pop cultureArchive for the Category

「ポルノウィキリークス」の衝撃−−ポスト・ウィキリークス社会の 個人情報と人権

2011/05/16 月曜日 - 21:25:59 by macska

政府や大企業の持つ機密文書を広く一般に公開するために設立されたウィキリークスが、米国外交文書などをそれまでなかった規模で暴露し、国際的に大きな注目を集めたのは、昨年の夏から秋にかけての頃だった。当初、それらの文書が公開さ […]

スーパーボウルを制したグリーンベイ・パッカーズ――ファンと先住民オナイダ・ネーションが支える市民球団

2011/02/09 水曜日 - 19:03:22 by macska

アメリカンフットボールの一大イベント・スーパーボウルでは、グリーンベイ・パッカーズがピッツバーグ・スティーラーズを下し、二〇一〇年度シーズンのチャンピオンの座を勝ち取った。とはいえ、わたしはアメリカンフットボールにほとんど興味はないし、じつはルールすらよく分かっていない。そのわたしが、今回に限りひそかにスーパーボウルに興味を持ったのは(試合の中継を観るほどじゃないけど)、グリーンベイ・パッカーズというチームの運営形態がとてもおもしろいからだ。

ある「炎上」「ネットいじめ」に抱く、いやというほどの既視感

2010/08/27 金曜日 - 10:23:57 by macska

2ちゃんねるやミクシィなど、ソーシャル系のインターネットサイトを震源とする、一般人のブログ「炎上」や、個人情報を悪用した嫌がらせなどが、問題として取り上げられるようになって久しい。この短い文章では、そうした問題についての日本における議論の参考とするために、先日英語圏(とくに米国)で騒がれた、ある「ネットいじめ」の事例について、紹介してみたい。

Facebookの普及に見る米国の社会階層性と、『米国=実名文化論』の間違い

2010/06/08 火曜日 - 08:49:31 by macska

世界最大のソーシャルネットワーキングサービス、Facebookが日本(語圏)に進出してから二年がたった。よく知られているように、Facebookは実名での登録を前提としていることが特徴であり、「米国で人気の実名SNSが日本社会において受け入れられるか」と話題になった。日本語版開始から二年たったいま、日本在住のFacebookユーザ数も二〇〇九年だけで約三倍に増えたものの、国別ランキングでは上位三十位にすら遠く及ばず、米国の1%前後に留まっている。

フェミニズムにおけるポルノグラフィ否定論と肯定論の意外な近さ

2008/06/26 木曜日 - 09:33:27 by macska

先日、反ポルノグラフィ論者で男性問題研究者のロバート・ジェンセン氏(テキサス大学)が、ポルノグラフィと男性性の問題について書いた近著『Getting Off: Pornography and the End of Masculinity』に関連した講演のためポートランドを訪れたので、積極的なポルノ肯定論者とまではいかないものの「反・反ポルノ論」程度にはこの論争にかかわってきたわたしも参加し、じっくり話を聞いてきた。

「ネオコン左派」に転じる世俗的ヒューマニズムと「新しい無神論者」

2008/05/19 月曜日 - 16:00:52 by macska

本誌創刊号(四月十日発行)に「米国を席巻する『新しい無神論者』の非寛容と、ほんの少しの希望」掲載された直後、新著『Secular Conscience: Why Belief Belongs in Public Life(世俗的良心/信念はなぜ公共生活に属するべきか)』のプロモーションでポートランドを訪れた哲学者オースティン・デイシーの講演に参加することができた。ちょうど良いタイミングでもあるし、前回書き足らなかった部分を補完できると思うので、報告したい。

米国を席巻する「新しい無神論者」の非寛容と、ほんの少しの希望

2008/04/25 金曜日 - 00:01:24 by macska

ここ数年、米国の宗教界でもっともめざましく支持を拡大している勢力は、無神論者の集団だ。進化科学者のリチャード・ドーキンスが書いた『神は妄想である』はじめ、クリストファー・ヒッチェンス『God Is Not Great』、サム・ハリス『The End of Faith』といった書籍が続々とベストセラーになるとともに、無神論を掲げるグループが全国で結成され、若い人を中心に多くの支持者を集めている。

『レミーのおいしいレストラン』の場合/「ゲイな映画」と「クィアな映画」のあいだ

2008/03/21 金曜日 - 10:40:02 by macska

「子ども向け劇場アニメが描く『マルチチュード的革命』」エントリでは、ジュディス・ハルバースタムの講演を要約するかたちで彼女が言うところの「ピクサーヴォルト」について解説した。その中で、ピクサーヴォルトに当てはまらない映画として『Mr. インクレディブル』は復古主義的な映画だという指摘を紹介した。しかし『Mr. インクレディブル』は「本来の自分」を隠して生きることを強いられたマイノリティが自分を肯定する映画なのではないかという評価もある。今回はそのあたりを「クィアな映画」と「ゲイな映画」という区分によって再解釈するとともに、ピクサーの最新作『レミーのおいしいレストラン』についても分析してみたい。

熊田一雄「オルタナティヴな男性性のありか」はどの程度オルタナティヴか

2008/03/20 木曜日 - 21:49:41 by macska

前エントリで「女性の男性性」以降のジュディス・ハルバースタムの研究を取り上げたが、その準備段階で「女性の男性性」について分かりやすく紹介しているブログかなにかないかなぁと探していて、愛知学院大学の宗教学者・男性学学者である熊田一雄さんの論文「現代日本の大衆文化における『女性の男性性』:オルタナティヴな男性性のありか」を偶然発見した。

子ども向け劇場アニメが描く「マルチチュード的革命」/ジュディス・ハルバースタム講演報告

2008/03/17 月曜日 - 10:57:34 by macska

前回に引き続き、Lewis & Clark College にて開催されたジェンダー学シンポジウムの報告。今回紹介するのは、クィア理論家として有名な南カリフォルニア大学のジュディス・ハルバースタムさんによる基調講演の内容、すなわち近年多く作られるようになった子ども向け 3DCG アニメーション映画における「革命」的ナラティヴについて。先月5歳になった友人の子どもの「エンターテインメント係」を担当(?)しているわたしはこの種のアニメ映画をほぼ一通り見ていていろいろ思うところがあるので、ハルバースタムの発表は非常に興味深く感じられた。