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	<title>子ども向け劇場アニメが描く「マルチチュード的革命」／ジュディス・ハルバースタム講演報告 へのコメント</title>
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	<description>it's all about cats. 'cept it's not.</description>
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		<title>C plus M &#124; I Am Not ガチ Of Any Kind より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-416097</link>
		<dc:creator>C plus M &#124; I Am Not ガチ Of Any Kind</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 29 Jun 2008 15:44:54 +0000</pubDate>
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		<description>[...] もしそうだとすれば、ボクがかわるがわるオファーされ続けて来た数々の場所は、重力の場のようなものだ。ヘテロ、ホモ、バイ、 etc. という性的指向の重力のいずれかに??しかもどれか一つに??引き寄せられること、そしてもっとも近くにある質量に同化すること（それがたとえ、中心からずれていたとしても）。それを考えたとき、ボクはつい macska さんの言う： 現代社会における後期資本主義や異性愛中心主義、アメリカ的な個人主義などを支える、ノーマルかつノーマティヴとされる生活や行動のモード??例えば、子どもが成長して大人になって自立して就職し、結婚して子どもを産み育てることだったり、朝家を出て会社に出勤し、夜になると郊外の家に戻るというような、いわゆるフツウのあり方 -macska: macska dot org: 子ども向け劇場アニメが描く「マルチチュード的革命」／ジュディス・ハルバースタム講演報告 [...]</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>[...] もしそうだとすれば、ボクがかわるがわるオファーされ続けて来た数々の場所は、重力の場のようなものだ。ヘテロ、ホモ、バイ、 etc. という性的指向の重力のいずれかに??しかもどれか一つに??引き寄せられること、そしてもっとも近くにある質量に同化すること（それがたとえ、中心からずれていたとしても）。それを考えたとき、ボクはつい macska さんの言う： 現代社会における後期資本主義や異性愛中心主義、アメリカ的な個人主義などを支える、ノーマルかつノーマティヴとされる生活や行動のモード??例えば、子どもが成長して大人になって自立して就職し、結婚して子どもを産み育てることだったり、朝家を出て会社に出勤し、夜になると郊外の家に戻るというような、いわゆるフツウのあり方 -macska: macska dot org: 子ども向け劇場アニメが描く「マルチチュード的革命」／ジュディス・ハルバースタム講演報告 [...]</p>
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		<title>crafty より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-365902</link>
		<dc:creator>crafty</dc:creator>
		<pubDate>Fri, 28 Mar 2008 12:09:11 +0000</pubDate>
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		<description>質問に答えてくださってありがとうございました。
今現在の時点での一般的な「クィア」という言葉の認識下では、クィアを名乗ることによる軋轢というよりは誤解や混乱が怖いですし、
就学就労には苦労したものの、ヘテロ故セクシャリティ絡みでほとんど苦悩や排除を受けていない自分が
クィアを名乗るのはセクシャルマイノリティの人に悪いのでは？という意識もあるのでクィアを名乗るのは先送りにしたいと思います。

とりあえず、クィアは近代を支える制度から排除された主体であるという認識がもっとコンセンサスになったら、クィアを名乗ろうと思います。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>質問に答えてくださってありがとうございました。<br />
今現在の時点での一般的な「クィア」という言葉の認識下では、クィアを名乗ることによる軋轢というよりは誤解や混乱が怖いですし、<br />
就学就労には苦労したものの、ヘテロ故セクシャリティ絡みでほとんど苦悩や排除を受けていない自分が<br />
クィアを名乗るのはセクシャルマイノリティの人に悪いのでは？という意識もあるのでクィアを名乗るのは先送りにしたいと思います。</p>
<p>とりあえず、クィアは近代を支える制度から排除された主体であるという認識がもっとコンセンサスになったら、クィアを名乗ろうと思います。</p>
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	<item>
		<title>macska より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-363102</link>
		<dc:creator>macska</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Mar 2008 04:59:31 +0000</pubDate>
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		<description>そういうことでしたか。

「クィア」というのは、もちろん現実の人間にも当てはまる概念です。しかしそれは、基本的に自称として名乗られるものであり、何らかの客観的な基準に基づいて分類できるものではありません。

自称でないとしたら、キャラクタ批評、人物評論という形で、たとえば「ニモはクィアな主体である」という指摘がなされることがあります。しかしそれは、ハルバースタムという批評者がそう捉えているのであって、これこれこういう基準に当てはまるからニモはクィアなのであると客観的に示すことはできません。

ヘテロ男性がクィアを名乗っても全然おかしなことはありません。が、大抵の場合名乗っても何の得もないばかりか、余計な軋轢を呼び込んでしまう恐れが大です（世の中には、特定の相手を名指しで変態変態と呼んで喜ぶバカもいますからね）。それでももしcraftyさんがクィアを名乗りたいのでしたら名乗れば良いですし、いやクィアなんてなりたくないと思うなら関わり合いにならなければ良いのでは。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>そういうことでしたか。</p>
<p>「クィア」というのは、もちろん現実の人間にも当てはまる概念です。しかしそれは、基本的に自称として名乗られるものであり、何らかの客観的な基準に基づいて分類できるものではありません。</p>
<p>自称でないとしたら、キャラクタ批評、人物評論という形で、たとえば「ニモはクィアな主体である」という指摘がなされることがあります。しかしそれは、ハルバースタムという批評者がそう捉えているのであって、これこれこういう基準に当てはまるからニモはクィアなのであると客観的に示すことはできません。</p>
<p>ヘテロ男性がクィアを名乗っても全然おかしなことはありません。が、大抵の場合名乗っても何の得もないばかりか、余計な軋轢を呼び込んでしまう恐れが大です（世の中には、特定の相手を名指しで変態変態と呼んで喜ぶバカもいますからね）。それでももしcraftyさんがクィアを名乗りたいのでしたら名乗れば良いですし、いやクィアなんてなりたくないと思うなら関わり合いにならなければ良いのでは。</p>
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	<item>
		<title>crafty より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-363052</link>
		<dc:creator>crafty</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 25 Mar 2008 03:53:53 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://macska.org/article/221#comment-363052</guid>
		<description>私が「クィアな時間・空間」が作品批評のための概念か、それとも現実の人間を分類できるのかという点にこだわっているのは、
私自身軽い精神障害持ちでその結果非正規社員だからです。
自分はヘテロ男性でもあるので今まで自分がクィアなどとは考えもしなかったのですが、
今回のハルバースタムによるクィアな時間・空間という概念からすると、
もしかしたら自分もクィアになるのでは？と言う点が気にかかっているからです。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>私が「クィアな時間・空間」が作品批評のための概念か、それとも現実の人間を分類できるのかという点にこだわっているのは、<br />
私自身軽い精神障害持ちでその結果非正規社員だからです。<br />
自分はヘテロ男性でもあるので今まで自分がクィアなどとは考えもしなかったのですが、<br />
今回のハルバースタムによるクィアな時間・空間という概念からすると、<br />
もしかしたら自分もクィアになるのでは？と言う点が気にかかっているからです。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>macska より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-362237</link>
		<dc:creator>macska</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 Mar 2008 05:23:56 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://macska.org/article/221#comment-362237</guid>
		<description>なんか引っかかる反応しますねー。もちろん批評が現実社会と完全に切り離されているわけがありませんよ。

実のところわたしが queer temporalities という概念にふれたのは、昨年の Cultural Studies Association でハルバースタムがオーガナイズしたパネルを聞いてからなので、わたしの解説では言い足りていない部分がたくさんあると思います。もし興味があるのでしたら、とりあえず GLQ 13(2-3):177-195. に昨年掲載された Theorizing Queer Temporalities というラウンドテーブルあたりから読み進められてはいかがでしょうか。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>なんか引っかかる反応しますねー。もちろん批評が現実社会と完全に切り離されているわけがありませんよ。</p>
<p>実のところわたしが queer temporalities という概念にふれたのは、昨年の Cultural Studies Association でハルバースタムがオーガナイズしたパネルを聞いてからなので、わたしの解説では言い足りていない部分がたくさんあると思います。もし興味があるのでしたら、とりあえず GLQ 13(2-3):177-195. に昨年掲載された Theorizing Queer Temporalities というラウンドテーブルあたりから読み進められてはいかがでしょうか。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>crafty より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-362230</link>
		<dc:creator>crafty</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 24 Mar 2008 05:02:47 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://macska.org/article/221#comment-362230</guid>
		<description>なるほど、今回話題にされている「クィアな時間・空間」というのは、飽くまで作品批評のための概念なわけですね。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>なるほど、今回話題にされている「クィアな時間・空間」というのは、飽くまで作品批評のための概念なわけですね。</p>
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	<item>
		<title>macska より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-361804</link>
		<dc:creator>macska</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 23 Mar 2008 15:15:01 +0000</pubDate>
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		<description>craftyさん、

１）実在する人物の私生活を批評の対象とするのはどうかと思います。
２）批評にそこまでの客観性を求められても困ります。事実の提示については客観性が求められるでしょうが、その解釈・批評の部分については客観的に決定できるものではないと思います。
３）craftyさんが言うようなケースに当てはまるキャラクタについて言うなら、それがクィアな時間・空間を生きていると言うことは可能であると思います。しかし可能だからといってそれを言うことがより作品解釈に深みをもたらすかどうかは別の話です。そこは、批評者のセンスが問われるところです。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>craftyさん、</p>
<p>１）実在する人物の私生活を批評の対象とするのはどうかと思います。<br />
２）批評にそこまでの客観性を求められても困ります。事実の提示については客観性が求められるでしょうが、その解釈・批評の部分については客観的に決定できるものではないと思います。<br />
３）craftyさんが言うようなケースに当てはまるキャラクタについて言うなら、それがクィアな時間・空間を生きていると言うことは可能であると思います。しかし可能だからといってそれを言うことがより作品解釈に深みをもたらすかどうかは別の話です。そこは、批評者のセンスが問われるところです。</p>
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	<item>
		<title>crafty より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-361706</link>
		<dc:creator>crafty</dc:creator>
		<pubDate>Sun, 23 Mar 2008 12:28:20 +0000</pubDate>
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		<description>結婚や核家族というモデルケースから排除されているヘテロ男性は、
客観的にみて、クィアな時間・空間を生きていることになるのですか？
それともハルバースタムさんがアニメを分析するようには、客観的に判断できない問題なのでしょうか。
または個人の希望がクィアとして生きることを拒んでいたらクィアな時間・空間を生きているとはいえなくなるのでしょうか。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>結婚や核家族というモデルケースから排除されているヘテロ男性は、<br />
客観的にみて、クィアな時間・空間を生きていることになるのですか？<br />
それともハルバースタムさんがアニメを分析するようには、客観的に判断できない問題なのでしょうか。<br />
または個人の希望がクィアとして生きることを拒んでいたらクィアな時間・空間を生きているとはいえなくなるのでしょうか。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>macska より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-361009</link>
		<dc:creator>macska</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 22 Mar 2008 14:32:13 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://macska.org/article/221#comment-361009</guid>
		<description>クィア理論はアイデンティティ政治ではないのですが、もしご本人が自分はクィアだと思うなら他人が「それは違う」とは言えないんじゃないでしょうか。もっとも赤木さん本人はクィアとして生きることではなく、結婚〜核家族のライフコースを希望されているようですが。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>クィア理論はアイデンティティ政治ではないのですが、もしご本人が自分はクィアだと思うなら他人が「それは違う」とは言えないんじゃないでしょうか。もっとも赤木さん本人はクィアとして生きることではなく、結婚〜核家族のライフコースを希望されているようですが。</p>
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	<item>
		<title>crafty より</title>
		<link>http://macska.org/article/221#comment-360989</link>
		<dc:creator>crafty</dc:creator>
		<pubDate>Sat, 22 Mar 2008 13:51:57 +0000</pubDate>
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		<description>クィア理論でのクィアの範囲って広いんですね。
結婚や核家族から排除されていると言う意味では
某赤木さんみたい人なんかもクィアの範囲に入ってしまうのですか？</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>クィア理論でのクィアの範囲って広いんですね。<br />
結婚や核家族から排除されていると言う意味では<br />
某赤木さんみたい人なんかもクィアの範囲に入ってしまうのですか？</p>
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