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北米社会哲学学会報告3/フェミニズムによる中立国家リベラリズム批判

2008/09/05 金曜日 - 00:35:22 by macska

例によって病気になって数日寝込んでいたのと、ファイトバックの会の泥沼に足を踏み入れてしまったのと、地元ポートランドで怪しげな事態が進行中なのでそっちに関わっていたのと、まぁいろいろあってしばらく報告が中断されてしまったのだけれど、いい加減自分の記憶が怪しくなりつつあるので北米社会哲学学会レポートを再開する。今回は、フェミニズム哲学によるリベラリズム批判の発表について。

北米社会哲学学会報告2/結婚制度、リベラリズム、中立原理の限界

2008/08/04 月曜日 - 21:09:33 by macska

前回に続き、北米社会哲学学会@ポートランド大学からの報告。今回取り上げるのは、「結婚」をテーマとした3つの発表。これぞ哲学という感じにイマヌエル・カントの倫理理論と結婚観を「メール・オーダー・ブライド」と比較しつつ批判した、Matthew Altman の発表と、リベラリズムにおける中立原理がどのような結婚制度を要請するかというElizabeth Brakeによる発表を紹介する。

「新しい無神論者」論争と、対立する相手の人間性への想像力について

2008/05/23 金曜日 - 08:29:58 by macska

先日、世俗的ヒューマニズムの団体 Center for Inquiry (CFI) の国連代表をつとめる哲学者オースティン・デイシーの講演についてレポートした。今回はその CFI の理事で、政教分離と言論の自由の擁護を専門とする弁護士でもあるエディー・タバッシュ氏の講演に参加したので、報告する。

「ネオコン左派」に転じる世俗的ヒューマニズムと「新しい無神論者」

2008/05/19 月曜日 - 16:00:52 by macska

本誌創刊号(四月十日発行)に「米国を席巻する『新しい無神論者』の非寛容と、ほんの少しの希望」掲載された直後、新著『Secular Conscience: Why Belief Belongs in Public Life(世俗的良心/信念はなぜ公共生活に属するべきか)』のプロモーションでポートランドを訪れた哲学者オースティン・デイシーの講演に参加することができた。ちょうど良いタイミングでもあるし、前回書き足らなかった部分を補完できると思うので、報告したい。

米国を席巻する「新しい無神論者」の非寛容と、ほんの少しの希望

2008/04/25 金曜日 - 00:01:24 by macska

ここ数年、米国の宗教界でもっともめざましく支持を拡大している勢力は、無神論者の集団だ。進化科学者のリチャード・ドーキンスが書いた『神は妄想である』はじめ、クリストファー・ヒッチェンス『God Is Not Great』、サム・ハリス『The End of Faith』といった書籍が続々とベストセラーになるとともに、無神論を掲げるグループが全国で結成され、若い人を中心に多くの支持者を集めている。

わたしは左翼であるのかないのか、あるいは経済学をこのブログで取り上げる理由

2008/01/29 火曜日 - 01:16:15 by macska

最近、このブログのコメント欄や別ブログの方でちょっとくだらない議論をいくつかやってしまったのだけれど、その中でわたしのことを「左翼」と決めつける人がいたり、また別の人が「左翼とは思わない」と書いたりと、わたしの政治姿勢そのものが議題となった。また、どちらのブログにおいても経済学に関連した話題を取り上げることが最近増えており、なぜフェミニズムやセクシュアリティなど社会的公正の問題を中心的に扱っているブログにこうして経済学の話が頻出するのかと疑問に思っている人もいるのではないかと思う。