『中国人慰安婦』には「捏造された記述」がある、という高橋史朗氏の指摘が捏造じみている件

7/22/2016 - 3:31 am | このエントリーをブックマーク このエントリーを含むはてなブックマーク | Tweet This

ここのところ日本の「慰安婦」否定派のあいだで(てゆーか、その中でもとくにテキサス親父とか幸福の科学みたいなフリンジではなく、日本会議に関係するような有力な人たちのあいだで)、二年前にオックスフォード大学出版から出された『Chinese Comfort Women(中国人慰安婦)』という本が批判的に取り上げられることが多くなっている。

たとえば櫻井よしこ氏が自身のサイトに掲載した(初出は『週刊新潮』2016年7月21日号らしい)コラム「中国人慰安婦問題も日本発か」では、この本について「西岡氏ら5人の研究者で構成する『中国人慰安婦問題研究会』が分析し、『中国人慰安婦問題に関する基礎調査』として、6月17日に発表した」と書かれている。わたしもちょうどこの本を読んでいるので、参考のためにできたらこの「基礎調査」をどこに行けば読めるのか誰かに教えて欲しいのだけれど、とりあえずかれらが『中国人慰安婦』という本に相当の関心を寄せている、警戒している様子がうかがえる。(8/17追記:この記事を発表した後に、日本会議と関係の深い団体日本政策研究センターのサイトで公開された。)

わたしがはじめて日本語のメディアでこの本について書かれているのを見つけたのは、教育学者の高橋史朗氏による『SAPIO』2016年3月号に掲載された記事「中国慰安婦研究の第一人者『慰安婦の被害者は40万人』」だ。

この記事において高橋氏は、『中国人慰安婦』に記載された「慰安婦」の総数が「合理的根拠は皆無」であることや、著作を引用されている歴史学者の田中利幸氏は信用できないことなどを主張しているが、これらについてはとりあえず今回は詳しく論じない。前者についてはフェルミ推定によって「慰安婦」の総数を概算するのは秦郁彦氏も行っている妥当な手法だと思うし、後者については田中氏のネガティヴキャンペーンをやるのではなく具体的にどのような間違った記述が援用されているのか指摘して欲しいところだけれど、とにかくそれを論じるのは今回の目的ではない。

高橋氏の記事で気になったのは、次の段落だ(強調筆者)。

さらに、『中国人慰安婦』に登場する慰安婦らの証言は裏付けがないばかりか、捏造された記述も散見される。たとえば、同書は南京大虐殺の記録『程瑞芳の日記』から「1937年12月17日、日本兵が大学に押し入り、11人の女性を拐っていった。強姦や暴行を受けた9人が戻ってきた」という記述を引用しているが、イリノイ大学出版から刊行されている英訳版の同日の日記には「強姦や暴行」に関する記述は全くない

つまり、高橋氏は「著者の蘇智良氏らは、『程瑞芳の日記』を文献として参照しながら、『程瑞芳の日記』には存在しない記述を、まるでそこに書かれているかのように捏造した」と指摘しているようだ。

わたしはこれを読んで、「そんなことがあるだろうか?」と思った。南京大虐殺についてはわたしにはほとんど知識がないので、その事実関係について詳しく論証することはできないのだけれど、ここまで具体的な記述を著者が意図的に「捏造」したとはすぐには信じられなかった。と同時に、そこまで具体的な引用元捏造を高橋氏の側が捏造したともすぐには考えにくいので、もしかしたら蘇氏らの単純ミス(別の文献を引用したけれども、引用元の表記を間違えた、とか)なんじゃないかなあ、というくらいの気持ちで、手元の『Chinese Comfort Women』を確認したところ、事実は違った。

「程瑞芳」の英語の綴りは Shui Fang Tsen なので、彼女について書かれた部分を探すと、『Chinese Comfort Women』の30ページに次のような記述が見つかった。

The deposition of Mrs. Shui Fang Tsen, the director o dormitories at Jinling College, states that the Japanese soldiers would enter the grounds of the safety zone on the pretext of looking for soldiers when they were in fact looking for girls. According to her, a typical incident occurred on the night of 17 December 1937, when a group of Japanese soldiers forcibly entered the college and carried off eleven young women. Nine of these women made their way back, “horribly raped and abused”; the other two were never heard from again.

程氏は日本軍が南京を占領した当時、南京市にあった金陵女子大学 (Jinling College)の学生寮の寮長をしていた人で、アメリカ人の教師にして宣教師の女性ミニー・ヴォートリン氏とともに、大学構内に逃げてきた多数の避難民を受け入れ、保護した女性だ。二人とも当時の状況を日記に残しており、英語で出版されている。ただし、高橋氏の言うように「イリノイ大学出版」から出版されているのはヴォートリン日記のほうであり、程氏の日記とヴォートリン氏の日記を併置する形で出版したのは正しくは「南イリノイ大学出版」だ(これはただの単純ミスだと思うけど、高橋氏のこの間違いのせいで、文献を探すのに手間取った…)。

上に示した引用の一番最初の部分を見てほしい。蘇氏は確かに程氏の記述を引用しているが、彼女の「日記」からの引用だとは書かれていない。引用元として示されているのは、彼女の「宣誓証言 (deposition)」だ。そもそも日記からの引用ではないのだから、「日記に書かれていない記述を書かれているかのように捏造した」とは到底言えないだろう。

では、いったいいつどこで行った宣誓証言だろうか。巻末の引用文献欄を見ると、そこに示されているのは程氏の宣誓証言そのものではなく、第二波フェミニズムのジャーナリストとして有名なスーザン・ブラウンミラー氏の代表作『Against Our Will: Men, Women, and Rape』の58ページを参照と書かれている。つまり、孫引きだ。

ここまできたら引けないので、『Against Our Will』までさかのぼって調べてみると、58ページにたしかに次のような記述が見つかった。

Mrs. Shui Fang Tsen, director of dormitories at Ginling College, a missionary institution, submitted a lengthy deposition. At the start of the invasion the missionaries proclaimed Ginling an international safety zone, and the college grounds became a refuge for more than ten thousand frightened women and children. The “safety zone” hardly proved safe for women. According to Mrs. Shui, “Japanese soldiers would enter the grounds on the pretext of looking for soldiers, but were in fact looking for our girls.” On the night of December 17, 1937, a gang of soldiers forcibly entered the college and carried off eleven young women. Nine later made their way back to the grounds, “horribly raped and abused.” “We never heard any more of the other two girls,” Mrs. Shui reported. This was a typical incident.

『Chinese Comfort Women』の記述は、程氏の宣誓証言そのものからの引用ではなく『Against Our Will』からの孫引きであるという意味では、学術書としてそれはちょっとどうなの、という気もしないではないけれども、少なくともソースとして示されている文献から忠実に引用されていることはわかる。つまり、この時点で高橋氏の言う「捏造された記述」という指摘は明らかに間違いだということになる。

『Against Our Will』の巻末を見ると、この部分は「Mrs. Shui Fang Tsen at Ginling: Tokyo tribunal (typed transcripts), pp.4464-4466.」からの引用だと書かれている。すなわち、程氏が東京裁判(極東国際軍事裁判)で行った宣誓証言から引用されているわけだ。この宣誓証言の原本のスキャンはヴァージニア大学法学部のサイトに掲載されており、ブラウンミラー氏や程氏の引用が正確であったことが確認できる。

ここまで読んだ人の中には、「なるほど、高橋氏の言う『捏造された記述』という指摘が間違いであることはわかった、しかし宣誓証言で描写された日本軍による『強姦や暴行』の記述が当時書かれた日記には見られないという指摘はどうなのか」と思う人もいるかもしれない。そこで、もう少し頑張って南イリノイ大学出版によって『The Undaunted Women of Nanking: The Wartime Diaries of Minnie Vautrin and Tsen Shui-fang』として刊行された程氏の日記も読んでみた。

この本には程氏の日記とヴォートリン氏の日記が併置されるかたちで、日本軍の南京占領の前後に書かれた日記が日付順に掲載されている。本全体を読んだわけではないが、事件があった1937年12月17日の前後1〜2ヶ月程度を読んだだけでも、日本軍による略奪や暴行が日常的に起きていたこと、アメリカ人であるヴォートリン氏やほかの欧米人が日本大使館に抗議をするなどしていたこと、そして日本軍や日本大使館の中にも軍による犯罪行為を抑止しようとしたり、被害を受けた難民たちに同情して助けようとした人もいたことなどが、リアルに伝わってくる。

程氏の12月17日の日記は、次のようにはじまる。

Now it’s midnight. I am sitting here to write this diary and cannot go to sleep because tonight I have experienced the taste of being a slave of a toppled country.

「今日わたしは転覆された国の奴隷となる味を味わった」という記述からして、この日彼女が南京陥落からそれまでの数日間に比べてもかなり厳しい経験をしたことがわかる。彼女によればこの日、日本軍は4度にわたり大学に来訪し、中国軍の残兵探しという口実で男性労働者を一箇所に集めて程氏らスタッフに一人一人について問い詰めているあいだに建物に侵入し略奪を行うとともに、11人の女性を連れ去った。程氏は連れ去り自体を目撃したわけではないが、日本軍が去った後に収集した情報として次のように書いている(48ページ)。

Then, after collecting more information, [we] heard that eleven girls, all told, were dragged away tonight. [We] did not know where they would be dragged to and be molested. I wanted to cry. What kind of future would these girls have?

翌日の日記には、彼女たちの大半が戻ってきたことについて書かれている(50ページ)。

All the girls, except one, who were taken away last night were released and came back. [I have] no idea where the missing girl is or if she feels too ashamed to come back.

ここでは11人のうち10人までが戻ってきたと書かれているので、宣誓証言の内容(11人中9人が戻ってきた)とは食い違っているが、いずれにせよ女性たちが連れ去られ、次の日にほとんどが戻ってきたという内容には違いがない。程氏は日記の中で彼女たちが「強姦や暴行を受けた」とは書いていないが、女性のうち1人が戻ってこなかった理由として「恥ずかしくて戻ってこれなかったのではなかったか」と書いている。この記述や当時の状況から考えるに、彼女たちが「強姦や暴行を受けた」と、日記を書いた時点で程氏が認識していたことは間違いないだろう。

高橋氏は「同日の日記には『強姦や暴行』に関する記述は全くない」として、蘇氏がそういった記述を「捏造」したと批判したが、すでに指摘したとおり蘇氏はこの件を日記から引用したわけではないし、翌日の日記には女性たちが「強姦や暴行」を受けたと示唆する記述(すなわち「『強姦や暴行』に関する記述」)が見られる。「同日の日記」にそういった記述がないのは高橋氏の言うとおりだが、被害者が戻ってきて自分たちの経験を伝えたのが翌日なのだから、連れ去られた当日の日記に書かれていないのはあたりまえだ。もしその時点で知り得ない情報がその日の日記に書いてあったら、その方が日記の信憑性を損なうところだ。

ここまでくると、「蘇氏の著書には捏造された記述がある」という高橋氏の主張こそ、捏造であるように思える。もっとも、もしこれが高橋氏にとっては悪意のないミスであり、「『Chinese Comfort Women』には『宣誓証言』からの引用と明記されているけれども、ついうっかり勘違いして日記からの引用だと誤解した」「宣誓証言には『強姦や暴行』が明記されているけれど、ネットで探せば誰でも簡単に読むことができることについうっかり気づかなかった」「翌日の日記には『強姦や暴行』をうかがわせる記述があるけれど、翌日の記述まではついうっかり調べなかった」「ある日日本軍に連れ去られその翌日戻ってきた被害者の体験が『当日の』日記に書かれているはずなんてそもそもないのに、ついうっかり考えもしなかった」とゆーことであれば、蘇さんに対するまったくいわれのない誹謗中傷は撤回して謝罪した方がいーんじゃないのかー、って思うよ。そもそも、高橋さんの立場からは、そこ以外で蘇さんに対する批判はいくらでも可能だろうと思うし。てゆーか、わたしだってこれだけのリサーチを無駄にやったとは思いたくないので、ぜひ参考にして役立ててください>高橋さん

One Response - “『中国人慰安婦』には「捏造された記述」がある、という高橋史朗氏の指摘が捏造じみている件”

  1. Toshimi Minoura Says:

    私は、ヴォートリン氏の日記とウイルソン氏の日記は読んでいましたが、このようなものがあったのですか。

    日本で流布されている、デタラメな主張の問題点を詳しく解析してくださることを期待しています。

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