pop culture カテゴリーのアーカイブ

「ネオコン左派」に転じる世俗的ヒューマニズムと「新しい無神論者」

2008/05/09 金曜日 - 08:00:52 by macska

本誌創刊号(四月十日発行)に「米国を席巻する『新しい無神論者』の非寛容と、ほんの少しの希望」掲載された直後、新著『Secular Conscience: Why Belief Belongs in Public Life(世俗的良心/信念はなぜ公共生活に属するべきか)』のプロモーションでポートランドを訪れた哲学者オースティン・デイシーの講演に参加することができた。ちょうど良いタイミングでもあるし、前回書き足らなかった部分を補完できると思うので、報告したい。

米国を席巻する「新しい無神論者」の非寛容と、ほんの少しの希望

2008/04/25 金曜日 - 00:01:24 by macska

ここ数年、米国の宗教界でもっともめざましく支持を拡大している勢力は、無神論者の集団だ。進化科学者のリチャード・ドーキンスが書いた『神は妄想である』はじめ、クリストファー・ヒッチェンス『God Is Not Great』、サム・ハリス『The End of Faith』といった書籍が続々とベストセラーになるとともに、無神論を掲げるグループが全国で結成され、若い人を中心に多くの支持者を集めている。

『レミーのおいしいレストラン』の場合/「ゲイな映画」と「クィアな映画」のあいだ

2008/03/21 金曜日 - 10:40:02 by macska

「子ども向け劇場アニメが描く『マルチチュード的革命』」エントリでは、ジュディス・ハルバースタムの講演を要約するかたちで彼女が言うところの「ピクサーヴォルト」について解説した。その中で、ピクサーヴォルトに当てはまらない映画として『Mr. インクレディブル』は復古主義的な映画だという指摘を紹介した。しかし『Mr. インクレディブル』は「本来の自分」を隠して生きることを強いられたマイノリティが自分を肯定する映画なのではないかという評価もある。今回はそのあたりを「クィアな映画」と「ゲイな映画」という区分によって再解釈するとともに、ピクサーの最新作『レミーのおいしいレストラン』についても分析してみたい。

熊田一雄「オルタナティヴな男性性のありか」はどの程度オルタナティヴか

2008/03/20 木曜日 - 21:49:41 by macska

前エントリで「女性の男性性」以降のジュディス・ハルバースタムの研究を取り上げたが、その準備段階で「女性の男性性」について分かりやすく紹介しているブログかなにかないかなぁと探していて、愛知学院大学の宗教学者・男性学学者である熊田一雄さんの論文「現代日本の大衆文化における『女性の男性性』:オルタナティヴな男性性のありか」を偶然発見した。

子ども向け劇場アニメが描く「マルチチュード的革命」/ジュディス・ハルバースタム講演報告

2008/03/17 月曜日 - 10:57:34 by macska

前回に引き続き、Lewis & Clark College にて開催されたジェンダー学シンポジウムの報告。今回紹介するのは、クィア理論家として有名な南カリフォルニア大学のジュディス・ハルバースタムさんによる基調講演の内容、すなわち近年多く作られるようになった子ども向け 3DCG アニメーション映画における「革命」的ナラティヴについて。先月5歳になった友人の子どもの「エンターテインメント係」を担当(?)しているわたしはこの種のアニメ映画をほぼ一通り見ていていろいろ思うところがあるので、ハルバースタムの発表は非常に興味深く感じられた。

LGBT映画祭での「フェミニズムによる反トランス映画」上映計画、中止

2007/05/22 火曜日 - 21:56:28 by macska

サンフランシスコで来月催される Frameline というLGBT映画祭において、反トランス的とされる映画の上映が計画され、それが全国のセクシュアルマイノリティ・コミュニティからの猛烈な批判を受けて撤回されたという話。問題とされたのはレズビアンの脚本家・映画監督 Catherine Crouch が作った「The Gendercator」という20分の近未来SF映画。

「蔑視」と「偏見」/自衛的行為を装う「合理的な差別」に対抗するための倫理

2007/03/26 月曜日 - 00:02:38 by macska

前回に引き続き、差別について。ただし今回は、別ブログで予告した通り「蔑視による差別行為」と「偏見による差別行為」の区別についての説明が主題。この区別はスティーヴン・レヴィット&スティーヴ・ダブナーの『ヤバい経済学』では「選好による差別 taste-based discrimination」「情報による差別 information-based discrimination」として紹介されているけれど、なぜそんな区別が必要なのか全然説明されていないので、まずはその辺りから。

「産む機械」シャツ騒動についての『週刊文春』ボツインタビュー公開

2007/03/04 日曜日 - 13:47:42 by macska

1月の柳澤厚労相の「産む機械」発言はブロゴスフィアでも実社会でも予想を上回る騒動になったけれども、中でもわたしがデザインした「産む機械」バッジ及び「産む機械」アパレルは「アホくさいのに無駄にカッコイイ」などとご好評いただいた。

「日本将棋連盟から女流棋士会が独立」報道を巡って

2006/12/26 火曜日 - 18:30:54 by macska

bruckner05 さんのエントリ「女流棋士会独立に見る脳の男女差/ジェンダーフリーを放棄した AERA」を読む。このエントリ自体、産経新聞12月2日号の記事「将棋の女流棋士が独立、新法人発足へ」と AERA 12月18日号に掲載された「女流棋士会 独立示す男女の『脳』力」という記事を紹介し、コメントしているものだ。

悲劇の意味をすり替えたバックラッシュ勢力:『ブレンダと呼ばれた少年』著者に聞く

2006/09/28 木曜日 - 16:04:58 by macska

以下に掲載するのは、『週刊金曜日』に先週(9月22日発売号)に掲載された記事「悲劇の意味をすり替えたジェンダー叩き勢力」の元原稿です。