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	<title>macska dot org</title>
	<link>http://macska.org</link>
	<description>it's all about cats. 'cept it's not.</description>
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		<title>ある「炎上」「ネットいじめ」に抱く、いやというほどの既視感</title>
		<description><![CDATA[２ちゃんねるやミクシィなど、ソーシャル系のインターネットサイトを震源とする、一般人のブログ「炎上」や、個人情報を悪用した嫌がらせなどが、問題として取り上げられるようになって久しい。この短い文章では、そうした問題についての日本における議論の参考とするために、先日英語圏（とくに米国）で騒がれた、ある「ネットいじめ」の事例について、紹介してみたい。]]></description>
		<link>http://macska.org/article/272</link>
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		<title>性労働者支援ネットワークにおける、ソーシャルワーカーと性労働者たちのSNS利用状況格差</title>
		<description><![CDATA[前エントリ「Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国＝実名文化論』の間違い」は今月１日発行のメールマガジンα-Synodos６月１日号に寄稿した文章だったけれども、その後わたしが出席したあるミーティングでたまたま関連した話になったので、前エントリへの追記としてその報告をしておきたい。

わたしが出席したミーティングとは、わたしの住むオレゴン州ポートランド地域でホームレス支援や低所得層向けの医療提供、感染症予防や性暴力やドメスティックバイオレンス(DV)対策など、さまざまな社会支援活動に関わっている人たちが、性産業で働いている人たちに対するサービスやアウトリーチについて話しあうためのもの。これらの団体はそれぞれ別個に活動しているけれども、月に一度集まって情報交換したり共同でワークショップやイベントを開いたりするためのネットワークを作っている。
]]></description>
		<link>http://macska.org/article/271</link>
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		<title>Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国＝実名文化論』の間違い</title>
		<description><![CDATA[世界最大のソーシャルネットワーキングサービス、Facebookが日本（語圏）に進出してから二年がたった。よく知られているように、Facebookは実名での登録を前提としていることが特徴であり、「米国で人気の実名SNSが日本社会において受け入れられるか」と話題になった。日本語版開始から二年たったいま、日本在住のFacebookユーザ数も二〇〇九年だけで約三倍に増えたものの、国別ランキングでは上位三十位にすら遠く及ばず、米国の１％前後に留まっている。]]></description>
		<link>http://macska.org/article/270</link>
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		<title>『アメリカ発 DV再発防止・予防プログラム』へのコメントへのコメントと、サポートグループの不可能性</title>
		<description><![CDATA[いつみても「キリンが逆立ちしたピアス」っていいブログ名だよなあと思ってしまうのだけれど、その id:font-da さんが、山口佐和子著『アメリカ発 DV再発防止・予防プログラム』を紹介している。わたしもこの本については某秘密主義MLで知り、気になっていたので、信頼できるレビューが出てきて助かる。いずれ入手するつもりだけれど、いつになることやら。]]></description>
		<link>http://macska.org/article/269</link>
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		<title>労働争議でグダグダになってるWANを再生させる５つのアイディア</title>
		<description><![CDATA[NPO法人WAN（ウィメンズ・アクション・ネットワーク）における<労働争議（労働者に対する労働条件の不利益変更の一方的通告からはじまり、それに労働者が組合を作って抵抗したところ、組合員二名に解雇勧奨通知）に関連して、普段あんまり署名活動とか参加しないわたしも労働争議を支援する署名の呼びかけ人にまでなってしまっているのはご存知の方も多いと思う。てか呼びかけ人なのにこれまで全然自分のブログで呼びかけてなかった、ごめんなさい。]]></description>
		<link>http://macska.org/article/268</link>
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		<title>発達障害のあるアーティストによるドラァグショー報告／社会参加支援の一つの試みとして</title>
		<description><![CDATA[前エントリに続き、最近のシゴト報告。こんどは、今月１１日に行われた発達障害者とその他のゲストによるドラァグショーについて。わたしの最近のさまざまな活動をガチ報告するという趣旨のこの「わたしの最近のシゴト」シリーズだけれど、本当に「お仕事」として給料を受け取っているのはこの件だけだったりする。てゆーかわたしのブログの読者でもわたしがいまどういう仕事をしているのか知らない人が多いと思うので説明すると、発達障害のある人たちを支援する非営利団体でごちゃごちゃ雑務をやってます。というのも2008年の終わり頃にわたしの友人というかハウスメイトがその団体の代表に就任したのだけれど、前の代表がダメな人で、銀行口座の残額ほとんどゼロで借金１００万円近くみたいな状態で引き継いでしまったので、立て直すために呼ばれたのがはじまり。オフィシャルな役職は「ボランティアのマネージメント係」という弱小ポジションだけれど、実は代表の相談役も務める特務スタッフ、みたいな。
]]></description>
		<link>http://macska.org/article/267</link>
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		<title>「女性学部」の名称変更をめぐる論議、あるいは「ジェンダー」を掲げることの限界</title>
		<description><![CDATA[米国ではここ５〜１０年くらい前より、各地の大学で女性学の学部やプログラムの多くが女性とジェンダー学や単にジェンダー学のように名称変更されている。これは、もともと女性学としてはじまった研究領域の中から、ジェンダー理論やクィア理論を含め、「女性」というカテゴリを自明としない研究、「女性学」というフレームワークからはみ出るようなジェンダーとセクシュアリティの研究が行われるようになったことを主な理由とするが、むろんそれだけではない。「女性学」という名前はそもそも、それ以外のこれまでの学問すべてが、学問的客観性や政治的中立性を装いながら実は女性を制度的に排除したものであったことへの批判を込めた呼称であり、その存在を快く思っていない関係者も少なくない。]]></description>
		<link>http://macska.org/article/266</link>
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		<title>「チャレンジド」ケネディ由来説は間違い、米国的宗教観からの解釈もハズレ</title>
		<description><![CDATA[以前のエントリ「20年遅れで輸入された『チャレンジド』の問題——あるいは『ジェンダーフリー』の再来」の続き。というか追加情報の整理。かのエントリを書いたあと、何人かの人に（教えてもらったのだけれど、どうやら「チャレンジド」という言葉を日本で広めたのは、社会福祉法人プロップ・ステーションの竹中ナミさんらしいということ。プロップ・ステーションは1991年創設だし、95年からはチャレンジド・ジャパン・フォーラムという国際会議を開いているらしいので、どうも最近になって突然「チャレンジド」という言葉が広まったというわけではないらしい。]]></description>
		<link>http://macska.org/article/265</link>
			</item>
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		<title>日本の左翼や社会運動の問題点/不十分点を指摘するために、朝鮮学校に在特会が押し掛けた事件をネタに使ったつもりはなかったんだけれど、どうもそういう流れになってしまっている件について。</title>
		<description><![CDATA[続けて今回は、ひびのまことさんのエントリ「【お願い】日本の左翼や社会運動の問題点/不十分点を指摘するために、朝鮮学校に在特会が押し掛けた事件をネタに使うのをやめてもらうことはできないでしょうか」について。ひびのさんがわたしに望んだのは、こうして返事も応答もせずに今すぐこんな議論はやめてくれ、ということなのかもしれないけれども（これが批判ではなくお願いとして書かれたのは、そういうことだと理解している）、ちょっとそのとおりにはできそうにない。だけれど、ひびのさんが訴えようとしている点には共感しているので、その困難についてちょっと書いてみたい。そうすることで、本来あるべき議論からまた一歩遠ざかるかもしれないけれど、ここまで来たらもう行き着くところまで行って今後の教訓にする以外どうしようもないとも思うので。]]></description>
		<link>http://macska.org/article/264</link>
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		<title>しがらみも責任もないからこそ、言えることもある、という話／kgrさんへ</title>
		<description><![CDATA[「チャレンジド」の話題でブログを再開し、続いて在日特権を許さない市民の会（在特会）による朝鮮学校に対する攻撃とそれに対する（主に日本人の）抵抗について取り上げたが、もちろん「挑戦」（チャレンジ）と「朝鮮」をかけているわけではない（って誰もそんなこと思わないって）。某秘密主義メーリングリストの中で、「在特会がどれだけ悪い奴らなのかお前はわかっていない、本来なら差別思想は警察が取り締まるべきだ」みたいなことを言う人たちと、たった一人で不毛な議論をしたのちに、いきなり公開のブログでわたしに対する批判記事が出て、それなら公開の話で反論してやろうと思ったの結果が前エントリだった。

とはいえ、これだけ長い間停止状態だったブログでひっそり書いても、知り合いくらいしか読まないかなぁと思っていたのだけれど、思った以上にブックマークやtwitterなんかで反響を集めてしまって、まあその過半数は基本的にいつものように議論をおそろしいくらい単純化して分かった気になってる（そのうえでわたしに賛成する人と、反対する人の両方いる）なんだけれども、いわゆるはてなサヨク勢力のみなさんからは、総攻撃を受けた感じ。常野さんの革命が実現したら、わたしだけじゃなくてわたしの友人まで含めて粛清されちゃうみたいだし。でもメーリングリスト内での（あるいはその延長の伊田さんによる）おかしな非難に比べて、きちんとわたしが言っていることを理解したうえでの批判には、いろいろ学んだり考えさせられたりすることがあった。
]]></description>
		<link>http://macska.org/article/263</link>
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