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	<title>ＤＶ被害者支援を志す人はマツウラマムコ著「『二次被害』は終わらない」に絶望せよ へのコメント</title>
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		<title>まきこ より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-474032</link>
		<dc:creator>まきこ</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 20 Feb 2012 06:48:08 +0000</pubDate>
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		<description>私も何だか共感できる部分と、長い間かかっていたモヤモヤに光が見えた気がします。
再婚ですが、前の夫との関係は今振り返ればDVの関係であり共存だったと確信しています。
前の夫が飲酒で車の運転免許をはく奪されたとき、無免許であったために罰金が結構な額でしたが、当時の彼は働いてもおらず私一人の収入。
罰金を用意しろと暴れる彼が怖く、金策に走ったあの頃・・・。
今ならその行為が、イネイブリング(巻き込まれ）だったのだと感じます。
支援者からの暴力、二次被害・・・あの時の日感情が今でもリアルに蘇る。
いまでも、定期的な通院は欠かせない。
DVからその後、保護されシェルターに入り保護命令も出してもらいこれから子供と前の夫におびえることなく暮らせるんだと希望に満ちていた。
どこまででも暴力を認めない前の夫は法にふれないギリギリのところで私を蝕む。
私は、自分の身内からも気違いとののしられれ、大袈裟にして恥ずかしいと。
こんな女に子供を養育していくのは無理だと・・・散々心が底つき、自分で内服も管理出来ないし自傷行為も止まらなかった。
結果、子供たちは向こうの両親に引き取られれ逢わせてもらえない。
DVから逃げようとした自分がいけなかった。
いっそ戻って耐えるしかないのか。
DVの関係を断ち切るには多くのものを代償として払わざる得なかった。親戚、親、子供すべて失ったと一人ぼっちを感じ孤独感と絶望感で何度も死のうとした。
今は、あのころに比べたら大分回復したと思う。
依存症の体験談を聴きに行ったり、自助グループに参加してみたり、様々な講義・講演を聴いたり、関連する本を読み漁りそれでもこれでよかったのだと今なら思えるようになった。
あの時、逃げていなければ今の私は存在しないし、傷つきが解るからこそ人にも優しくしたい、強くなりたい、本当に困ってる人の役に立ちたいって思えるようになっていつか胸を張って子供たちを向かるために努力しようって思えるようになった。
怒りの感情は、ルールにはずれないで適切に扱えば、原動力にもなれるんだと。
人は回復できるって今は感じられる。
今年受験しました。
生き延びていてよかった。
本当に尊重の関係がきずけるのであれば、心は健康を取り戻すことができると信じてます。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>私も何だか共感できる部分と、長い間かかっていたモヤモヤに光が見えた気がします。<br />
再婚ですが、前の夫との関係は今振り返ればDVの関係であり共存だったと確信しています。<br />
前の夫が飲酒で車の運転免許をはく奪されたとき、無免許であったために罰金が結構な額でしたが、当時の彼は働いてもおらず私一人の収入。<br />
罰金を用意しろと暴れる彼が怖く、金策に走ったあの頃・・・。<br />
今ならその行為が、イネイブリング(巻き込まれ）だったのだと感じます。<br />
支援者からの暴力、二次被害・・・あの時の日感情が今でもリアルに蘇る。<br />
いまでも、定期的な通院は欠かせない。<br />
DVからその後、保護されシェルターに入り保護命令も出してもらいこれから子供と前の夫におびえることなく暮らせるんだと希望に満ちていた。<br />
どこまででも暴力を認めない前の夫は法にふれないギリギリのところで私を蝕む。<br />
私は、自分の身内からも気違いとののしられれ、大袈裟にして恥ずかしいと。<br />
こんな女に子供を養育していくのは無理だと・・・散々心が底つき、自分で内服も管理出来ないし自傷行為も止まらなかった。<br />
結果、子供たちは向こうの両親に引き取られれ逢わせてもらえない。<br />
DVから逃げようとした自分がいけなかった。<br />
いっそ戻って耐えるしかないのか。<br />
DVの関係を断ち切るには多くのものを代償として払わざる得なかった。親戚、親、子供すべて失ったと一人ぼっちを感じ孤独感と絶望感で何度も死のうとした。<br />
今は、あのころに比べたら大分回復したと思う。<br />
依存症の体験談を聴きに行ったり、自助グループに参加してみたり、様々な講義・講演を聴いたり、関連する本を読み漁りそれでもこれでよかったのだと今なら思えるようになった。<br />
あの時、逃げていなければ今の私は存在しないし、傷つきが解るからこそ人にも優しくしたい、強くなりたい、本当に困ってる人の役に立ちたいって思えるようになっていつか胸を張って子供たちを向かるために努力しようって思えるようになった。<br />
怒りの感情は、ルールにはずれないで適切に扱えば、原動力にもなれるんだと。<br />
人は回復できるって今は感じられる。<br />
今年受験しました。<br />
生き延びていてよかった。<br />
本当に尊重の関係がきずけるのであれば、心は健康を取り戻すことができると信じてます。</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>ＤＶ被害者 より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-357924</link>
		<dc:creator>ＤＶ被害者</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 17 Mar 2008 14:43:01 +0000</pubDate>
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		<description>ＤＶ法の被害は深刻です重複被害甚大
http://www.geocities.jp/dvhigai1/</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>ＤＶ法の被害は深刻です重複被害甚大<br />
<a href="http://www.geocities.jp/dvhigai1/" rel="nofollow">http://www.geocities.jp/dvhigai1/</a></p>
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	</item>
	<item>
		<title>ジェンダーとメディア・ブログ より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-37992</link>
		<dc:creator>ジェンダーとメディア・ブログ</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Nov 2006 02:58:57 +0000</pubDate>
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		<description>&lt;strong&gt;ＤＶ講演会に参加して...&lt;/strong&gt;

 昨日、富山県民共生センターであった戒能民江さん（お茶の水女子大）の講演会に行って来た。http://www.sunforte.or.jp/kouza/C/kouza_&lt;a href=&quot;http://d.hatena.ne.jp/discour/20061129&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt; (more...)&lt;/a&gt;</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong>ＤＶ講演会に参加して&#8230;</strong></p>
<p> 昨日、富山県民共生センターであった戒能民江さん（お茶の水女子大）の講演会に行って来た。http://www.sunforte.or.jp/kouza/C/kouza_<a href="http://d.hatena.ne.jp/discour/20061129" rel="nofollow"> (more&#8230;)</a></p>
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	</item>
	<item>
		<title>ブログ物語り研究所「夢前案内人」 より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-7145</link>
		<dc:creator>ブログ物語り研究所「夢前案内人」</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Feb 2006 08:53:17 +0000</pubDate>
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		<description>&lt;strong&gt;障害者に優しい社会とは？　優しいってどういうこと？&lt;/strong&gt;

　前々回のエントリー「論点がズレる時・・・ユング心理学「タイプ論」の観点より」で取り上げた話題の当人の片一方であるMacskaさんのブログに於いて「障害についての意識調査というかクイズ」という題した以下のようなエントリーがアップされた。
　現実にあった話を元...</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p><strong>障害者に優しい社会とは？　優しいってどういうこと？</strong></p>
<p>　前々回のエントリー「論点がズレる時・・・ユング心理学「タイプ論」の観点より」で取り上げた話題の当人の片一方であるMacskaさんのブログに於いて「障害についての意識調査というかクイズ」という題した以下のようなエントリーがアップされた。<br />
　現実にあった話を元&#8230;</p>
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	</item>
	<item>
		<title>ちるる(chiruru) より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-6775</link>
		<dc:creator>ちるる(chiruru)</dc:creator>
		<pubDate>Tue, 03 Jan 2006 10:32:03 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://macska.org/?p=118#comment-6775</guid>
		<description>Macskaさん、初めて投稿させて頂きます。
その前に、明けましておめでとうございます。

まあ全くその通りの経験をしました。ご存じでしょうが、改正DV法は現状に追いついていません。わたしは法律上シェルター入りが認められず、諸事情で入院もできなかったのですが、精神科系の暴力を受けました。ただ、相手の問題を考慮し、今は調停離婚して相手のことを許しています。

説教は禁物なのですが、したがる人いますよね。もうそのたびに電話機ぶん投げでした。相手も人間である以上、二次被害が終わることはないでしょう。

またときどき読みに来ます。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>Macskaさん、初めて投稿させて頂きます。<br />
その前に、明けましておめでとうございます。</p>
<p>まあ全くその通りの経験をしました。ご存じでしょうが、改正DV法は現状に追いついていません。わたしは法律上シェルター入りが認められず、諸事情で入院もできなかったのですが、精神科系の暴力を受けました。ただ、相手の問題を考慮し、今は調停離婚して相手のことを許しています。</p>
<p>説教は禁物なのですが、したがる人いますよね。もうそのたびに電話機ぶん投げでした。相手も人間である以上、二次被害が終わることはないでしょう。</p>
<p>またときどき読みに来ます。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>Macska より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-6736</link>
		<dc:creator>Macska</dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 Dec 2005 06:15:36 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://macska.org/?p=118#comment-6736</guid>
		<description>こんにちは、「じゃ……」さん。ご自身の加害経験について語ったページ、キャッシュされたものを探して読ませていただきました。加害者であることをやめた人が自分の経験について自己反省的 (self-reflective) に語る「場所」というのは他の加害者のためにも必要だと思いますが、一方それがそういうものを読みたくない「被害者」の目にふれる危険もあるわけで難しい問題です。元加害者が場所をわきまえずに「自分はこんなに変わったんだ」という自分語りを押し付けたりすることもよくありますし。被害者による加害者の糾弾といったことについても、被害者のリカバリーにそれが必要な面があることを認めつつも、犯罪となるような性暴力やＤＶばかりを倫理的に糾弾すること（特に「第三者」によるそれ）の危うさみたいな事には敏感でありたいと思います。加害者の問題についてのわたしの基本的な立場は「&lt;a href=&quot;http://macska.org/article/66&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;同性間ＤＶの取り組みから学んだ『公共的想像力』&lt;/a&gt;」の項目に詳しいです。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>こんにちは、「じゃ……」さん。ご自身の加害経験について語ったページ、キャッシュされたものを探して読ませていただきました。加害者であることをやめた人が自分の経験について自己反省的 (self-reflective) に語る「場所」というのは他の加害者のためにも必要だと思いますが、一方それがそういうものを読みたくない「被害者」の目にふれる危険もあるわけで難しい問題です。元加害者が場所をわきまえずに「自分はこんなに変わったんだ」という自分語りを押し付けたりすることもよくありますし。被害者による加害者の糾弾といったことについても、被害者のリカバリーにそれが必要な面があることを認めつつも、犯罪となるような性暴力やＤＶばかりを倫理的に糾弾すること（特に「第三者」によるそれ）の危うさみたいな事には敏感でありたいと思います。加害者の問題についてのわたしの基本的な立場は「<a href="http://macska.org/article/66" rel="nofollow">同性間ＤＶの取り組みから学んだ『公共的想像力』</a>」の項目に詳しいです。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>じゃ…… より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-6735</link>
		<dc:creator>じゃ……</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Dec 2005 23:30:51 +0000</pubDate>
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		<description>わたしが自虐的に自分のことを「わたしは加害者」とカムアウトしてネット上で叩かれまくっていたことも、おっしゃっていることと無縁ではないのかな、という気がしました。
現実には、わたしは被害者であったり加害者であったり「第三者」であったりするわけです。
マツウラ氏の定義によれば、「第三者」はむしろ加害者に近いもののようですね。
なんだか納得です。
わたしは「被害者」「支援者」からの「おまえは加害者」という非難に、むしろ加害者的な恐ろしさを感じていましたし、結果的にはものすごく傷ついてサイトを閉じてしまったりしました。
自分自身に「加害者」というレッテルを貼ることで、確かに「被害者」を自認している人を無闇と刺激してしまう危険性もあったわけで、その意味ではちゃんとした覚悟もないのにやたらと「わたしは加害者」なんて看板あげていたこと自体が愚かなことだったとも、もちろん思うけれど……

結果的に、わたしは「加害者」を標榜することで自分の「被害者性」を強く自覚することとなったのでした。
現実に、ネット上ではあるけれど「被害」を受けた、と実感しています。
そうして、「支援者」とおぼしき人々に対する警戒の目を持つことも、覚えてしまいました。
わたし自身がそもそも愚かだったせいでこんなことになってしまったと思うし、もう二度とあんな目にあいたくはありません。

他にも、全然違ったジャンルで「第三者」が事実上「加害者」と同じ立場になる、ということについて思うところがあるにはあるのですが、今は言及しないことにします。
まあ、わたしはもともとあんまりきちんと整理して論理的なこと言うタイプではないので、わかったようなことを書くのも控えめにしておいた方が良いのかもしれませんけれど……</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>わたしが自虐的に自分のことを「わたしは加害者」とカムアウトしてネット上で叩かれまくっていたことも、おっしゃっていることと無縁ではないのかな、という気がしました。<br />
現実には、わたしは被害者であったり加害者であったり「第三者」であったりするわけです。<br />
マツウラ氏の定義によれば、「第三者」はむしろ加害者に近いもののようですね。<br />
なんだか納得です。<br />
わたしは「被害者」「支援者」からの「おまえは加害者」という非難に、むしろ加害者的な恐ろしさを感じていましたし、結果的にはものすごく傷ついてサイトを閉じてしまったりしました。<br />
自分自身に「加害者」というレッテルを貼ることで、確かに「被害者」を自認している人を無闇と刺激してしまう危険性もあったわけで、その意味ではちゃんとした覚悟もないのにやたらと「わたしは加害者」なんて看板あげていたこと自体が愚かなことだったとも、もちろん思うけれど……</p>
<p>結果的に、わたしは「加害者」を標榜することで自分の「被害者性」を強く自覚することとなったのでした。<br />
現実に、ネット上ではあるけれど「被害」を受けた、と実感しています。<br />
そうして、「支援者」とおぼしき人々に対する警戒の目を持つことも、覚えてしまいました。<br />
わたし自身がそもそも愚かだったせいでこんなことになってしまったと思うし、もう二度とあんな目にあいたくはありません。</p>
<p>他にも、全然違ったジャンルで「第三者」が事実上「加害者」と同じ立場になる、ということについて思うところがあるにはあるのですが、今は言及しないことにします。<br />
まあ、わたしはもともとあんまりきちんと整理して論理的なこと言うタイプではないので、わかったようなことを書くのも控えめにしておいた方が良いのかもしれませんけれど……</p>
]]></content:encoded>
	</item>
	<item>
		<title>ひびの まこと より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-6730</link>
		<dc:creator>ひびの まこと</dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Dec 2005 03:37:59 +0000</pubDate>
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		<description>1昨日、「女性学年報」第２６号を読もうと思って「ウィングス京都」にいったんだけど、まだ入荷していなかった！！残念。
でも、替わりに&lt;a href=&quot;http://www.jca.apc.org/wssj/nenpo/25.html&quot; rel=&quot;nofollow&quot;&gt;「女性学年報」第２&lt;b&gt; 5&lt;/b&gt; 号&lt;/a&gt;に掲載されていた「高校生と共有できる「性暴力」の定義を求めて・・・（杉村 直美）」を読むことができました。これもよかったですー。杉村さんの原稿の後ろに掲載されている編集委員のコメントの一部では、杉村さんの原稿をちゃんと理解することすらできていなかったりするのですが、それもあわせて読むと面白いです。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>1昨日、「女性学年報」第２６号を読もうと思って「ウィングス京都」にいったんだけど、まだ入荷していなかった！！残念。<br />
でも、替わりに<a href="http://www.jca.apc.org/wssj/nenpo/25.html" rel="nofollow">「女性学年報」第２<b> 5</b> 号</a>に掲載されていた「高校生と共有できる「性暴力」の定義を求めて・・・（杉村 直美）」を読むことができました。これもよかったですー。杉村さんの原稿の後ろに掲載されている編集委員のコメントの一部では、杉村さんの原稿をちゃんと理解することすらできていなかったりするのですが、それもあわせて読むと面白いです。</p>
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	</item>
	<item>
		<title>牧波昆布郎 より</title>
		<link>http://macska.org/article/118#comment-6726</link>
		<dc:creator>牧波昆布郎</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 19 Dec 2005 07:57:03 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://macska.org/?p=118#comment-6726</guid>
		<description>私は実際にDV業界に携わったわけではありませんが、マツウラ氏の心理分析にはかなり痛いところを突かれました。おそらく、ほとんどの人が（さりげなくどこかに隠している）本質を「ドキッ」と突かれてしまうのであろうと思います。
私としては、特に親と子との関係において、より強力なパワーを発揮してくれるのではないか、と思っています。</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>私は実際にDV業界に携わったわけではありませんが、マツウラ氏の心理分析にはかなり痛いところを突かれました。おそらく、ほとんどの人が（さりげなくどこかに隠している）本質を「ドキッ」と突かれてしまうのであろうと思います。<br />
私としては、特に親と子との関係において、より強力なパワーを発揮してくれるのではないか、と思っています。</p>
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