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	<title>宗教者によるいいかげんな教典解釈と、自己保身的なご都合主義 へのコメント</title>
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		<title>macska より</title>
		<link>http://macska.org/article/231#comment-425582</link>
		<dc:creator>macska</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 27 Jul 2008 09:34:56 +0000</pubDate>
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		<description>コーラン第11章78節について、&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/pyridoxin/20080727/1217144350 &quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;pyridoxin&lt;/a&gt;さんから異論が来ているのでお応えします。
&lt;blockquote&gt;
調べてみた

&lt;a href=&quot;http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran011-2.htm&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;アル=クルアーン&lt;/a&gt;
&gt; 11-78．人びと（ルートの民）は急いでかれの許に来た。
&gt; これまでかれらは、汚らわしい行い（男色行為）をして
&gt; いたので、かれは言った。「わたしの人びとよ、ここに
&gt; わたしの娘たちがいる。あなたがたにとっては（娘たち
&gt; と結婚することが）最も清浄である。アッラーを畏れな
&gt; さい。わたしの賓客に関して、わたしに恥をかかせない
&gt; でくれ。あなたがたの中に、正しい心の者が一人もいな
&gt; いのか。」
&gt; http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran011-2.htm

なんか違う…
&lt;/blockquote&gt;
この部分ですが、まず単に「汚らわしい行い」をしていただけでなく、そうした人々が来客の男性（天使ですが）をレイプさせろと押し寄せていた、という解釈については、この記述は同性愛を罪と見なす根拠であると主張する人たちも、いやそうではないと反論している記事中の「ゲイの聖職者」も了解していることなので、詳しく説明はしません。前後の文脈からそうなるとみんな思っています、ということで勘弁してください。

そのうえで「娘たちとの結婚を勧めているのであって、レイプを容認しているわけではない」という可能性について答えますが、わたしの理解するところだと（わたしには読めないので伝聞になりますが）原文には括弧内の「娘たちと結婚することが」という説明が含まれていません。レイプさせよと押し寄せている群衆に向かって「男性には手を出すな、娘たちがいるからそっちにしろ」と呼びかけているわけで、レイプ容認と読むのが普通でしょう。結婚を勧めているという括弧内の説明は後世の翻訳者による付け足しです。（さらに言えば、その付け足し自体が、レイプはいけないけれども「結婚すればレイプではない」という、現代ではだんだん通用しなくなりつつある過去の価値観を反映していますね。）

結婚推奨ではないという解釈には、外部的な根拠があります。まず、同じ物語が&lt;a href=&quot;http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran015.htm&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;コーラン第15章&lt;/a&gt;71節でも再び語られていますが、そこでは結婚の勧めはなく「もしあなたがたが行おうとするなら、ここにわたしの娘たちがいます」と書かれています。「行なおう」としている行為がレイプである以上、娘たちに対するレイプが容認されていると解釈するのが自然でしょう。また、同じ物語を伝える旧約聖書の創世記第19章にも結婚の勧めはありません。

さらに、ソドムとゴモラの教訓がレイプの戒めではなく同性愛の戒めであったことは、&lt;a href=&quot;http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran026-2.htm&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;第26章&lt;/a&gt;165-166節、&lt;a href=&quot;http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran027-1.htm&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;第27章&lt;/a&gt;54-55節、&lt;a href=&quot;http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran029-1.htm&quot; target=&quot;_blank&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;第29章&lt;/a&gt;28-29節、とこれでもかと繰り返し説明されています。それらを読み比べれば、「罪は同性愛ではなくレイプである」という解釈がいかに無謀なものであるかわかると思います。もちろんわたしは、そうした「無謀な読み違い」を支持しますが。
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		<content:encoded><![CDATA[<p>コーラン第11章78節について、<a href="http://d.hatena.ne.jp/pyridoxin/20080727/1217144350 " target="_blank" rel="nofollow">pyridoxin</a>さんから異論が来ているのでお応えします。</p>
<blockquote><p>
調べてみた</p>
<p><a href="http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran011-2.htm" target="_blank" rel="nofollow">アル=クルアーン</a><br />
&gt; 11-78．人びと（ルートの民）は急いでかれの許に来た。<br />
&gt; これまでかれらは、汚らわしい行い（男色行為）をして<br />
&gt; いたので、かれは言った。「わたしの人びとよ、ここに<br />
&gt; わたしの娘たちがいる。あなたがたにとっては（娘たち<br />
&gt; と結婚することが）最も清浄である。アッラーを畏れな<br />
&gt; さい。わたしの賓客に関して、わたしに恥をかかせない<br />
&gt; でくれ。あなたがたの中に、正しい心の者が一人もいな<br />
&gt; いのか。」<br />
&gt; <a href="http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran011-2.htm" rel="nofollow">http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran011-2.htm</a></p>
<p>なんか違う…
</p></blockquote>
<p>この部分ですが、まず単に「汚らわしい行い」をしていただけでなく、そうした人々が来客の男性（天使ですが）をレイプさせろと押し寄せていた、という解釈については、この記述は同性愛を罪と見なす根拠であると主張する人たちも、いやそうではないと反論している記事中の「ゲイの聖職者」も了解していることなので、詳しく説明はしません。前後の文脈からそうなるとみんな思っています、ということで勘弁してください。</p>
<p>そのうえで「娘たちとの結婚を勧めているのであって、レイプを容認しているわけではない」という可能性について答えますが、わたしの理解するところだと（わたしには読めないので伝聞になりますが）原文には括弧内の「娘たちと結婚することが」という説明が含まれていません。レイプさせよと押し寄せている群衆に向かって「男性には手を出すな、娘たちがいるからそっちにしろ」と呼びかけているわけで、レイプ容認と読むのが普通でしょう。結婚を勧めているという括弧内の説明は後世の翻訳者による付け足しです。（さらに言えば、その付け足し自体が、レイプはいけないけれども「結婚すればレイプではない」という、現代ではだんだん通用しなくなりつつある過去の価値観を反映していますね。）</p>
<p>結婚推奨ではないという解釈には、外部的な根拠があります。まず、同じ物語が<a href="http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran015.htm" target="_blank" rel="nofollow">コーラン第15章</a>71節でも再び語られていますが、そこでは結婚の勧めはなく「もしあなたがたが行おうとするなら、ここにわたしの娘たちがいます」と書かれています。「行なおう」としている行為がレイプである以上、娘たちに対するレイプが容認されていると解釈するのが自然でしょう。また、同じ物語を伝える旧約聖書の創世記第19章にも結婚の勧めはありません。</p>
<p>さらに、ソドムとゴモラの教訓がレイプの戒めではなく同性愛の戒めであったことは、<a href="http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran026-2.htm" target="_blank" rel="nofollow">第26章</a>165-166節、<a href="http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran027-1.htm" target="_blank" rel="nofollow">第27章</a>54-55節、<a href="http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/quran/quran029-1.htm" target="_blank" rel="nofollow">第29章</a>28-29節、とこれでもかと繰り返し説明されています。それらを読み比べれば、「罪は同性愛ではなくレイプである」という解釈がいかに無謀なものであるかわかると思います。もちろんわたしは、そうした「無謀な読み違い」を支持しますが。</p>
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