動マニュアル」”

  1. makiko Says:

    > 米国は「言いたい放題の弱小グループ&個人」と「マキャベリズムに徹した大組織」に二極化
    LGBTに関しては、すでにその気はありますね。私は言いたい放題の弱小個人ですが・・・
    3か月後にはかなり風景がはっきりしてくるでしょう。

  2. muse-A-muse 2nd Says:

    カスケード的支援と持続的運動 (ネット運動における質的情報の…
    以下メモ的に。 例の光市母子殺害事件を巡って、ネットから電凸スクラムが生じ問題になったみたいです。 Baatarismの溜息通信 – ネットからの弁護士懲戒請 (more…)

  3. アンカテ(Uncategorizable Blog) Says:

    洗脳ノウハウのオープンソース化…
    macska dot org » Blog Archive » 社会運動におけるネット利用と「運動マニュアル」 このエントリの特に後半には、すごく (more…)

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